四話
「えぇい! もう黙れぇ!!」
細兵衛はお清の胸元に手をかけると、乱暴に衣服をはいだ。
想像以上に上物の乳房があらわれ、桜色の先端がぶるんと細兵衛の狼藉を非難するように揺れた。
細兵衛がその見事な乳に顔をうずめようとしたそのときだった。
「もう我慢できねぇ!!」
女の鋭い声とともに、細兵衛の後頭部で鈍い音がした。
そのまま崩れ落ちる細兵衛のうしろに、つぼを持った半裸の女の姿があった。
それは、お清が乳繰り合おうとした女だった。
「騙されてここに連れてこられたが、もう我慢できねぇ!」
そう叫び、泡を吹いて倒れている細兵衛の尻をけたぐった。
「そうだ! 旦那と引き離してこんなところに閉じ込めやがって!」
「折檻されるのが怖くて今までおとなしくしてたが、お清ちゃんの物怖じしない姿を見て目が覚めた! もうお前の思い通りにならねぇ!!」
そう言って7人の女たちは、倒れてピクリとも動かない細兵衛をなんども何度も蹴り上げた。
中には何人か股間を蹴りつけるものもおり、お清はその隣で股間を押さえてうずくまっていた。
「お前ら、何をしている!!」
騒ぎに気付いたのか、使用人の男が座敷に慌ててやってきた。
「やかましいわ! よくも騙してこんなとこに連れてきやがったな!!」
「そうだ! お前が旦那と引き剥がしてこんなとこにっ!!」
「お前のも潰してやるわ!!」
勢いづいた女たちはいっせいに使用人の男に飛び掛り、細兵衛の時と同じように殴る蹴るを繰り返した。
「…女って、こえぇぇぇ…」
外見だけは美女のお清は、なにもない股間を抑えながら呟いた。
「さぁ、みんなここを出て行こう!」
「家に帰ろう!」
「旦那のところに帰れるんだねぇ」
女たちは部屋に転がる細兵衛と使用人には目もくれず、一同そろって屋敷の入り口を目指した。
すれ違う使用人たちはギョッとしたが、女たちの剣幕におされて何も言わずに見送った。
やがて門のところまで来た。
屈強な門番の男がふたり、屋敷から出てきた女たちをギロリと睨んだ。
お清はすっかりびびって隣にいた女の服をつかんだ。
「お、おい。さすがにあんなおっかないのは無理じゃろう?」
見ればお清だけでなく女たちの顔も引きつっていた。
緊迫した空気が流れるなか、一人の女がふらりと前に出た。
「あんた、とうとう自由になれるときがきたんだよ…。細兵衛といけすかない使用人は今仲良くお寝んねしてる。…一緒にここを出て、二人で暮らそう?」
門番の男が一人、厳つい顔のまま女に近づく。
しばし二人で見詰め合ったあと、お互いガシリと抱き合った。
キャーッ!! と女たちの黄色い歓声があがった。
「ちょっとお舟ちゃん、あんたいつの間に!? 」
「私がここに連れてこられたときに、泣いていた私をこの人が優しくしてくれたのさぁ。それから…ね」
「いやぁああ! ちゃっかりしてるわぁ!」
お舟と相手の男を囲んで湧き上がる女たちをよそに、お清はもうひとりの門番のほうを恐る恐る見た。もう一人の男は……門のほうを向いてひとり、男泣きをしていた。
その後、女たちはおのおの自分たちの村へと帰っていった。
お清はその全ての女を見送り、
「なんじゃ、皆でしっぽりと楽しみたかったのぅ…」
浴衣の中の乳をかきつつぽつりと呟いた。
さりとてお清もいつまでもこの村にいるわけにもいかず、隣の村までひとり歩いていきその夜は無人のボロ寺で寝た。
『…きち、…清吉よ…』
お清が目を開けると、またもや乳白色のもやに包まれた世界にいた。
「清吉よ、ほとんど他人の力とはいえ、女肉の災いのひとつを突破したようだな。この調子で、あと二つの災いをくぐりぬけてみせよ…。しかし、ひとたびでも男と情を交わせば、男には戻れぬことを忘れるでないぞ…」
お清は姿なき声に、気の抜けた顔で頬をぽりぽりと掻きながら答えた。
「わし、男だと筆おろしもできんまま死にそうだから、この別嬪さんの姿のまま、そこそこの男とまぐわって女の肉欲を楽しみたい」
「だまらっしゃあぁぁあああい!!」
激しい稲光に包まれ、お清はまた意識を失った。
「…?」
お清が目を覚ますと見知らぬ農民の格好をした男が、横になっているお清の隣に座り込んでいた。
細兵衛の屋敷で着た浴衣はすその部分が大きくはだけ、あらわになっているむっちりとした白玉のような太ももを、みすぼらしい男は欲望にかられた汚い顔で何度も秘部のきわどい所まで撫で上げていた。
土で汚れた顔は、鼻息も荒く口からは今にもよだれが垂れそうだった。
「ハァ、ハァ…。お寺さんに、嫁さんが欲しいと願い続けて1000日目、やっと願いが叶ってこげな別嬪なおなごに会えるとは…ハァ、ハァ、ハァ」
「………」
お清は黙ったまま冷静に男の股間を蹴り上げた。
もだえている男に見向きもせず、衣服を整え廃寺をあとにした。
「もっといい男で、できれば最初は布団の上がええなぁ…」
清吉は意外と乙女だった。
一昼夜あるき、ある村にたどりついた。
村の広場では、白装束の娘とその周りで何人かが泣いており、まるでお通夜みたいなすすり泣きが村中に響いていた。
「どうしたんで?」
白装束の娘が若くて綺麗だったので、お清は吸い寄せられるように泣いている集団に近づいていった。
泣いていたひとりの老婆が見知らぬ美女に声をかけられたことに驚いて涙ながらに答えた。
「この村の沼の主である竜神様から、この村で一番美しい娘を嫁に出すように言われたのです」
お清は少し考えた。
「…その竜神て、いい男じゃろうか?」
「え?」
村人たちは不思議な美女にざわざわとしはじめた。
これが十人並みの顔の女であれば気の触れた女として村からたたき出したところだが、お清の顔はまさに天女のような顔であったので、村人たちにはなにか神通力をもった仙道士のように見えた。
「お…お声しかお聞きしたことはありませんが、とても良いお声でした…」
白装束の娘は涙もひっこんで答えた。
「ふぅん、なら、わしが代わりに嫁に行くわ」
「「「ええぇっ!!」」」
村人たちは驚いた。
「神でしかも良い男ならいい暮らしさせてもらえそうやし、なにより女としての幸せを味わえそうやしな」
「し…しかし…」
娘には、もはや目の前の美女が何を言っているのかわからなかった。
「さぁ、その白装束をわしにくれ」
「は、はぁ…」
そういうことになった。
娘はいったん家に帰り、白装束を着替えてお清に持ってきた。
「ありがとう…」
白装束を受け取った美女の笑顔が艶めいて見え、娘は思わず頬が赤くなった。
そのまま美女は物置に行き、しばらく帰ってこなかった。
あまりに時間がかかるので村人たちがざわざわとしだした頃、ちっとも着替えていないお清がやや乱れた白装束を手に広場に戻ってきた。
村人たちは美女がやはり心変わりしたのではないかと囁きあった。
「ど、どうなさいましたか?」
また竜神の嫁に逆戻りさせられるかもしれないと娘はおびえながら美女にたずねた。
「着方がわからんかった」
「え!? 今までの時間は…?」
お清は、娘の脱ぎたての白装束の移り香とほのかに残る若い娘の温もりで、まぁその、いろいろと楽しんでいた。
どんなに見た目が美女になろうとも、清吉は清吉であった。