第三章 心のどこかで
あのあと、ミルテに付き合って、帰ったのは夜明け前だった。
いろいろなことを聞けて、少しこの国の事にも詳しくなれて楽しい時を過ごせたので良かった。
俺は疲れていたため、師匠の家の自分の宛がわれている部屋に着くと、泥のように眠った。
目を覚ますと、時刻を見て午前九時を指していて、急いでリビングに降りる。
「まさ! 遅い!」
今日も濃い栗色の綺麗な髪が豊満な体を強調していた。
師匠は俺を少しきつめの口調で叱る。
「すみません、気を付けます」
俺は素直に頭を下げた。
「うん、素直なのは、よろしい!」
師匠は腕を組んで、にっこりした。
「主、あんまり甘やかさないでいただきたい……」
横に立っていたクロノが少し面倒くさそうに言う。
「まあまあ、いいじゃないのよ、さて、朝食を食べたら、修行の次の段階へ行くわよ」
「はい!」
俺は師匠の声に威勢の良い変事をするのだった。
クロノは、はぁ、と溜息をつくのだった。
「さて、次の段階は、いよいよ、召喚に入るわ」
師匠は中心にあった机をどかして、下に書いてある大きな魔方陣の邪魔にならないようにする。
「まず、私達、召喚士というのは魔法には疎い、だから、代わりに戦ってもらう人を呼ぶのよ」
師匠が魔方陣を確かめながら話す。
「だけど、召喚には時間がかかるのよ、だから毎回召喚していたら話にならないわ、だから、常時一人、召喚した魔物を従えるの」
私の場合はクロノがそうね、と付け加えた。
「召喚士の基本の戦いは、従えている魔物が戦っている間に自分が錬金術や、別の一時的に呼び出した魔物で戦うの、分かったかしら?」
俺はなんとなく今からすることが予想できた。
「なので、まさ、今からあなたには、あなたのパートナーとなる魔物を召喚してもらうわ、ただし、当然なにか、対価を払う用意はしといてちょうだいね」
そう言って、魔導書を渡してきた。
俺は魔導書の重みに少し緊張する。
「そこの、359ページから、詠唱して……あ、詠唱しながらも、来てほしい魔物をイメージするのよ、呼びなさい」
と言って、壁際に離れた。
俺は一度、深呼吸をする。
そして、頭の中にとある妖怪のイメージをして、詠唱を始めた。
「ルクリティルムの妖獣達よ、我、力を必要とするものなり、呼びかけに答えしものよ、いざきたらん!」
魔方陣が真っ赤に輝いた、そして、そこには――
見るものを魅了しそうなほど血のように赤いロングテールの髪、それを掻き分けるように生えている狐の耳、その髪とは対になるような純白の巫女服、背中には9本の長い狐の尻尾が生えている。そして、赤い眼鏡の下には、長めのまつげの細い目がじっとこちらをみつめている。
「私を呼んだのはあなたですか?」
その、九尾の女性から、同じく、血のように赤い唇から威圧的な声が発せられる。
その声に少し、戸惑うが、俺はここでひるんだら負けだと思い。
「ああ、俺だ、雷儀雅博、が呼んだ」
しっかりとした口調で、じっと見つめ返し答える。
九尾と俺はしばし無言で見つめ合う。
しかし、俺はふと、九尾の白い肌の頬が少し、赤すぎやしないかと思った。
「……いいでしょう、従いましょう、私の名前は、潤これから、あなたのことは、『マスター』とお呼びしますね」
と、九尾が俺に従うことを宣言した。
俺はふと、疑問に思った。
「あれ……なにか、対価はいいのか?」
九尾はふと、思惑したと思ったら。
「それでは、こちらの世界での楽しみを教えていただけたらそれが対価でおねがいします」
と無表情で頭を下げた。
師匠がなぜか笑いをこらえているようだが俺には良く分からなかった。
「じゃあ、よろしく頼む、潤」
そう言って、手を差し出した。
そうすると、潤はさっと手を握る、とても暖かい、尻尾もふりふりと揺れている。
師匠は、ふふっ、と笑いながら、近づいてきて。
「よし、ちゃんと主従召喚もできたようだし、あとのことは実戦で学ぶしかないな」
そんな、とんでもないことを言っていた。
「えっ、もう、終わり?」
「うん、終わりよ、だって、練習でいちいち召喚していたら対価が持たないもの、それに実践ではほとんど錬金術とパートナーだけで戦うから、もうマスターしたようなものよ」
師匠はあっけらかんとした感じで言う。
「それに、こんなに立派なパートナーがいるしね」
と、満足そうに言う。
潤は相変わらず無表情だ。
その反応に、ちょっと面白くなかったのか、師匠が潤に近づき耳元で。
「―――」
と何かをごにょごにょ、と言ったら。
潤の顔が真っ赤になり、尻尾がばたばたと揺れ出した。表情は相変わらず表情はほんの少しだけ恥ずかしそうなだけだが。
俺には何て言ってるのか聞き取れなかった。
「なあ、潤、師匠は何て言ったんだ?」
そういうと、潤は表情を変えずに。
「マスターには、秘密です」
そう言うだけだった。
あのあと、修行の終わりになり、午後から何もない時間になってしまった。
この家の部屋が少ないので、潤の部屋がないので、俺と相部屋にしようと、師匠がとんでもないことを言いだしたので、当然、俺はそれを断ろうとしたのだが。
「いや、マスターの安全を守るのは当然の努めでしょう、ね、マスター」
と、有無を言わせない口調で言う潤に、「でも、しかし……」と、躊躇していると。
にやにやしている師匠が
「潤ちゃんもそう言ってるんだし、まさも諦めなさい」
そう押し切られてしまった。
いいのか? 男女が、確かに潤は妖獣かもしれないけれど、年もミルテのことから、かなり年上なのだろうと言うことも推測しているが、見た目は尻尾が九本生えた、女子大学生くらいだ。
とはいえ、ほかに代案もあるわけでもなく、俺は潤と一緒に部屋に戻った。
「ここが、マスターと私の部屋……」
相変わらず、無表情だが、その眼は少し興味深そうに俺のギターが二本立て掛けてあり、ベッドと机があるくらいの殺風景な部屋を見渡す。
俺はあることに気が付く。
「どうしよう、ベッドがひとつしかないや、布団を借りて、俺は下にひいて――」
「いや! 大丈夫です! 一緒の布団で添い寝して守ります!」
俺の言葉を遮って少し、語気を強めて言うが、その表情はわずかばかり嬉しそうだ。
「はっ? 何言ってるの?」俺は潤が何を言っているか分からなかった。
「もし、万が一があったら困ります」
さらりと答える潤。
いや、一緒に寝た方が万が一が起きるだろう……
しかし、行っても聞かなさそうなので。
「……布団を借りて来るよ」
「マ、マスター!?」
少し寂しそうな潤を、俺は気づかないふりをして。
「あ、そうだ、錬金すればいいのか」
といって、頭の中で、ベッドを思い浮かべて、錬金する。
すると、今部屋にあるのと、全く同じものが目の前に現れた。
「よし、これでよし、問題ないな」俺が満足していうと
「い、一緒に寝る案は……」
「却下だ」
と、一蹴するのだった。
「ところで、マスター、その壁に立てかけられている物はなんですか?」
すっかり落ち着いて、いつもの何を考えているかわからない表情に戻った潤はそう尋ねてきた。
「ああ、これはギターっていう、楽器だ」
「楽器ですか……」
潤は、ちらり、とギターに目線を向ける。
「興味があるのか?」
「あ、はい、元の世界では、歌くらいしか知らなかったので、楽器と言うものはやはりしてみたいですね」
俺はその言葉ににやりとした。
「じゃあ、潤、お前に、ベースを教えよう」
そう言って、俺はベースを錬金しようとする。
「潤は右利きか?」
「いえ、左利きです」
4本の太い弦、紅いボディ、しっかりとしたネック、同じく紅いヘッド、銀色に輝くペグ。
そうしたら、手に潤に似合いそうな、ベースが収まっていた。
「これが、ベースだ、構えみろ」
そう言って、潤にベースを渡す。
潤はベースをぎこちないが、構えてみる。
「こう……ですか?」
「そうそう、右手でヘッド……上にある、所を押さえて、左手で下のボディの所を弾く」
俺がそう教えると、潤は、ボン、と音を鳴らした。
「わあ、音が出た、すごいですね」
いつもは無表情な潤に少しの笑顔が見て取れる。
「そうだろう、よし、俺はベースの専門じゃないから、このノートで練習して行こう、楽譜の読み方とかも書いてある、大丈夫、分からないところは、教えてやる」
俺は擦り切れそうなノートを手渡した。
「あ、ありがとうございます! 大切にします!」
潤はノートを胸にギュッ、と大切そうに抱くのだった。
しばらく、潤のベースの練習に俺は時々、口を出しながら付き合っていた。
すると。
バン、と扉が開く。
「まさ、潤ちゃん、遊びに行くわよ」
濃い栗色の髪と、乱れた白衣と、豊満な胸を、揺らしながら俺達に叫んだ。
師匠だった。
「遊び? また、どうしてでしょうか?」
俺は師匠に問いかける。
「休憩よ、いいでしょう、まさも修行が終わって暇だろうし」
「私は暇じゃないんですが……」
不満そうにするのは潤
「いいのよ、別にまさは私の弟子だから来るの、潤ちゃんは一人でここにいても」
そう言って座っていた俺の手を掴んで外に出ようとすると。
「待ってください! わ、私も行きます!」
「あらそう、別にいいのに」
「マスターを守るのが役目ですから」
「素直じゃないわね」
うふふ、と笑いながら言う師匠に、潤は何も言わずにベースを片付け始めるのだった。
俺と潤は師匠とともにオリフィールの町を歩いていた。
比較的にたくさんの木造の建築物が目に入り、ところどころに石造の物もある。
そういえば、俺はこの国をしっかりと見たことはなかったことに気付く。
「そろそろ、お昼時だし、ご飯にしましょうか」
師匠はふんふーん、と鼻歌を歌いながらご機嫌そうだ。
商店街を回り、俺達は肉まんらしきものを一つ食べながら歩く。
「そういえば、明日、女王様から呼び出しが掛かってるからね」
そう告げる師匠。
何の用事だろうか。
しかし、俺は未だにこの国を守る仕事らしい仕事をしていていない。
「とりあえず、もう少し、しっかりとしたもの食べましょう」
と言ってたどり着いたのは、いつもの『ノワール』だった。
扉を開けると、女将さんが迎えてくれた。
「いらっしゃい! あら、メヌエさん、来訪者のお兄ちゃんと一緒なの、そちらの人は?」
と、元気良く迎える、どうやら師匠もこの店によく来るらしい。
「まさは弟子なんですよ、この九尾の潤はそのパートナー」
あらあらと言った感じの表情をする女将さん。
「メヌエさんが弟子をとるなんて、初めての事何じゃないの」
「たまにはね、それにまさはかわいいやつですよ」
と、俺の頭をなでる。
「まさちゃんもメヌエさんに随分と気に入られてるようね、ま、ゆっくりしていきな」
そうして、俺達はテーブルに着く。
「さあ、何食べようかしらね」
メニューを開く師匠。
「私は……! このきつねうどんにします!」
どうやら、潤は決まったようだ。
俺は前、ルゾットが食べていたクリームスパゲッティにして、師匠も同じメニューにした。
メニューがみんな届いたら、潤はとてもおいしそうに、御揚げを紅い口に運んでいく。尻尾がゆらゆらと揺らめいている。わかりやすいな……
「そうだ、二人とも、今日の夜、この国で祭りがあるんだ、それに見に行ったらどうだ?」
師匠がそう提案するので。
「いいですね、そうだ!」
俺はあることを思いついて
「ベリルやルゾットを誘いましょう、あれっきり会えてませんし」
「私はマスターと二人っきりがいいのですが……」
となにかぼそぼそ言う潤だが、聞こえなかった。
「そうしなさい、住所は教えとくわ、私はクロノとのんびり回らせてもらうから」
潤は師匠が付いてこないことにほっ、息をついていた。
「さあ、料理は温かいうちに食べましょう」
そうして、楽しく話ながら食事を口にするのだった。
『ノワール』でちょっと早めの夕食を食べた後、俺達は家に帰るのだった。
俺は、疲れた! と言う、師匠が肩揉みを頼んできたので、リビングで肩を揉んでいた。
潤はしばらく俺の側にいたが、やがて、部屋へと帰って行った。
師匠は俺の肩揉みに気も付良さそうにしている。
「ぁん……ところで、まさよ、……そこ、もうちょい強く……、いいね……潤はどんな感じだ?」
師匠は艶めかしい声をあげながら、俺に訊ねてくる。
「真面目で、いつも無表情で何を考えてるかわからないですが、この短期間の間に分かったことは」
俺は一区切り置いた。
師匠は相変わらず、気持ちよさそうな感じにしているが、俺の言葉に、「ん?」と言った表情で聞いている。
「あいつは分かりやすい、顔には確かに少ししか出ないけど、でも、うれしいときとかしょぼん、としているときとか、雰囲気でなんとなくわかっちゃう、あと、尻尾が感情を隠せてない」
俺は師匠の肩に手をぐっ、とこめる。
「あぁん! いい! そこ! そこよ! ……でも、まさも、にぶいわね」
師匠はツボに入ったのか、大きな声をあげる。
しかし、にぶいとは……?
「まあいいわ、仲良くしなさい、なんてったって、パートナーなんだからね」
「はい!」
俺は元気よく返事をした。
「まさ! 手が緩んでる、もっと力入れて!」
「すみません」
返事をすることによって力が抜けたことに対して、修行中よりも厳しいような叱咤激励が飛んでくるのだった。
そろそろ、祭りに行きなさい、という師匠の言葉によって、俺は師匠の肩揉みから解放されるのだった。
俺は自分の部屋のある二階にあがる。
すると、ボン、ボン、と弦をリズムよく弾く音が聞こえる。
それに気づき、俺は足音を立てずに自分の部屋の前に来る。
「これがEという音ですね、ふむふむ、さっきのはGか……」
という、呟きが聞こえる。
俺はしばらく、ここで練習を盗み聞くことにした。
「このノートに書いてある、アルペジオというのは、簡単に言うとCDGと上がって行くことのようですね」
よし、と気合を入れた声を出したと思ったら、引き始めた。
ボン、ボン、ボン。
いい音色だった。
「おお、なんか、いい感じがする、もう一回」
ボン、ボン、ボン。
「うん、うん」
ボン、ボン、ボン。
「ふん、ふん、ふーん」
と、鼻歌交じりに潤が弾き始めた。
しばらく、俺はそれを聴いていたが、そろそろ祭りに行こうと思い、ドアを開ける。
「ッ!? マスター!? い、今の聴いていましたか?」
と、慌てた口調で聞いて来るので。
「いや、なにも」
と、とぼけるのだった。
「さあ、祭りに行こう」
「了解です」
と言って、潤と共に町へと飛び出すのだった。
「まさか、まさっちからお誘いがあるとはねー」
今日もポニーテールのルゾットはご機嫌そうに無邪気な笑顔をする。
今、ベリルの家に向かうため、三人で町中を歩いていた。
「前、俺が倒れたときのお礼とかしたかったからな」
「うーん、心配したんだぞー、このヤロー」
右手を挙げて威嚇のポーズをとるルゾット
「ごめんごめん、あれは無理をしすぎただけだから、次は大丈夫だからさ」
「ほんとかな?」
澄んだ緑の髪を弄りながら、問いかける。
「大丈夫だって」
「なら、大丈夫か!」
眩い笑顔を俺に向ける。
「ところで」
ルゾットが話題を切り替えて
「なんで、うるちゃんとまさっちは手を繋いでるのかな、ん~?」
にやにやしながら訊ねてくる。
「これは、マスターをいざというときから守るためです」
しれっと何でもないようなことを言う潤。
俺もそう言うものなのだと思って繋いでいたが、少し疑問には感じていた。
「でも、片手が埋まってたら駄目なんじゃないのかな?」
「私は片手でも十分強いです」
ルゾットは、「ふむふむ、これはべりっちに強敵が現れたな……」と呟いていた。
「まあ、いいや、そいやー!」
「ッ!」
ルゾットは潤のふわふわの尻尾にダイブした。
「うーん、柔らかいしあったかーい」
「や、やめてください!」
必死に振り払おうとする潤。
「うるちゃん、は片手でも強いから大丈夫だもんね」
「そ、それは」
解答に困る潤。
「まあまあ、それくらいにしとけよ、ルゾット、潤が困ってるだろ」
俺は助け舟を出した。
「はーい」
いそいそと尻尾の中から出てきた。
「マスター、ありがとうございます」
ギュッ、と握る手に力がこもる潤。
俺もあれをやりたいな……なんて思ったとはいえない。
「あ、あれが、べりっちの家だよ」
目的の家に到着した、白いレンガの家だった。
「おーい、べりっちー!」
周りを気にしないような声で家に向かって、ベリルを呼ぶルゾット。
しかし、反応が無かった。
「あれ? おかしいな、おーい、べりっちー」
もう一度呼ぶ。
家からは物音が一切して、まるで音が消されているようだった。
「これは、なにかしてるな、ちょっと魔力を調べてみるね」
そう言って、ルゾットは目を瞑る。
「あ、音を遮断する、魔法障壁を使ってる、にひひ、何やってるんだろ」
まるで、おもちゃを買ってもらったような笑みを浮かべるルゾット。
両手を前に出し、小さく呪文を唱える、すると――
「イェーイ!!!」
ドンドン、パーン。
と、ドラムの音とベリルの気持ちよさそうな叫び声が聞こえた。
「ベリル……のりのりだな……」
俺は、遮断していた音を外部に漏らされたベリルに少し、同情を向ける。
その後、音はやみ、やがて、少し乱れている白い髪に、汗ばんだ褐色の肌、疲れ切った表情のベリルが出てきた。
「……ルゾット、あなた、なんてことするの」
「いやー、べりっちが何してるのかと思ってね」
あっけらかんとした風に言うルゾット。
「……はぁ、ルゾットに何言っても仕方ないわ、で、何の用」
俺は一緒に祭りに行こうと伝えた。
「いいわよ、少し待ってて頂戴」
と言って、家の中に入って行った。
数分後。
星のアクセサリーが付いている青い魔法装束の、いつもの凛とした雰囲気のベリルが出てきた。
「さあ、行くわよ」
そう言って、俺達の横に来ようとすると。
「あんた……雅博となんで手つないでいるの」
まだ、潤のことを知らないベリルはとげとげしい言い方で聞く。
「私はマスターに召喚されたパートナーですので、守るために手を繋ぐのは当然です」
「そう……」
すると、ベリルは潤とは手を繋いでいない左手を繋いで。
「私も雅博を守るために手を繋ぐわ、どう、問題ないでしょ」
「ぐぬぬ」
そう平然と言う、ベリルに潤はくやしそうな表情をした。
「あの、別に手を繋いでなくても守れるんじゃないかな?」
「雅博は黙ってて!」「マスターはそのままで構いません!」
と同時に言われて、俺はそれ以上何も言えなかった。
その様子をさも楽しそうに見るルゾットだった。
結局、その後、潤とベリルの不毛な争いを聞きながら、祭りの屋台が立ち並ぶ広場までやってきた。
「あ、あれ食べたーい」
そう言ってルゾットが指差したのは、タイ焼きの屋台……だと思う、ものだった。
「いいね、食べよう」
そう言って、俺の手を繋いだままベリルがその屋台へと直行した。
「じゃあ、この辺で、手を放そうか、二人とも」
「嫌よ」「嫌です」
二人の声が重なる。
屋台の親父さんは「坊ちゃん、大変だねー」と言って、ベリル、ルゾット、そして、潤にタイ焼きを渡してきた。
ベリルと潤は俺を握っている手で
「俺はどうすれば……」
「マスター、あーん」
そう言って、ふーふー、して少し冷ましたタイ焼きを俺の口に運ぶ潤。
俺はそれを言われるままに口にいれる、餡子の甘い味が口の中に広がる。
「あ、潤、ずるい、雅博、あーん」
そう言って、一口、食べたタイ焼をベリルも俺の口に持ってくる。
向けられたのが食べた先だったので、少し躊躇するが、そのまま食べた。
さっきよりも心なしか少し甘い感触がある。
「じゃあ、私も! はい、あーん」
そう言って、ルゾットもまるで俺を餌ずけするかのようにタイ焼を口に持ってくる、しかし、尻尾の方を。
「……お前、こっち側、餡子入ってないぞ」
「え、だって、勿体ないじゃん」
どこまでもマイペースなルゾットだった。
その後も、何度か食べさしてもらいながら祭りを見て周る。
すると、大きなテントで歓声が聞こえた。
「ん? なんだろう」
俺は少し気になる。
すると、ベリルとルゾットの表情が少し曇る。
「マスター、気になるならとりあえず行ってみましょうよ」
それに気づかなかった潤がそう提案する。
そうして俺達はテントの中に入るのだった。
テントの中は異常な空気に包まれていた。
むせ返るような熱気、男女問わずの熱い歓声、中にはリズムに合わせて飛んでいるものもいた。まるで、バンドのそれだった。
「これは、ライブ?」
俺は懐かしい空気に少しうれしくなりつい声がうわずる。
それとは対照的に、ベリルは
「違うわよ、舞踊よ」
そっけなく、まるで、ここに留まりたくはないように。
「折角ですし、マスター、とりあえず、中心だけ少し見て帰りましょう」
潤は、この空気にあてられて、どこか興奮したようなそんな表情だ。
ルゾットは終始無言だった。
俺達は人ごみを掻き分けて、ステージが見える位置まで来た。
ステージの上には、大きな胸には銀色のビキニを着用し、括れた腰の部分の紅い長い布と、宝石のような金色の髪を振り乱し、情熱的に二人の女性が踊っている。
俺は初めて見る、本気の舞踊と言うものに、しばらく、目を奪われる。
しかし、それは、ルゾットの声によって我に返る。
「ねぇ、もう帰ろうよ」
普段とは違い、しゅんとした風の声のルゾット。
「なんで? こんなにかっこいい踊り、お前ら何も感じないのか?」
「ッ!」
ベリルの表情が歪む。
その時、会場で拍手と歓声が巻き起こる、どうやら二人の舞踊が終わったようだ。
二人はマイクを手につかみ、ボイスパフォーマンスに入った。
「みんな、私とリラの踊りを見てくれてありがとおぉぉぉ!!!」
ステージの声に大きく、「おおおおぉぉぉぉ!!!」と歓声があがる。
「今日は順番にいろんな人が出てくるから楽しみにしていてね」
会場に投げキッスをする、マイクを持った女性、それにさらに沸き立つ歓客。
「私たちもまだまだ、ベリル姉さんやルゾット姉さんには及ばないけど、頑張るよぉぉぉ!!!」
さらにボルテージを上げる観客。
しかし、俺はそれより気になることがあった。
ベリル姉さんとルゾット姉さん?
「さて、そろそろ次の踊り行くよ! 音楽、準備いい? これは二人を戻ってくるように願うダンスだよぉぉぉ! 行くよぉぉぉ!」
そう言って、大音量の音楽と共に舞踊が始まった。
気が付くと、ベリルとルゾットは俺と潤を置いて、テントを出ようとしていたので慌てて追いかけるのだった。
「ま、待てよ」
俺はテントを出てすぐの広場で二人に追いついた。
「何よ、祭りはこれで終わりだわ、私は帰るわ」
本当に何でもないように言うベリル。
「お前ら……踊り子だったんだな……」
ベリルとルゾットは沈黙して、やがてベリルが話す。
「そうよ、私とルゾットとの二人で踊っていたわ、夢中にね」
昔を懐かしむように言うベリル。
「だけどね、やめたわ、いろいろあったのよ」
と口をつぐむ。
「ベリルはダンスが上手くて、他の子に妬まれてたの、今の子には好かれていたようだけど……それでね、私も一緒にやめちゃった」
ルゾットも、あはは、と、最後に苦笑いしながら言う
「そうか、そうなんだな……」
俺は静かにふつふつと湧きあがってくる感情があった。
「どう? ダンスなんて所詮そんなもんよ、熱い想いをぶつけたって、結局裏切られるだけよ、だから意味なんてないわ、どうせバンドも――」
「お前って、ほんと、バカだよ」
俺は、怒りの感情を抑えきれなかった。
「な、バ、バカ?」
「そうだよ、バカだよ、なんで好きなのにやめちまったんだよ、続けろよ」
「ッ! それは、みんなが私の事をいつも煙たがるから!」
ベリルも俺を睨んでくる。
「そんなこと関係ない! 本当に好きなら、周りにとやかく言われても、誰になんて言われても、例え一人になろうとも続けるはずだ!」
俺は言い切った。
「な、なによ! 偉そうに! 自分だって同じ境遇になったら分かるわ、どんなにつらいか、一人でやることがどんなに――」
「俺だって一人だった!!!」
俺は吠えた。
「元の世界ではバンドから捨てられ、失意の底で悩んでいたら、こんな良く分からい世界に来た、やめようとも何度も思った。でも、それでも。俺は諦めず続けた、仲間を集め続けた。そうしたら、ルゾット、ミルテ、潤、そして、ベリル。その4人でまたバンド活動ができるって分かったら嬉しかった」
俺は三人の顔を見渡した。
潤のいつもの無表情だが少し熱いような顔。
ルゾットのかわいらしい、今はちょっと呆然としている顔。
ベリルの鬼灯のような顔。
「俺は音楽が好きなんだ!!!」
そう叫んだ。
「だから、バンドを一緒にやろう! また、踊り子に戻ってくれとは言わない、今度はそれをバンドで、その悔しさや、この今いる仲間たちの時間の素晴らしさを、バンドの演奏でぶつけようぜ」
俺は全てを言い切り、一度深呼吸した。
ベリルとルゾットは少し俯いて考える。
やがて、ベリルが顔を上げ。
「分かったわ、やるわ。やってやろうじゃないのよ、このベリル様の本気を見てビビらないことね!」
凛とした声でそう宣言するベリル。
「うん……そうだね、私もやるよ! よし!」
ニッ、と笑って、ルゾットも答える。
「よし、じゃあ帰ろうか!」
俺は今のやりとりで少し疲れたので帰ることを提案する。
すると。
「やだー、まさっちと一緒に回るー、えいっ!」
がばっと、ルゾットが俺の背中に飛びついてきた。
首に深い緑色の髪がかかり、鼻孔に女の子特有の甘い香りと何か良く分からない香りが混ざり混乱する。
それに女の子の身体って軽いんだな……
「あ、ルゾット、ずるい」
ベリルがそう言うが。
「へへーん、最初はまさっちを二人に独り占めされてたから、今度は私の番だよ」
「くっ」
潤も歯噛みをしていた。
「楽しく回ろうぜ」
俺は背中にルゾットの柔らかい感触を感じながらそう言う。
「マスター、私、あの赤い丸いのが食べたいです」
そう言い指差したのは林檎飴だった。
「いいね、あれ食べよう」
みんなで林檎飴の屋台を目指す。
お祭りの夜はふけていくだった。
俺達はそのあと屋台を回って、射的の魔弾版をやったり、片貫をしたりして楽しんだ。
すっかり遊びつくして、ベリルとルゾットを家へと送り、俺と潤も家へと帰る。
家に入ると、真っ暗でまだ師匠もクロノも帰ってきていない様だ。
「師匠はまだ帰って来てないみたいだな」
「お酒とか売ってましたし、きっと飲んでいるのではないのですか?」
思わず潤も苦笑いしていた。
そのとき、潤が、俺を片手で玄関から先の行く手を制した。
「何か……いや、何者かが気配を消していますがいます……」
潤の狐の耳が微かに動き、もっと様子を探ろうとしている。
俺は初めての身の危機につばを飲み込む。
「マスター、私が先に行きます、魔法障壁を張って進みますので離れないように」
「分かった」
俺は頷いた。
潤は、両手を左右に突きだす、すると赤い魔方陣が浮かび上がり、俺達を包む。
そして、俺達はそのどこからか来る気配を探して、家に上がる。
向こうがこちらに気付いている可能性も否定できないので、いきなり襲ってくる可能性も、高位の魔術を扱う輩かもしれない。
ゆっくりと、呪文を小さく呟き、正面に魔方陣を展開させる。
「マスター、場所が分かりました、居場所は師匠の部屋です、それと、敵はそんなに強くないはずです、力を隠していたら別ですが……」
そう、淡々と答える潤
俺はその言葉に師匠がやられたのかと思い胸が詰まる。
「し、師匠とクロノは?」
俺は少し声が大きくなってしまった。
「大丈夫です、他に生体反応、およびそれらしきものは感知できませんでした」
その言葉にほっと胸をなでおろす。
「じゃあ、とりあえず、行ってみるか」
「はい」
潤は俺を先導して師匠の部屋へと向かう。
階段がいやに軋む。まるで、なにかあるように。
やがて、師匠の部屋の前へと着いた。
中では、確かに何者かの気配がする、何かを探しているような……そんな、気がする。
潤がドアを開け放つ。そこには――
そこには、澄んだ湖のようなうすい緑の髪をした、一糸まとわぬふくよかな女性が、何かロープのような黄金の触手に襲われているように見える。
俺は師匠の何か大切な人物か何かなのかと思い、触手を破壊しようと駆け寄ろうとした。
「マスター! 違う! そいつは触手を纏ったも魔物、ローパーだ!」
俺が前に踏み出したと同時に、潤も前に踏み出していた。
「九尾がいるなんて、聞いてないけど、やるしかないね!」
そういうと、黄金の触手が俺と潤に襲い掛かってきた。
潤みは素早く呪文を唱える。
「極炎宙球」
そうすると、空中に広がるように炎の球体が出現して、触手を焼ききる。
そして、その炎球はローパー目掛けて飛んでいく。
「食らうのです」
「ッ! ここにはもう用はない!」
そういうと、窓から炎球を躱すように逃げて行った。
「チッ、逃げられた、マスター、大丈夫ですか?」
潤は何でもないような風に言ってくる。
「ああ、でも……」
俺はちらりと窓を見る。
「どうしました、あの程度の魔物、メヌエリュートさんとクロノはやられませんよ」
やられたほうが私にとってやりやすいんですが……とか、意味不明なことを言っている潤は放って置いて、俺は別の事が気になった。
ローパーが逃げるときに、何か、大事な物を持って行ったような気がするからだ。
「どうしたんですか、マスター?」
「いや、なんでもない」
俺はそんなことより、この散らかった部屋を片付けることの方を考えるのが先だった。
――「主、祭りに紛れ込んでいた魔物の排除終わりました」
人ごみの中から出てきたクロノがメヌエリュートにそう告げる。
「ご苦労様、クロノ」
二人は、さっき雅博たちがいたテントの前の広場にいた。
「主様、探知してみたけど、ほかにはいなかったよ」
上空から、メヌエリュートに告げたのは、光り輝く輪が頭に、背中には1対の羽があり、黄金の流れるような髪は、綺麗なツインテールは天使の威厳を出しており、少し露出度の高めな、中心に十字架が描かれている、青い服を着ている。
「ありがとう、ネキリィム」
メヌエリュートはその少女をネキリィムと呼んだ。
「これで終わりですか?」
クロノがそうメヌエリュートに訊ねると。
「そうだね、あとは祭りを見終わった後に囮にかかってるか見るだけでいいね」
メヌエリュートはふぅ、と息をついた。
彼女は女王様から、祭りの騒ぎに乗じてネクロノミコンを盗みに掛かる、という報告をうけ、静かに動いていたのだ。
ネキリィムは任務が終わったので
「じゃあ、主様、対価の……」
「分かってるよ、今回は、祭りを一緒に見に行くでいいかしら?」
「いつも下級天使の私を呼んでくれるからそれでいいよ! わーい!」
ネキリィムは無邪気に喜んだ。
「はぁ、主にゆっくりとお酒を注ぎたかったのですが……」
クロノはため息を吐く。
「むぅ、なんか、文句あんの?」
「いや、ないよ……はぁ……」
また、ため息を吐くクロノ。
クロノも結構一緒に活動するし、年もあり得ないほど違う、ネキリィムには何も言えなかった。
「まあまあ、祭りが終わった後、飲もう」
「ッ! 主……!」
感動して、涙を流しそうになっているクロノ
「はいはい、主従愛は後でやってね、もうお祭り終わっちゃうよ」
と、急かされるネキリィムによって中断されるのだった。――
――暗い部屋の中、魔方陣の灯だけがともる室内。
「プロキオン様、今戻りました」
そう言って、薄暗い何があるのか良く分からない室内の影からローパーが出てきた。
「はい、ご苦労様」
プロキオンと呼ばれた女性と思しき人物は、ローパーから一冊の魔導書を受け取った。
「ふーん、これが、あのメヌエリュートの家に隠されてあったネクロノミコンの複写ね」
そう言って、開こうとして、魔力の流れを感じ途中で急いでやめた。
「ッ! チィ、罠? じゃあ、複写はどこに……」
そう忌々しげに吐き捨てたプロキオンに魔方陣から声が無味な女性の聞こえる。
「プロキオン、そう焦らない、別にそれが本当の目的なわけじゃないから」
「でも、これがあったほうがリゲルだって、やりやすいでしょう」
どうやら、魔方陣は通信のために使っているようだ。
「ええ、確かにそうよ、それがあると、いろいろ魔法の幅が広がるわ、魔法よりも剣技の方が得意な私でもね」
魔方陣の向こうから、リゲルと呼ばれた少女の声が響く。
「でも、プロキオンの正体がばれた方がやりにくいわ、今は手の数より、相手の中に忍び込むことを取りましょう」
リゲルはプロキオンに向かって、そう提案する。
「分かったわ、また何か、情報が入ったら連絡するわ」
「いい報告待ってるわ」
そうして魔方陣の灯が消えようとするときに。
「待って、一人、邪魔者を消してほしいの」
そのプロキオンの言葉にリゲルが少し考える様子が伝わってくる。
「なぜ? 自分で始末すればいいじゃないの」
「思った以上に、護衛が強くてね」
リゲルは何かを探るように考えて。
「分かったわ、その対象の名前は?」
「雷儀雅博よ」
プロキオンの言葉が静かな室内に重く沈んでいくのだった――