1話
私の名前は真理、魔女である。本当だ。信じられないかもしれないけれど。いえ、多分信じられないだろうけど。
自分が魔女だと知ったのは、今から3年くらい前、9歳の頃。それまでは自分が特別な存在だなんて知らなかった。……なんてね。本当は今でも別に特別な存在じゃない。
というのも、魔法が使えるといっても、ほとんど何もできることなんてないからだ。どっかのゲームやマンガのように、呪文を唱えたら炎が「ボーッ!!」とか、雷が「ドッカーン!!」なんてことはできない。私ができることと言えば、扇風機代わりの風を吹かせたり、消しゴムくらいの大きさのものを手を使わずに持ち上げるくらい。不思議だけど、だからどうしたって程度のものだ。
それでもそんな力があるなんて羨ましいって? まぁ、確かにどんな些細なことでも人ができないことができるってのは気分がいいかもしれない。
でも私は思うんだけど。そういうのって他人に自慢してこそ楽しいんだと思う。だって一人手の上に消しゴムを浮かせてみても、何かむなしいっていうか。やっぱりクラスの友達みんなに見せて「すごーい!」とか褒めてほしい。それならきっと楽しいと思う。でもそれはできないのだ。
考えてみてほしい。こんな力が他人に知られたら。絶対に騒ぎになるし、不気味に思われるかもしれない。どこかの研究所に連れていかれてモルモットにされちゃうかも? いやいや、冗談抜きに。
というわけで、私のこの力のことは家族にも内緒だ。お父さんにもお母さんにも、生意気な弟にも絶対に秘密。
――知っているのはただ一人、親友の知佳ちゃんだけだ。
知佳ちゃんは私の家の近くに住んでいる ながねんの親友だ。今でも学校が終わったらお互いの家によく遊びに行く。
「やっぱり不思議だねぇ」私のベッドの上に並んで座っている知佳ちゃんは、そう言って私の手のひらの上、10センチくらいに浮かび上がった消しゴムをじーっと眺める。
「ホント不思議、真理ちゃんの手品」
それを聞いて私はガクッと力が抜ける。ついでに消しゴムも手のひらに落ちてしまう。
「手品じゃないって言ってるでしょ」
「あ、そうだったね。魔法だったねえ」知佳ちゃんはおっとり笑う。
「もう。約束したのに」
「ごめんね。約束だよね。信じてるよ、うんうん」
私がぷぅっと頬をふくらませても、知佳ちゃんはニコニコと微笑んでいるから、私もつられて頬が緩んでしまう。
私が知佳ちゃんに秘密を話したのは、やっぱり自分だけで秘密を守るのがつらかったからだ。そしてもし秘密を誰かに話すとしたらそれは知佳ちゃん以外に考えられなかった。幼稚園からの親友の知佳ちゃんなら信じられる。というか、知佳ちゃんを信じられなかったら他に信じる人がいない。
あ、お父さんやお母さんもちゃんと信じているよ? でもね? 秘密を共有して楽しいのは、やっぱり同じ歳の知佳ちゃんだ。これは仕方ないことなのだ。
「ね、もっかいやって?」
知佳ちゃんはおねだり上手。上目遣いで私の手をきゅっと握って言われたら、断れるわけない。
「仕方ないなぁ。はい」私はそう言って、もう一度どら焼きが好きな猫の消しゴムを少しだけ宙に浮かせる。
「んん? んんぅ」
知佳ちゃんは何やら考えながら、消しゴムの周りを指でひょいひょいと切るようなしぐさをする。糸なんかどこにもありませんよー。
「だから魔法なの!」
「うーん。わかってる。信じてるけどぉ」
……いや、あまり信じてない気がする。タネや仕掛けが分かるまでは魔法だって信じる約束なのに。タネも仕掛けもないけれど。