4話
その日は土曜日で、私は少し遅めに起きた後、トーストと目玉焼きの朝ご飯を食べた。トーストにはマーガリンと砂糖をつけて食べるのが私のお気に入りだ。プチトマト入りのサラダにはマヨネーズをかける。最近は暑くなってきたので冷えたオレンジジュースがおいしい。
弟の部屋から少年マンガを借りてベッドの上に寝転ぶ。土曜の昼はこうじゃなくちゃね。私はいい気分でゴロゴロしていた。と、その時にピンポーンと呼び鈴が鳴った。少ししてからドタドタドタっと勢いよく階段を上る足音が聞こえてくる。
部屋のドアがガチャッと開いて、ベッドの上の私に知佳ちゃんが飛びついてきた。
「真理ちゃん!」
知佳ちゃんは私の名前だけ呼ぶと、私に体を押し付けるようにしてしがみつく。
「どうしたの?」
私が聞いても、小さくしゃくりあげるだけでなにも答えない。ドアの向こうではお母さんが心配そうにこちらを見ていた。
(私にまかせて)
お母さんに向かって口をパクパクさせると、通じたようで軽くうなずいてお母さんは一階に下りて行った。
「よしよし」
とりあえず知佳ちゃんの頭を撫でてみる。これで落ち着いてくれるといいんだけど。
知佳ちゃんが体をぐいぐいと押し付けてくるので、私の体は知佳ちゃんと壁の間に挟まれてしまった。仕方ないので枕を壁との間に挟んでおく。これでよし。
正直少しだけ知佳ちゃんの体温が暑いんだけど、ガマンガマン。私は根気よく知佳ちゃんの頭を撫で続けた。
少ししてから知佳ちゃんは顔を上げた。目が真っ赤になっている。ほっぺたには涙のあとがついていた。指で涙をぬぐってあげたら知佳ちゃんは目をつぶってぐすっと小さく鼻を鳴らした。
「それで、どうしたの?」
私が訊くと、知佳ちゃんの目からまた涙がにじむ。あーあー、もう泣き虫なんだから。
「おじさんとおばさんがケンカでもした?」
知佳ちゃんはふるふると首を振る。ちがったか。
「……じゃあ、なにか大事なものをなくしたとか?」
もうそのくらいしか思いつかない。本を読むのは好きなんだけど、それだけじゃ想像力はつかないらしい。
訊いてはみたけれど、いくらなんでも6年生になってそのくらいじゃ大泣きしないだろう、そう思ったのに、知佳ちゃんはコクンとうなずいた。ありゃりゃ、正解か。
「なにをなくしたの?」
「……コロ」
「コロ? ってコロ? いなくなっちゃったの?」
驚いて聞き返した。知佳ちゃんはまたコクンと頷く。
コロというのは知佳ちゃんの家で飼っている犬だ。柴犬の子供で、去年から飼い始めたばかりなのだ。知佳ちゃんはご飯を食べさせたり散歩に連れて行ったり、とっても可愛がっていた。その子がいなくなったのならそりゃあショックだろう。
私は知佳ちゃんをぎゅっと抱きしめた。知佳ちゃんはまたふぇぇっと泣き出してしまった。
しばらくして少し落ち着いた知佳ちゃんと私がベッドの上に向き合っていた。
「……今朝起きて、朝の散歩につれて行ってあげようと思ったら、いなかったの」
知佳ちゃんの家では、コロを家の中と外で半々くらいにして飼っている。今は暖かくなってきたので、夜は外の小屋で寝かせていたらしい。そのコロが今朝になったらいなくなっていたのだ。首輪はつけていたけれど、すっぽりと抜けてしまっていたようだ。小屋のすぐ近くに落ちていたらしい。
「それで、お父さんとお母さんがあちこちに電話して、でも私はどうしていいかわからなくて」
それでここに来たらしい。うーん、私にもどうしていいかわからないけど。
「ここに来るのはお父さんとお母さんは知ってる?」
「それは大丈夫」
ならよかった。お父さんやお母さんに心配かけちゃダメだからね。