さん。
▽
「それで、優太、今何時だと思う?」
「え?あっもうこんな時間か」
気が付いたらもうお昼で、帰ってきたのが九時過ぎだから結構な時間が経っていることになる。何もしていない時ほど時間が過ぎるのが早いのは何でだろう。
「優太、お母さんが作ってくれたお弁当食べないのは勿体ないよ」
「それもそうだなあ、食べないと学校サボったことバレるかもしれないし」
眠ったせいか、考え事をしたせいか、なんだかとてもお腹がすいた。
早速カバンからお弁当を出すと、それと一緒にぐしゃぐしゃになったプリントが出てきた。やばい、これ保護者に渡さなきゃいけないプリントだ。まあ後で渡せばいいや、邪魔だからまだカバンにしまっておこう。
「ゆうたー、お弁当の中身見せて!」
はやく開けろ!と急かしてくるくまたんは、興奮しているのかフラダンスみたいなのを踊っている。
「ちょ、なんでそんな興奮してんだよ。ちょっと落ち着けって」
「落ち着けないよ!お弁当だよ?愛妻弁当だよー?」
「おい、キモイこと言うな。妻じゃねーし愛もないから」
落ち着きの無いくまたんを足で挟んで捕まえて、お弁当の包みを開ける。
くまたんにも見えるようにしてやれば「ひゃほー」と変な声を出して喜んでいる。
何がそんなに楽しいのだろうと思うが、くまたんが大袈裟に騒ぐから俺もちょっと楽しみになってきた。今日のおかずは何だろうな。
「おお、めっちゃ生姜焼き入ってる」
蓋を開けると、まずご飯の上にびっしり乗っかっている生姜焼きが目に入った。その脇には、卵焼きとブロッコリーとトマトが可愛らしく並べてある。
「やった、俺の大好物だ。いただきます」
「優太は昔から生姜焼き好きだもんね。小学生の時、生姜焼きと結婚するって言ってたよ」
くまたんは懐かしそうに呟いた。
「いやそんな事言ってない、と思う」
絶対と言えないのは、本当に生姜焼きが好きだからだ。好きなら何とだって結婚できると思っていた時代だ、変な事を言っていてもおかしくない。
「そういえば、くまたんと結婚するって言っていた時代もあったなあ」たしか小五くらいだ。
そのことをクラスの女子に話したら、毛虫でも見るような目で「え、吉田君あたま大丈夫?」なんて言われたっけ。
「ああ、よく覚えているよ。あの時は本当に嬉しかった、僕も優太とケッコンしたい!って心の中で叫んだもの。まあその時は結婚の意味はよく理解していなかったんだけどね」
そこまで話して、ふと気になった事があった。
「え、くまたんっていつから生きてんの?あれ、生きてるってのは変か。いつから自我があるんだ?」
「僕たちぬいぐるみは、作られた瞬間から自我はあるよ。そして出荷されてお店に並んでいる時、皆で祈るんだ。どうか優しい心の子のお家に行けますようにってね」
くまたんはそう説明すると、嬉しそうに俺を見た。
「優太のところに来れてよかった。こんなに優しい子と一緒に居られるなんて、僕はぬいぐるみの中で一番幸せかもしれない」
ぬいぐるみの中には、愛して貰えず寂しくて自我をなくしてしまうものも居るらしい。
「俺はそんなに優しくないよ」
「優しいよ。優太はとっても優しくて、良い子だよ」
「良い子なら、学校をサボったりしないよ」
「良い子でも学校はサボるよ」
「……ふーん」
きっとくまたんは、俺が何を言ったって優しく受け止めてくれるだろう。俺は優しくもないし良い子でもないのに。
居心地が悪くて、無心でお弁当を食べる。大好きな生姜焼きの味が、苦く感じて食べるのが辛かった。