7話
「それじゃ、迷子の犬をさがそうか」
ジュースを飲み終わった雪恵さんが缶を地面に置いてそう言った。
「写真と首輪は借りてこれた?」
「はい」
私は雪恵さんにコロの写真と赤い首輪を手渡した。
なんでもコロを見つけるためにいるそうで、昨日持ってくるように頼まれていたのだ。
「まず最初に言っておかなくちゃならないんだけど。魔法は万能じゃないからね」
「はい」
それは、ウィッチネットの先輩たちに何度も繰り返し言われていることだ。
「だから、悪いけどうまくいかないこともある。それはわかってね」
「はい。わかります」
雪恵さんは、自分には関係ないことなのに、私のために手伝ってくれている。それだけで十分すぎるくらいだ。
「よし。それじゃ始めるけど、とりあえず今日はその友達の家の近くを中心に、街の中を当たってみようと思うの」
雪恵さんの手の中で細長い杖がくるっと回る。
「街の中ですか?」
私はオウムのように繰り返した。
「うん。真理ちゃんもそれでいい?」
「えっと……」
私は少し口ごもってしまった。というのも、私はコロが今いるのは街ではなく山のほうだと思っていたからだ。私と知佳ちゃんが住んでいるところは、田舎というわけじゃないけれど、――むしろ都会だと思うけれど――それでも自転車で1、2時間くらい行くと小さな山がある。家の近くには川が流れていて、そこはコロのいつもの散歩コースでもある。その川沿いをずっと北のほうに行けば山にたどり着くのだ。
夜中ならともかく、昼に子犬が街を歩いていれば嫌でも目に付く。でもまだコロは見つからない。だから知佳ちゃんと私はきっとコロは山のほうに行ってしまったと、そう思ったのだ。
「真理ちゃんは街にはいないと思うのね?」
私の表情を読んで、雪恵さんが言う。
「はい」
雪恵さんにちょっと悪いとは思ったが、私は頷いた。自分なりにそう考えた理由も説明してみた。
「うん、そうだね」
雪恵さんは微笑みながら聞いてくれた。
「私もどっちかというと山のほうが正解かなぁ、って気がするけど、でも街の中のどこかのおうちに保護されてるってこともありえると思うの」
「保護、ですか?」
「そう。子犬が迷子になってるのを見つけてるでしょ? そして、捨てられてると勘違いして、自分で飼おうとした場合なんかだね」
なるほど。それならありえそうな気がする。
「そういうことなら見つけるのも楽だし、お友達に教えてあげるのも簡単でしょ? 偶然あそこのおうちで見たって言えばいいんだから」
たしかに。それだけなら魔法のことは言う必要がない。
といっても、知佳ちゃんには私が魔女だってことは伝えちゃってるんだけど。……でも、知佳ちゃんはあれを魔法だとは信じていないか。手品だと思ってるみたいだし。
魔法で見つけたなんて説明すると、雪恵さんのことも教えなきゃならなくなるかもしれない。それはいくら親友の知佳ちゃんでもできない。
私だけならともかく、他の魔女の迷惑になってしまう。
「だから、とりあえず今日は街をさがそうと思うんだけど」
そう言う雪恵さんに、私は大きく頷いて見せた。
「わかりました。今日は街のほうをさがしましょう」
「よし、それじゃ行こうか。とりあえず、真理ちゃんの家の近くまで戻らなきゃね」
雪恵さんは手の中でくるくると回していた杖をパシッと握る。
「はい」
私は立ち上がって、雪恵さんの後につづいて歩き出した。