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五話


 村人たちは美女の気が変わらぬうちに、と総出でお清の着付けを手伝った。

ある者はお清の烏の濡れ羽色の髪を梳り、ある者はお清の形の良い唇に紅をぬった。

白粉もつけようとしたが美女の肌は光をはじくように生白く、またいろいろと楽しんだあとだったので頬が赤く色づいて息をのむくらい艶めかしかった。


 全てが終わったそこには、神話の女神かといわんばかりの絶世の美女が立っていた。

娘も村人たちも、白装束に身を包んだ美女の姿に息をのんだ。

もしかしたら、いや、この美女はどこかの神仙なのであろう。

人々はただ神聖な思いに突き動かされて頭を下げた。


 中身を知らぬということは、まことに幸せなことである。




 やがて長老に手を引かれ、お清は村の沼に連れて行かれた。

沼のほとりにつくと、腰の曲がった翁はさらに腰を曲げて清吉に頭を下げた。


「竜神様の奥方におきましては、こちらで主様のお迎えをお待ちくださいませ。只人である我らは、あなた様の嫁入りをお見送りすることは許されておりませぬゆえ…」


「あぁ、そう…」

お清は沼をじっと見詰めながらおざなりに返事した。

長老は、曇りなき瞳で取り乱すこともなく沼を見つめる美女に、感嘆の意を覚えた。


「…見知らぬ娘のために自ら嫁入りしてくださったあなた様には、誠に礼を言っても言い切れませぬ…」

長老は涙ぐみながら声をかける。


「もう良い。はよう行きや」

「は、はい…」

美女の凛とした言葉に長老は慌ててその場を去った。

お清は早くいい男の顔を拝みたかった。




 村長の姿がなくなってすぐ、沼のそこから小さな泡がいくつか浮かびあがってきた。

やがてボコボコと音を立てるくらいに泡は大きくその数を増した。

「…なんじゃ、誰か中で屁でもこいとるんかのぅ」


お清が沼をのぞきこみ、美女の姿が水面にうつったそのときだった。

沼を囲むようにもやが立ち込め、やがて水面にぬめっとした魚のような顔の子供があらわれた。

子供はまるで沼に氷でも張っているかのように、水面の上に立っている。

しかし子供の足元を中心に水面に輪が広がっており、世にも不思議な光景に心を奪われたのか、お清はじっとその子供を穴が開きそうなくらいに見つめた。

「花嫁殿、お迎えに上がりました。我が主のもとへとご案内いたします」

「おい」

「は?」

魚顔の子供は白装束の美女の言葉に、顔から飛び出しそうな眼球をさらに見開いて聞いた。


「お前の顔を見るに、主の顔も残念な魚顔なのか? だったらわし嫁入りするのをやめるわ」


「は? ざ、残念!?」

子供の目が零れ落ちそうなくらいに見開かれた。

やがて清吉の言葉の意味がわかった子供はその顔を真っ赤にさせて怒った。


「も、もういいから黙れ! さっさと行くぞ!」

子供は怒鳴りながら強引に清吉の手をつかんだ。

手になんだかぬめっとするようなぬるぬるっとするような微妙な感触が伝わり、清吉は腕に鳥肌をたてた。

子供から霧がぶわっと噴出し、あたりは何も見えなくなる。


 お清が気付いたときには、大理石の広間に立っていた。

「はれ?」

頭上から照らすほのかな光に目をやれば、はるか遠くで水面がゆらゆらと揺れているのが見えた。

清吉はその光景に思わず息を止めたが、もちろん空気は吸えるし水も身体には触れない。

やがて息苦しくなって思い切り咳き込む美女を、子供は胡散臭げに黙って見ていた。

子供もそろそろお清の扱い方に慣れてきていた。


 呼吸が落ち着くと、お清はあたりを見回した。

「ここは噂に聞く竜宮城かえ?」

「そのようなところだ」

子供は鼻息も荒く自慢げに胸をそらしながら答えた。

それを聞いたとたん、お清は目を血走らせてあたりを見回した。


「おい! 乙姫様はどこだ!!」

「アンタ嫁に来たんだろうが!!」

やはりどんなに美女になろうともお清は清吉だった。




「なんだか騒々しいね。結界が揺らいだから花嫁が来たはずだけど……」

大理石の広間に、色鮮やかな青・蒼・藍の薄物を上品に着こなした涼しげな美貌の若者が入ってきた。

その若者を見たお清は、強烈な違和感に首を傾げた。


 その青年は見事な偉丈夫で、顔には穏やかな笑顔を浮かべている。

深い青色をした瞳と腰まである長い髪は青年の涼しげな美貌によく似合っており、見た目はとても爽やかでよい男である。

そう、見た目は。

最初男の姿を見たときはその見目の良さにお清は相好を崩しかけたが、とたんに押し寄せる泥臭い空気にうっと息をつめた。


 男はそんなお清に気づく様子もなく、白絹のようなお清の手をとった。

「ううっ…」

男の手はすらりと指が長くなかなか見目の良い手であったが、触れた途端にぬるっとした感触が伝わり、思わずお清の細くて白い二の腕に鳥肌が立った。


「こちらがこの沼の主であらせられる『竜神の君』でございます」

子供が恭しく男の紹介をした。

男はお清の手を握ったまま爽やかに微笑みかける。


「それでは我が花嫁、寝室へと参りましょうか…」

爽やかな笑顔と裏腹に、ねっとりとした声音にお清の鳥肌は一向にひく様子がない。

なんというか、あまりにも見た目と中身が釣り合わないのだ。


(う~ん、村の若い女たちが『見目が良くて金持ちの男が良い』というのに対してちぃっと年食った女が『いいや、男は中身が大事だべ』というのがわかった気がするのう……)

と、見た目も中身も残念だった(元)男は内心うなった。



 お清がそんなことを考えているうちに、見た目だけは爽やかな男『竜神の君』に腕をひかれていつの間にか寝室に到着していた。

10畳はあろうかという部屋に、何重もの薄布で覆われた立派な寝台があった。


「?」

お清は竜神の君に手を引かれながら寝台に目を凝らした。

美しくきらびやかな寝台のまわりに、なにやら薄黒いもやのようなものが漂っていた。

(何じゃろう、薄気味悪いのう……)

寝台自体は、お清が処女をささげるのに文句のつけようがないと思えるくらい雰囲気が良く美しい。

隣に立ちお清の腕をとって寝台へと誘う男も、見た目だけなら文句のつけようもない良い男だ。

だがこの寝室にはなにか薄気味悪い気配が漂っているような気がして、このままこの寝台で男と絡み合うことがためらわれた。


 そしてもう一つ、お清はのっぴきならない状態におちいろうとしていた。


「おぉ!!」

妙な気配に気を取られていたお清は、いきなり寝台へと押し倒されてしまった。

仰向けにやわらかい寝台に倒れこんだお清に、間を置かずして目を欲望にぎらつかせた男が覆いかぶさった。

至近距離からお清に、男の生臭い息がはぁはぁと吹きかけられる。


「…さぁ、我が花嫁よ。二人の初夜を迎えると致しましょうか…」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

お清は体を合わせようとする男を必死に押しやるが、男は不満げな顔をして一向にどく様子はなかった。


「……花嫁よ、ここまできて何か心変わりでも?」

「その…、……ここは水の中になるんじゃろうか?」

竜神の君はお清の思惑がわからずにその美しい顔をゆがめた。

だが、どこか恥ずかしげに何かを耐えるようなお清の表情に、花嫁の初夜を前にした恥じらいなのだと気を良くして涼しげな笑顔をつくろいなおした。

そしてもじもじして目線を合わせようとしないお清の耳元にそっと口を寄せ、甘く囁いた。


「そうですよ、ただ人のあなたでも暮らしていくのに問題のないように仙術を張り巡らしております。なに、二人のまぐわいには何の支障もありませんよ…」


「さようか……」


 そこまで聞くと、お清は全身の力を抜いて瞳を閉じ寝台に身を任せた。

それを見届けた竜神は花嫁が受け入れたと判断し、昂ぶる下半身を美女の下半身に服の上から押し付けた。

そのまま美女の胸元をまさぐろうと手を伸ばしたそのときだった。


「……ん?」


 竜神は密着した股間に違和感を感じた。

何だろう、この湿った感触。

この花嫁、あんなに恥ずかしがっていながらすでに期待で秘所をしとどに濡らしているとでもいうのだろうか?


「ふっ、身体はなんとも素直なものだな……」

予想外の花嫁の反応にこれは期待ができそうだと、男は舌なめずりをしながらほくそ笑んだ。




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