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The person who calls me an uncle.

作者: 希罪


2013年キャスフィの企画にて投稿した作品を改定したものです。

俺には彼女の__姪の名を呼んだ記憶が無い。



今日は天候が流動的なこの時期での束の間の晴天だった。気持ちが良い。仰ぎ見れば、ゆるりゆらりと雲は流れて行く。青碧の空に浮かびながら、一秒一秒形を変えながら。

久しぶりに再会した彼女に連れられて近所の公園を訪れた。休日の昼下がりというのもあってか、僕と同年代の子供達が様々な遊具で楽しそうに遊んでいる。彼女が「行っておいで」と僕に促したが、僕は首を横に振り、繋がれていた手をより一層強く握った。彼女は「もう……」と溜息を吐くものの、クスッと笑顔を溢す。そして鬱蒼と生い茂る一歩の木の下にある、木造ベンチに向かった。

丁度、木陰に入った頃、不意に冷たい北風が颯爽と駆け抜ける。彼女は漆黒に艶めく長い髪を掻き上げた。隙間から覗かせる白く柔らかい指は、まるで雪ようだ。

彼女はしゃがみ込んだ。瞳の位置がお互いに同等の高さにある。揺るぎなく大きく輝く瞳に、僕は魅力された。全てを呑み込まれてしまいそうだった。

「叶斗くん__いや、叶斗叔父様」

彼女は僕を“叔父”と呼んだ。確かに彼女は姉の子供で、僕にとっては“姪”という立場になる。けれど僕達は十もの歳の差がある。身長も知識も、遥かに彼女の方が上なのだ。時も急速に進んで行くもので、環境も随分と異なる。それでも彼女は僕を“叔父”と呼ぶ。

彼女は軽々と僕を持ち上げた。急にふわりと浮遊感を覚える。さっきまでは隠れていたビルや人の頭上等が見えて、少し背伸びした気分になり高揚した。僕が無垢な満面の笑みを浮かべていると、天使のような微笑みを浮かべて僕を抱き寄せる。まるで濁りのない純白の翼に包み込まれているようだった。

「可愛い……。ずっと叶斗叔父様とこうしていたいな」

彼女は僕の肩に顔を埋めた。直前に見えた彼女の表情が曇っていたような気がしたが、特に気にも留めなかった。




「そろそろ帰ろうか」

気付けば斜陽は赤く輝き、夜を迎える準備をしている。カラスも至る所で「早く帰れ」と促すが如く、電信柱の先端で合唱を奏でていた。

結局、ベンチに座って公園を延々と眺めながら話をしていた。ただ、それだけでも僕の機嫌は良かった。どんな些細な会話でも退屈しなかった。「楽しかった」と久しぶりに心から思える日だった。

彼女は僕より先に立って、手を差し伸べてくれた。僕は彼女より一回り小柄な手を伸ばして、彼女の手を掴んだ。

「__ちゃん、とても楽しかったよ。ありがとう」

僕は彼女を見上げた。紅色をした夕日が彼女の頭上に降り注ぎ、目が眩む程輝いている。だから僕は彼女の表情を読み取ることが出来なかった。僕は彼女ね表情を見ていないのに、またいつもの微笑みを浮かべているのだと勘違いをしていた。

彼女は僕の手を引き、公園を後にした。このままずっと家路を辿っていたい。彼女と繋がれたまま歩いていたい。心からそう思った。

暫くしてから、違和感を覚えた。

「ねぇ__ちゃん……、ここは何処?」

全く気付いていなかった。公園から出た一歩目から、進行方向が自宅では無かったことを。

辺りを見渡せば、閑散とした住宅地だった。何の変哲もない一軒家が延々と続いている。雰囲気は僕の家の周辺と何ら変わりはないが、違う。屋根の色も玄関の造りも、何もかも。

「もう少しだから」

声のトーンが低い上、何かに怯えているように震えている。彼女の様子が明らかにおかしかった。普段が天使と例えるなら、今はそうーー悪魔。それも他人の努力を嘲笑するような悪魔ではなく、自責に苦しみ哀しみに暮れた悪魔のようだった。

彼女が引っ張る儘に僕は歩き続けた。暫くすると一際大きな建物が見えて来る。僕が通っている幼稚園と構造はさほど変わらないが、高さ広さ共に比べ物にならない。

「此処は……」

「私の学校よ。私を地獄に堕とした場所。私の最期を飾る場所」

“地獄に堕とした場所”“最期を飾る場所”僕にはその意味を理解することは出来なかった。

目の前には黒光りを放つ彼女の身長をも遥かに高い校門が聳え立つ。彼女はまた、軽々と僕を持ち上げて、僕は校門を越えた。牢屋の鉄格子のような校門を挟んで彼女が見える。彼女が何故か遠い場所に行ってしまうようで、目頭が熱くなった。

「あぁ、叶斗叔父様。泣かないの……。直ぐそっちに行くから」

その言葉通り、彼女はひょいと校門を越えて僕の隣に降り立った。それでも、彼女は遠くに行ってしまいそうで……。

「叶斗叔父様、どうしたの」

僕は彼女の足にしがみついた。大事な物を守るように力強く抱き締めた。

「叶斗叔父様には、お見通しなのかな……」

彼女は地の底に吐き捨てるが如く、鼻で嗤った。そして僕の抵抗も儚く、意図も簡単に腕を払われた。僕はそのまま腕を掴まれて、引き摺られるように学校の校舎の方へ足を運んだ。風が煽り立てて、砂埃が立つ。やけに煙たかった。

昇降口の手前で彼女は足を止める。

「此処で待っていて。叔父様は良い子……でしょ?」

彼女はしゃがみ込み、瞳の位置が同等になる。そして確りと両手で腕を掴まれた。

「叶斗叔父様には、最期まで私の側にいて欲しいの」

怖かった。僕は彼女に怯えていた。揺るぎなく大きな瞳に、呑み込まれそうで。

彼女が校舎内へ消えて行った後、言われた通り僕は待ち続けた。もう陽は西の空に沈んでいき、紅色の夕空の代わりに濃紺の星空が現れる。僕は夢中になって夜空を見上げた。北には安定感を保つ、光が窺えた。北極星だ。それを囲うように様々な星が点在している。暗闇と明光の見事なコントラストに、僕は魅了された。

すると、突如学校の屋上に黒く小さな人影が現れた。闇に包まれて、はっきりとは分からないが確かに其処には人がいる。僕は何と無く、彼女のような気がした。

「__ちゃ、ん?」

僕は何も出来ずに呆然としていると、その人影はーー落ちた。一瞬の出来事で、気付いたときには人影は存在しなかった。

「__ちゃん!」

僕は落ちたであろう場所に駆け寄った。些か捜すと、鬱蒼と生い茂る木の下に彼女は居た。横たわって。

何度叫ぼうが、揺すろうが、彼女は微動だにしない。これが死というものだと、生まれて初めて知った。

辺り一面に真紅の血飛沫が飛び散っていた。暗闇の中でも血飛沫が踊り狂うように存在を示していた。それは彼女の雪のように白い肌も、漆黒に艶めく長い髪さえも侵している。けれど余りにも鮮やかなもので、星々の輝きに似た魅力を感じるのが、とてつもなく憎い。彼女の天使の微笑みを思わせるのが悔しい。なんて皮肉なんだ。




「今日は芽唯(めい)の命日ね」

姉の家の和室の片隅に、こじんまりとした仏壇が飾られていた。辺りに線香の煙が立ち込められる。俺はこの香りは余り好みではない。そこはかとなく、彼女が手の届かない場所へ居ることを思い知らされているような気がするからだ。

「叶斗もあの時の芽唯と同じ年齢になったのね」

姉は目を潤ませた。「何かごめん」と言いながら、淡い鼠色のカーディガンの袖口で涙を拭う。無理はない。娘の痛みに気付いてあげられなかった母親の心の傷が、中々癒ないのは言うまでもないだろう。

「俺さ、“芽唯ちゃん”て言ってたんだよね」

「そうよ。会う度会う度、ひっつき虫のようにまとわりついてたわ」

俺には姪の名を呼んだ記憶が無い。あるのは亡くなったあの日の記憶。それだけが、無情にも鮮明に脳裏に焼き付いている。

突如、背中に少し重みを感じる。そして小さくか細い腕が俺の肩に巻き付いた。振り向くと、雪のように柔らかく白い肌をした幼い少女が居た。少女はまだ生え変わっていない小さな歯を覗かせながら、満面の笑みを浮かべていた。その大きな瞳は揺るぎなく輝いている。そして幼気な可愛らしい声で俺に呼び掛けるのだった。



「叶斗おーじちゃん」



この作品を書いたのは中3の初夏のことです。1年経った今でも、自分の中でも好きなものだったします。伝わるといいな。

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