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こぼれ話

皆様が下品な話に寛大な心をお持ちだということがわかりましたので、最後にもう一個小話を投稿したします。えぇ、下品です。お清さんいっこもでないけど下品です……。



 その日、とある顔は綺麗だがとっつきにくい領主の屋敷に、秘密裏に呼ばれた者がいた。


「これはこれは、領主様じきじきのお呼びたて、まことにありがとうございます」

「うむ」


 人払いをした小さな部屋で、その人物と険しい顔をした領主、錦之丞は顔を付きあわせて座っていた。

なまじ顔が整った人間が真剣な顔をすれば妙な凄味がでるものである。

向かい合って座る人物も、気難しいと噂の領主のただごとではない様子に気をのまれていた。

しかしそこは己の仕事を自負するもの、絶えずにこやかな笑みをどうにか張り付けていた。


 しばし険しい顔の錦之丞は黙りこくっていたが、意を決したように目の前の人物の顔を見て口を開いた。

「……その、例のものを……」

「はい、早速」


 そういうと男は傍らに置いていた、子供くらいの大きさの木の箱をゆっくりと引き寄せた。

木の箱には小さな引き出しがたくさんついている。

錦之丞が呼び立てた男とは、隣の領地で行商をしている薬屋であった。

だが錦之丞が所望したのは薬ではない。


 薬屋は薬の入っている小さな引き出しには触れず、一見するとただの板のような部分をそっと押した。

するとかちりと音がして隠し戸が開き、薬屋は中のものをそっと取り出した。

薬屋が手にしているものが目に入り、知らず錦之丞の拳に力が入る。


 一般的に薬屋は薬を扱う商いをしているが、もうひとつ、表立って口にはされないものの公然の秘密としている裏の取り扱いものがある。


「これがご希望の品にございます」


 薬屋が恭しく差し出したものを受け取ると、知れず緊張で手が震えそうになるのを必死で抑えなふがら

錦之丞は手にしたそれをしげしげと眺めた。


 錦之丞が険しい顔で見つめるもの、それは――――いわゆる春画のなかでも、絵図付の夜のいろは本であった。


 薬屋は薬のほかに簡単な媚薬や春画などを取り扱う。

錦之丞が今回男を呼び寄せたのもこれが目的であった。


「女子に困ることのないご領主様が、このようないろは本をご所望になるとは。まさに『初心を忘るべからず』ということですね。そのお顔であれば視線ひとつで女子は天にも昇る心地でございましょうに」


 気難しいと噂の領主であったが、本を手にした様子からこたびの取引は成功であったようだと薬屋は安堵した。本来裏の商品を取り扱う者は口数少ないほうが賢いのだが、極度の不安から解放された気のゆるみで商人の口は軽くなっていた。


 対する錦之丞も手にした本に気を取られ、商人の軽口を特に咎めずに放っておいた。

何か勘違いしている商人に、わざわざ『自分は童貞である』と訂正するつもりももちろんない。



 が、それが良くなかった。



「ご領主様にはこれを機に、ぜひごひいきにしていただきたいと思いまして……」

商人の男は笑みを濃くすると、懐から小さな紙の包みを取り出して錦之丞の前に置いた。


「…………これは」


 錦之丞は畳の上の包みに目をやり、かなりの間をおいて問うた。



 ……ものすごくろくでもない予感がする。



 それは領主の感か、それともお清と接する中で鍛えられた第六感か。


「一度飲みますと男も女も精力が尽きず、ほぼ一日楽しめるようになりまする」

「いらぬ」


 錦之丞の切り捨てるような一言に、商人は大仰に手を振ってみせた。


「あぁ! もちろんご領主様には必要のないものにございましょう。しかし、お相手をする女子がすぐに果ててしまっては興ざめというもの。中身もスッポンとニンニクとニラなどのほか、古今東西のあらゆる精が付くと言われるものを乾燥させて粉末状にいたしたものですので、ご安心を……」

「いらぬ」


 正直なところ、夜のいろはも知らぬ錦之丞には何が何だかさっぱりな話であったが、ろくでもない代物であることは理解できたので即答した。


「そうでございましたか……、これは失礼をいたしました」


 商人は笑みをかげらせると畳の上の包みを懐の中に戻した。

そして先ほどとは違う包みを懐から取り出し、再び畳の上に置いた。


「………………これは」

「はい、ワカメなどの海藻を乾燥させて粉末にしたものにございます」

「ほう、何に使うのだ」


 料理、美容、健康などいろいろな使い方が頭をめぐり、思わず興味を惹かれる。


「はい、これを水に溶かしますと、非常に粘りが出てまいります」


 あ、やっぱりろくでもなさそう……と、錦之丞のこめかみがひくりとなった。


「これを女子のそそに塗りますると、とても潤いましてことが楽にことが進みます。さらに! 徐々にかゆくなりまして、女子が激しくよがり狂い求めてくるので――――」

「いらん!」


 必要以上に強くなった己の声にはっと錦之丞は我にかえる。

何を熱くなっているんだと頭をゆるくふり、商人の反応を伺った。

さすがの商人も領主に怒鳴られたことで気落ちしたのか、肩を落として顔を伏せていた。


 やや重くて気まずい雰囲気になっているのを一新するように錦之丞は声をかける。

「必要な品は確かに受け取った。これが――」


 これが礼の金子だ、そう言ってこの場を切り上げるつもりだった。


「ふっ」


 俯いているためその顔は見えないが、確かに目の前の商人が笑った。


「っふっふっふっふっふ。さすがご領主様、お目が高い。このような小物など眼中にないということでございますな」

「いや」

そもそもいろは本以外何なのかわからないから……、そう言おうと口を開いた錦之丞を、商人は手を上げて遮った。


 領主にこのような事を行うのは無礼千万であり、屋敷を叩きだされて当然の行為である。

しかしすでにこの空間を支配しているのは、間違いなく不気味な気を発している商人であった。


「ようございます。わたくし、燃えて参りました。わたくしの全てをもって、ご領主様のお気に召すものを献上いたしましょう!!」

「いや……」


 本当にいらないからもう帰れ。

そう言おうとした錦之丞の鼻先に、ずいと春画が差し出される。


「……なんだこれ、女が拷問されているのか?」


 それは服が半分以上はだけたり、もしくは全裸の女が様々な格好で縄で縛られている絵であった。


「一部の好事家に流行っている緊縛ものにございますが、いかがでしょう?」

「……わけがわからん……」

「で、ではこれはいかに?」


 次に錦之丞に差し出された絵は、海に潜った海女さんが小屋ほどもの蛸に絡みつかれている絵だった。

すでに春画なのかすら錦之丞には判別付かない。


「……なんで蛸……」

「これはですね! 一部の好事家に流行っている触手ものにございます! このぬめつく蛸足が海女さんの剥き出しの白い脚にからみつくさまがたまらないでしょう!?」

「……食べ物に絡みつかれてなぜ春画……」

「くうっ、これもご領主様の琴線には触れませんでしたか!」


 琴線って、こんなモノ出しながら言う言葉じゃねえよ……。


 若干レイプ目になりかけている錦之丞に、更に商人は春画を突き出す。

「こ、これは一部の好事家に流行っております、妖怪娘ものにございます! 基本の猫娘から始まりまして、一つ目娘、更には塗り壁娘までそろっております!!」

「…………」


 もはや生気の抜けた錦之丞は何も反応を返さなかった。

そんな領主の様子に何を勘違いしたのか、商人は更にハッスルしてとあるブツを取り出した。


「こ、これはっ、かの徳川家に献上されている間違う事なき格式高き品物、『肥後ず』―――」


「消え去れぇええええええええ!!」


 見た目的にも内容的にも説明的にも明らかにアウトな代物の出現に、死にかけていた錦之丞の本能が激しく蘇った。錦之丞の頭の中で、割れんばかりの警鐘が鳴り響く。



 この世界(小説家になろう)の理に触れかねない事態に、見えぬ神の手でも動いたのか。



錦之丞が我に返った時には、屋敷の中から薬屋の姿はきれいさっぱりなくなっていた。

用意していた金子もなくなっていることから、きっと渡すものはきっちりと渡して帰したのだろうと錦之丞は己を納得させることにした。


 世の中、知らないほうが良いこともある。


 かつて己がそのように言われていたことをもちろん知らぬ錦之丞は、手にある春画をささっと懐に入れると、やや疲れた顔で足早に己の部屋へと戻って行った。




 錦之丞とお清達が屋敷を出ていく、二日前の出来事であった。




HENTAIは日本の伝統文化です!! ばんざい!! 西洋にも古来からの大人の道具はありますが、日本のは何というか……職人の腕が光っててしっとりとしてまったりとしてえろいっすね。

最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございました!!

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― 新着の感想 ―
[一言] お見事。 昭和の映画館で季節ごとに上映していた「長編娯楽時代劇」みたいな明るく楽しいキャラと筋書き。善き哉善き哉。
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