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第四章 Music in the mood

俺は女王のいるお城へと向かっていた。

メンバーは、師匠、ベリル、ルゾット、ミルテ、潤だ。

 最初は師匠と俺、護衛の潤、騎士の代表としてミルテだけだったが、途中で、ベリルとルゾットに会い、二人が

「私たちもネクロノミコンを見たい!」

 と、言ったので、女王様の許可があればと一応連れて行くことにした。

「ところで、ネクロノミコンってどんな物なんだ?」

 そう言う俺疑問に、ベリルが

「この国の宝の魔導書よ、詳しいことは知らないけどとてもすごい魔導書らしいわ」

「なるほど……」

「これを狙っているのは、魔王軍、外の人間の組織エトワール、ほかにも盗賊や山賊や数えればきりがないわ」

 ベリルはすらすらと言う。

「でもー、この国は結界で普通の人間には見つからないようになってるんだよ」

 そう付け足すのはルゾットだった。

「じゃあ、安心……なのか?」

 俺が疑問形で言うと

「いや、そうでもない、ここで話せないからあとで説明してあげるわ」

 そう師匠が珍しく難しい顔で話していた。

「とりあえず、女王様の城に行きましょう」

 潤のその声で、別の話題へと変わっていくのだった。


あいも変わらず立派な西洋の城に、俺達は足を踏み入れ、警備の者に用件を伝えて、赤い絨毯を歩きながら、王座の間へと向かう。

 ベリルとルゾットはどこか緊張しているような感じがする。

 王座の前の、検査の魔方陣に順番に乗って行く。

 そのとき、ベリルが魔方陣に乗った瞬間、赤く光り輝いた。

「えっ、な、なによ」

 突然のことに狼狽する、ベリル。

 たくさんの衛兵と騎士が駆けつけてきた。

「何事ですか?」

 キクトルーシュも王座の間から出てくる。

 そこで、輝いている魔方陣に乗っているベリルを見た。

「ベリル、あなた……」

「違う、私、何もしていない!」

 必死に叫ぶベリル。

「そうね、これは簡易のですし……メヌエリュート」

「はい」

 そういうと、魔方陣を展開させる師匠。

「天界の守護天使よ、我、力を必要とするものなり、ネキリィムよ、いざきたらん!」

 そう唱えたと思うと、魔方陣が白く光る。そして。

 光り輝く輪、背中には1対の羽、黄金の流れるようなツインテールは見るものを圧倒し。少し露出度の高めな、中心に十字架が描かれている、青い服は天使のそれだった。

「もう、主……ご飯食べてたのに」

 そう、不満そうに地面に降り立ち、羽を折りたたみ少女が言う。

「まあ、そうい言うな、後からたくさん食べさせてやる、それより、仕事だ、ネキリィム」

 師匠はその少女の天使、ネキリィムに向かって

「そこの魔方陣にいる女性の、昨日の記憶を読み取ってくれ」

「ッ! そ、そんな」

 ベリルは自分が疑われていることに、狼狽える。

「ごめんね、ベリル、今は一大事なんだ、昨日変なことしていなかったら、大丈夫だし、ネキリィムが見るだけだ」

 師匠は少し申し訳ない顔をする。

「じゃあ、ネキリィム、やってくれ」

「はいはい!」

 そういうと、呪文を唱え始める、そして、右手をベリルの頭にかざす。

「ふむふむ、なるほどね……」

 ネキリィムは難しそうな表情をする。

「……終わりました、結論から言いますと、この人は白です」

 その言葉にほっ、と胸をなでおろすベリル。

「そうか、じゃあなんで、引っかかったのかしら?」

「それは多分、昨日この人物は、強い結界に長時間いたから、その名残で誤作動したと思います」

「ん? なんで、強い結界なんて貼ってたんだ?」

 師匠がベリルを問い詰める。

「それは、ドラムの練習していたからよ」

「ふむ、それは間違いないのか? ネキリィム」

「はい、間違いありません、めちゃくちゃにテンション高くて、思わず私も参加したいと思ったくらいですね」

「……」

 耳まで真っ赤になったベリルがそこにはいた。

「なるほどね、つまりはそういうことか、もういいよ、ネキリィム」

「じゃあ、対価は?」

「また今度ふらっと、遊びに来たとき食べさせてあげるわ」

「やりぃ!」

 そう言い残すと、ネキリィムは空中で、すっ、と消えて行った。

「ほらっ、私、何もしてないでしょう」

 魔方陣から解放されたベリルが胸を張って出て来た。

 しかし、師匠の顔は険しく。

「でも、強い結界って、ベリル……」

「い、いいじゃないのよ!」

 恥ずかしそうに叫ぶベリル。

 そこにルゾットが

「多分、ドラムの練習ではっちゃけたかったんだよね、それで恥ずかしかったんだよね」

「……うん」

 赤く染めた顔を俯きながら答える。

 そこで、やっと笑顔を見せた師匠が

「疑って悪かったわ、最近ちょっといろいろあるものでね」

「メヌエリュートさんの気持ちも理解できます」

 ミルテも賛同する様だ。

「とりあえず、疑いも晴れたことですし、ベリルとルゾットがなぜここにいるかも一緒に王座の間で話しましょ」

 キクトルーシュがそう促すのだった。


「なるほどね、二人もネクロノミコンを見たい……と」

 キクトルーシュが思案顔で二人を見る。

「はい! 国のお宝ですし、魔術師として一度は御目にかかりたいと思ってました」

 ベリルは意気揚々と答える。

「うん! 私もべりっちと一緒だよ、一回見てみたい」

 ルゾットも興味津々の様だ

「うーん、一般の人には公開していないんだけど……」

 と、ちらりと、師匠の方を見る。

「キクトルーシュに任せるわ、さっきので疑いは晴れたようだし」

「そうね……さっきの誤作動の一件もありますし、お詫びに連れて行きましょう」

 肩をすくめてそうキクトルーシュは言った。

「やったね!」

 ルゾットがそう無邪気な笑顔をする。

「ただし、見るだけよ、絶対使おうなんて思わないことね」

 そう、念を押す。

「私も見るのは初めてだな、騎士として守るべき国民と宝は把握しておきたかったところだからな」

 ミルテのその呟きに

「ミルテはまだ若いからね、これからこの国を守る中心になってもらうために呼んだの」

「ありがとうございます」

 恭しく礼をする。

「そして、雅博、あなたには、このネクロノミコンがどのような物なのか、きちんと見てもらう責任があるわ」

 急に俺の名前が呼ばれどきっとする。

「大丈夫、一人じゃないから、みんなで守りましょう」

「はい!」

 キクトルーシュの激励に俺は答えるのだった。


「着いたわ……ここよ」

 城の地下、たくさんの警備の魔法使いを通り、扉の前にも、フードを被った、魔法使いの風貌の老人がいる。

「おお、キクトルーシュ様、待っておったぞ」

 しわがれた声で歓迎の意を示す。

「ありがとう、グスム」

 グスム、と呼ばれた老人は、俺達6人を見て、ふと、表情が曇る。

「お主らの誰か……嫌な気配がするのぉ……気のせいかの」

 そう呟く、グスム

「心配し過ぎよ、魔方陣を使って調べて、それに引っかかったものはメヌエリュートが調べてくれたわ、だから大丈夫よ」

「なら良いが……」

 未だ、不安がぬぐえないといってようである。

「さ、入りましょう」

 そう言って、俺達は中に入った。

 そこには、広い天井、薄暗い部屋。中心に大きな魔方陣があり、その中に黒い、果てしなく漆黒の魔導書があった。

「これが……ネクロノミコン……」

 ルゾットが、息を飲むのが分かる。

「ええそうよ、謎の多い魔導書、ネクロノミコン、使えば、対価なしで召喚できるともいえるし、魔力なしで魔法を使えるともいえる、不思議な魔導書よ」

 キクトルーシュが説明をする。

「すごい、魔導書からの魔力がここまで伝わってくるわ……」

 ベリルも圧倒されているようだ。

「女王様、この魔導書、今まで使われたことはありますか?」

 今まで黙っていた潤が訊ねる。

「いいえ、一度もないわ、使うのはあまりにも危険とグスムに言われているわ」

「そうですよね、この魔導書、なんか怖いです」

 潤の勘はそう言っているようだ。

「さて、雅博に見せれたことだし、帰りましょう」

 と、キクトルーシュが踵を返す、そのとき。

 ――お前は、いらない……

 そんな言葉が、英二の声で頭に響いた。

 その瞬間、辺りの景色が、学校の教室になった。

「ッ!」

 俺は何が起こっているのか良く分からなかった。

「雷儀、オレら、別のギター探すから」

秋の肌寒い風が吹く放課後の教室、俺はいつのまに座っていて、俺に向かってそう言い放つ英二が居た。

「え……? ちょっと待ってくれ!?」

 俺が所属していたバンド『ルージュ』のボーカルの英二の言葉に、あの時の再現に胸が抉れる。

 そいつは、面倒くさそうに、不良に似た茶色の長髪を掻き上げ。

「知らねえよ。とにかく、お前は、もういらないから」

 深く、まるで水中に沈められたようにその言葉が突き刺さる。

「そんな……くそっ!」

 わけが分からず、眩暈もしてきて、今にも泣きそうだ。

「うるせえよ、とにかくだ、お前はいらないから」

 本当に面倒くさそうに、吐き捨てた。

 そのとき、『ルージュ』のメンバーの一人のドラムの女の子がやってきた。

 飾りっ気のない黒のセミロング、パッチリとした眉に、丸い瞳。きちんと着こなしている制服がこのボーカルと完全に異質な空気を醸し出していた。

「行こう、英二」

 そう言うと、英二と呼ばれた、ボーカルを引き連れて教室を出ようとした。

 待て、待ってくれ!

 これじゃ、あの時と一緒だ。

 俺はずっと後悔していたのだ、あの時の……裏切られたということに。

 エルフの国に来て新しいバンドを作ったけど、でも、『ルージュ』が忘れられなかった。

 ――もう一度、やりたいか?

 その時、遠雷のような声が、脳に響く、そして、目の前に影を体現したかのような漆黒の魔導書が現れる。

 ――なら、願え、もう一度。やり直したい、と。

 俺はその言葉に導かれるままに魔導書を手に取った、そのとき。

 ――ふん、ふん、ふーん

 潤の楽しそうな、鼻歌が脳裏に過る。

 ――うーん、心配したんだぞー、このヤロー

 ルゾットの無邪気な笑顔も頭に浮かぶ。

――イェーイ!!!

ベリルのいつもの凛とした雰囲気とは違う、はちゃめちゃな楽しそうな声も響いてきた。

――あなたとはもう一度ここで一緒に演奏してみたいものだな。

 その言葉が、ミルテの言葉がよみがえってくる。

そうだ、俺は、もう、新たな仲間がいるじゃないか。

俺は漆黒の魔導書を投げ捨て、去りゆく英二に中指を立てる。

「こっちから願い下げだ! 俺には、もう大切な仲間がいる!」

 そうだろう。ミルテ、ベリル、ルゾット、潤。

 そう言うと、英二の顔がぐにゃりと歪む。

 すると、目の前にはキクトルーシュがいた。

「あらあら、私は仲間じゃないのかしら?」

 くすくす、とおかしそうに笑うキクトルーシュ。

「あ、いえ、すみません、俺は何を……」

 すると、パシン、と後頭部に痛みが走る。

「馬鹿者! お前はネクロノミコンの魔力に飲まれていた、もう危ないなあ」

 そう言って、俺を抱きしめる師匠。

「まあまあ、元に戻ったからいいじゃないのよ、ね、4人さん」

 そう言うと、ルゾットはにやにやしていて、ベリル、ミルテ、潤は頬を赤らめてそっぽを向いていた。

 俺はわけが分からずに、いると。

「さ、帰りましょう」

 という女王の言葉によってうやむやになるのだった。


 城を出ると、師匠は御迎えに来たクロノと一緒に、「用事があるから先に行くね」と、言ってどこかへ行ってしまった。

 ベリルは「あの本を見て少し魔法研究に刺激を得たわ」と言って空を飛んで帰って行き、ルゾットは、「お腹すいたー、帰る」と言って、帰って行った。

 残された、俺、潤、ミルテは、ゆっくりと家へと帰っていた。

 一緒に三人で歩いていると、ふと、ミルテと最初に出会ったことをふと、思い出していた。

「そうだ、また、あそこで、演奏しないか?」

「? ああ、あの湖のところか」

「俺にとってはここのスタート地点のようなものだしな」

 俺は感慨深そうに頷く。

「いいね、やろう、ただし、二人でな、そこにいる潤は近くで待っていてもらおう」

 その言葉に、潤が猛反発する。

「なぜですか! 私はマスターと一心同体です!」

「あそこでは、雅博と二人がいいのだ」

「ぐぬぬ、それは認められません」

 一歩も譲らない二人。

 そこで俺は潤に妥協案を出した。

「じゃあ、今から、潤と二人で路上ライブに行こう、それで手を打ってくれないか?」

「路上ライブ?」

 潤は初めての単語に疑問を浮かべる。

「そうだ、俺と二人で、外で演奏するんだ、初めての演奏だ」

「二人で……演奏……」

 うっとりと、無表情だが何かを考えている潤

「いいでしょう、認めます」

 潤は折れた。

「じゃあ、決まりだな、ミルテはまた明日」

「ああ、分かった、楽しみにしておくよ」

 と、去って行こうとするミルテに俺は一つ、決めないといけないことを思い出し。

「そうだ、バンド名、俺達の名前は何にする」

 すると、ミルテは少し考えて

「『リュシオル』なんてどうだ?」

 なるほど、ほたる、か。うん、俺にとっての新しい光でもあるしいいな!

「俺はそれでいいと思う」

「マスターがそれでいいなら、大丈夫です」

 潤も賛成の様だ。

「じゃあ、『リュシオル』で決定だな、これから頑張ろうぜ、ミルテ! 潤!」

「ああ!」「はい」

 二人はそれぞれ返事をするのだった。


「マ、マスター、ほんとに行くんですか?」

 潤は珍しく、不安を表情に出して俺の裾を握っていた。

 俺と潤は今、そこそこ賑わっている商店街の路地裏にいる。

「行くぞ、やると言ったら、やるんだ!」

 俺は、路上ライブ、一人ではやったことも何回かあるが、二人でやるのは初めてなので少しテンションも上がっている。

「で、でも……」

「いいから、行くぜ!」

 俺は、潤の手を引っ張り、夕焼けの商店街に出た。

 何事かと思い、俺達の方を見る。

「うう、やっぱりこの服装恥ずかしいです……」

 潤はまだ泣き言を言っていた。

 そう、俺は巫女服だと雰囲気に合わないので、赤いちびTにそれに合うような青のスキニーを履かせていた。本人はいつもとは違う服装にとても恥ずかしがっている。

 俺は、ギターの演奏を始める。

 すると、諦めたように、集中して、潤もベースを奏で始める。音は魔法で拡大済みだ。

 俺のギターと潤のベースのメタルの曲調のハーモニーに通りすがりの人が足を止める。

 しかし、すぐに興味を失ったかのように歩き去ってしまった。

 やはり、何か足りないのだ……

 しかし、俺は情熱的に演奏する。

 潤もそれに合わせるように奏でる。

 しかし、観客の足は止まらない。

 何か、もうひと押し、何かないのか?

 そのとき、突然、潤が歌いだした。

 叫ぶように、この世の全てが間違っているように

 気づけば俺も全身全霊で演奏していた。

 魂の慟哭が、観客を突き動かす。

 そして、曲が終わる。

 前を見ると、沢山の人が俺達に向かって拍手をしていた。

 俺と潤は顔を見合し、そして、にやりと笑う。

「みんな、ありがとう! じゃあ、次の曲、聞いてください!」

 と、潤が叫び、通行人の叫び声が木霊するのだった。


 あのあと、騒ぎを聞きつけた警備の人が来て、退散するまで、ずっと演奏していた。

 俺と潤はそれぞれの楽器を抱え、家にたどり着いた。

 すると、師匠がなにやら笑みを浮かべて立っている。

「二人とも……いろいろ、面白いことをやってきたそうじゃないのよ」

 俺と潤は、師匠に怒られるかと思い、身をすくめる。

「大丈夫よ、ただし、ほどほどにしなさいよ、以上!」

 そう言って、師匠は部屋へと戻って行った。

「よ、良かった」

 俺は緊張の糸が切れ、床にへたり込む。

「マスター、とりあえず、部屋に帰りましょう」

 潤みのいつもの無表情もどこか疲れているような気がする。

 俺は潤の提案に従い、部屋に戻り、ゆっくりと休むのだった。


 次の日

 俺と潤はオルフリュールの国の外の森へと出ていた。

 目指すは、ミルテのいる湖だ。

 鬱蒼と生い茂る木々の小道を歩く。

「マスター、ミルテさんと何の約束しているのですか?」

 そう尋ねた来る潤。

「ああ、それは、前会ったとき――」

「マスター……待ち伏せされています」

 潤の緊迫した声

「!? なんで!? 俺を狙っているのか?」

「分かりません、でも、敵意があるのは間違いありません、数は、1、2、3……4人です」

 潤は小さく呪文を唱える、すると、赤い衣が出てきた。

「火鼠のひねずみのころもです、これを羽織ってください」

 俺は言われるまま羽織る。

「これで、炎は防げます、気休め程度ですが……」

 潤は深呼吸すると。

「さて、向こうはこの先で待っていますね……ふぅ」

 すると、呪文の詠唱始める。

「渦巻く炎、灼熱の風よ、目の前の敵を一掃せよ」

炎獄風靡えんごくふうび

 そう唱えた瞬間、目の前、数十メートル先が真っ赤に染まる。

 紅蓮の炎が渦巻き、辺り一帯を焼き払っていく。

「すごい、これが、潤の力……」

「安心するのは、まだ早いです、一人、こちらに向かってきます」

 その言葉を言うか早いかのタイミングで一人の少女の騎士が飛び出してきた。

茶色いキャスケットの下の、橙色のさらさらのセミロングに朱色のメッシュは、まるで俺に死を彷彿させ、赤と白の騎士服はまるで少女が着ているとは思えないほど風格を出している。

「ッ!」俺はあまりの事に動けない。

「マスターには指一本触れさせない!」

 そう言って、手から炎の剣を出して、応戦する潤。

 激しい、剣劇が始まる。

 相手の斬撃は険しく、しかも、軌跡が残り、その場に留まり潤の行動を制限している。

だんだん潤が押されていく。

「くッ!」

 潤が悔しそうな声をあげる。

 そして、剣技では敵わないと判断したのか後ろに飛び、距離をとる、しかし、それが潤のミスだった。

「ふっ、かかった、剣双軌跡ソードローカス

 高速で二回転するように、その少女が剣を振ると、二つのクロスした剣の軌跡が潤に向かって飛んでいく。

「何ですッ!」

 潤は咄嗟に魔法障壁を展開するが、衝撃を殺せきれず、吹き飛ばされる。

「潤!」

 俺は、潤に駆け寄ろうとした。

「さて、邪魔者は片付いた、あなたを始末して任務は終わりね」

 そう言って、近づいて来る。

 俺は、後ずさる。

「楽に殺してあげるから、じゃ」

 そう言って、少女は剣を振りかぶる。

 その時、俺の前に無数の糸が、守るように展開する。

「まったく、馬鹿博君は世話をかけますね」

 そう言って、背後から、クロノが出てくる。

「まあ、おとりになってもらったんだから、そんなこと言わないの」

 師匠も出て来た。

「もう、最近、天使使いが荒いですよ、主、これは、ピザ3枚じゃ済まされませんね……」

 そう言ってネキリィムも出て来た。

「なるほど、そういうことか、気配を消して、こいつをおとりにしていたね……」

 その少女が、ゆっくりと呟く。

「本当に来るとは思っていなかったけどね」

「……プロキオンは裏切ったのか?」

 やや怒気を込めてしゃべる少女。

「おや、プロキオン、ということは、あなたはエトワールか、なるほどね、最近私たちを狙っていたのはエトワールだったのか……」

「しまっ……まあいい、別にあなた達をここで倒せばいいのだから……」

 集中して、殺気が膨れ上がる少女。

 師匠は冷や汗をかいていた。

「久しぶりに、本気を出してもらわないと不味いのかな」

「分かりました、主」

「ピザ、10枚で」

 クロノ、ネキリィム、両名も魔力が膨れ上がる。

 その時、森の奥から、もう一つ気配がやってきた。

「どうした、なにがあった……潤!? 敵か」

 そう言って、ミルテも剣を構える。

 全員の緊迫した空気が広がる。

 やがて、少女は緊張をとき。

「やめたわ、私の方が不利だわ、また勝てるときに来るわ、じゃあね」

 そう言って、ものすごい跳躍でこの場を去って行った。

 やがて、みんなの緊張の糸が切れる。

「ふぅ、潤ちゃんを見ないとね」

 師匠がそう言って、潤に駆け寄る。

「潤は大丈夫なんですか?」

 俺はぐったりしている潤を心配する。

「大丈夫よ、気絶しているだけよ」

 俺は、ほっと胸をなでおろした。

「何が起こってるんだ? メヌエリュート」

 ミルテは師匠を問い詰めるような格好だ。

「そうだね、ミルテと雅博にも説明しないとね」

 と言って、師匠の話が始まった。


「なるほど、ネクロノミコンを狙うものが町に侵入している……か」

 師匠の話をまとめるとこうだった。

「そう、だから、祭りの日に動きがあると言う情報を得て、排除してたの」

「そうだったのか……」

 師匠が裏で動いていたことに俺は驚く。

「でも、メヌエリュート、町に侵入者っていうのは?」

 ミルテがそう訊ねるが。

「それを今調査しているが、さっきの言葉から、エトワールであることが濃厚だ、あと……」

そこで、師匠が一旦言葉を区切って。

「この国に裏切り者が……エトワールが侵入している可能性が高い」

「ッ! なぜだ!?」

 ミルテは叫んでいた。

「今日、雅博が森に行くことは本当に一部の人しか知らない、それに待ち伏せができるのは、内通者がいるとしか考えられないわ」

「しかし……」

「事実だ、私も信じたくないわ、でも、このままだと国がやられてしまうわ」

 師匠の顔は深刻だ。

 ミルテも何も言えない様だ。

 そのとき、潤が目を覚ました。

「あれ、私、あいつと戦って……!? あいつは!?」

 潤は魔力を増幅させる。

「大丈夫よ、もう帰ったから」

 師匠がそう言うと、潤は力を抜く。

「しかし、マスターを守れずに申し訳ない……」

「いや、潤は頑張ったよ、ありがとう」

「マスター……」

 俺達はじっと、熱く見つめあう。

「はいはい、また今度やってね……あの者の正体は調べとくわ、じゃあ、私は帰るわ」

 そう言って、師匠が帰ろうとしたら、潤がくらっとした。

「潤!? あの、師匠、潤も連れて帰ってください、俺はミルテと共に町に戻ります」

「!? マスター私は大丈夫です」

 焦る潤。

「分かったわ、じゃあ、潤ちゃん来ましょうね」

 そう言って、尻尾を引きずられた、「マスタァァー!!!」と木々に木霊して、やがてミルテと二人になる。

「じゃあ、行きますか」

「ああ」

 そう言って、ともに歩き出した。


 俺とミルテはいつしかの湖に来ていた。

「あの日を思い出すな、雅博」

 湖の側にある小さな石に座ったミルテがそう問いかける。

「ああ、あの日は楽しかったな」

 俺も、ミルテの近くの石に座る。

 俺達の間に少しの無言が流れる。

 心地よい静寂だ。

 やがて、俺がギターを優しく奏で始める。

 それに、混ざるように、透き通るような歌声でミルテも歌う。

 木々に優しい演奏が響く。

 ミルテは目を瞑り、木々の空気、日差し、全てを感じながら歌っている。

 俺も、心地よい感覚に包まれる。

 何回も、何回も、演奏する。

 楽しい、そう、素直に感じられた。

 そして、空が赤くなってきて、俺達は演奏をやめた。

「ミルテ、楽しいな」

「ああ、楽しい」

 ミルテも余韻を感じるように俺に言う。

「明日、今度は、バンドの、『リュシオル』の面子で演奏しよう」

 俺はそう言った。

「ああ、そうしよう、きっと、もっと楽しいだろうな……」

 ミルテも言葉を噛みしめるように言う。

「でも……」

 そこで、言葉を区切るミルテ。

「どうした? 何か不満でもあるのか?」

 俺は気になり訊ねる。

「ここでは、二人だけで演奏したいな」

 そういつもの気丈な雰囲気ではなく、恥ずかしそうに言うミルテに

「ああ、もちろんだ」

 約束するのだった。


 気分の良さそうなミルテと森から出て、俺の家まで送ってもらう。

 家に入った瞬間

「マスター! お怪我は!」

 と、潤に心配されたが

「大丈夫だよ、ただ、ミルテと二人で遊んだだけ」

「ぐぬぬ……二人で、遊ぶ……ミルテさん、ぐぬぬ……」

 潤はとてもくやしそうだった。


 次の朝、俺は少し早くベッドで目覚めた。

 しかし、隣に違和感があった。

 甘い鼻孔をくすぐる匂い、胸の所に柔らかい感触……というか、潤が俺のベッドにいた。

 すやすや、と寝息を立てている。

 潤のベッドは綺麗に折りたたまれていることから確信犯だろう……

「……」

 俺は起こそうかと考えたが、幸せそうな寝顔を見て、それをやめた。

 しばらくすると、潤が起きた。

 潤は俺が起きていないと思ったのか、そろー、っとベッドから抜け出そうとしたので。

「潤、何をしてるんだ?」と、声を掛けると。

「マ、マスター!? い、いや、これはですね……」

 尻尾がばたばたと暴れている。

「間違えたんだろ? 気を付けろよ」

「は、はい!」

 と、急いで、自分のベッドに戻る潤だった。


「おはよー、うるちゃん、みるちゃん、まさっちー!」

 緑のポニーテールのルゾットの能天気な声が午前中の澄んだ空気の中を木霊する。

「おはよう、今日はベリルの家だったな、雅博、ベリルに許可はとってあるのか?」

 ミルテはいつもの黒いウェービーロングヘアーに黒いリボンのついた騎士服だ。

「ああ、取ってある……よな、ルゾット?」

「うんうん、昨日電話したよ」

 ふん、と鼻を鳴らし、どうだと言わんばかりにふくよかな胸を張るルゾット。

「前みたいにならないといいのですが」

 潤は巫女服ではなく、ちびTにスキニーだ。

「大丈夫、べりっちも私たちを待ってるはずだよ」

 ルゾットのポニーテールに白と緑のギザギザの模様のスカートの魔法装束が日光に当たって綺麗に見える。

「とりあえず、行くか」

「ヒャッホー!」

 ルゾットはとてもうれしそうだ、まるで、何か無理しているようにも見える。

「ルゾット、はしゃぐのは、ベリルの家に行ってからにしよう、ここだとな……」

 ミルテが周りの視線が集まっていることに気付き、ルゾットをなだめる。

「いいのいいの、楽しいからおっけー」

 ルゾットは気にしていない様子だ。

「まあ、ルゾットさんはそれでいい気がします」

 潤もルゾットのことはこれでいいと思っているようだ。

「まあ、元気なことはいいじゃないか」

 俺がそう言うと。

「マスターは元気な方が好きなのか……」と、潤

「雅博は……なるほどね……」と、意味深に頷くミルテだった。

「お前ら……」

 俺は溜息を吐く。

「何してんの? 置いてくよ!」

 いつのまにか先に行ってるルゾットが俺達に声を掛ける。

「はいはい」

 そう言って、ルゾットについていくのだった。


「……あんたねぇ……結界を急に壊さないでって、何回言ったらわかるの?」

 ベリルの家で、ルゾットが怒られていた。

 でも、そんなことまったく気にしていない様子で。

「ええー、ちゃんと今日は行くっていったじゃん」

「早すぎるのよ、昼からって言ったじゃないの!」

 どうやら、情報伝達にミスがあったらしい……

「だって、ベリルがあんなに汚い言葉を叫んでるなんて……ごめんなさい……」

 ルゾットが申し訳なさそうに謝る。

 ベリルは大きくため息を吐いて。

「分かったわよ、私も悪かったわ、頭をあげて、みんなでやりましょう!」

「うん!」

 ルゾットは嬉しそうに頷いた。

 ベリルの部屋は広かった、ドラムセットが真ん中にあり、色々な魔導書らしきものが高く積んである机が端にあり、本棚も2つ、ベッドもある。

「さあ、俺達のバンド『リュシオル』の練習開始だ!」

「了解です、マスター!」と、潤

「分かった!」と、ミルテ

「イェイ!」楽しそうな、ベリル

「はーい!」心の底から嬉しそうなルゾット

 と、4人ばらばらの返事が聞こえる。

 そうして、初めての『リュシオル』のセッションが始まるのだった。


 ――みんな練習しているのか、始めたばかりとは思えないくらい上手くいった。

 ベリルがバチを落としたりとか、潤の手が切れて絆創膏を貼ったりだとか、俺のギターの弦が切れて少しの間張り替えていた時など、4人だけで演奏していた。

 ミルテの氷の様に澄んでいるが力強いボーカル、ルゾットの流れる様なギター捌き、潤の全てを支えてくれそうなベース、ベリルの躍動感あふれるドラム。

 とても、いい演奏ができていた。

「そろそろ、終わりにしよう」

 基礎練習が終わり、曲の練習に入り、しばらくして俺はそう切り出した。

「そうだな、そろそろ、私も騎士団の会議に行かねばならない」

 ミルテは名残惜しそうに言う。

「えぇ! まだやりたい!」

 本当に、どうしてもこのままやりたそうなルゾットがいたが。

「なに、俺達はもう『リュシオル』っていう、仲間だ、またいつでもできる」

「そうね……」

 ベリルが額に汗を流しながらそう呟いた。

「またやろうぜ! そしていつか舞台に立って演奏しようぜ!」

 俺の言葉にみんな

「ああ」と、どこか嬉しそうなミルテ

「分かりました」と、潤

「うん」と、名残惜しそうなルゾット

「分かったわ!」最後の力を振り絞ったベリル。

 そうして、俺達の最初のセッションは終わりを告げるのだった。


 夜、俺と潤はすやすやと寝息を立てていた。

 しかし、急に近くで爆発音がする。

「ッ! 何が起こったんだ?」

 俺は状況が分からず混乱する。

「マスター、敵襲です、どうやら、狙いはメヌエリュートさんの様です」

 淡々と告げる潤

「何、じゃあ、早く向かわないと!」

 俺は師匠のピンチと知り、なりふり構わず駆けだしていた。

「ッ! マスター! くっ!」

 潤も遅れて後を追ってくる。

 廊下に出て、師匠の部屋の前にいくと、クロノが師匠の前に立って、茶色い土でできた龍と対面していた。

「師匠!」

 俺は思わず叫んでいた。

「何! まさ! 不味い! 逃げて!」

 師匠が叫んだのと同時に、土の龍の口から、黄金の魔法弾が放たれる。

「くッ!」

 潤が魔法障壁で受け止める。

 その隙に、龍は潤に向かって突進してくる。

「持たないッ……!」

 潤は辛そうだ。

 しかし、その龍は、クロノが放った糸に絡み取られ、そして

「魔糸のレイチェーン

 そう唱えると、地の龍が、ぼろぼろと崩れ去った。

「クロノ! 敵は!?」

 師匠が叫ぶ

「残念ですが、逃げられました」

 クロノが申し訳なさそうにつぶやく。

「そうか……」

 師匠が悔しそうにしている。

「あの、ごめんなさい、俺が出て来たせいで……」

 俺が狙われたせいで取り逃がしたことに、引け目を感じ謝る。

 師匠がつかつかと俺に歩み寄ってくる。

 俺は怒られると思い目を瞑る。

 しかし、やってきたのは、頭を包み込む柔らかい感触。

「まさが無事でよかったよ、まあ、あそこで出て来たのは駄目だけどね」

 と、俺を抱きしめて、頭をなでながらそう言う。

「しかし、私をこうも直接狙ってくるとは、そろそろ敵さんも本格的に動き出すのかもしれないな……」

 師匠はそう呟いて

「クロノ、女王に連絡を、明日、緊急で会議を開くように言ってくれ」


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