気苦労症の邪神殺し
南門の検問をフリーパスで通り抜け迷宮都市に入る。
此処に来るのは初めてでは無いが馬で10日、こんな強行軍での移動は初めてであった。
全行程の2割を短縮しての移動など100歳を超えた年寄りにさせるものではない。
これだけの苦労をさせられたのに、本当の難題は此処からなのだから胃が痛くなってきた。
吾輩の名はリーベルト=オルヘックス、王国魔術師ギルドで総長を務める魔術師である。
普段は王都にて各所との調整や予算の承認などの書類仕事を行なっておる。
出来ればそろそろ隠居して、悠々自適の研究生活など送りたいところだが吾輩より優秀な人材が見つからないために中々引退出来ない状況である。
そんな王都での多忙な日々の中、国土の外れにある迷宮都市汲んだりまでやって来たのは、当然退っ引きなら無い事情があってのことだ。
あれは今から10日ほど前の早朝であった。まだ寝起きであった吾輩の所に一人の若者が駆け込んで来たのである。
この若者は吾輩の古い知り合いの曾孫で、現在はヤツの屋敷を管理しながら魔術師ギルドで働いており、直接の面識の無いギルドのトップに直接訴える様な立場の者では無い筈であった。
吾輩は物凄く嫌な予感がしたのである。
ギルド絡みで無いならもうヤツ絡みの懸案である事は確実である。
そして、未だかつてヤツ絡みの懸案にまきこまれて無事に事が収まったことなど一度たりとも無いのである。
そう、ヤツが、ゼクセン=コラルド何か問題を起こすたびに何故か吾輩が尻拭いをして回る羽目になり、そんな事が学生時代からかれこれ100年以上続いているのである。
それでもヤツの嫁がいた間は彼女が上手く手綱を握り、各方面にも睨みを利かせていたが、現在はまた吾輩にその役目が回って来る。
正直なところ、王国やヤツの所属する錬金術ギルドでは手に負えないのだろう。
ヤツが起こす厄介ごとは一国が対処できる範疇を軽く超えてくる。
であるから、国をバックに吾輩の不本意な二つ名、「邪神殺し」で黙らせて回る羽目になるのである。
若者の語った内容は本来なら、吾輩の中のゼクセン危機対策マニュアルで10段階の5、対策をしなければ国際問題確実(一国での対処も不可能では無い)程度のものであったが、関わっている者が最悪であった。
錬金人形「鉄壁」のアルテア。
かつて吾輩「邪神殺し」リーベルト=オルヘックスと「大錬金術師」ゼクセン=コラルド、「神剣鍛冶師」ガンドの三人が持てる技術のすべてを注ぎ込み造り上げた吾輩らの最高傑作である。
本来、限りなく人間に近い人型を作る事を目的としていた研究は、ガンドの高過ぎる技術と自重しないゼクセン、モデルになったゼクセンの嫁らからの要求により、人類の最終兵器開発と呼ぶに相応しい存在に成り果て、さらに場の空気に呑まれた吾輩が練りこんだ魔術の奥義や禁術により、もはや何を相手にする気なのか分からないオーバースペック振りを発揮するに至る。
さらには当時王国最強と呼ばれた剣士の技術を受け継ぎ、既にこの錬金人形を止められるものはなく、その存在そのものが人類の共有財産、顕現した神の奇跡と認識され、存在そのものを国際条約で管理されておる。
そのアルテアが現在遂行中の命令を破棄し、ゼクセンの研究資料を持って出奔。
もうゼク危機マニュアルLv8、対策をしなければ全人類による総力戦、もしくは全ての国を巻き込んだ大戦突入の可能性(ゼクセンの尻を叩いて対応させる必要有り)である。
もしアルテアが完全な自由意思で行動していると思われれば、その対策若しくは封印などの処置が求められることは確実で、アルテアがこれらに応じないこともほぼ間違いない。
そうなれば各国のアルテア引き込み工作や最悪では人類とアルテアの対立も起こりうる。
吾輩ぽんぽん痛いのである。
そんな訳で王都を飛び出した吾輩は一路迷宮都市へ。
ゼクセンの研究資料を持ち出したとゆうことは、何らかの薬を必要としているとゆうこと。
資料から材料を調達しても誰かに調合をさせる必要があること。
これらからアルテアがここ迷宮都市のゼクセンを訪ねて来るのは確実であり、さしものアルテアと言えど、あのゼクセンの壊滅的な癖字を解読し、材料を調達してからでは吾輩らより先には到着していないはずであった。
都市へと入った吾輩は冒険者ギルドへ、現在ゼクセンが冒険者ギルドに所属しているのは調査済みなのである。
ところがヤツはギルド本部では無く西のギルド支部で活動中とのこと。
仕方なくその西門支部とやらに向かう。その支部で薬草じいさんと言えばスグに分かるだろうとのことだ。
王都より付いてきた護衛と共にさほど大きくないギルド支部に入る。
どうも余り程度の良くなさそうな冒険者が目立つ。
ヤツはこんな所で何をしているのだろうか、薬草じいさんとは何のことだろうか。
一つしかないカウンターに向かい要件を告げる。
「ゼクセン、薬草じいさんを探している。ヤツは今どこにいるのであるか?」
ゼクセンの名を出すと同時に支部内の空気が変わる。
ヤツめ、ここでも色々やらかしておるのか?
「こちらでは、そういった冒険者個人の事についてはお答え出来ない事になっております」
と受付嬢。
「本部ではここで聞けと教えてくれ「おい、ジジイ!!」」
むむ、イキナリ割り込んで来てジジイとは。
最近の若い者は口の聞き方とゆうものがなっておらんのである。
振り返った所でこちらに向かって来ようとする冒険者のパーティーを吾輩の護衛が阻む。
正直な話面倒くさい。吾輩こんなやり取りは90年以上前に卒業したのである。
指を鳴らせて魔術を発動する。
麻痺の術である。悪用されやすい為一般では余り知られていない術であり、我が輩も用心の為に人前では詠唱を行わない扱いの難しいものであるが‥
冒険者達は一瞬で硬直し、その場に倒れこむ。
上手く効いたのである。で、あるがその様子を見た他の冒険者達が何時でも得物を抜けるように身構えた。
仲間意識としても、いささか反応が大げさ過ぎるのではないか?
疑問に思うも吾輩今は急いでおる。
一番出口に近い位置にいた冒険者が動こうとしたので周りごと全員眠らせる事にした。
中級で眠りの魔術を発動させる。咄嗟に反応した者も幾人か居たが吾輩の方が早い。
湧き出した魔力の煙に巻かれて冒険者達が崩れ落ちる。
まあまあの反応であった。見た目ほど質は悪くないのである。
むしろ、こんな時間からギルドにたむろする手合いではあり得ない練度であった。
其処でふと思い至ったのは、ゼクセンの周りには大勢の護衛が付いていたこと。
コレは吾輩やってしまったのであるかな?
振り返り、引きつった顔の受付嬢に尋ねる。
「もしかして彼らは皆依頼の遂行中のだったのかね?」
黙り込んでしまった受付嬢。
うむ、これは、こちら側から譲歩せねばならんかな。
吾輩は懐を探り、ギルドカードを取り出す。
当然吾輩名義の冒険者ギルドカードである。
そのカードを受付嬢に見せてやると、ガチガチに固まってしまった。
仕方あるまい。吾輩リーベルト=オルヘックスは「邪神殺し」のSランク、生きた伝説扱いされる最上位冒険者なのであるから。
冒険者ギルドでは、ゼクセンなどよりもよほど顔なのである。
吾輩とゼクセンに交遊が在るのは周知の事であるからそこからは話が早かった。
無駄ではあろうが一応の口止めをしてゼクセンの元への案内を頼む。
案内に付いた冒険者は先程中々の反応を見せた者で、ゼクセンの嫁の実家からの護衛であるようだ。
流石はカナレリア辺境伯家、よい手駒を持っているのである。
この時間のゼクセンは西の草原とやらにいるらしい。左程待たずとも戻ってくるとの事だったが、ここまで強行軍でやってきたのである、こちらから迎えに出て来た。
道中何事も無く目的地に着くと輪になって座る人の集団を見つける。
数年ぶりに会うゼクセンであった。
まだ年若い冒険者達とともに桶を囲み何やらやっている。
吾輩はその人の輪に近づき声をかける。
「ゼクセン、久しいのである。」
「ゼクセンってだれ?」
「じいさんじゃない?」
「じいさん、ゼクセンって名前だったんだ」
「じいさんなのにカッコいいじゃねえか」
まだ子供と言っても良い年の冒険者達は楽しそうだ。
当の本人のゼクセンは不思議そうな顔で吾輩を見ている。
吾輩の顔を覚えておらん程耄碌したのであろうか。
いや、違う。こヤツの視線は吾輩のある一点に固定されている。
吾輩の頭頂部にである。
この歳で見栄を張るつもりも無いが、こヤツにやられるのは無償に腹がたつのである。
暫しの時間睨み返してやると漸く口を開く。
「リーベルト、すまんのじゃが毛の薬は切らしておるのじゃよ」
やはり吾輩の頭を見ておったなこのバカモンが!
コレからこヤツの相手をするかと思うと吾輩頭が痛いのである。
リーベルト=オルヘックスの
「ゼクセン危機対策マニュアル」
Lv1 ★ 危険度 ★が付いているものは実際に対応経験有り
村単位の廃村など 対応しなかった場合の被害
(対策必要なし、自己防衛で) 対策に必要な組織などの規模
Lv2 ★
貴族家消滅
(対策必要なし、自己責任で)
Lv3 ★
既存権力組織の壊滅
(各ギルドの連携が必要)
Lv4 ★
国内争乱
(国内で対応可)
Lv5 ★
国際問題確実
(一国での対処も不可能では無い)
Lv6 ★
地域一帯の存続の危機
(1カ国〜数国での連携が必要)
Lv7
大陸規模の災害
(人類全体の協力が必要)
Lv8
全人類による総力戦、もしくは全ての国を巻き込んだ大戦突入の可能性アリ
(ゼクセンの尻を叩いて対応させる必要有り)
Lv9
人類存続の危機
(アルテア投入の必要有り)
Lv10
世界存亡の危機
(アルテアの全開放、人類滅亡覚悟が必要)