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魔王と呼ばれた彼女の理由

作者: クリ

彼女は英雄だった。

彼女は勇敢だった。

彼女は愛していた。

彼女は幸せだった。

彼女は残酷だった。

だから彼女は後悔なんかしなかった。

戦い、殺し、最後は笑って殺された。

彼女を愛し、彼女が愛した恋人に。


何処までも続く翠豊かな蒼天には一羽の鳥。

彼方に見えるは数多の命を抱く壮大な山々の山腹。

風が香る緑の原には小さな花々。

生命に満ち溢れたその場所。

しかし今は世界を塗りつぶすよいな深く、暗い死の気配だけが濃く、漂う。

黒く焼け焦げ、うがれた大地には、剣戟、鎧の摩擦音、詠唱の叫び、爆音、怒号、悲鳴…ありとあらゆる命を脅かす音が響いている。

百か、二百か、あるいはそれ以上か、多くの命と血を吸った大地は赤黒くそまり、地に横たわる屍達は走りまわる馬か魔の者に踏まれ、蹴られ、最早原型を留めていない者も少なくはない。

太陽が中天を過ぎた頃に始まったこの最後の戦いも終焉に近く、最初は拮抗していた人と魔の者の戦いは誰が見ても人側の勝利に大きく天秤が傾いていた。

魔の者達の数は最初の三割を残した程であり、人の数は六割程か。

大分削りとり、戦況が有利になるよう動いたが、その度に最前線で、右翼左翼で、遊撃隊として動く英雄と呼ばれる人間に戦況は一新される。


いつかは“聖戦”とでも呼ばれるのかな。

彼女は風に靡く長い黒髪をかきあげながらそう呟いた。

彼女の言葉に応える者はなく、それを気にした様子もなく、彼女は地に刺した剣に手を乗せたまま、戦況を眺める。

彼女が居るのは戦況が一望できる小高い丘の上だ。

そこは魔の者の天幕があり、本来なら魔の者の王たる彼女を守るための親衛隊と参謀等がいるのだが、今居るのは彼女一人。

戦える者は全て戦場に押しやってしまった。

伝令兵さえもう来ない。

もうすぐに彼女も戦場に行く事になるだろう。

いや、彼らがこの場所に辿りつくのが早いかもしれない。

彼女の首を取り、戦いを終わらせる為に。

彼女は視線を戦場から向かいにある丘にやる。

人と精霊や亜人等の天幕。

かつての友が、仲間が、恋人がいる、今となっては敵の天幕だ。

それに対して思う事も今はあまりない。

人と魔の者が敵対した時、魔の側につくと決めた時に全ての覚悟は決めた。

ただ、彼らが悲しむ事だけが申し訳ないと思う。

意外と泣き虫な恋人が泣かなければ良いと思う。

まあ、この戦いで死んでいなければだが。

彼女はまた視線を戦場に戻した。

人と魔の者が入り乱れ、しかし確かに人が押しているとわかる戦場で何箇所か、周りと違う戦いが行われている場所がある。

そこに彼らが、かつての仲間が、友が、恋人がいるのだろう。

英雄と呼ばれる彼らだ。

流石にしぶとく、手強い。

正直、魔の者では倒せるとも思っていない。

人は一人一人の能力では魔の者に負けといても群れるとかなりの能力をだす。

しかも彼らは英雄と呼ばれる者達だ。

それが集まっていては将軍クラスの魔の者でも倒すのは難しいだろう。

この戦争自体もそうだ。

始まった当初は魔の側が押していたが、結局は人が勝つのだろうと始めから分かっていた。

それでも魔の側についたのは同じ魔の者としての仲間意識、なんて物ではない。

ただ単に自分も魔の者だっただけだ。

魔の者には強い者と戦いたいとゆう本能のような物がある。

平和を愛する者、平穏に生きたいと思う魔の者がいないとは言わない。

しかしそれでもこの本能は生きたいと人間が思うのと同じような、言わば当たり前の本能だ。

この戦争はその本能から始まった。

戦争に勝利し人間を駆逐し、世界を支配下に置く。と宣言した始めの魔の者だって本当はそんな事思ってはいなかったのだ。

ただ人と魔が集団で戦うのに代議名分が必要で、人が本気で団結し、何が何でも抗うのにこれ以上ない理由に思いついたのがそれだっただけだ。

そう本人に聞いたし、実際その通りだった。

その魔の者ももう死んだが。

そうしてなんの因果か今は彼女が魔の者の王だ。

巻き込まれた人間達には悪いと思っている。

たしかに悪いとは思っている。

しかし彼女もたしかに魔の者だったのだ。

彼女は戦いたかった。

彼女の愛した仲間と、友と、恋人と。

全力で力を出し合い、殺し合いたかった。

彼らは彼女がしる誰よりも強い者だったからだ。

しかし彼女は我慢していたのだ。

彼らが彼女と本気で戦ってくれるはずがないし、殺し合いもしてくれないだろうから。

人は、大多数の人は愛している仲間と正気で何の理由もなく本気の殺し合いするような精神構造はしていない。

無理に戦ったとしてもそれは本気ではないだろうから。

だから我慢していたのだ。

しかし状況はあの魔の者達のせいで変わった。

人と魔の者は敵対した。

これは最初で最後のチャンスだろうと彼女は思ってしまった。

たしかに彼らは彼女を魔の者側とは思わなかった。

考えもしなかっただろう。

それだけの信頼も信用も親愛もあった。

しかし彼女は考えてしまった。

これは全盛期の彼らと戦える最後のチャンスだと。

もしかしたらこれからもチャンスはあるかもしれない。

しかし彼女と違って人は早く老いる。

それが悪いとは思わないし、年を重ねて老獪になった彼らと戦うのは楽しいだろう。

しかしそれは彼女が今望む戦いではないし、何より戦えるかもわからない。

彼らは魔の者とは違うのだ。

だからこれが最初で最後のチャンスなのだろう、と。

だから彼女は決断した。

彼らは容易には信じなかった。

嘘だろうと、どうしたんだと、何か理由があるのだろうと、最後には操られているのかとさえ疑った。

だから彼女は行動で示した。

彼女が、彼らが拠点にしていた、騒々しくも愛おしい街を焼き払おうとした。

結局は彼らに邪魔をされてできなかったが、そこまでして彼らはようやく彼女が本気で敵になったのだと信じてくれた。

なぜなら彼女が真実操られていたら、彼女が愛した街を焼くような事は彼女が彼女自身に許さないからだ。

たとえ自身を殺したとしても許さなかっただろう。

彼女の誇りは、それを許す程低くはなかった。

だから彼らが、彼女が本気で敵になったのだと信じてくれた時、あの時の顔が、ギリギリと彼女の心を苛んだのだが。

驚愕、苦痛、絶望…しかしそこには裏切りに対する怒りや侮蔑はなかった。

きっと何か理由があるのだろうと、そう思ったのだろう。

流石に彼女も本当の理由は決して言えなかったから。

戦いたいと、殺し合いたいと望んでいても嫌われたくはないんて、自分勝手極まりない理由で。

そうして彼女は彼らに別れを告げて魔の者側についた。

それから何度大きな戦いがあったか。

魔の者が狙うのは大きな国や街だった。

それも強い、と噂される人や軍がいる場所ばかりだ。

そのおかげで国家弱体化を狙っていると人に勘違いされたのは渡り舟だった。

国々は国や街が襲われる度に危機感と結束を高めた。

色んな国を個々の魔の者集団が襲ったからか、この場所なら安心だ、と言える場所はないように思えたからだろう。

実際は小さな街や村々は何時もの獣害や魔物の害があるだけであまり変わりはなかったわけだが、魔の者が色々な街や国を襲っている現状で、それに気がつくものはあまりいなかった。

気がついてもどうしようもなかっただろう。

国の中枢は襲われた街を、国を守るのに手一杯だったし、襲われた街の者がそこに避難しようにもこれからも襲われない保証はない。

まだ守り手がしっかりある分、今の場所に留まる方が良いように思えただろう。


そうして、国は襲われながらもどうにか他の国々と連携をとり、手を取り合い、情報を集めて魔の者の王がいると言われる場所を突き止め、兵をあげた。

国の精鋭、募った傭兵、冒険者、英雄と呼ばれる者たち。

魔の者達は嬉々としてこれを襲った。

それを知らない人には悪いが、これが全ての理由だからだ。

何度も続く戦いだが人の兵の士気は高かった。

これに負ければもう人に後がないと思っていたからだろう。

その流れでこの戦争を始めた魔の者達も死んだ。

嬉々として戦って負けて死んだ。

しかしこの戦争を始めた魔の者が死んだとばれたら、何故か魔の王と人に呼ばれる者が死んだとばれたらこの戦争が終わってしまうかもしれない。

それでは彼女の願いはかなわない。

まだ彼女は彼らと戦えていない。

だから彼女は人にそれがばれないように王と名乗った。

魔の者に本来は王は居ない。

元々個人主義の固まりなのだ。

魔の者は。

しかしこの戦争という茶番の為に便宜上の王を立てた。

それを倒さなければ戦争は終わらないと思わせる為に。

それからがどれだけ長かった事か。

彼女はそれを思い出して小さく舌打った。

本当なら何度か彼らの前に姿を表して敵としての認識をあげてから、万を時しての戦いを挑むはずだったのに、ようやく王が居ないと戦争が終わると、気がついた魔の者に行動を制限された。

彼女が本気をだせば勝てない相手ではなかったろうが、何故かは知らないが魔の者同士では戦いが起こせない。

どんなに強い者でも戦おうとゆう気になれないのだ。

だからこんな傍迷惑な戦争がおこったのだが。

だから彼女が彼らと戦うには彼らが彼女の元に来なければならなかった。

しかも絶対に彼女を倒す為の決意をして。

だから彼女は王でいる変わりに魔の者を通して彼らに彼女が敵である事を知らせた。

彼女の命令として彼らを襲わせ、街を襲わせた。

絶対に倒すべき人類の敵だと認識させるために。


それもようやく終わる。

長かったような気もするしあっという間だった気もする。

人の軍は彼女の元に辿りついたし、彼らもそこにいる。

もうどれくらい彼らに会っていないだろうか。

彼らと出会ってからこんなに離れているのは初めてだろう。

しかしやはりそれももう終わる。

戦いは佳境だ。

魔の者ももう一割といないが、決して降伏はしないだろう。

最後まで戦って死ぬだろう。

その為にの戦争だからだ。

それらを他の兵に任せて彼らは彼女の元に来るだろう。

間違いなく、彼らが一番最初に。

英雄と呼ばれた彼らの中で、一番強かった彼女を倒せるのは彼らだけだと知っているから。

もうこれ以上、人が死ぬのに彼らは耐えられないだろうから。

ああ、長かった。

彼女はまた小さく呟いて、笑った。

彼女の瞳に映るのは戦場から真っ直ぐ駆けてくる彼らの姿。

大切な友、背中を預けあった仲間、何より愛したたった一人の恋人。

誰よりも殺したい、殺されたい人。

魔の者としての自分を呪い、苦しみ、悲しんでも結局彼女は魔の者だった。

自分の本能に任せて動く事を選んだ。

悲壮な覚悟を決めた痛みに揺れる、それでも凛とした眼差しで彼女を射抜く彼らに彼女は華やかに笑いかけ、地に刺した剣を引き抜き、構えた…



そうして彼らは長い戦争を勝ち抜いた。


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