あわてんぼうのサンタクロース
子どもに読ませたい童話(大嘘)
同僚の方に焚き付けられて書いた作品でしたが、クリスマス当日に風邪を引いたため一日遅れの投稿です。
あらすじを読めばわかる気がしますが、かなりの酷さです。
サンタクロース。
それは赤い衣服を身に纏い、良い子の少年少女にプレゼントを配るとされる伝説の存在です。
今日はクリスマス。トナカイの引くソリが夜空を駆け、星と星の間をサンタさんの乗ったソリが移動していました。
「HO HO HO ……」
サンタさんはいつも、煙突からお家の中に入り、良い子がベッドの脇に掛けた靴下の中にプレゼントを入れていっていました。
だけれど最近では、みんなは煙突のある家に住むのをやめてアパートやマンション、四角い箱のようなお家に住み始めたのです。
オートロック、オール電化の家に入り込むのは大変難しいことです。それに、最近では二重鍵の扉が増えてきて、サムターン回し(扉の周辺を破壊してできた穴や郵便受けなどの隙間から棒を差し込み、内側から鍵を開けること)も難しくなってきました。
それでも、サンタさんはクリスマスが来る度に走り続けます。もっと多くの子どもたちに笑ってもらうために……。
世界の人口の増加に伴い、いつしかサンタさん一人ではすべての子どもたちにプレゼントを配ることができなくなっていました。
最近では、お父さんやお母さんが子どもに対してプレゼントを用意することも珍しくありません。しかし、お金がなく、クリスマスプレゼントも用意できない家庭もあるのです。
そんな家庭のために始めたのが、サンタさん無料サービスでした。依頼を受ければ、サンタさんはどこへでも無料でプレゼントを持ってきてくれるのです。情報化社会の発展に伴って、ホームページも作りました。
その依頼の住所の確認やモバイルガイド機能を利用するため、サンタさんはスマートフォンを見ていました。長年の相棒のトナカイはサンタさんの指示がなくても移動してくれます。
ソリの高度が下がってきたのを感じて、サンタさんは持っていたスマートフォンから目を逸らしました。そろそろ日本の依頼の家が近いのでしょう。
――――そうしてスマートフォンから目を離した時には全てが遅かったのです。
高度を下げたソリの目の前に、買い物帰りの主婦が歩いていました。
「危な――」
主婦の人は、目の前に急に現れたトナカイに驚いてしまって避けることもできませんでした。
ドスン!!
大きな音が夜の町に響きました。女の人はトナカイにはねられ、コンクリートに頭を打ったらしく意識がありません。
「おい! 大丈夫か!」
大きな音に気づいて、周りの家からたくさんの人が出てきました。男の人が主婦の人の意識確認と、一一○番通報を行います。
一方のサンタさんは、放心状態です。主婦の人より、プレゼントより、自分が事故を起こしてしまったのだという後悔と恐怖が彼の胸に広がっていきます。
「おいサンタのおっさん、警察が来るまで動くなよ!」
「……わかりました」
サンタさんは男の人に止められるまま、道の真ん中で立ち尽くしました。路肩に停めたソリを引くトナカイも、何やらしょんぼりした様子です。
ものの数分で救急車がやってきました。救急隊員の人が主婦の人を担架に乗せ、意識確認をしながら救急車に乗せます。
同時にやってきた警察官の人に、サンタさんは事情聴取を受けます。サンタさんは、自分がサンタクロースであること、脇見運転をしてしまったこと、全て正直に話しました。
警察官の人は疑っていましたが、実際に軽くソリで空を飛んで見せると、信じてくれました。
警察官の人は狼狽しながらも、サンタさんをパトカーに乗せようとします。何故なら、サンタさんは運転免許証を持っていませんでした。道路を走らないサンタさんには普段必要ないとはいえ、日本で道路に降り立つ以上は運転免許証がなければ無免許運転です。
その上、サンタさんは灯りをつけていませんでした。自動車による夜間無灯火運転です。これらによる相手の致傷ですので、当然道路交通法、自動車運転死傷行為処罰法に抵触します。
しかし、サンタさんは言いました。
「少しだけ待ってください! まだ、こどもたちへのプレゼントの配達が終わっていないのです」
しかし、法律は法律です。警察官さんも意地悪がしたくてサンタさんを逮捕するのではありません。夜間無灯火無免許運転のサンタさんが悪いのです。
公権力に逆らうことはできません。しかしサンタさんのプレゼントへの熱意は警察官さんを動かしました。ひとまず、持っているプレゼントを警察官さんに渡し、代わりに配ってもらうことに落ち着いたのでした。
プレゼントへの懸念が消えて、サンタさんはおとなしくお縄につきました。パトカーに揺られ、警察署に連行されていきます。トナカイとソリは押収されました。
何しろ現行犯逮捕ですから、令状がなくとも拘束ができます。サンタさんは自らの身の上を出来る限り正確に話しました。日本の通貨は持っていなかったので、お腹が空いてもカツ丼を頼むこともできませんでした。
サンタさんはそのまま留置場に送られてしまいました。身分を証明できるものどころか戸籍すら持っていないため、警察の方々も大いに困りました。
しかし刑事訴訟規則第142条第二項および三項では、
『被疑者の氏名が明らかでないときは、人相、体格その他被疑者を特定するに足りる事項でこれを指定しなければならない。』
『被疑者の年齢、職業又は住居が明らかでないときは、その旨を記載すれば足りる。』
と明記されています。なので、裁判のための起訴状は
通称名サンタクロース、生年月日不詳(推定年齢1200歳)、職業不詳、住居不定、無国籍、勾留番号××××号
と記載され、なんとか裁判へとこぎつけることができました。
留置生活開始から数日が経ってから、サンタさんは地方裁判所に召喚されました。サンタさんは被告の席に立ち、当番弁護士が付きました。
世にも珍しいサンタを訴えた裁判として、傍聴人は立ち見の人だらけでした。世界の新聞にも大々的に報じられました。
ある国では「子どもたちの夢を配るサンタを裁くな!」と反対運動が起こり、またある国では「偽物のサンタを裁け!」と面白半分に騒ぎ立てる人たちがいます。
当然、そんなこと当のサンタさんは知るよしもないのですが。
「まず、被告サンタクロースは……過去数百年に渡り、各国にて不法侵入や器物損壊を繰り返していたが……証拠不十分であるため、本裁判においては扱わないこととする」
原告の検事さんが罪状を読み上げていきます。
刑法第211条の2、業務上過失致死傷等違反。自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処されます。
また刑法第208条の2の二項、危険運転致死傷罪違反。人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し負傷させたものは15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する。
さらに道路交通法第72条にある、負傷者救護義務及び警察官への報告義務を怠った違反も課せられてしまいました。
幸いにして、サンタさんがはねてしまった主婦の方は一命を取り留めたそうです。しかし、サンタさんのしたことは大きいままです。
自分は人に怪我をさせてしまったんだ。サンタさんはそう納得して、検事さんの言うことを聞いていました。検事さんが一通りの罪状を読み上げると、最後に懲役三年を求刑しました。
――――しかし、その時です。
「異議あり」
すっと、サンタさんの弁護士さんが立ち上がったのです。
「これは被告の特別な事情を考慮しない一方的な求刑です。裁判長……彼は、サンタクロースなのです」
傍聴席がどよめきます。
「彼はたった一人で、当日プレゼントを届けて回っていたのです。ですので、疲労しても仕方がないものと思われます。
また、彼は全世界を約一晩で回り切るほどのスピードでソリを操っています。にも関わらず、被害者は入院で済んだ。これは、彼が咄嗟に速度を緩め、彼女を救おうとした証拠に他ならないはずです」
サンタさんは、あんぐりと口を開けて弁護士さんを見ていました。傍聴席もますますどよめきを増します。
「静粛に!」
裁判長がテーブルを槌で叩きました。
「裁判長、検察より反論があります」
「……!」
「検察官」
検察官さんはひとつ咳払いをすると、つらつらと語り出しました。
「弁護人が語ったのはサンタクロースの伝承であり、事実と必ずしも一致するとは限りません。実際、被告はスマートフォンを見ながらソリを運転していたという証言があります。
……また。彼の流儀に則り、伝承で判断するならば」
検察官さんはもう一度咳払いをしました。そして――――
「あわてんぼうの サンタクロース
クリスマス前に やってきた
いそいで リンリンリン いそいで リンリンリン
『鳴らしておくれよ 鐘を』」
バリトンボイスで歌い上げられたのは、あわてんぼうのサンタクロースという童謡です。検察官さんの意図に気づいた弁護士さんの顔が強張りました。
「そう……サンタクロース氏は鐘を持っている。前にいる人間に警告することもできるはず。しかしその事実はありません。被告は不注意から被害者をはねたのです! 被害者が生きていたのは、ひとえに彼のソリを引くトナカイのファインプレーあってのもの!」
「くっ……!」
弁護士さんの額に汗が浮かびます。どうするべきか、どうすればサンタさんを救えるか……考えているうちに、裁判は終わってしまいました。
「判決。被告を、懲役一年半に処す」
三年から刑は軽減できたものの、結局サンタさんは懲役を食らってしまいました。
「すみません……サンタさん。あなたを救いたかった……」
閉廷後、弁護士さんはサンタさんに頭を下げました。サンタさんは笑顔で答えます。
「いいえ。嬉しかったですよ」
サンタさんは、帽子を外し、それを弁護士さんの頭に乗せました。
「僕の代わりは、誰でも務まるものです。弁護士さん。いつかあなたに息子ができたなら……その子のサンタさんになってあげてくださいね」
そして、サンタさんは連れて行かれてしまいました。一年半、役に就くことでしょう。
どんなに偉い人でも、立派な人でも、たとえサンタさんでも、脇見運転は犯罪です。
みんなもソリだけじゃなく、自転車や自動車でも、スマホ運転はやってはいけませんよ!
なんだこのオチ