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七話




「も、もう訳がわからん!!」

鯰は必死にお清の恐怖を断ち切ると、床にへばったまま天に向かって腕を伸ばした。

そして瞬時に沼の底に張り巡らせた結界を調整すると、お清の立っている場所を指さした。


「な、流れてしまえぇ!!」

「!?」



 鯰が指差したとたんお清の体の周りを水流が包み込み、まるで沼の底が抜けたようにお清の姿は床へとあっという間に吸い込まれて消えてしまった。

お清の体が完全に結界の中から消えたのを確認し、鯰は心底安心した声で高らかに笑った。

いまだ床にへばったままの情けない姿であったが、それは間違いなく勝者の笑いであった。


「はぁ~っはっはっは、ざまぁみろ! 水脈をたどって海まで流されるがいいわ!! たかが人間が、妖怪様に勝てると思うなよ!!」



 鯰がお清のいない部屋で勢いよくまくし立てていると、部屋の外から魚顔の子供いや、もはや魚に手足が生えた子供が慌ててやってきた。

傍目には尾びれを使って泳いでいるのか、にょきっと生えた足で走ってきたのか分かりづらいが、本人もそんなことどうでもいいくらいに目を極限まで剥き出して慌てていた。


「お師匠様、結界が激しく揺らぎましたが何があったんで!? そこまで激しい交わいだったんで!?」

「馬鹿者! あの女は化け物であったのだぞ。しかしこのわしの敵ではなかったのぅ。わが妖術で水脈へと放り出してくれたわ!!」

そこで鯰は高笑いをしてみせた。しつこいようだが床に伏せったままでだ。


「ひへぇ~、なにやら大変だったようですねぇ~」

魚は手でつるりと鱗顔をひと撫ですると、水流でボロ布やしゃれこうべが乱れた寝室を眺めて感心したように声を上げた。

鯰は大仰に頷き、自分の武勇伝を語ろうと口を開けたその時だった。



 目もくらむような光と耳をつんざくような激しい雷鳴が鳴り響き、鯰が沼に張り巡らせた結界はいとも容易く打ち砕かれた。

鯰と魚が悲鳴を上げることもできずにお互いにしがみつきあっていると、乳白色の靄があたりを包み込みはじめやがて壁も天井も床すらも見えなくなってしまった。




 やがて乳白色の世界に、反響する不思議な声が響いてきた。


『鯰の妖怪よ。若い娘が何人も行方をくらましているとのうわさを聞き、我が使者を使わせてみれば……。こともあろうか、龍神の君の名を騙って悪さをしていたとは、なんという不届きものよっ!!』


 そこで再び激しい雷鳴がとどろき渡り、鯰と魚は縮み上がった。

そんな二匹を靄がするすると包み込み、晴れた後にはただの鯰と小魚がふよふよと漂っていた。


『罰として貴様らの妖力を取り上げることとする。貴様が主として君臨していた沼で、今度は人間に捕まる恐怖におびえながら暮らすがよい! ……ったく、我が麗しの竜神の君に成りすまそうなんて、那由他、無限の時が過ぎようと厚かましいわ!…』

最後の吐き捨てるような言葉と同時に微量の電撃が鯰と小魚に直撃し、二匹はしばらく腹を上にして痺れたまま水面に浮かんでいた。



『そういえば、清吉の姿が見えないわね…、ちょっとほかの仙女とお茶をしていたら盛り上がってしまって出てくるのが遅くなっちゃったんだけど、清吉は何処じゃ?』

不思議な声が返答を待つ気配があったが、鯰と小魚はしびれていてそれどころではない。

いまだ腹を上にして浮いている二匹を苛立ったような電撃が襲い、二匹は悲鳴を上げて正気を取り戻した。


「せ、清吉とは何者でございましょう!?」

『あぁ、今はお清って名前だったっけ? ここに最後にきた女のことよ』

ようやく思い当った鯰は己の行ったことにカタカタと震えだしたが、よく事態をわかっていなかった小魚はあっさりと白状した。


「お師匠様の妖術で、水脈にのってどっかに流れていきましたけど……」

『なんですってぇぇええええええ!!』


 仙女の叫びと同時に水面の二匹に洒落にならないくらいの雷が落ち、しばらく二匹は体のところどころを焦がしたまま水面に浮いていた。



 その日村の沼に鯰と小魚が浮かんでおり、鼻水を垂らした村の子供たちが石を投げつけて遊んでいたという。





「…んん……」


 お清が目を覚ますと、そこはどこぞの納屋のようだった。

ゆっくりと体を起こせば、白装束も長い黒髪もぐっしょりと濡れており、微かに磯臭い。

磯臭いがしょんべんの匂いはきれいさっぱり消え、白装束の股間のあたりも黄ばみが無くなっていた。

あたりを見回せば狭い小屋の中に網や銛や見たことのない道具が乱雑に積まれている。

お清はそんな道具に囲まれるようにゴザの上で寝かされていた。


「………」

今までの経験上、目覚めた時には股間を盛り上げた男にのしかかられていたものだが、小屋の中にはお清の姿しかなかった。

思わずほっと詰めていた息を吐き出したとき、小屋の粗末な板戸が開いた。


「目が覚めていたか」

声をかけて小屋に入ってきたのは、今まで見たこともないぐらいに肌が真っ黒に日に焼け、ボロ布のような服からは丸太のような腕がむき出しになっている漁師の男だった。

精悍な顔つきながら、床の上に座ったままのお清を見る目つきはどことなく酷薄な様子があり、お清は背中がひやっとした。


 男は油断のない目つきのまま、ゆっくりとお清に近寄る。

その冷ややかな様子に劣情はみられないが、お清は思わずごくりと唾を飲み込みながら座ったまま身構えた。

そんなお清の隣にしゃがみこむと、男は潮で枯れた声で訥々と語りだした。


「海から綺麗な女子が流れてきた。村の連中はお前が人魚だという。俺は信じるつもりなんぞなかったが、確かにお前さんは人間じゃねえみたいに綺麗だ」


 男はお清を見つめたまま話しながら、つっと己の腰に手をやった。

「お前さんはこれからここらを治める大名のもとへ送られる。だがその前に」

「!!」

お清は、男が腰元から取り出したものを見て目を見開いた。


 それは、鈍く光りとても切れ味のよさそうな包丁だった。


「人魚の肉は万病の薬になると聞く。お前の肉を喰えば、使いすぎて起たんごとなった俺の不能も治るはずだ!」

「わしの肉を喰ったところでおっ起つわけなかろうがい!! 阿呆ぬかすな!!」

お清は言うがいなやバッタのように飛び起きると、包丁を振り上げた男のどてっぱらに拳をめりこませた。

鯰のところでふるっていた拳の威力が、まだ体に染み込んでいたようである。


「ぐっ…!」


 体格のいい男は鯰のように吹っ飛ぶことはなかったが、おびえていた美女の思わぬ反撃に包丁を取り落し腹を押えてうずくまっていた。

お清はそのままゆっくりとうずくまっている男の傍に歩み寄ると、男の肩にそのむっちりとした白魚のような脚をかけて力をこめた。

男はなす術もなくゆっくりと仰向けに床に倒れこむ。

「うっ!」

訳も分からず茅葺の天井を眺めていた男の股間に、お清の足がのった。

そのままぐりぐりと踏みにじられる。


 お清は憤っていた。

男は確かに言った、「使いすぎた」と。


「羨ましい、羨ましい、妬ましいぃいいい!! 訳の分からん薬に頼るしかないブツなら、このまんまわしが潰してや…る……ん?」

お清はありったけの憎しみをこめて踏みにじっていたが、やがて足の裏に伝わる質感が明らかに変わってきたことに気づいた。


 ……男のブツは、お清の足の下で猛っていた。


「た、起った! 俺のブツが起った!!」


 男は歓喜の声を上げて体を起こし、その勢いに負けて股間に足を置いていたお清はたたらを踏みながら後ずさりした。

男は興奮したままお清を熱のこもった目で見つめ、猛って盛り上がっている股間を見せつけるようにじりじりとにじり寄った。


「い、今まで、漁に出ている男の妻をたくさん寝取ってきたが、こんなに刺激的だったのは初めてだ! た、頼む! もう一度俺の股間を踏んでくれぇええっ!!」


「いやじゃあぁああああ!! また変態じゃぁああああ!!」


 お清の悲痛な叫びと、男の欲望に濡れた声が粗末な小屋にむなしく交差した。






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