酒場の人々
いつもより長いです
「いらっしゃいませ」
扉をくぐるとマリーナさんがあのツヤのある声で出迎えてくれる。
彼女が頭を下げたことで、「たゆんたゆん」が作り出す魅惑の谷間がワシの目に飛び込んでくる。
ここが天国か……
バシッ!
うおっ、頭をはたくなリーベルト。
すっかりジジ馬鹿になりおってからに。
あの日から4日、アルテアはマリーナさんをしっかりと護衛しておるようじゃ。
あちらから送り込まれたネズミを2回処理し、街の衛兵隊を一度壊滅させておる。
ネズミはともかく、衛兵隊はもう少し手心を加えてやっても良かったと思うのじゃがな。
向こうは職務を遂行しておるだけなのじゃから、怪我をさせたのはやり過ぎじゃと思うのじゃ。
連日の騒動に、衛兵隊と立ち回り。周りの店にも迷惑をかけておるのう。
この状態ではさすがに一般の客足は戻っておらんのう。
好き好んで厄介ごとに巻き込まれたい者などそうはおらん。
と、言いたいとこじゃが、本日も満員御礼じゃ!
余り広く無い店内にひしめく筋骨隆々の男たち。
こやつらの目当ては皆アルテアだったと言うのだから世の中わからんもんじゃ。
お主ら正気か?
内訳としては、まず半分はガンドの工房関係じゃな。
こやつらはまだ分かる。
今回のアルテア新ボディーの製作に多少なりとも関われば鍛冶士として自分たちの仕事の成果を目にしたいと思うのは当然じゃろう。
じゃが、3日も4日も通いつめる必要はないのではないかの?
それに最初は肌の質感や動きの滑らかさ、
そう言った技術的な興味を含んでおった視線がアルテアとマリーナさんのバインバインとたゆんたゆんに移り、どちらがより素晴らしいかで議論が白熱しておる。
ガンドと高弟達は忙しすぎてこれておらんようで、若手が中心なせいか見た目の若いバインバイン派が優勢じゃな。
次にカナレリア領系列の冒険者じゃな。
こやつらは同郷の先輩冒険者からカナレリア時代のアルテアの話を聞き及んでおる中級以上が中心で、酒を飲みに来たとゆうよりも道場破りか何かのような程で店を訪れた者が多い。
が、例外なくアルテアにヤキを入れられると、マリーナさんに優しく介抱されコロリと懐いてしまいおる。
これじゃからカナレリアの人間は脳筋が多いと言われるのじゃ
で、この中ではアルテアは鬼軍曹、マリーナさんは女神様といった感じの評価かの。
残りは昨日まではおらなんだ包帯グルグル巻の怪我人集団。
なになに?ほう、昨日壊滅させられた衛兵隊の隊員とは。
お主ら頭の打ち所でも悪かったのかの?
捕縛に失敗した相手の酌で酒を飲んでおってクビになっても知らんぞ?
ほう、命令撤回の上、怪我が治るまで有給とな。
謝罪と感謝と下心。
アルテアは怖いが目の保養で、マリーナさんは癒しじゃそうな。
そんなこんなでこの店は今、毎日槌を振る肉体労働者、脳筋の冒険者、意外と肝の座った怪我人と広いようで狭い種類のムキムキどもの憩いの場になっておる。
ワシ一人だけ少し浮いておるのじゃな。
ん?リーベルトはあれで中々良い体格をしておるのじゃ。
裏切り者め。
さて、このムキムキ空間を作り出した張本人は……
おった。今日は目が覚めるような鮮やかな青色のドレスじゃな。
体のラインを隠す気などさらさらない、ぴったりとした滑らかな薄手の生地に、際どいところまで強調された胸部。髪を結い上げたことで大きく開いた背中が丸見えの背部。
更に、足元まである長いスカート部ではギリギリまで入ったスリットから嫁譲りの長い脚がチラチラと覗いておる
けしからん、実にけしからんドレスじゃ!
相手がアルテアでなければワシもガン見してしまっておったであろう。
む、リーベルト!お主までもが凝視するで無い!
お主はもうメンテナンスにも立ち会わせぬ!
何だか腹立たしかったのでリーベルトの頭をはたいておいた。
ぺちっ、良い音がする。思わずニヤリとしたワシをリーベルトがにらみ返す。
おっ!やる気かの?
自慢では無いが魔術抜きのワシは弱いぞ?
弱い者いじめの現場を見られてマリーナさんに失望されるが良いわ!
年甲斐もなくお互いの頬やヒゲを引っ張り合う大人気ないワシら(頭は狙わぬのが紳士ルールじゃ)をよそに、酔っ払い共に大人気のアルテアとマリーナさんの二人。
「ア、アルテアさん!指関節の強度とか大丈夫ですか!そこに配合されてる黒王鉄俺が鍛えたんです!」
「黒王鉄なんか精々3%くらいじゃねえか、俺なんか110番台のパーツの相槌任されたんですよ!何処のパーツか良く分からなかったけど調子どうですか!」
「僕、瞳の磨きだし第3工程まで担当しました!貴女の瞳に見つめられたいです。お願いします!」
「マリーナさん、ずっとここでお店やってるの?こんな良い店知らなかったなんて不覚だったわぁ」
「アルテア様みたいなドレス着ねえの?絶対マリーナちゃんの方が似合うって!えっ!あの服サイズきついの!? うそぉ!アレより凄いってちょ!」
「そそ、アルテア様は俺たちの流派のお嬢にソックリなのよ。歳も今丁度あの位でさ。イヤイヤ、キミの魅力に比べればあんなの只のクソガキさぁ、性格キツイしね」
「ゲーツの野郎はオレらでヤキ入れといたから大丈夫だよ、休職中だから牢には入れられなかったけど今頃夜逃げの準備でもしてるんじゃない?」
「普段、不良冒険者共の相手をしてる俺たちが、怪我くらいであんなチンピラに手こずるなんてないない。まあ、あのねえちゃんには軽く捻られちまったけどな。」
「へへへ……マリーナちゃん、お尻もそそるって、あれ?アルテアさんでしたっけ?えっ、良い戦士の手をしてるって?いやあ、そりゃ毎日派手にしごかれてるし。俺たちゃちょっとしたもんだぜ?ところで、そろそろ手を離して……痛え!痛え!ちょ!俺怪我人だから、ゴメンナサイ!おさわり禁止理解しました!やめて〜!!」
「おい!衛兵てめえなに気安くアルテアさんに触ってやがんだ!槌で叩いて延ばすぞコラァ!」
「何処をどうみればそう見え……いや!痛い!痛いっす!もう勘弁してくださいぃ」
「ははは、馬鹿共は放っておいてマリーナさんはこっちで一緒に呑みましょう!」
あのアルテアが周囲の人々の笑顔の中心におる。何だか感慨深いものがあるのぅ。
リーベルトも力が緩んでおるが?
「あのドレスは吾輩がエルザに初めて贈ったものなのである。ここはまるであの頃のままのような……」
なんとそうであったか、しかし初めての贈り物があのけしからんドレスとは。
「お主、贈り物のセンスないのぉ」
「な、なんと、吾輩の美しい思い出を!このジジイは!」
ぬお!ひ、ヒゲが千切れるではないか!
「では、センスがあるとゆうお前が初めての嫁に贈ったのは何であるか言ってみるのである!」
ん?
ん?
ワシが嫁に贈った物?
…………
「…………じゃ」
「よく聞こえなかったのである、ハッキリ言うのである」
言いたくないのぅ。これは失敗したわい。
「消しゴムです」
なっ!
「お母様からは、消しゴムであったと聞き及んでいます」
ア、アルテア〜!!
「ゼクセンよ、よくそれで吾輩のセンスにイチャモンを付けられたものであるな?いや、そういえばお前と嫁は……アルテア?」
「はい、お母様は当時家庭教師であったお父様から贈られた消しゴムを生涯大事にしておられました」
ひ、人前でその話をするで無い!小っ恥ずかしいではないか!
「うは、じいさん教え子に手をだしちゃったの?やるなぁ〜」
「ねえ、ねえ、家庭教師ってその時じいさんと奥さん何歳だったの?」
「家庭教師ってことは、良いとこのお嬢さんだろ?ゼクセン様ぱねえなぁ!」
う、うるさい!それは出逢いの時期であって結ばれたのはずっと後じゃぁ!!
あの頃のワシは人間そのものに興味がなかったのじゃぞ!
む、それはそれで、やばい人のようで言とうないのぅ。
「お母様は当時10歳の辺境伯家長女、お父様は26歳のお抱え学者だったそうです」
「「「「え?」」」」
「「「「…………」」」」
「うおおおお!!スゲぇぇ!!16も離れた主家の娘に手ぇ出すとかありえねぇ!」
「10歳に欲情する26の男。俺が父親なら絶対認めねえ!」
「これが目の前で起こったことなら間違いなく詰所に引っ張って事情聴取だな」
「いや、普通に犯罪でしょう」
「辺境伯家って、うちらのとこの御領主様だよなぁ?ってことは初代【鉄壁】かよ!リーベルト様並みの大英雄で当時有数の美姫じゃねえか!それに10歳の時にツバつけるとか」
くっ!このままでは収拾がつかなくなるのじゃ。
「皆の衆、ワシの話はこれくらいでの?」
店中の視線が集まる。
マリーナさんまで何やら生暖かい眼差しでワシを見ておる。
これはあれか?噂に聞く老人虐待とゆうやつか!
誰からともなくワシを指差す男達。
そして……
「「「「ロリコンじじい!!」」」」
ぐは!
コレはもう立ち直れぬかもしれん。
このままではいかん。
何かもっとインパクトのある何かが、何かが起こらねば……
そんなワシの願いを天が聞き届けたか、突如店の入り口のドアが大きな音を立てて開かれる。
コレはあれか!襲撃じゃな?何なら腕試しの冒険者でも良い。うえるかむ厄介事!さらなる波乱でワシの不名誉な話題を塗りつぶすのじゃ!
じゃが、扉をくぐり現れたのは歳の頃17ほどの少女。
そしてその顔はアルテアによく似ておる。
するとその顔を見た冒険者の一人がつぶやく
「やべえ、お嬢だ!」




