2話
「じゃあ次はこれね」
知佳ちゃんが消しゴムの代わりにチョコを私の手のひらの上にのせる。お母さんからもらったオヤツのチョコ。うちはお母さんが甘党なのでお菓子はいつも必ず常備されているのだ。
「……わかった」
私は見えない指でチョコを持ち上げるようにイメージする。するとふわっとチョコは浮き上がる。
知佳ちゃんは身を乗り出すと顔をチョコに近づけて、パクッと食べた。
「んふふー」
ご満悦な笑顔。口の中でチョコが浮いてる感覚が面白いらしい。ゆっくり口中でチョコを味わったあとで喉が動いた。
「もういっこ」
ポンとまた手のひらにチョコがのせられる。
「はいはい」
またふわりと浮き上がったチョコがぱくりと口の中に消える。またチョコが手のひらにのせられて、浮き上がり、ぱくり。だんだんとチョコを食べるのに夢中になってきた知佳ちゃんが私の体にひっついた。手のひらの上に少しだけ浮き上がったチョコを食べるためにほっぺたを私の手のひらにこすりつけるようしている。
……猫みたい。
思わず私は知佳の頭をなでる。いいこいいこ。
「あ、また私のこと子ども扱いしてるね」
じとっとした目で私を見るが、私の手から逃げようとはしていない。
「いや、子どもっていうより、猫みたいだと思って」
「ペット!」
目を丸くして驚く。
いや、だってね。実際猫っぽいですよ、知佳ちゃん。でも可愛いからいいんじゃないかな。
知佳ちゃんは一緒に夕食のカレーを食べた後で、迎えに来たお母さんと一緒に帰っていった。
なにせずっと昔からの付き合いだから、こういったこともしょっちゅうで、お母さんたちもとっても仲良しだ。
「いつもごめんねぇ」
「いいええ、うちの真理もよくごちそうになるもん、気にしないで」
なーんてニコニコ挨拶してた。
午後10時。私は歯を磨き、パジャマに着替えてベッドに入る。ベッドは窓際に置いてあるから、少しカーテンを開くと、お隣の家の屋根と暗い空が見える。星はあまり見えない。
私は頭のチャンネルを切り替えて、ウィッチネットに接続する。
『……からテスト週間だよ、すっげ憂鬱。テストなんか死んじゃえばいいのに』
『……の件はあの子に任せたほうがいいんじゃん? 大丈夫だって』
『……っかれたあ。やっと仕事が終わったわ。ったく、なんで私があいつの後始末しなきゃならないんだよ。課長のやつ、絶対許さんわ』
『いや、テスト死なねぇし』
『おつかれー。こっちも帰るとこだわ。仕事の後は一杯飲みたいねー』
近くに住む魔女たちの声が聞こえてきた。声と言っても実際に口に出してるとは限らないんだけど。
『みなさん、こんばんは!』
私が挨拶すると、『よ、こんー』『ばんわー』『へい、らっしゃい』『今日も時間通りだねー』『ぐへへ、お嬢さん、今どんなかっこうしてるの?』魔女の先輩たちが返事をくれる。……ちょっと変なのが混じってるけど。
『今日はどうだった? 何か面白いことがあった?』
魔女の先輩たちはみんな優しい。私はここら辺のウィッチネットの仲間内じゃ一番新人で、歳も下だからだと思う。こうやって私がしゃべりやすいように色々聞いてくれる。
『いえ、いつもと特に変わりありませんでした。放課後に友達と家で遊んだくらい』
『うんうんそれはよかった』『ああ、家に友達呼んだのなんてどのくらい前かなぁ』『私、家に人なんて呼べないよ!』『そうそう。とても無理だよねぇ。足の踏み場もないわー』
みんなが応えてくれる。今日来てるのは5人くらいかな? ウィッチネットはあまり遠くの人とは交信できないみたいで、いつもお話しする相手は比較的近くにいる魔女たち。人数的には大体10人ちょっとだ。
ウィッチネットでは個人情報を話さないし聞かないのがマナー。まるでインターネットみたい。だから、いつも話す先輩方の名前も知らないし、歳も知らない。でも大体20代が多くて、10代も少し。それより上はいないと思う。話してる内容から想像しただけなんだけど、多分あってる。
私がなぜ個人情報を言っちゃダメなのか聞いた時の答えはこう『世の中にいい人と悪い人がいるように、魔女の中にもいい魔女と悪い魔女がいます』……なるほど。当たり前のことでした。
でも、少なくともいつもお話しする先輩魔女たちはみんないい人だ。この人たちなら私のことを話しても全然大丈夫だと思うんだけど。でも、ウィッチネットは魔女の力を持つ人が近くにいれば聞こえてしまうんだそうだ。つまり、悪い魔女が無言で話を聞いてる、なんてことも絶対ないとは言えない。そう考えたら怖い。