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デットヒート

作者: トラキチ3

デットヒート  トラキチ3


【3稿】20140104

【2稿】20131226

【初稿】20131225


 今日は2学期の終業式の日。朝、学校へいくのも今年最後だ。

「今日も勝つ!必ず勝つ!絶対負けない!」

 カナエは一人交差点で気合いを入れていた。

 時計は7時25分。スタートまでは、まだ5分ある。カナエは、じっと歩道を確認する。昨晩の雪は、朝の陽射しで溶け、すっかり乾いている。予想通りの状態だとカナエは微笑んだ。ギュっとシューズをアスファルトに押し付け、足裏から感じるグリップを確かめ、軽く足首を回し柔軟体操をはじめる。

 この日は終業式とホームルームだけなので、カバンの中身も最低限の筆記具程度と軽量化をしている。しかも、今日は温かいのでコートも家に置いてきた。

 準備万端。


 3分前。

 交差点の向こうから、ノッポとタンクがやってくるのが見える。

 ノッポとタンクというのはカナエが勝手につけたあだ名で、ノッポは長身でガリガリの男子大学生。一方のタンクは、40代ぐらいの小肥りサラリーマンで、凄い怖い顔しながら突き進む姿は重戦車を思わせる。すでに2人とも白い息を弾ませていたので、ウォーミングアップできているようだ。

 ノッポは、足元の目新しいシューズの感触を何度も確かめている。カナエは、それがつい最近発売された最新モデルのシューズと直感した。ノッポはカナエに得意げに微笑むとヒモの微調整を始めた。一方のタンクも靴ヒモを結び直し柔軟体操に入っていた。


 1分前。

 最後の一人、ボサボサ頭がやってくる。この4ヶ月間、毎朝このボサボサ頭と一緒だが、未だにその素性は知らない。大きなテニスバックリュックを背負う制服姿から、テニス部所属の高校生なのだろう。その制服は、カナエが通う高校のものよりも断然センスがよいのだが、このボサボサ頭の着こなしは最低で、なんとも制服がかわいそうだとカナエはいつも思っていた。なんといっても、ブレザーのサイズは少し小さく、ワイシャツはダボダボ、ズボンもシワだらけで裾は擦り切れている。おまけに派手な真っ赤な靴下はありえない。

 ボサボサ頭は、カナエ、ノッポ、タンクにペコリと頭をさげ、大きな声で挨拶をしてきた。

「ちーすッ」

 そしていつもどおり、交差点近くの歩道で、腰をひねったり、ヒザを上げたりと、周りにかまわず派手なアクションで柔軟体操をはじめた。その姿はかなり異様で、道を行きかう会社員や学生は、ゲラゲラ笑いながら横を通り過ぎていくのだが、本人は全く気にする様子もない。


 7時30分。

 4人は、交差点に並んだ。歩行者信号が次に青になった瞬間、今年最後のレースがスタートする。


  ~~


 たしかあれは……夏休み明けの2学期が始まって間もない頃だった。

 カナエは焦っていた。

 その日にかぎって目覚まし時計が動作しなかったのだ。おかげで、いつもより家を出るのが5分ほど遅くなってしまった。

「バス、間に合うかなぁ」

 時計を見ながら、カナエは、足早に駅に向かっていた。

 自宅から学校までは、自転車で充分通える距離にあるのだが、カナエは毎朝、駅まで歩き15分に1本の不便なバスで登校をしていた。

 実は、カナエは、自転車に乗ったことがないのだ。いまさら自転車の乗り方を教わるのも恥ずかしいし、これからの人生、自分は自転車と無関係でいても何の問題もないと自分に言い聞かせていた。

 とはいえ、15分に1本のバスに乗りおくれると相当のタイムロスになってしまう。

 もちろん軽くダッシュすればいいのだけれど、いかにも遅刻しそうなので駅まで懸命に走ってます……というのもダサイ。やはり、かろやかにウォーキングするほうが、汗ダクダクになってバスに乗り込まなくてもいいし、どうしても間に合わなくなったら、そのときダッシュすればいいことだ。

 自宅そばの交差点が青信号に変わるとカナエは、颯爽と歩き始めた。そして前を歩くサラリーマンやOL、おしゃべりしながら歩いている学生達をゴボウ抜きしていく。これなら80%程度の巡航速度でも充分バスに間に合う確信できた。

 ところが、坂道をのぼりきったところで、突然背後から、茶髪のボサボサ頭の男子がカナエを追い抜いてきた。

「え、なにあのボサボサ頭……」

 カナエは、なぜかカチンときて、自然と巡航速度を上げ、ボサボサ頭を追うことにした。もともと20%の余力があるので、彼を追い抜くには時間はかからなかった。

 ところがその後もボサボサ頭は、再度カナエを追い抜き返してきた。コレは明らかに駅までのレースとみていいだろう。

「ふん、早ければいいわけじゃないのよ」

 カナエは、わざと追い抜かずピッタリと後をつけることにした。


 駅への途中には、みんな抜け道を通る。その抜け道は道幅が狭く、そこでの追い抜きはまずできない。そこで、抜け道に入る直前でボサボサ頭を追い抜き見返してやる作戦をとることにした。

 商店街を過ぎて、抜け道の直前でスッとボサボサ頭を追い抜いた。

「これでよし」

 カナエの作戦はうまくいった。ボサボサ頭は、カナエの前には出れない。カナエは、わざと80%まで巡航速度を落とし、抜け道をぬけた最後の50mのために息を整えた。


 抜け道をぬけると、ラスト50mは広場を横切るだけだ。

「ボサボサ頭が、ダッシュしてきたら……私もダッシュする!」

 カナエは、全神経を背後の足音に集中させた。

 しかし、ボサボサ頭は走る様子はない。あくまでも徒歩だけでの勝負なのかもしれない。噴水前を抜ければ残り30m。チラチラ横にボサボサ頭の姿が見えてきた。カナエは、すでに100%の巡行速度であったが、負けたくなかった。少しばかり歩幅を広げ、ストロークも早めにし、110%の巡航速度にする。

 20m……10m……。ゴールの駅のエントランスがみえてきた。カナエの額には汗が光っている。

「どうして、あのボサボサ頭、ダッシュしないのかしら……」

 カナエは苛立っていた。

「あいつがダッシュすれば、こっちだってダッシュして一気にゴールできるのに」

 苦しい……。カナエは、歯をくいしばった。

 5m……3m……。

 最後はかなりの接戦だったが、なんとかカナエが逃げ切り、先にゴールした。二人ともハァハァゼィゼィと息がはずんでいたが、ボサボサ頭は、チラリとカナエの顔をみると微笑み敬礼すると電車の改札口の向こうへ消えて行った。

 カナエは、余裕で間に合ったバスに乗り込み汗をぬぐった。

「わたしって、バカ?なにムキになってるの」


 翌朝、あの交差点に差しかかると、昨日のボサボサ頭が待ち伏せていた。昨日の件で、何か言いがかりをつけられるのではないかとちょっと心配だったが、なるべく目を合わせないように信号が変わるのを待った。

 信号待ちの間中、ボサボサ頭は足首を回したりと昨日に懲りずに、やる気満々のようだ。信号が変わった瞬間、ボサボサ頭が猛然と歩き始めた。

「まったく……」

 そう思いながら、カナエは、ボサボサ頭を追いかけ始めた。

 それから、毎日のようにボサボサ頭が交差点でカナエを待ち伏せて一緒になった。


「ねぇ、カナエ!」

 クラスメートのミサキが、声をかけてきた。

「なんでバスで通ってるの?」

「え?」

 カナエは、ドキマギした。まさか自転車に乗れないなんて言えないし……。

「だって、カナエの家ってうちの近所じゃなかったっけ?」

「そうだけど……」

「駅からバスのるより、自転車通学のほうが絶対早いよ」

 ミサキは、自転車通学だと飛ばせば家から10分くらいで到着すると話し始めた。

「うーん、ちょっとダイエットでウォーキングもしなくちゃならないし」

「え~!カナエ、ダイエットなんて必要ないじゃない!」

「ふふ、どっちかというと着ヤセするタイプだから」

「うそ!このおなかはシェイプアップされてるもん!」

 ミサキは、カナエのおなかにタッチしたが、信じられないという顔をしていた。

「こんど一緒に学校来ようよ?」

「うーん、考えとくね」

 カナエは、さらりと答えると、ミサキにニッコリ微笑んだ。


 カナエは、ミサキには悪いとは思っていたけれど、ボサボサ頭と2人のレースは、スリリングで楽しみにもなっていた。

 ある日、懸命にレースしているカナエ達をノッポの大学生がスルリと追い抜いていった。しかも片手にスマホをもって画面を見ながらの歩きだ。

 カナエは、途中の信号待ちでノッポに追いつくと、ひとことノッポに話しかけた。

「スマホみながら歩くとあぶないですよ」

「え?あぁ、まぁそんなに早くは歩いていないから大丈夫さ」

 カナエは、カチンときた。ノッポを見上げながら、つぶやいた。

「早く歩いていない?上等じゃないの……。トップスピードが速ければいいわけじゃないのよ」

「へ?」

 青信号になった瞬間、ボサボサ頭が、猛然と歩き出した。カナエも続くが、楽々ノッポは二人を追い抜いていった。

「ちょっと対策を考えなくちゃ……私を追い抜くなんて許せない!」


 また、こんな事もあった。駅前近くの商店街を抜けるときには、速度の遅い連中をうまく処理しなければならない。迷わず左右どちらから抜くかきめていかなければ速度がおちてしまうのだ。

 ところが、小肥りのサラリーマンは、颯爽と2人を追い抜いていく。しかも、商店街を逆行する小学生の列を見事までに蹴散らしていくのだ。

 商店街を通過中、背後から小学生の悲鳴が聞こえたら、この重戦車タンクのごとくやってくるサラリーマンが迫ってきたとわかる。カナエは、振り返ってこのタンクの顔をみてみた。

「すごい、顔……」

 カナエは、絶句してしまった。真っ赤な顔をして眼光するどく頭からまるで湯気を噴出しているようだったのだ。小学生達は、おびえてサッと道をあけていたのだ。

「このサラリーマンも何とかしないと……私を追い抜くなんてありえない!」


 カナエは、親の影響かもしれないが、人に負けるのを極度に嫌う子供だった。ともかく、なんでも1番でないと気がすまない。それが転じ、いままでもこだわりすぎて失敗してしまうこともあったが、何もしないで後悔するのは絶対許せない。

 当然、今回もカナエは、レースコースのポイントを徹底的に調べ、対策を何度も練ることで脳内妄想は広がっていった。

 まずは、途中2つの信号のやり過ごし方であり、続いて商店街を逆行する地元小学生等の対処方法、そして細い抜け道と、ラスト50mでのラストスパートのタイミンングがポイントとなるという結論になった。

 ノッポは歩幅を生かし、先行逃げ切りのスタイル。ただ、どうしても途中の信号が赤であれば、後続に追いつかれてしまい体力だけが消耗することになるのでスパートのタイミングを崩せばいい。

 タンクは、レース中の顔は、さらにすごい形相になっているらしく、商店街を通る際には、逆行してくる小学生達は怖がって避け、道をあけてくれるので、タンクは、商店街で一気に勝負を掛けてくる傾向にある。

 ボサボサ頭は、ラスト50mで強烈な加速をしてくるがスタミナがないので、ともかく途中でスタミナを使わせてしまっておけばいいのだ。

 こうした作戦を駆使することで、ノッポ、タンクそしてボサボサ頭を押さえ込むことができた。


 とはいえ、作戦通りにいかないこともある。

 どうしてもカナエの手荷物が多いときは、どうしても速度がでず負けてしまうし、雨の日には、カナエのローファーではスリップしてしまう。一方、残暑厳しい天気では、タンクは直ぐに息があがってしまうし、ノッポは、商店街での人込みを避けるのが苦手なこともわかってきた。そこでカナエは、天気別にシューズを用意し、体温を下げるための冷却パックを背中に背負ってみたりもした。すると、他のメンバーも同様にシューズを履き替えて対抗してきた。

 なんだかんだして10月にはいると、朝7時30分の交差点に、ノッポ、タンク、ボサボサ頭が集まるようになり、暗黙の内にレースをするのが日課になってしまった。

 そして、不思議なことにラスト50mも含め誰一人、ダッシュするものはいない。最後の最後まで歩いて勝負を決するのだ。走ってしまったらレースから逃げたことになるとみんな思っているようだ。


 カナエはさらなるカバンの軽量化や、ウォーキングの動画をみながらのフォームの改善をしはじめ、12月にはいってからは1度も負けたことがなかった。このままカンペキに12月は1位をキープして終わりたい!

 完全レースをどうしてもキメたかったのだ。


  ~~


 12月の空気は冷たい。4人とも息が白い。シューズのキュキュキュと歩く音が軽やかに鳴っている。

 最近のレースでは、相手の様子をみながら80%程度のスピードでスタートする。


 カナエは、最初の信号をクリアしたところで、速度をあげて角を曲がり、上り坂になるところで、一気にトップに躍り出た。

 当然、追従する3人も同じ歩調で追ってくるが、タンクはこの上り坂ではどうしても速度が落ちる。カナエは、懸命に追従するタンクにここで無理をさせ、ともかく体力を消耗させてしまう作戦にでた。

 上り坂途中のカーブをぬけると2つ目の信号が見えてくる。信号は、青から黄色そして赤にかわったところだ。

「これなら止まらずにいけそう」

 カナエが、さらに速度をあげたところで、すぐ後ろにいたノッポが一気にスパートをかけてきた。ノッポはこの信号さえ通過してしまえば、先行逃げ切り態勢に入れるのだ。

「そうはさせない!」

 カナエは、背後から伸びるノッポの影をみながら、ノッポの進路をブロックしたが、そちらに集中するあまり、ボサボサ頭と接触してしまった。カナエがよろめいたのをノッポは見逃さなかった。サッとカナエを抜き去ると圧倒的な歩幅で、信号を渡る頃には3mの差がつけられてしまった。

 カナエは、ボサボサ頭を睨んだが、仕方ないじゃないかという顔で淡々と歩いている。

「予定が狂ったわ……この先の商店街で挽回しなくちゃ」

 カナエは、少し速度をおとした。


 信号を渡ると商店街に入る。

 ここは、おおよそ200mあるのだが、駅へ向かう人の流れと、駅から仕事場へ向かい逆行する人の流れがあり人通りが多い。おまけに横から自転車もとびだしてくることもあり、相当慎重に歩かなければならず、トップスピードは落とさなければならないエリアだ。

 ただ、タンクだけは別だ。逆行する人は彼の顔を見るだけで、あいかわらずサーッと道が開けて行く。

 カナエは、タンクの後について体力を温存させる作戦をとることにした。タンクは、先ほどの上り坂で相当体力を消耗しているだろうから商店街の後半で抜き去れば、その後は付いてこれないだろうと考えたのである。

 現在の順位は、ノッポ、カナエ、タンク、ボサボサ頭の順番で、トップとビリの差は10mも離れてしまっている。しかし、人込みの中の処理が必要なこの商店街エリアなら充分逆転も可能なのだ。

 カナエは、スッとタンクに道を譲り、その後ろにピッタリついて行った。


 独走態勢だったノッポも逆行してくる小学生に手こずり、10mの差は、どんどん縮まり2mとなってきた。

 さらに行く手には、歩行者優先の商店街に間違って車が入り込み大混雑になっているのが見える。

「これなら抜け道とラストで一気に勝負だわ」

 カナエは、ともかく抜け道にトップで入ることだけに集中することにした。

 ところが、ノッポが大混雑にさしかかろうとしたその瞬間、タイミイングよく車が移動し一気に渋滞が解消されてしまった。

 結局、カナエは、抜き去るタイミングを逃してしまい、ノッポ、タンクに続いて、抜け道は3位通過ということになった。


 ここで想定外のことが起こった。なんと、抜け道は日陰が多く、まだ路面には、雪が残っていたのだ。カナエのシューズでは充分なグリップが得られない。

「しまった、スパイク付にしておくべきだったわ」

 当然トップスピードは落とさなくてはならないし、最悪転倒する可能性もある。

 前を行くノッポとタンクも慎重な足取りだが、2人ともスパイク付きシューズだった。

 トップとのその差はどんどん開いていく。

「ともかくなんとか維持しなければ」

 焦る気持ちを抑えながらも、背後から迫るボサボサ頭の靴音も聞こえてくる。


「きゃ」

 カナエは、足を滑らせてしまった。大きく身体が宙を舞い、まるでスローモーションのように青い空に白い雲が薄くかかっているのをカナエは見ていた。

 ドスン。

 頭を打つことはなかったが、派手に転倒をしてしまった。しかも、転んだ拍子に左足を捻ってしまったのかズキズキ痛く立ち上がることができない。

「うぅ……」

 カナエは苦痛に顔がゆがんだ。そして、ここでリタイヤしてしまうのが悔しかった。

 おそらくボサボサ頭も私を追い抜いて行くだろう。そして私にはゴールはないのだ。

「あれだけがんばってきたのに……」

 カナエは、悔しさと左足の激痛から涙があふれてきた。


「あ、大丈夫?派手にこけたね」

 突然、背後から笑い声が聞こえてきた。

「うぅ……」

 カナエは、後ろを振り向くとボサボサ頭が、笑いながら手を差し出しているではないか。

「あ、ごめん。大丈夫かい?」

 ボサボサ頭は、カナエの涙に驚いて、背負っていたテニスバックリュックを急いで下ろすと飛んできた。

「ちょっと、見せて……」

 そういうとカナエの左足のシューズを脱がし靴下取ると、カナエの生足を撫で回した。

「何するのよ。触らないでよ!痛いっ」

 激痛にカナエが顔をしかめる。ボサボサ頭はまじめな顔でカナエをみつめた。

「軽い捻挫かも……僕の背中につかまって、左足はつかずに立ち上がろう」

 そういうとボサボサ頭は、カナエの手をとって自分の肩をつかませた。

「いいかい、がんばって、しっかり握って……」

 ボサボサ頭がゆっくり立ち上がり、カナエは右足だけで立ち上がることができた。

「ちょっと動かさないで!」

 強い口調にカナエはビクンとした。

「捻挫のときは、直ぐに対処するんだ」

 そういうと、テニスバックリュックから小さな袋とテープを取り出した。

「俺も部活の怪我には、こいつで助かってるんだ」

 ボサボサ頭は、手際良く小さな袋を上下に振ると左足に押し当てた。

「ちょっと冷たいじゃない……」

「ちょっとは、我慢しろよ」

 そういうと、ボサボサ頭は、保冷パックをテープで固定した。

 カナエは、ボサボサ頭の上から目線の言い方にカチンときた。

「ありがたいけど、もういいわ、後は自分で歩けるから」

 すると、ボサボサ頭がカナエを睨み返した。

「あんたさ、捻挫甘くみすぎてねぇか、いいからジッとしとけよ」

 そう言うと、いきなり自分のコートを脱いだ。

「駅前に行きつけの整形外科があるから紹介するよ、とりあえず早く診てもらおう」

 ボサボサ頭は、脱いだコートをカナエに無理やり着せると、テニスバックリュックを背負った。

「こんなコートいらないわ」

「悪いが、そのミニスカートじゃまずいんだよ」

 そういうと、カナエをヒョイとお姫様だっこした。

「えっ!ちょっと、やめてよ……」

「暴れないでくれよ、病院まで直ぐだし、この方が早いんだ、ちょっとは辛抱しろよ」

 そういうと歩き始めた。

「出来れば、俺の首に腕をまわして、身体を密着してくれたほうが楽なんですけどね」

 カナエは、こんな格好をさせられる恥ずかしさとボサボサ頭がニヤニヤ笑っているのが許せなかった。ただ、力強く抱きしめられると、幼い頃父親に抱きしめられたあの安堵感に似たものを感じていた。そしえカナエは、ボサボサ頭の首に腕をまわしてしがみついた。

「か、勘違いしないでよ、ゆれて怖いから、なんだから……」

「いいよ、俺もそっちのほうが楽だし、しかし、ドキドキするぅ……」

 ボサボサ頭は、カナエをお姫様抱っこしたまま抜け道をぬけてると駅前をどうどうと歩いて行く。

「ち、ちょっと……病院ってどこよ。駅に向かっているじゃない?」

「えへへ、これはちょっとした罰ゲーム……」

「え?」

 カナエが、ボサボサ頭を見上げると、額に汗をかきながらボサボサ頭が答えた。

「ウソウソ、病院が駅ビルの中にあるんだから、仕方ないだろう……」

 そう言いうと加速した。


 駅前には、通勤通学の人だかりでいっぱいだった。みな二人を見ては口々にヒソヒソ声をしている。カナエは、耐え切れず、うつむいて顔を隠している。

「ゴール!」

 ボサボサ頭の叫び声に驚いて、カナエが顔を上げてみると、なんとそこには、ノッポとタンクの姿があった。どうやら、二人はゴールしても駅で待っていたようだ。

「あれ、姫君、どうしたの?」

「怪我かい?」

 ノッポとタンクが心配そうにボサボサ頭に声をかけた。

「実は、抜け道で姫君が派手にこけて……あっパンチラもあったんですけど……捻挫したみたいで、とりあえず、病院に連れてきます」

「え!パンチラ……最悪……なんですけど」

 カナエは、顔を赤らめた。

 ノッポとタンクが微笑むと、タンクがボサボサ頭に目配せし、ボサボサ頭のテニスバックリュックに小さな包みを押し込んだ。

「それじゃ、姫君、お大事に……また来年!」

 ノッポとタンクは、カナエに微笑みながら、改札口の向こうへ消えていった。


 駅ビルの中の病院にはカーテンがおりていて、まだ診察時間ではないようだ。

 ボサボサ頭は、それでもかまわず、扉をつま先でコツンコツンと叩くと大声を張り上げた。

「すみません!急患なんです!」

 するとカーテンが開き白衣の男性が顔を出した。

「なんだユウキか。また怪我か?」

「あ、先生、コイツさっき道で転んじゃって左足捻挫したみたいなんだよ」

「今朝は、急患が多いなぁ……」

 そういうと、扉を開けて二人を病院に入れてくれた。

 突然、待合室から叫び声が聞こえてきた。

「あ、兄貴……!?」

 カナエは、その声を聞いて驚ろいた。クラスメートのミサキ?顔をあげるとミサキが驚いた顔をしてこちらを見ている。

「あっ、ミサキ!」

「あっ、カナエ……どうしたのその格好!」

 そう言うとミサキは、ボサボサ頭をキッと睨み、カナエに語りかけた。

「これ、うちのバカ兄貴でユウキっていうんだけど、カナエに乱暴なことしたんじゃない?」

「違うって、俺が助けたんだって……ってか、なんでお前ここにいるんだよ」

 ミサキは、スッと横を向くとボソボソつぶやいた。

「自転車でこけたのよ……さっき先生に診てもらったんだけど、大したことなかったわ」

 そう言いながら、待合室にある車椅子をカナエのそばに持ってきてくれた。

「ともかく、カナエちゃんを早くおろしなさいよ、いつまでも身体に触ってないで……このセクハラヘンタイ!」

 ユウキは、ゆっくりカナエを車椅子座らせた。

「あとは、こっちでやっとくから、兄貴は出て行ってよ、はい!お疲れさん!」

 ユウキは、ミサキにふふんと鼻で笑ってつぶやいた。

「しかしなんだな、お前みたいな丸太とは違って、彼女は、なんかこう、抱きしめてると壊れそうで、俺、ドキドキしたよ、もう、このまま連れて逃げちゃおうかとおもったもん」

 そういいながらユウキは自分で自分を抱きしめてみた。

「信じられない!どうせ、私は丸太で悪かったわね!サイテー」

 ミサキは、呆れ顔でユウキに叫んでいたが、カナエは、真っ赤な顔になった。

「あ、そうだ、コレ渡さなきゃ」

 テニスバックリュックから、先ほどタンクが渡していた袋を取り出し手渡しした。

「コレね、みんなからの感謝の気持ち……いつもレースに参加してくれてありがとう……よかったら使ってみてよ」

「いいから、早く消えてよ!キモい」

「カナエちゃんか、ふふ、今度はトップをいただくぜ!……あ、コートはこいつに渡しておいて!」

 ユウキはカナエにニッコリ微笑んだが、ミサキに背中を押されて病院の外に押し出されていった。


 診察の結果は、軽い打ち身だった。先生によると、すぐに冷やしていたのでだいぶ腫れがひいていた。

「しばらく湿布で充分だ、まぁ、ユウキも手慣れたものだ」

 先生はそう言うと慣れた手つきでテーピングをしてくれた。

「カナエ、大したことなくてよかったね。学校いけそう?」

「大丈夫、普通に歩けそう……ミサキちゃんのお兄さんにはお礼いわないと……」

「いいの!いいの!あんなやつ、散々カナエにセクハラしたんだから、お礼なんかしなくていいよ!」

「でもコートも借りちゃったし」

「気にしない!気にしない!」


 病院からでてみると、例のバスが丁度停車していた。二人でバスに乗るとミサキが話しかけてきた。

「ねぇカナエ、さっき、兄貴が渡していた包みって……なんなの?」

 カナエは、包みを開けてみるとピンク色のフカフカなタオルに刺繍がしてあった。

「あんたが1番。俺達2番!姫君親衛隊」

「なにこれ?チョー趣味悪いんですけど」

 ミサキとカナエは、顔見合わせて笑った。

「でも、これってなに?」

 ミサキがカナエの顔を覗き込むと、カナエは、微笑えんだ。

「ヒ・ミ・ツ」

「えー!なによー教えてよー!」

 ミサキがカナエの腕をひっぱると、カナエはタオルを見つめてつぶやいた。

「絶対トップは譲らない!」

 綺麗に晴れ渡った青空を見上げながら、カナエは、ユウキが自分を抱きしめてくれた感触を思い出すのであった。

(了)


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