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はち。


「くまたん、キスなげーよ」


「ふふ、ごめんね。でも、優太のファーストキスはしっかり貰って置かないとだからね」

ごちそう様と、くまたんは得意の王子様ボイスでとんでも発言をした。


「ちょ、え、まじ?」

まさか、ファーストキスをくまたんに奪われるとは思っていなかった。初めては全部、初めての彼女にあげるつもりだったのに。

でも、嬉しそうに口を押えてはしゃぐくまたんを見ていたら、俺も嬉しくなってきた。


心がふわっと、くまたんのように柔らかくなった気がした。俺の表情が少し緩んだのをみて、くまたんはニッコリとほほ笑んだ。


「ねえ優太。人に合わせるって、悪い事じゃないよ」


「え、でも、それって優柔不断というか、流されてるだけの駄目人間なんじゃないの」

人に合わせるのは楽だけど、それは自分の考えを捨てるという事。そうやって自分を隠して逃げてばかりいては、いつかボロがでる気がする。


納得のいかない顔の俺に、くまたんはこほん、と咳をして俺の膝に腰を下ろし、語り始めた。



「皆だって、いつでも明るい訳じゃないと思うよ。優太と同じように悩んだり落ち込んだりしているよ、それが表に出ていないだけで。優太だって、いつもぐずぐず悩んでいるけど、それを知っている人はほんの一握りさ。みんな、見えないところで何かしら悩んでる。でもそれを隠しながら過ごしているんだ。

優太は、本当の自分を皆にさらけ出せないことが辛いんでしょ。優太は良い子だから、そのことを、皆を騙してるって申し訳なく思っちゃうんだろうけど、大丈夫、皆同じなんだよ。皆何かを隠して生きてる。それを互いに深読みしないように、お互いに気を使って、合わせて生きているんだよ。ただ皆は、秘密を隠しながら楽しそうに笑えるんだ。優太だってそれでいいんだ。本当の自分なんて、簡単に誰かに見せるものじゃない」



だから、そんなに自分を卑下しないでと、もっと堂々としなくちゃと、くまたんは優しく俺を叱った。


「でも、本当の自分が誰にも知られない、理解されないのは少し悲しいよ」


「そうだね。ありのままの自分を受け入れてくれる人も必要だ。まあ、長い人生

だよ、いつかそんな人が現れるから大丈夫」


「でも、もし現れなかったら?」


「優太、心配性だねえ。大丈夫だよ、僕は優太の全部が好き。少なくとも僕は、いつだって優太の味方だよ」


だからとりあえず今は、僕で我慢してねと笑った後、くまたんは小さな頼りない声で、「それまでは、僕と一緒に居てねと」と呟いた。



年季の入ったくまたんの体は、よく見ると所々禿げていたり、綿がよって布だけになっている部分もあった。


今日一日かけて、俺の事を力一杯励ましてくれたくまたんは、本当は俺よりもずっと悩んでいたのかもしれない。

中学に上がった頃から、段々くまたんと遊ばなくなって、いつしかベッドに転がっているだけの存在になっていた。時々ふと抱き寄せてみたりすることもあったが、昔に比べて触れる機会は確実に減った。


くまたんは、いつか自分が忘れられる、捨てられる存在だと思っている。だから、「それまで」なんて言うのだ。小さな体で、悲しい思いを背負い込んでいるのだ。



「くまたん、ごめん。俺、自分のことばっかりだった。俺は、くまたんが居てくれるから、泣きたい夜も、辛い夜もぐっすり眠れるんだよ。怖い夢を見て飛び起きて、横にくまたんが居ると、すごく安心するんだよ。それまで、なんて悲しい事言わないで。ずっと一緒に居たいよ、くまたんが大好きだもん」


寂しい思いをさせてごめん。これからもずっと一緒だよ、そう思いを込めてそっと頭にキスすると、

くまたんは胸に飛びついてきて、わんわん泣いた。


「うわあん、ゆうた、すき、大好きだよう」


「うん、俺も。俺も大好きだ!」


気が付いたら俺もぼろぼろ涙が出ていて、くまたんがそれを小さな手で一生懸命すくってくれていた。


俺もくまたんの瞳から零れてくる星の欠片みたいな涙を手で拾った。手で触れるとすぐに消えてしまうその滴は、夜露のように冷たかった。




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