第五章 音楽の行方
「メヌエリュート、どういうことか説明してもらいましょうか?」
キクトルーシュが大きな会議室でそう問い詰める。
「はい、実は昨日、私が就寝中に何者かの襲撃に会って――」
その言葉に、集まった、重臣たちがざわめく。
「撃退したのですが、取りにがしてしまいました……しかし、はっきりとしていることは、敵はこの国の中にいます」
悔しそうな師匠の表情、周りは何をやっているんだという声も聞こえる。
「みんな、静かに……事情は分かったわ……」
キクトルーシュは目を瞑り考える。
「国民ひとりひとりに、お城にある簡易的な物ではなく、ちゃんとした識別魔方陣に乗ってもらうことにしようかしら」
その言葉に、しわがれた老人の声で待ったがかかった。
「その方法だとの、全国民を疑うことになるし、なにより国民が不安を抱くことになるぞい」
そう、グスムは告げた。
「しかし、女王様が言っていることをしないと、ネクロノミコンを盗まれるかもしれないのよ」
メヌエリュートは必至だ。
「じゃがの、メヌエリュートよ、もしその識別の魔方陣に対策をされていたらどうするのじゃ」
グスムの言葉にメヌエリュートは黙る
「まあ何かしら、対策せねばならんことは確かじゃがの……」
グスムはそう締めくくった。
「そうね、とりあえず、町の警備を国民に気付かれないレベルで強くしましょうか」
女王の言葉にみんなが頷いた。
「それじゃあ、みんな気を付けて、解散!」
そう言って、会議は終わりを告げた。
家に帰ってきた師匠に会議の結果を聞かされていた。
「なるほど、警備が強くなる、それくらいですか」
「うん、でも、これじゃあな、まったく、頭の固い連中は困る……」
師匠は不満そうだ。
「まあ、でもないよりはましですよね」
「まあそうだだけど……」
会議によほど心残りがあるようだ。
「マスター、そろそろ行きましょう」
潤はベースを背負って、リビングから出る所で俺に声を掛けていた。
「そうだったな、じゃあ、練習行ってきます」
俺はそう言い、リビングから出るのだった。
俺達はベリルの家でセッションをしていた。
しかし、いまいちみんな合わない。
ベリルのテンポが揺れたり、ルゾットのカットミスをしたり、ミルテの声が裏返ったりなどだ。
「どうした、今日、みんな調子悪いね」
俺は、水を飲みながらみんなに問いかける。
「え? んー、なんか、分かんないけどね」
ルゾットが何か気になるようだ。
「私は少しいろいろあってな……」
ミルテは少し疲労の色が見える。
事情を知っている俺からすれば、お疲れ様と言いたいところだ。
しかし、突然、外で爆発音が聞こえた。
「何が起きたッ!」
俺は叫んだ。
「分からんが、とりあえず、行ってみよう」
ミルテのその言葉で、みんな、駆けだすのだった。
爆発は門の所で起きていた。
そこでは、もう数十名のこちら側の兵士と、あちら側の兵士がぶつかり合っている。
「本格的に、奪いに来たか……」
ミルテが歯噛みする。
輪の中心には、師匠を中心に、魔方陣を展開している、ネキリィム、クロノがいた。
「私たちも、加勢するぞ!」
「ああ!」
俺はそう言って、錬金術で剣を召喚して輪に飛び込む。
「マスター、ここは、私が、渦巻く炎、灼熱の風よ、目の前の敵を一掃せよ」
「炎獄風靡」
敵を炎の業火に陥れる。
しかし、敵の数は多い、業火を免れたものが潤に襲い掛かる。
「甘いね、氷雷の蕾よ、今花開かん」
「氷槍追爛」
そう唱えた、ベリルは、目の前の魔方陣から無数の氷の刃が、まるで雷のように敵を貫く。
そのとき、上空から、影が見えた。
「剣双軌跡」
クロスした剣の残像が俺達を襲う、それを受け止めたのは、ミルテ。
「剣術なら、負けない」
ぎゅっと剣を握る、ミルテ。
すとっ、と降り立つ、橙色のセミロングにメッシュの少女。
「そうか、私も負ける気は、しない、このリゲル、まだ剣の試合で師匠以外に負けたことがない」
すぅ、と中段の構えをとる、リゲル。
ミルテとリゲルの間に緊張した空気が流れる。
その間にも、俺やベリル、潤は別の敵と戦っていた。
リゲルが先に動く、上段から、ミルテを斬る。
しかし、それを後ろに避ける。だがその軌跡が動きミルテを襲う。
「何ッ!」
それを何とか体を無理やり逸らし躱すが、リゲルの追撃が来る。
「まだよ!」
リゲルは、右、下、と、どんどんミルテを後ろに追い詰めていく。
「くっ、はああぁ!!!」
ミルテは叫んで、リゲルの刃を押し返す。そして距離を取る。
「あなた、なかなか、やるわね」
リゲルは満足そうだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、なんだ、その力は……」
「説明する必要もない、あなたはこれから死ぬのだもの」
なんでもないように、まるで今から魚を捌くかのような、そんな感じで言うリゲル。
「くそっ、舐めたような……」
ミルテは悔しそうな口をする。
「さて、、そろそろ終わりだ」
リゲルが呪文を詠唱し始めた。
「夢幻の剣、空中に浮かびし剣よ」
そういうと、リゲルは剣を一振りする。
すると、ミルテの空中にその残像が数えきれないほど出現した。
「その者への裁きの一撃へとなれ!」
「無限の軌跡」
そう言うと、ものすごいスピードで、ミルテに襲い掛かった。
すごい砂埃である。
俺はそれに気づき、ミルテを呼ぶ。
「ミルテ!」
しかし、反応がない、やられてしまったのか……ミルテが。
いろいろな思い出がよみがえる。
一緒に歌ったこと、食事をしたこと。
――うむ! やろう、一緒に演奏しよう……
その言葉が脳裏に蘇る。
そのとき、砂ぼこりの中から光が現れる。
「ッ! あの攻撃を耐えるなんて!」
リゲルの驚きの表情。
「私の神々斬にかかれば防げるのさ」
そう言って、さらに赤い光と白い光が剣に集まっていく。
「それよりも、わたしが狙っていたのはこれさ」
リゲルは、光が増幅している剣に気づいた時には遅かった。
「極光と陽炎の一撃」
猛烈な紅と銀の一撃がリゲルに直撃する。
「ぐぁ……」
そして、リゲルはその場に崩れ落ちるのだった。
リゲルは魔術の縄で捕えており、俺、潤、ベリル、ルゾット、ミルテ、師匠、クロノ、ネキリィムがいる。
「さて、貴様にはいろいろと聞きたいことがある」
師匠は楽しそうだ。
しかし、俺は妙な胸騒ぎがした、しかし、遅かった。
「やれ、プロキオン」
リゲルがそう言うと、地面から、鋭い刃が師匠の胸を貫いた。
「ぐぅッ!」
師匠は呻いてその場に倒れる。
手に魔力が宿って、魔法を使い、貫いた、その人物は
ルゾットだった。
「何をしてるんだ、ルゾット、お前……なんで……」
俺はわけが分からなくなり、頭が真っ白になる。
ネキリィムとクロノが師匠を支える。
「ただ、私はエトワールとしての役割を全うしただけです、リゲルは返してもらいます」
そう言うと、地面から出て来た刃でリゲルの縄を解き、距離を取る。
「作戦は失敗ね、まあ、ネクロノミコンを実際に見たプロキオンからそんなに価値のある物でもないという報告も入ってるから、今後どうなるかも分からないけどね」
リゲルがそんな風に言う。
「帰りましょう、リゲル」
そう、ルゾットが冷めた表情で言う。
「ま、待ってくれ、ルゾット! お前は! 俺達のことは、もう捨てるのか!?」
ルゾットが少し、苦しそうな表情をする。
「うるさいわね、もう決まってたことなの」
そういつもの無邪気なルゾットとは違う、悲しそうな表情なルゾットが告げる。
「そんな、でも、俺はお前といて、楽しかったぞ!」
「私も楽しかったわよ!」
俺の言葉を遮るようにルゾットが叫んだ。
「この、つまらないちっぽけな国に、私から踊りを取り上げたこの国で、心の底から楽しいと思えたんだもの」
そこまで言い切って、肩で息をしたルゾットは。
「でも、もう遅かったの、全て遅かったの、私はもうプロキオン、エトワールのプロキオンになっていたのよ」
そう、全てを決心した、そんな顔だった。
「私は今の、この自分から変わるためにエトワールになった、でも、最後にこんなつらい思いするなんて……思わなかったよぉ」
ルゾットは目に涙を溜めていた。
「ルゾット……お前」
「これで、終わり、ありがとうね、まさっち、じゃあね……実はね、私、まさっちのこと大好きだったよ」
泣きながら笑って答えるルゾット。
俺は何を言っているのか分からなかった。
「じゃあね、ギターは大事にするから、今日でルゾットは死にます、次会うときは、エトワールのプロキオンだから」
もうルゾットは涙でくしゃくしゃだった。
「行くよ、プロキオン、嫌な役目押し付けたわね」
そうして、ルゾットとリゲルは去って行った。
「やばいです、主の傷が深いです」
珍しく緊張したネキリィムの声
現在、ネキリィムが治療に当たっている。
「くっ、主、私がもっと早く反応していれば……」
クロノが悔しそうにしている。
俺は最後まで何もできなかった……
この国を守るといって、結局、見ているだけかよ。
せめて、最後くらいは……
俺には召喚術があるじゃないか……
じゃあ、ネキリィムよりすごい天使を呼び出せばいけるかもしれない!
そう思うと俺は、頭の中で、想像していた。
羽が8つ生えた、頭に羽が生えた、天使の姿を。
俺の中の魔力がものすごい勢いで、減って行くのが分かる。
「ッ! マスター?」
それに気づいた、潤が止めにかかる。
しかし、俺は止まらない。
「天界の天使よ、我、力を必要とするものなり、いざ来たらん!」
前、師匠が唱えていた呪文をうる覚えで唱えてみた。
すると、目の前が光り輝いて
まるで全てを反射する様な銀色に輝くオールバックの髪、頭には天使の輪、背中には4対の羽、やたらと露出度の高い銀の甲冑の身に着けている少女が立っていた。
「あたしを呼び出したのは誰?」
そう、明らかに異質な声を放つ、少女だったが、ネキリィムが震えながら声を出した。
「さささ、サンダルフォン様、なぜここに」
どうやら、この少女はサンダルフォンと言うようだ。
「呼ばれたから来ただけだ、で何の用だ」
俺は、サンダルフォンをじっとみつめ。
「お願いします、師匠を助けてください」
サンダルフォンは俺をじっとみつめると。
「いい目だ、そうだな、助けてやろう、ただし対価はもらうぞ」
そう言って、師匠に近づくと魔方陣を展開したと思ったら、傷があっさりと塞がった。師匠はゆっくりとした呼吸になった。
「これでいいか?」
「あ、ありがとうございます」
「さて、対価だが……」
ちらりと、俺の背中にある、ギターを見る。
「前、人間界に行ったときに、その楽器の演奏を見たことがあってな、それを聴かせてくれ」
「え、そんなのでいいんですか、サンダルフォン様!」
ネキリィムの声に
「やかましい、お前はもっと修行しろ、だからいつまでも守護天使なのだ」
サンダルフォンに怒られてしょぼんとするネキリィムだった。
「で、どうだ、人間」
「俺は、雅博って言います、そうですね……急ですが、あさって、みんなでライブ開こうと思います! そこに来ていただければ、もっと素晴らしいものが見れると思います」
「ほぉ、それは楽しみだ、それまではここで厄介になるか」
そんなことを言ってると、師匠が目を覚ました。
「いてて、私は……って、サンダルフォン! なんでそんな上級天使が!?」
「雅博が召喚しました」
ベリルが飽きれているような、ほっとしているような口調で言う。
「まあ、これで、ひと段落ですし、家に帰りましょう」
俺達はぼろぼろになりながらも、一人足りないけれども、それでも家へと帰って行くのだった。
「雷儀雅博、あなたを名誉国民として、認定する!」
城の広場の前で、お偉いさん大勢の前でそんな賞を受けていた。
結論として、この国に有益な師匠助けた、ネクロノミコンを無価値と認識させた、の二つだそうだ。
そのあと、女王様に俺だけで呼び出されていた。
「ありがとう、雅博、あなたには確かに助けられたわ」
キクトルーシュに感謝される。
「いや、ほとんど何もしていないんですけどね」
「でも、メヌエリュートの命を救うのはあなたにしかできなかったことよ」
俺の手をぎゅっと握ってくる。
「ルゾットのことは聞いたは、辛い目に合わせたわね……」
「いえ、大丈夫……とは、言えないですけど」
俺はあの時のルゾットの表情を思い出す。
「さて、あなたはもう元の世界に帰ってもいいわ、ネクロノミコンももう安全とメヌエリュートから聞いたわ」
俺の真意を確かめるように目をじっと見つめる。
「俺は……」
俺は……
「残ります!」
やっぱり、この国が好きだ、師匠、ベリル、潤、ミルテ、それに、またいつか会えるかもしれないルゾット。みんな大好きだ。
キクトルーシュはにっこり笑って。
「分かったわ、じゃあこれからもよろしくね」
キクトルーシュは本当にうれしそうに笑った。