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第二章 大事な物はいつも

城から出ると、俺は大分、いつもの調子を取り戻していた。

 とりあえず、お腹もすいたし、ご飯も食べたい。

 時間にすると、もう夜中の八時を超えているだろう。

 キクトルーシュに教えてもらった、今日の泊まる場所に行こうかと思ったが、少し、この国の料理を外で食べて見たくなった。

 幸い、治安は良いらしく、外に一人で出歩いても大丈夫なので、安心だった。

 ちょうど目の前に、一軒の黄色い木造のレストラン『ノワール』があった。

 俺は扉を開けると、中から、ふわー、と香ばしい匂いが漂ってきた。

「いらっしゃい、お、来訪者かい、安くしとくよ」

 がたいのいい、おばちゃんがエプロン姿で厨房から声を掛ける。

「あ、まさっちー」

 夜なのに太陽のように元気な声を出して俺を呼ぶ声が聞こえる。

「こっちこっちー」

 深い緑色の髪のポニーテール、服装は白と緑のギザギザの模様のスカートの魔法装束のままだ。その女の子、ルゾットが、奥のテーブルでベリルと向かい合って座っていて、俺を呼んでいた。

「いいのか? お前ら、二人で楽しんでいたんじゃないのか?」

 俺はそう尋ねると。

「いいのいいの、ベリルだって、まさっちのこと、ずっと気にしてたんだもん」そう言うルゾットに

「ば、馬鹿! 別に、あの後、大丈夫かな、と思っていただけよ」

 ぷい、とそっぽを向く、ベリル。

 どうやら、心配されていたらしい。

「じゃあ、ルゾットは良いって言ってるし、ご一緒させてもらうかな」

 そう言って、ベリルの隣に座った。

「ふ、ふん、勝手にすれば」

 そう言って、ベリルは自分のご飯に手を付けだした

「やれやれ、べりっちは、はぁー」と、わざと聞こえるようにため息を吐くルゾット。

 それを無視するベリル。

 俺は、そのやり取りを見て、くすり、と笑った。

「何、笑ってんのよ」

 怪訝な顔をして俺を睨むベリル。

「いや、楽しそうだな、と思ってね」

「……まあ、ルゾットはいい相棒よ」

 ベリルがそう呟く。

「おやおや、嬉しいこと言ってくれますね、べりっち、私も大好きですよ、べりっちー」

 ルゾットが向日葵のような笑顔でベリルを見る。

 俺はふと、良いことを思いつく。

「なあ、お前らさえ、良ければだけど、一緒に音楽やってみないか?」

「音楽? 踊りはもうやらないわ」

 少し、かげりを見せた表情でしゃべるベリルに

「違う違う、もっと情熱的な、バンドだよ、そうだな……ベリルはドラムで、ルゾットはギターだ」

 ドラム? ギター? と二人は、不思議そうな表情を浮かべる。

「そうだな、今度会うときに、用意しとくよ、楽しみにしとけよ」

 首を傾げる二人に、うんうんと頷きながら答えた。

 俺は俄然とやる気が出てきた。

 この世界でも、バンドができそうだ、ということに。

「それはそうと、雅博、あんた、誰に召喚されたの?」

 そう言う、ベリルに。

「それは分からないけど、キクトさんから、メヌエリュートさんに、いろいろ学べ、って言われてるからね、行かないといけないね」

 すると、ベリルの顔が少し、気まずそうな顔になる。

「あの人か……まあ、行くだけ言ってみたらいいと思うよ」

 と、ベリルが何か言いたそうだ。

「まさっちならなんとかなるよ、うん!」

 スパゲッティを頬張りながら、能天気な声でルゾットが答える。

「まあ、料理を食べたら向かってみるよ」

「そうした方がいいわね、健闘を祈るわ」

 まるで、最初からうまくいかないような口調で話す。

「おいおい、大丈夫なのか?」

 俺がだんだん不安になってくると。

「だいじょうぶだいじょうぶ、まさっちは、ばんど、するんだもんね、だから、だいじょうぶだよ!」

 と、根拠のないことで励ましてくれるルゾット。

「とりあえず、料理を食べなさい」

 話に夢中になって手を付けていない、俺の皿を指すベリル。

 そこで、俺はこの国に来て初めての料理、白い、ふんわりとした匂いのするクリームスパゲッティを食べるのだった。


 レストラン『ネージュ』を出ると、ベリル達と別れ、俺は教えてもらった、メヌエリュートの家へと向かった。

 時刻は俺の腕時計では午後十時を回っていた。

 そこは、木造の赤塗の大きな屋敷だった。

 灯が付いていたので、まだ起きてはいるらしい。

 この世界にはインターフォンが無いので、扉をノックする。

 静寂

 もう一度、コンコン、とノックする。

 すると、家の奥の方から、ごそごそとこちらへやってきて扉が開いた。

「ん~、こんな夜中に誰かと思ったら、かわいい坊やじゃないの、どうしたの?」

 とても長い睫毛に、垂れ目がちだが、見る人を思わず魅了しそうな黒い瞳、非常に濃い栗色に、しとやかなセミロングの髪型、すこしはだけている白の作務衣は、あまりにも豊満な胸やお尻をとても妖艶に見せている。

「あの……その……俺」

 あまりの圧倒的な存在感に思わずたじろぐ。

 その様子を見たメヌエリュートは

「あなた……見たことないわね……まさか、私が召喚した、来訪者かしら」

「あの、はい! キクトさんから、あなたにいろいろ教わるよう言われて」

 俺の言葉の意味を反芻するように、メヌエリュートは黙る。

「ふむふむ、じゃあ、あなたは、なにか特別なことができるのかしら?」

 またそれか。

 俺は自分が何も持ってないことに悔しさを感じながら

「いいえ、なにもありません……」

 そういうと、メヌエリュートは興味を失ったかのように俺への視線が無味な物に変わり。

「そ、なら、用はないわ、ごめんなさいね、あなたを元の世界に返してあげるわ、明日にでも用意するからそれま――」

「待ってください!!!」

 俺はメヌエリュートの言葉を遮りギターを取り出した。

「俺にはこれがあります! 一曲聞いてください!」

 そして、女王様と同じ曲を演奏する。

 熱く情熱的に、バラードを弾く。

 一音、一音、心を込めて、この今、目の前にいる、この人のためだけに。

 やがて、曲が終わる。

 俺は一礼をした。

 メヌエリュートは拍手をした。

「いい演奏ありがとうね、坊や、おかげでいい夢が見れそうよ」

「じゃあ、俺を教えてくれるのは」

 俺は安心してメヌエリュートを見る。

「それをこれとは話が別よ、あなたは別に『ネクロノミコン』を守るのに必要ないわ、でも、いいエンターテイナーに慣れるわ、私が保証するわ、じゃあね」

 そう言って、家の中に帰って行った。

――あなたは別に『ネクロノミコン』を守るのに必要ないわ

 その言葉が心に重く突き刺さる。

 また、駄目だったのか。

『ルージュ』と同じく俺は必要じゃなかったのか?

 俺の中に絶望の色が広がる。

 もう無理なのか?

明日、元の世界に帰って、また帰宅部の生活に戻る、そう考えるとどんどん心は沈んでいく。

 まあ、それがお似合いだな……

――あなたとはもう一度ここで一緒に演奏してみたいものだな……

ふと、あの時の、今日この世界に来て、初めて会った人物、一緒に演奏した人物、ミルテの言葉が思い浮かぶ。

 あの演奏は、ただただ、楽しかった。

 時を忘れ、心を一つにして、音楽を楽しんでいた。

 俺はあそこでもう一度演奏がしたい!

 そう考えると、どんどん活力が湧いてくる。

 そうだ! ベリルやルゾットにも楽器を渡す約束をしている、俺はここで終わるわけにはいかないんだ。

 そして、俺はメヌエリュートが寝ているであろう、家の扉の前で、静かに、けれども一生懸命に演奏をする。

 全身全霊で演奏をする。

 いまの俺にはこれしかないから、持てる全てを出し尽くす。

 聞こえてなくてもいい、それで駄目だったら、もっと演奏するだけだ。

 俺は誰もいない静かな住宅街で一心不乱に演奏するのだった。


 翌朝

 俺は弦の抑え過ぎで、切れた指も気にせずにいろいろな曲を弾いている。

 すると、奥で寝ているはずのメヌエリュートの家の扉が静かに開いた。

「さてねえ、坊やには負けたよ、はぁ……弟子にしてあげるわ、名前は?」

 なぜか、目にくまができているメヌエリュートに俺は。

「雷儀雅博! ギタリストだ!」

 と、宣言するのだった。


 家の中に入れてもらった俺は、散乱したリビングの惨状を目撃してしまう。

 服装からわかるように相当ずぼらな様だ。

「さて、まず何からしようか」

 ふぅ、と口に出しながら、ソファに座る。

 俺はそれにならい座る。

 すると、奥の台所から男性の声が聞こえた。

「主、コーヒーとお茶菓子です、お疲れでしょう」

 すっと、漆黒の短い髪に執事服が似合っているこの男性、瞳が血のように赤く、見るものを吸い込みそうな勢いだ。

 その男性は、俺達の横にコーヒーとお茶菓子を少しばかり持ってくると、メヌエリュートの横にまるでそこが定位置のように立つ。

「ありがとう、クロネ、部屋が散らかってるようだが……」

 メヌエリュートはクロノが持ってきたコーヒーに手を付けながら尋ねた。

「すみません、主が昨日夜通し玄関で寝転んでいたものですから、そこの、あなたから、主をもしものために守るためにと気を張ってました」

 頭を下げるクロノ。

「うふふ、気にしすぎよ、クロノ。まさは根性はあるけど、強くはないわ」

 少し嬉しそうに、大人っぽい笑みを浮かべるメヌエリュート。

「そうでしたか、ところで、自己紹介がまだでしたね、私はクロノ、主、メヌエリュートと主従契約をしています」

 と、うやうやしく礼をするので。

「あ、俺は雷儀雅博、よろしくおねがいします」

 と、こちらも礼儀正しく返してしまった。

「なるほど、雷儀バカ博君ですね」

 はっ? こいつ、何を言ってるんだ。

「主はとてもできる人なので、早く諦めて元の世界に帰ることをお勧めします」

 と、俺を早々に追い出そうとしている。

「ふざけんなよ、俺はメヌエリュートさんに召喚術を教えてもらうんだ!」

 と、張り合う俺。

「ふむ、主もなぜこんな人を弟子にしたのか……バカ博君、精々頑張りなさい」

 そういうと、「私は二階の掃除から始めてきます」と言って、この場から去って行った。

 俺はクロノを嫌な視線で見送っていた。

「まあまあ、まさ、そんなに怒らないで、クロノも私のことが心配なだけよ」

 そう言って、コーヒーをすする。

「じゃ、気を取り直して、まずは呼び名からね、私の事は今後師匠と呼ぶように、ね」

 見惚れそうなほど、綺麗な笑顔で笑う。

「はい! 師匠!」

 俺は気合を入れて返事をした。

「よしよし、かわいい奴だ、そうだな、まずは魔法から教えようかしら」

 と、傍らにあった魔導書をごそごそといじり始めた。

「まず、魔法とは、己の想像、願い、それを、自分の精神力を使用し、媒介などを通して……例えば、魔方陣とかだね、それを現実化することだわ」

 最後に、媒介が必要もないレベルにも達している物もいる、と付け加えていた。

 そして、目的の物があったのか、魔導書を机に置いた。

「私が扱うのは、召喚術、この世界が四つの世界と四つの上級世界に囲まれている、のは知っているかしら?」

 そう問う師匠に俺はコクリ、頷く。

「そう、なら、その八つの世界から、魔物、人、天使、悪魔、神、などを使役、または主従契約して呼び出すのが召喚術よ、ここまではいいかしら?」

 ひとつひとつ丁寧に教えてくれる。

 俺は少し気になり。

「さっきのクロノも――」

「ああ、クロノも魔物だ、クロノはルクリティルム出身の魔物よ」

 こともなさそうに言う。

「あんな不遜な、魔物が従ってるなんて……」

 俺は師匠を尊敬の目で見つめていた。

「まあ待ちなさい、続きがあるわ。召喚の方法にもいくつかあって。一時的に力を借りる、使役召喚。自分の下についてもらうように何かと引き換えに契約する、主従召喚。何か代償を引き換えに、後からでもいいわ、それで召喚する、対価召喚。ほかにもいろいろあるが、大きく分けてこの三つだわ」

 説明を終えた、師匠はふぅ、と甘い息をだし、机のクッキーを食べる。

 俺は説明を必死で理解しようと頑張っていた。

「ゆっくりと覚えて、とは言わないわ、分からなかったら教えてあげるわ」

 カリッ、とクッキーをかじる音が俺の耳に届いた。

「それで、師匠、俺は何から始めればいいのですか?」

 俺の当然の疑問に

「自分で考えて……と、言いたいところだけどお、まさは弟子だから、教えてあげるわ、召喚術の基礎はズバリ――」

 そこで、師匠はタメを作り。

「ズバリ……」

 俺も息をのむ。

 時計の音が、カッチ、コッチ、と聞こえる。

「ズバリ、錬金術よ!」

「錬金術!?」

 師匠は堂々と答えた。

 俺は、錬金術と聞いて、色々な物をイメージした。

「錬金術は召喚の基礎と言ったのは、錬金術と言うのは、まず、自分の頭の中のイメージを、魔方陣や呪文などを使って、実体化することなの、つまり無から有を作り出すことなの」

 そう言い終わると、「例えば」と言って、立ち上がる。

 師匠は、右手を右に伸ばす、すると、そこに光が現れたと思ったら、三又の蒼い槍が現れていた。

 胸が激しく脈を打っていた。

 魔法とか、この世界に来て、何回か見たけど、間近で見たときの感動はやはり違った。

「こんな感じよ、私はもう媒介も詠唱もいらないけど、まさは使ってね」

 すると、その槍は今度はすっと、音もなく消えてしまった。

「すごいですね……魔法とか、俺にもできるかな……?」

 不安そうにする俺を

「大丈夫よ、最初はみんなできないものよ、やり方さえ知っていればすぐできるようになるわ、まさも、最初はその楽器を弾けなかったでしょう」

 そう師匠に諭された俺は、確かにと思う。

「わかりました、がんばってみます!」

 俺は元気よく返事をした。

「そうそう、まさはそうでなくちゃね、じゃあ……」

 と、俺に近づいてきて、両手を取る。

 すると、何かを呟いたと思うと、俺の両手に魔方陣が浮かんでいた。

「これでよし、まずは……そうね、小さな、自分のイメージしやすい物から始めなさい、大事なのは頭でイメージしたものをそのまま現実に持ってくる感覚よ」

 俺はこれだけなのかと思い、焦る。

「何か、呪文とかはないのですか?」

「そんなの簡単な錬金術にいらないわ、そうね……」

 師匠は顎に手を当てて考えると。

「自分の出したい、大きな楽器が出せたら私に報告しに来なさい、それまでは隣の実験室で頑張りなさい」

 そう言って、コーヒーを全部飲み、席を立つ。

「私は二階の研究室にいるわ、少し眠いのよ」

 と、目を擦りながら言う。

「何かあったら来なさい、じゃあね」

 と、出て行った。

 一人取り残された俺は。

「てっきり、付きっきり教えてもらうのかと思ったが……まあいい、頑張るぞ!」

 と、張り切って、隣の部屋へ行くのだった。


「ふぅぅぅ!!!」

 目を瞑り、俺は集中して、サッカーボールをイメージする。

 丸く、白黒の、五角形の模様の、イメージを浮かべる。

 体の中から、エネルギーが放出される気がする。

 手に感触がある。

 そこには、丸い、見事なサッカーボールがあった。

「はぁ、はぁ……疲れるな、でも、サッカーボールくらいなら安定して出せるようになったぞ」

 魔方陣が書いてある机を中心に、他には何もなかった部屋が今は、無数の石ころ、無数の卓球のボール、コップ、お皿、サッカーボール、サッカーボール、サッカーボール、バランスボール、サッカーボール、サッカーボール……

 数えきれないくらいの失敗をしたが、一回だけバランスボールを出すことにも成功した、これは、アレを召喚する日も近いかもしれない。

 俺は再び、目を瞑り、気合を入れる。

「ふおぉぉぉ!!!」

「なにやってんの? あんた?」

「ふぉ!? うわぁ!」

 急に扉が開いて凛とした声に驚き、魔力が暴発してしまった、少し手が痛い。

「やあっっほー、まさっちー、応援に来たよ」

 ニコニコとした声がごみごみとしてしまった実験室に響く。

 ベリルとルゾットだった。

「お、お前ら、なんでここにいるんだよ!」

 俺はまだ痛い手をさすりながら問い詰める。

「いや、メヌエリュートに入れてもらっただけよ、雅博がどうなってるかってね」

 ベリルが素っ気なく答える。

「私は応援だよ!」

 腰に手を当てて、ふんふん、と鼻を鳴らすルゾット。

「それよりも、あんた、今の何?」

 そう訝しげに聞くベリルに

「何って、そりゃあ、錬金術だよ」

 俺はさも当然に答えた。

 ベリルは溜息をついた。

「あのね、力を入れればいいってもんじゃないのよ、むしろ入れたら効率が悪くてだめよ」

「リラーックス」

 ルゾットが付け加える。

「私は錬金術出来ないけど、魔法なら使えるわ」

 そう言うと、手を前に持ってきて上を向ける。

 すると、二本の水柱ができる、それが、空中でぐるぐると交差して。

氷美舞剣レセティ

 そうすると、その水柱が氷になり、しかし、まだうごめいている。

「す、すごい」

 俺は魔法の使い方によりも氷の美しさの方に気を取られていた。

「こんな感じよ、どう、私、力、入れてるように見える?」

「いや、見えない」

「でしょ、つまりは、そういうことよ」

 ベリルはさも当然のように答える。

「分かった、やってみる」

 俺は、大きく深呼吸。

 そして、両手をゆっくりと包み込むように前に出す。

 イメージする。

 ピンク色の、ポニョポニョ、した、横に線の入った、大きいボールを。

 今度はすーっと、体の中から、エネルギーが出てくる。

 ポン。

 大きな、ピンク色のバランスボールが出ていた。

「い、一発でできた」

 俺は今まで苦戦してきた、これを一発でできたことに喜びを覚えていた。

「ね、力入れ過ぎよ」

 ベリルは今出てきた、バランスボールの上に座る。

「ところで、これは何?」

 不思議そうな顔をして、訊ねるベリルに。

「これはダイエット器具だ、使えば痩せることができる」

「「!?」」

 二人の目の色が変わった。

「ま、雅博、こんなにあってもいらないだろうし、一個貰って帰るわ」

 と、ベリルは一個、キープする。

「まさっちはいいものを作った、うん!」

 ルゾットも鼻息が荒い。

「別にいらないから持って帰っても構わないよ」

 俺はそう告げる

「余計な事かもしれないが、二人とも、そんなに太ってな――」

 その瞬間、空気が凍る。

「雅博、何か言った?」「まさっち、何か言ったかなぁ?」

「いえ、なにも言ってません」

 と、黙るしかなかった。

 

 そのあと、コツをつかんだのか、椅子、机、どんどん大きくて複雑な物を錬金できる。

「すごいわね、とても一日目とは思えないわ」

 ベリルが息をのむ。

「これも才能だね」

 ルゾットもバランスボールに揺られながら呟く。

「よし、仕上げにかかるか、師匠に言われていた、アレを召喚するか」

「アレ?」

 ベリルが疑問符を投げかけた。

 俺は今までにない、複雑な物を想像する。

 まずは、大きさの違う二つの金属の円盤状の物を想像した、二つの同じ大きさの金属の円盤状の挟まれたものを想像、次に皮で貼られた5つの筒状のものを想像、ペダルを想像、そして、最後に木製の長いスティックを想像した。

 親しみのあるものだから、簡単だった。カノープスのドラムセットがあった。

「で、できた!」

 俺は思わず声にだしていた。

「なによ、これ?」

 ベリルは初めて見るものに興味があるようだ。

「これは、ドラムだ」

 俺は自信満々に答えた。

「ドラム? 見た感じから楽器っぽいけど……」

 そう感想を漏らすベリルに

「そうだ、楽器だ、前に約束しただろ、一緒に音楽やろうって」

 俺はベリルの顔を見つめて言った。

 ベリルの褐色の肌が赤くなる。

「そ、それは、言ったけど」

「なら、決まりだ、ベリル、これは、お前にプレゼントするぜ!」

 そうして、ドラムセットを指差した。

「あ、ありがとう」

 もじもじと、白い短い髪を弄りながら答える。

「それと、ルゾット」

 バランスボールに乗ったまま、ゆらゆらと楽しそうにこっちを見つめていたルゾットに声を掛ける。

「なぁに?」気の抜けた声を出す。

「あの言葉はルゾットにも言ったんだけど、一緒にやってくれないか?」

 すると、ルゾットは一瞬、これまで見たことのないような翳りを、見せたような気がしたが、すぐに「うーん」と言って。

「もちろんだよ! べりっちがやって、わたしがやらないわけにはいかないよ!」

 と、元気いっぱいに答えた。

「そうか、じゃあ」

 と、言って、俺はこの部屋に持ってきていた、二本のストラトキャスターの内一本を渡す。

「俺の魂の一本だ、大事にしてくれよ」

「あいよ」

 ルゾットが気前よく返事をする。

 そして、二人にノートを渡す。

「これで、練習してくれ、俺お手製のノートだから分かりやすいはずだ、多分」

「分かった」「おっけー」

 と各々が返事をする。

「よしよし、これで、ギターとドラムが揃った、あとはベースとボーカルか……」

 俺が考えていると、急に視界がゆらゆらと揺れ出した。

「あれ? お前ら、どうして……ゆれ――」

 そのまま、俺は倒れてしまった。

 意識が遠のく中、ルゾットが一生懸命に呼ぶ声とベリルの悲鳴が微かに聞き取れた。


 ……

 後頭部に、暖かな柔らかい感触。

 まだずきずき、とする頭を働かせながら、俺は目を開ける。

「気が付いたか、まさ」

 頭上から、優しい師匠の声色が聞こえる。

 周りを見渡すと、綺麗に片付いたリビングのソファーで俺は師匠に膝枕をしてもらっていた。

「まさ、事情はベリルやルゾットから聞いた、まさか一日でこの課題をクリアするとはね」

 師匠は俺の頭をなでる。

「師匠、俺、頑張りました」

「頑張り過ぎだ、バカ」

 コツン、と俺の頭を軽く叩く。

「魔法を使い過ぎると、精神力の疲弊で倒れると最初に説明しただろう……」

師匠は困ったような顔をする。

「すみません、早く師匠に褒めてもらいたくて……」

 そう言う俺に、師匠は俺の頭をなでて。

「ほんとに、まさはバカだな……」

 どこか嬉しそうな、困った表情の師匠。

「ベリルとルゾットはどこですか?」

 ふと、二人の行方が気になり訊ねる。

 すると、師匠は少し思案して。

「あの二人は……まさをここに連れて来たら、魔力の使い過ぎと説明したら、安心して帰って行ったわ」

 俺はそっと胸をなでおろす。

「心配していたから、次会ったとき、謝っておくのよ」

 と、失敗した子を諭す親のように告げる。

「ごめんなさい……」

「ふふふ、でも、明日は次の段階に行きましょうか」

「分かりました!」

 俺はまだクラクラする頭で元気よく返事をする。

「あらあら、でも、明日ね、今日はゆっくり休みなさい」

 師匠はそう言って、俺の頭をなでるのだった。

 そのあとも、「まったく、まさは……」と、言いながら、俺の頭をなでていた。

 俺はずっと師匠の膝枕の上だった。

「主、今日は女王を含めての会合の予定があります」

 すっ、とクロノがいつもの汚れ一つない執事服で出てきた。

「あら、そうだったわね、じゃあ、どうしようかしらね……まさ、食事は外で食べてきなさい」

 師匠は俺を膝枕から降ろす。

 頭にはまだ柔らかい感触が残っている。

 師匠は立ち上がると、近くの魔方陣の上に立つ。

 すると、光に包まれ、黒いローブの姿になる。

「じゃあ、まさ、行ってくるわね」

 と言って、リビングから出て行った。

 リビングに残った、クロノが。

「あまり無茶をして、主を困らせないように、バカ博君」

 そう言い残してクロノも去って行った。

 俺は言い返そうとしたが、もうクロノは去った後だった。

「くそっ、クロノめ、いつか……いつか……!」

 と、決意するのだった。


 俺は、風が吹いて少し寒い夜の中、錬金術で出した暖かそうな毛皮の茶色いコートを学生服の上からはおり、ある場所を目指していた。

 秋によく似合いそうな、黄色い木造建物、『ノワール』だ。

 というか、レストランをここしか知らないし。

 俺は、中に入ると、「お、来訪者の兄ちゃん、二回目だね」と声を掛けられた。

 軽く会釈して、席に着こうとすると、艶のある黒いウェービ―ロングヘアー、特徴的なリボンの付いた白の騎士服を着た少女が赤いワインをゆっくりと飲んでいた。

 俺はその少女、ミルテの前にいく。

「こんばんは、この前はどうも」

 軽く挨拶して対面の席に座る。

「おお! 雅博か、一緒に飲もう」

 と、ワインを勧められるが。

「ごめん、俺、未成年なんだ、そういうミルテは飲んで大丈夫なの?」

 言動は騎士のそれで、大人っぽいが見た目は、身長168センチの俺よりも15センチ以上も小さく、顔つきも幼く見える。

「ははは、何を言ってるんだ、この国ではお酒は100歳から、私は127歳だから問題ないのだ」

「127歳!?」

 俺はミルテの年齢に驚く。

 そんなことは気にしない風にワインを傾けるミルテ。

「みんな、エルフだったり、ハーフエルフだったりでそんなもんだよ、ところで、あの後、どうなったんだ?」

 そう尋ねるミルテに俺はこの国を守ること、メヌエリュートに弟子入りしたことを話す。

「そうか……あの、メヌエリュートが弟子をとるなんてな……あのときの伴奏でも思ったが、まさは、やはりすごいな」

「いや、そんなことはないかな、ミルテの歌だってすごいさ」

 そういうと、ミルテは少し悲しそうな表情をして。

「私は騎士だ、歌ではこの国は守れない……」

 と、呟いた。

「でも、俺は、音楽で、バンドで、この国を守るって決めたんだ!」

 思わず熱くなってしまう俺。

「でも、私はもう……」

 ミルテは俯く

 俺はミルテの顔をまっすぐに見つめ。

「なあ、俺と、一緒にまた演奏してみないか?」

「えっ?」

 何を言っているかわからないといった表情をする。

「あのとき、湖の前で一緒に演奏したとき、楽しかっただろ、ただただ、楽しかっただろ、違うか?」

 ミルテはじっと俺の顔を見つめて、頷いた。

「だろ、なら話は簡単だ、まずは国を守るとか、世界を救うとか、そんなもの関係なしに、もう一回、演奏しよう、今度はベリルとルゾットも含めて!」

 俺は熱くミルテに問いかける。

 ミルテはその言葉を反芻するように、宙を見上げる。

「もう一回、歌う……か……」

 そう呟いた。

 レストランのオーダーや周りの談笑が俺達を包む。

「うむ……いいな! うむ! やろう、一緒に演奏しよう」

「それでこそ、ミルテだ」

「よし、じゃあ、今日は飲むぞ!」

 そう言って、ワインを一気に飲み干した。

「ほどほどにな」

 という俺の言葉は、「いいのいいの、雅博もたくさん食べろ」という言葉にかき消されるのだった。


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