閑話5
閑話5 消しゴム
カリカリ……
「……で、あるから………………の為に…………」
カリカリ……
「……と……………………なります」
カリカリ……
「ここまでで何か分からないことなありますか?」
「いえ、問題ありません………あっ」
話しかけられたせいで集中が乱れてしまった、折角取ったいた授業のノートが台無しだ。
「…………ふむ、これは、中々のサイズの聖印です」
そうだ、ノートの紙いっぱいに刻まれた軍神の聖印。
物心がついた頃には私の周りは、この軍神の聖印で溢れていた。
産まれてから今まで、愛用品、日常使い品、手作り品、などなど、私が手に取った品には軍神の聖印が浮かび聖別されてしまう。
これらは私の持つ軍神の加護が強過ぎるために、その力が漏れ出した結果では無いかと聞いている。
最近は少しずつ力の制御が出来るようになり集中していれば聖印を出さずにすますことも出来ていたのだけれど……
せっかく取った授業のノートもベッタリと刻まれた聖印により、読む事がができなくなってしまった。
「しかし、これでは復習には使えませんね。私の作ったこの資料をどうぞ」
「申し訳ありませんが私には先生の文字は解読出来ませんので、遠慮させて頂きます」
「では、書き直しが終わったら今日はそこまでにしましょう」
「はい」
私は一つため息を吐くと再びノートに授業の内容を書き付ける。
どうして自分ばかりこんな面倒くさい事になっているのかと思わなくもないが、あまり悲しんでいるところを見せると、今度は両親や家の者達を悲しませてしまう。
それは、さすがに本意ではない。
そもそも私は生まれてから10年、周りに心配をかけどうしだ。
軍神の聖印と、全ての魔術属性に適性を持って武門の名家に産まれてきた赤子。
これは、いずれ訪れる大戦の為に神が遣わした使徒ではないかと家中は大騒ぎになり、存在が公になって初孫が国に取られてしまわないかと箝口令を敷いたお爺様に、国の間者を全て追い出してしまったお父様。
国の方では一時、辺境伯に叛意ありか、とまでなりかけたとか。
結局は、同時期の王都に私以外の聖印持ちが産まれたこと、王都の学園と知識教が共同で適性に関係なく全ての属性の魔術を修める事を可能にした論文を発表した事により、私の希少性は激減、有耶無耶にする事が出来たそうだ。
因みに今、私の眼の前に座っているこの家庭教師は、学園の6属性魔術師の一期生とも言える世代で、その上で神学にも造詣が深い知識教の元司祭様、私の担当としてこれ以上無い適任者とゆう触れ込みで祖父が引き抜いてきた。
講義内容は普通、ちょっとやる気が見えない。
まるでお役所仕事、知識教の司祭様は自分の研究以外はそんなものらしい。
まあ、取り敢えず今はノートに集中、気を抜くとさっきの二の舞いだ。
さて、今日は目下最大の問題である聖印、神力の制御の講義だ。
この講義も今のは所全く問題なく進んでいるらしい。
今の私は、本来教団の司祭様方が10年近い修行時間をかけて修めるレベルまで神力を扱えているそうだが、教え方が良いのか、それとも私が優秀なのかはよくわからない。
「お嬢様、本日より自らの意思で神力をより強く引き出す訓練に入ります。これにより暫くの間制御が不安定になりますがご辛抱ください」
またしばらく聖印祭りが始まるようだ。
お気に入りのカップから自室の壁や天井まで私の視界に入るものは皆、聖印まみれになってしまうのだろう。
この聖印のタチの悪いところは一度刻まれたら最後どうやっても消えないこと。
じつは我が家には聖印が刻まれ、表には出せなくなった品を納める為の専用の蔵があるくらいだ。
少し憂鬱。
結局たった一度の講義で私の神力は数倍に跳ね上がった。
これはもう私が優秀過ぎる以外に解釈のしようが無い。
どうせなら制御方面優先で伸びてくれればいいのに。
「お嬢様のお力が想定以上に伸びてしまいました。暫くは他人との接触を避けるようにした方が良いでしょう」
そう言って袖をを捲る家庭教師。
その腕に刻まれた私の聖印。
ああ、またやってしまったか。
「今更です。既にこの屋敷の人間はほぼ全員どこかしらに聖印を受けています」
「そうですか、次回までにこちらでも何か考えてはおきます。それまでお気をつけて」
少し考えたくらいでどうにかなるなら我が家はこんなに困ってはいない。
余計なことはいいので早く神力制御の講義を進めてもらいたいものだ。
数日後、私の侍女達が次々と倒れた。
原因はおそらく私。
倒れた者は皆体全体に今まで無かったくらい大きな聖印が刻まれ、発熱で苦しみ意識がなくなる。
油断した、自らの力の見積もりを誤った。
聖印は消えない。
魔術でも呪いでも無く、祝福の一種である聖印を消す方法など知られていない。
侍女達はこのまま助からないだろう。
そしてこの後も私の周りでは同じことが起こる。
これはもう、一人何処か僻地の修道院にでもこもるしか無いか。
そばに居るだけで人に死をもたらすようではさすがにいけない。
皆に指示を出し、家族に短い別れを告げる。
最後に、あの家庭教師に修練の方法だけでも教えてもらっておくように頼んでおいた
なんだかんだで、修練は正しく進んではいるのだ。
一人修行をし完全な神力の制御が可能になれば人里に戻ることもできるかもしれない。
ただし、直筆の教材は読めないから、必ず誰かが代筆するように、それだけは絶対と言っておく。
意を決し、一人家を出ようとする私と涙しながら見送る家族。
あーあもっと普通に生まれてたらなぁ
上を向き涙を堪える私。
そんな涙涙の別れのシーンは……
空気を読まない家庭教師にぶち壊された
「ああ、丁度良いところにいた。お嬢様にコレを渡しておきます」
トコトコとやってきて、手渡された白い小さな塊。
餞別?
「これは力を込めることで文字などを消すことができる『消しゴム』とゆう魔道具です。これがあればもう、ノートを書き損じても問題ありません」
このタイミングでこんなもの持ってくるってこの人………って、えっ?
「書き損じだけですか?」
まさか……
「普通はそうです」
「普通で無ければ……」
「通す魔力や神力の強さ次第では、理論上なんでも消えますね」
「こんな感じに」
袖をまくり腕を見せてくる。
無い!私の聖印が綺麗さっぱり消えている!
コレは聖印をも消し去る魔道具!
私達家族が10年苦しんだ聖印がこんなにもアッサリと……
なんなのこの人!?
実は凄い人だったの!?
ちょっとお爺様!この人なんなのよぉ!!
こうして我が家の呪いのような10年は終わり、私は学園に入学する歳まで、この変人紙一重の天才家庭教師に師事したのでした。