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二話



「…ち、清吉や」


 清吉が気が付くと、乳白色のもやの中にいた。

顔姿は美女のままで、川に身を投げた時の白装束であった。


「ここが天国か? 乳を出した天女様がわんさかいると思ったんだが」

清吉が天女を探して辺りを見回すも、もやしか見えない。

そんな清吉の背後に、雷が落ちた。


「きっさまは! ちょっと見直したらすぐこれだっ!!」

その声は怒りで震えていた。

少ししたあと、咳払いが聞こえ辺りは静かになった。


「え~、清吉よ。お前は他人のために自分の命を投げ捨てるという、とても素晴らしい行いをした。

そこでだ、私を信じぬ長老のほうがむかつくし、生贄なんかもいらんから、お前を生かしてやることにした。ただし、三つの女肉の災いをお前に与える。この災いを全て抜け出すことができたら、お前を男に戻してやろう」

「…わし、女のままで良い…」


「ええい、黙らっしゃい!!」

目もくらむような激しい雷光が辺りを包み、清吉はまた気を失ったのであった。




 目を覚ますと、そこは街道沿いの草むらの中だった。

「…?」

なにやら太もものあたりを這いずり回る感触がする。

仰向けの状態で頭を上げて下半身を見ると、山賊風情の男が清吉に覆いかぶさり、白装束の合わせ目をはだけさせて太ももをまさぐっているところだった。

男はすでに下穿きを脱いで、猛り立ったブツを露出していた。


「ふおおおぉぉっぉぉおおおお!!」

清吉は飛び起きようとした。

太ももをまさぐっていた男は、眠っていたはずの女が突然奇声を上げたので不意をつかれた。

偶然にも跳ね上げた清吉の脚が、男の股間にぶち当たった。


「おおおおおおお!」

「おおおおおおお!」

男と清吉は股間を押さえてうずくまった。

男はもちろん激痛に、清吉は元男としての感覚に。


 清吉である美女は一瞬で衝撃から立ち直ると、すばやく乱れた白装束を整えて逃げ出した。

しばらく走って後ろを見たが、男が追ってくる様子はなかった。

安心して息を整えていると、無性に催してきた。


 清吉は辺りを見回して人がいないことを確認すると、道沿いの草むらにしゃがみこんだ。

いつもの通りに立ったまましようと思ったのだが、男に襲われかけた直後であったのでさすがの清吉も気にする心がけはあった。

「うっ!」

むき出しのつるんとした尻に、草がちくちくと刺さる。

草のあたらない位置まで腰を上げ、どうにか用を足した。


「俺は死んだことになっているから、村には戻れねぇな。そもそも、いまの俺はむしゃぶりつきたくなるような美人だし…」

そう言って清吉は無意識に自分の乳を揉んだ。

それはそれは素晴らしい触感だった。


「おぉ! この世のものとは思えない手触りについ手が!」

だが手は離れなかった。


 清吉はとりあえず街道をただ歩いた。

乳を揉みながら。


「しっかしさっきは驚いたなぁ、眼を覚ましたらいきなり貞操の危機なんだからなぁ…」

そこで清吉はやっとこさ乳から手を離し、両手を叩いた。

「もしかして、今のが女肉の災いってやつか! なるほど、金玉が縮みあがっちまったわ!」

もちろん女体なので玉はない。


 するとどこからか、不思議な声が聞こえてきた。

「あれは違う。今のお前は三つの災い以外にも、邪まな男を引き寄せる呪いがかかっている。これからも、いろいろな災難にあうがいいわ。乳なんか揉んでる場合じゃないからな!」


 清吉は頭を振った。

「やれやれ、空耳か?」


 遠くのほうで、雷が苛立たしげに鳴った。




 清吉はやがて大きな村にたどり着いた。

村を見渡せる高さに、大きな屋敷があった。

あれがこの村の長の屋敷だろう。


 今までちっぽけな村しか見たことのなかった清吉は、しばしポカンと口を開けて屋敷を見上げていた。

阿保面ではあるのだが、今の美女姿だと薄く口を開いたどこかしら色っぽい女にしか見えなかった。

しかも少し泥に汚れた白装束が、まるでどこぞの巫女のような浮世離れした神聖さまで漂わせていた。

美女というものはなんとも得なものである。


「もし、そこのお方。ここらのものではないとお見受けするが」

いつの間にか清吉の横に、上品な顔立ちで質の良い着物を着た男が立っていた。

年のころは三十路ほどか、人好きのする笑みを浮かべながら清吉を見つめている。


「はぁ、旅のものでございます」

清吉が艶やかな髪に覆われた頭をかきながら答えると、男の目つきがほんの一瞬だけ鋭くなった。


「もし泊まる場所を決めていないのなら、村長の屋敷にお泊りになりませんか? もちろん御代はいただきません」

「そりゃありがたい! 探すのも面倒で、野宿しようかと思っていたぐらいでさ」

清吉は今の姿が女で、さっきこそ山賊に襲われたことを忘れていた。

清吉はとびっきりの阿呆だった。


「それはいけません、あなたのようなお美しい方が野宿だなんて! ささ、わたくしと共にどうぞ。

して、お客様のお名前は?」

「清吉でさぁ」

「え? 清吉?」

「へぇ。」

清吉は女名を考えることも思いつかなかった。


「せ、清さんですか?」

男はもう一度聞きなおす。

「いや、清吉だって! あんた、耳が悪いのかい? 耳の穴ちゃんと掃除してんのかい」

「はぁ…」

清吉は揚々といぶかしがる男についていった。



「あぁ、また若い娘さんが連れて行かれた」

「何も知らないで。かわいそうに…」

そんな二人を、家の中から村人たちがそっと見ていた。



 屋敷は高い塀に囲まれており、入り口にはそこらの村では見かけないような厳つい門番が二人立っていた。

門番は前を行く男に頭を下げ、その後ろをついてきた清吉にも頭を下げた。

厳つい男たちに頭を下げられ、清吉は自分が偉くなったような気がして鼻の穴をふくらませた。

清吉のそんな阿呆な反応も、美女の姿では厳つい男どもに気後れしながらも愛想笑いをする健気な女に見え、門番の男たちは密かに胸をときめかせた。

本当に美女とは……以下略…。



 屋敷の中は、将軍様が住んでいるのかと清吉が思うぐらい豪華であった。

もちろん清吉は将軍様のお住まいなんざ知らない。


 10畳くらいの座敷に通され、立派なお膳が準備されていた。

それは量、質とともに清吉が見たこともない上質のものだった。


 清吉は歓声を上げてにじり寄り、お膳の前にあぐらをかいた。

白装束が膝元からはだけ、何もつけていない股ぐらが丸見えだった。

給仕をするために座敷に入ってきた使用人の女は、そんな清吉を見てギョッとしたが、気付かないふりをして給仕をし続けた。


 女が空になったお膳を下げて座敷を出た後、清吉は「はぁ~、満足、満足」とあぐらをかいたまま後ろに両手をついてのけぞった。

「ご満足いただけましたか?」

入れ替わりで、清吉を屋敷まで連れてきた男が座敷に入ってきたが、股ぐらをおっぴろげていろいろと丸見えになっている美女を見て、「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げた。

男は清吉がまれに見る美女であったので屋敷に連れてきたが、頭や下のほうにいろいろと病気を持っているのではないかと疑いはじめた。


 もちろんそんな男の心中を察せられる清吉ではなく、眉をひそめて己を見る男に「いやぁ、竜宮城もかくやというおご馳走でごぜぇました!」と、その姿勢のまま声をかけた。

男ははっと我に返り、顔と身体だけは良い美女を眺めた。

(もし病気もちだとしても、最後に判断されるのは主だ。なに、見た目さえよければうちの主は獣だろうが相手にする下種だ。問題なかろう)


 そこで人のよい顔をつくり、美女に笑いかけた。

「お食事のあとは、湯の準備をいたしております。いかがでしょうか?」

「はぁ! そりゃありがてぇや」

「ちょっと! ここで脱がないでください!!」


 座敷でいきなり着物を脱ぎ始めた美女に、男は慌てて声をかけた。

いそいで案内の女を呼び、美女を風呂へと案内させた。

廊下を曲がって美女の姿が見えなくなったところで、男はうなだれながら大きなため息をついた。






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