酒場の少女
店内に入って来たのは冒険者風の武装で身を固めた少女じゃ。
少し小柄なその少女に続いて冒険者仲間らしき二人の男達。
コレは流石にワシにも分かるな。
アルテアによく似た少女、この子はうちの執事と女中頭のひ孫あたりじゃな。
若い頃の女中頭によう似ておる性格のキツそうな表情など、昔を思い出して手足がガクブルしそうじゃ。
続いて剣士風の男、これは辺境伯の系譜じゃな?金に輝く少し癖のある髪が懐かしいわい。
この癖を直すのに嫁は毎朝悪戦苦闘しておったわい。
顔は嫁の甥っ子に似ておるな。
最後の魔術師風の男は、こヤツが子供の頃に会ったことがあるの。
ワシのひ孫じゃ。
三兄弟の末っ子が辺境伯家の何人目じゃったかの付き人をしておると聞いておる。
「ここですか!私の偽物が男に媚びを売っているとゆうのは!!」
入ってくるなりコレじゃ、見た目どうりのキツイ性格をしておるようじゃな。
しかし、偽物と言われてもアルテアは何十年か前からこの顔じゃし、モデル公認じゃぞ?
店内を見回し、アルテアを見つける。
「な、なんて格好をしてるんですか!コレではまるで私がフシダラな娘のように思われるじゃないですか!今すぐその変装を解いてちゃんとした服を着なさい!!」
「いきなり現れて偽物だのフシダラだの失礼な小娘ですね。妹センサーに多少の反応がありますが少し躾が必要であると判断します」
おう、アルテアは受けて立つ気満々じゃな。
アルテアは少女の上から下まで視線を走らせると薄い笑みを浮かべ腕を組む。
そしてその腕で持ち上げられた乳を心持ち揺らすと「フッ」と鼻で笑いおった。
この間からお気に入りの挑発じゃ。
少女の顔が見る見る赤くなる。
ムキにならずとも、お主も中々のものじゃぞ? 相手が迷宮都市三大渓谷(ワシ命名)の一角では相手がわるかったがの。
「なっ!なんて性格の悪そうな女!! 私が性根を叩き直してあげます!表に出なさい!!」
真っ赤な顔で叫び剣を抜き、その切っ先で外を指し示す少女。
「おい、やべえぞお嬢がブチ切れてる。」
「いやいや、それでも【鉄壁】に喧嘩売るのは無茶だろう」
「え、なに?あのアルテアさんのそっくりさんて知り合い?」
店の客共がざわついておる、コレはワシの「ロリコンじじい」疑惑が吹き飛ぶのぉ。
いいぞ!もっとやれ、じゃ!
少女とアルテアは一度睨み合うと店の外へと出て行き、その後に野次馬共がぞろぞろと続いてゆく。
この数日見慣れた光景じゃが相手が少女とゆうのが新しいの。
おや?俄かにガラガラになった店内に少女のツレ二人が残っておる。
二人はこちらに近づいて来るとワシに頭を下げ自己紹介を始める。
やはり辺境伯家の若様とウチのひ孫じゃった。
「ところで、あの方はやはりあのアルテア様ですか?」
「うむ、そのアルテアじゃ。さほど無茶はせんと思うがあの少女は大丈夫かの?」
「彼女は私の付き人でカナレリア・マッセン流宗家のテレシア、腕前は折り紙付きですので大事ないかと」
おお、若様よ、それはちょっとまずいぞ?アルテアは分派であるカナレリア・マッセン流にえらく厳しいのじゃ。コレは「もっとやれ!」とか言っておる場合ではないかもしれんな。
ワシもちょっと見にいかねばな。
「大御爺様、テレシアは少し我慢が利かないところがあります。少し痛い目を見るのも良い薬かと」
ひ孫よ……お主結構冷たいのぅ。いや、あの顔に恐怖を覚える遺伝を受け継いで「いいぞもっとやれ!」発動中かの?
受け継がれる苦手意識、業が深いのぅ。
おっと、外が騒がしくなってきおったわい。
成り行きを見守るために外へ出る。
そこではすでに睨み合う二人を取り囲む野次馬たちでごった返しておった。
ここ数日立て続けに騒ぎを起こしておったせいで他の店からも酔客共が溢れでてきておる。
おう、賭けも始まったようじゃな。勝敗ではなく何手でアルテアが勝つかの賭けじゃ。
勝敗では賭けが成立せんようになってきておったからのぉ。
ここでの揉め事の立会人はもっぱらリーベルトが務めておる。今も周りに被害が出ぬように結界の準備で忙しそうじゃ。
「カナレリア・マッセン流剣術宗家、テレシア=マッセン!」
少女、テレシアちゃんが名乗りをあげる。
「マッセン流剣術師範「鉄壁」のアルテアです」
名乗りを返したアルテアが楽しげに笑う。
「ふふふ、思い上がった弟子の系譜に教育を施す。これは正に師の務め、じっくりと教育してあげましょう」
同じような顔じゃがやはり貫禄が違う、ワシゃ手足どころか身体の芯からガクブルじゃわい。
「そんな痴女一歩手前のような格好をして、よりにもよって【鉄壁】を騙るとは!もう許しません。成敗です!さあ、抜きなさい!」
「ふむ、本来であれば貴女程度に得物は必要ないのですが、教育のためにはあったほうが良さそうですね…… お父様、杖をお貸し願えますか?」
これか?貸すのは良いが折ったりしては嫌じゃぞ。これはワシの大事な散歩の友じゃからの。
ワシは渋々愛用のヒノキの棒を差し出す。
「またしてもふざけた真似を!!」
テレシアちゃんもう真っ赤を通り越して頭から湯気が出そうな勢いじゃな。
「準備は整いました。胸を貸してあげます。何時でもかかって来なさい。」
上から目線のアルテア、そしてここでも揺らす。
「ゼクセン、良いのであるか?あの小娘にはお主の杖は斬れぬであろうが、アルテアなら容易に圧し折るのであるぞ?」
あー、まあその時はその時でガンドに新しいのをねだるわい。
そこでふと思い出し、リーベルトの杖をみる。
「そんなに見てもこれは返さぬのである。既に人生の過半を共にした愛杖を手放す気はないのである。」
いや、別に返してはいらぬぞ?ただずっと使うてくれておるなあと思っただけじゃ。
さて、そろそろ始まるかの。




