Quest9 一触即発
「はぁ……」
澪夜はステータスを消すと、溜息を吐いた。
意味不明なステータスにオーク。よくわからないことが続きすぎている。
そして、つい十数秒前までの自分。
なんとも言えない気分である。
インベントリから適当な布を取り出すと、顔に付いたオークの血を拭き取る。
エリュシオン・オンラインなら、そのままでも良かったが、ここは現実の異世界。血が付いたままというのも、気持ち悪い。
まあ……オリュンポスの副マスには色々言われてたけどな…と、澪夜は言葉には出さずに、呟く。
澪夜は周りを見渡し、めんどくさそうな顔をする。
騎士のような鎧の男達に、豪奢な馬車。そして、周りを埋め尽くすオークの死体。
そこかしこに血だまりができ、何人かの騎士は倒れている。
実に面倒そうだ。
澪夜はそう思うが、この場で「では。さようなら」とは流石にいかないだろう。
というより、なにが面倒そうなのか。
まずは1つ目、豪奢な馬車と騎士風の男達。
この異世界がエリュシオン・オンラインと似通っている世界なのは知っている。ならば、その国々も中世ヨーロッパと同じような……政治体系となっているはずだ。つまり、王侯貴族という身分があるということ。
そして、こんな馬車に乗れるのは貴族だけ。貴族と言えば高慢で傲慢というようなイメージがある。勿論、そんなことはない貴族もいるのだろうが、澪夜のイメージからすればこちらのほうが大きい。さらに、澪夜は貴族にそんな対応をされれば大人しくしている自信はない。実際、エリュシオン・オンラインのイベントで思わず、貴族を斬り捨てたこともある。勿論、その貴族は俗に言う悪徳貴族であったものの一応は貴族。システムにより、NPCによる大規模な澪夜及びギルマス連合討伐隊が組まれ、5000対5の大規模戦闘になった。まあ、勝ったのだが。
纏めれば、貴族はあまり関わりたくなくて、面倒。
二つ目は、オークの死体。
まず、邪魔。そして、見る限りオークベルセルクを倒せる様な者は居らず、これが斃されたと露見した際に、貴族に報告でも、されたら面倒だろうということだ。
でも、まあとりあえず……
澪夜は肩に載せていた刀を鞘に納めると、先程低級のローブを被せた少女の前に立つ。
「とりあえず、それを着ててくれ」
それだけ言うと、澪夜は少女の横にあるオークベルセルクの死体を足で仰向けにする。
そして、エリュシオン・オンラインで無駄に上げた魔眼スキルの1つ【森羅万象の眼】を使い、レベル以外の情報を見る。
「長っ」
予想以上の情報量にそう呟きつつ、有用な部分が無いか探すものの、特に有用なものは無さそうだ。
さて、そうなるとやることは限られる。
「さて、と。こいつらか」
澪夜は、未だに立ち尽くしている騎士たちに目を向ける。それに反応して何人かが剣を構える。
「あ?」
思わず、剣呑な声が溢れる。
別に澪夜はお人好しというわけではない。偶然助けたに過ぎなくても、このような態度を取られれば、それなりの反応をする。
「き、貴様はなにものだ!!?」
一人の騎士が若干上ずった声で誰何する。
剣を構えての誰何。受け取り方によっては尋問のようなものだ。
そして、それをするにしても相手というものがある。
「人に名を尋ねるのなら、自分から名乗ったらどうだ?」
澪夜は静かにそう返す。
「貴様、口答えをせずさっさと答えろ!この鷲獅子の紋章が見えぬか!」
騎士は声を荒らげる。
だが、行動を間違えているとしか思えない。澪夜の言葉に対する正しい返答は、このようなものではなく、自らの出自を述べることだ。
「見えてはいるが、それがなにを意味するかなどは知らない。
だが……お前、よくそんなことを吠えられるな」
「なに!?」
「偶然とはいえ助けられた身。
その割に、自分より強者とわかるだろう俺にそんな態度を取れる。
なんだ?騎士というのは、礼を重んじることどころか、力の差すら測れないのか?」
完全な挑発。
だが、澪夜は至って真面目に言っている。なにを根拠にあんな態度を取れるのかは知らないが、最低限度の礼儀くらいは持っていると思っていた。
「貴様ァ!
アルカディア家に楯突くつもりか!」
「なにを言っている。
そのアルカディア家とやらがなにかは知らんが、俺が言っているのはお前たちについてだ」
澪夜は騎士の言葉にはっきりと答えを返す。
それに、アルカディア家がなにかは知らない……とは言ったものの、ある程度の予想は付いている。恐らく、この騎士たちの主がそのアルカディア家なのだろう。だとすれば、馬車に乗っているのはそのアルカディア家に縁のある者。
なるほど、騎士たちが強気になるわけだ。と、納得する。
しかし、それでも……
「ただし、俺に武器を向けるというのなら、こちらも容赦はしない」
それで引くような澪夜ではない。
この世界に来て数時間だが、覚悟を決めている。自分を曲げることはしない。
澪夜は、鞘からゆっくりと【禍津姫】を抜く。
禍々しいオーラが溢れ、黒銀の刀身の周りで揺らめく。
その様相は正に妖刀。
生半可な力ではあっという間に飲まれる危うさを持っていた。
一触即発。
そんな空気の中、馬車の扉が開き、中からドレスを着た澪夜の少し下くらいの年の少女が出て来た。
「フレイド!剣を納めてください!」
そして、出てくると少女はそう命じた。
「はぁ…」
その様子に、澪夜は再び溜息を吐くのだった。