一話
とある小さな村があった。
村人は皆、働き者だった。
ある者は畑を耕し、ある者は川で魚をとり、ある者は山で狩りをしてその日を過ごしていた。
この村にひとりだけ怠け者がいた。
男の名を清吉といった。
清吉の親は、清らかな心の持ち主になってほしいと願いを込めて「清吉」と名づけた。
しかしこの清吉、怠け者のうえに助平のため、村中の嫌われ者だった。
ある日は女の着替えをのぞき、ある日は川遊びをする女をのぞいたりして過ごしていた。
そんなある日、村は毎日続く雨に悩まされていた。
畑の作物はしおれ、川は増水により魚がとれず、山は地すべりが危なくて入れなかった。
集落の長老たちが集まり二日二晩話し合い、近くに住む仙人の祠に捧げ物をして、仙人の神通力により雨をとめてもらおうという話になった。
捧げ物である野菜、魚、獣を入れた荷車を引き、仙人の祠までいく役目は清吉になった。
村で一番暇だったからだ。
小雨が降るなか、清吉が村を出立するときに誰も見送るものはいなかった。
いや、幼馴染の小夜だけが木のかげからそっと見送っていた。
「何で俺がこんな面倒くさいことを、仙人の爺のために…」
清吉はブツブツ言いながら、集落の外れにある仙人の祠までやってきた。
祠には普段から人が祈りに来るため、祭壇には花や野菜が供えてあった。
「お~い、仙人さま。供物を持ってきたんで、雨を止めてくだせぇ」
だが祠は静まり返っており、清吉の声に返事をかえすものはいなかった。
「…なんだよ、やっぱり仙人さまなんていないんだよ」
清吉がそう呟いたときだった。
祠の裏手のほうから、ぱしゃっと水音がした。
この祠の裏には、清らかな泉があった。
「おぉ? もしや、娘っ子が水浴びしてるんじゃ…」
清吉は鼻の下を伸ばしながら、物音を立てないように泉へと向かった。
そっと藪に隠れて泉の様子をうかがう。
するとそこには、この世のものとは思えないほどの美女が、一糸まとわぬ姿で水浴びをしていた。
水に濡れて光る肢体はなまめかしく、濡れた髪を遊ばせるたおやかな腕、白く張りのある乳房、下へと続く滑らかなくびれ、それより下は水に浸かっていて見えないが極上の女だった。
「おぉ…こりゃ眼福、眼福。たまらんのう…」
清吉は涎を垂らさんばかりの勢いで、女の水浴びをじっくりと見ていた。
そのときだった。
「この不埒者め!! 仙人の裸を見るとはなんという罰当たりじゃ!!」
鋭い女の声が上がると同時に、泉の水は龍が天に立ち上るがごとく水柱を上げ、轟音とともに稲光が包み、清吉は気を失ってしまった。
「…ち、…いきち、清吉よ」
清吉は自分の名を呼ぶ声に眼を覚ました。
そこは乳白色のもやに包まれた世界だった。
何も見えない世界で、不思議な声だけが響いて耳に届いた。
「村人の願いは受け取った、雨はとめてやろう。しかし! そなたは仙人の裸を見るという淫猥の罪を犯した。よってそなたに女肉の刑を与える。」
「女肉の刑っ!? 女にもみくちゃにされる刑なのかっ!!」
清吉は嬉しそうに辺りを見回した。
「っつ! この下種がっ!!」
不思議な声は少しひるんだ。
「貴様はこのさき死ぬまで女肉をまとい、貴様が女に行ってきたさまざまな嫌がらせをその身にうけるがよい!!」
乳白色の世界に稲光がとどろき、清吉はまた意識を失ったのだった。
「はっ!」
清吉が目を覚ますと、そこは祠の前であった。
「…なんだ、変な夢をみたなぁ」
確かに清吉が喋ったはずなのに、耳に届いた声は天女のような柔らかな女の声であった。
「ん?」
清吉は女がいるのかと思い辺りを見回した。
すると黒々とした髪が、肩の辺りをわさわさと触れた。
「おおぉぉおぉぉぉお!?」
慌てて泉に行き水面を覗き込むと、そこには天女と見間違うような美女うつっていた。
「おおぉっぉぉぉぉぉぉ!」
清吉は自分が着ていた服をはだけてしっかりと己の身体をすみずみまで見た。
見事な乳房にくびれ、へその下にはひそやかな茂み…。
「ふおぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!」
清吉は歓喜の声をあげた。
清吉は女の裸を覗き見たことはあったが、女の体を触ったことはなかった。
そこで清吉は、欲望の赴くままに己の女体をいろいろと味わった。
それはもう、いろいろと。
詳細に記すと夜想曲を奏でる世界に行かなければいけなくなるので、省かせていただく。
「…はぁ」
全てが終わった清吉は満足そうにため息をついた。
そしていろいろと汚れた体を泉で清めて身支度を整えると、いそいそと村に帰っていった。
汚された泉で、仙人が更なる怒りに肩を震わせていたことは、誰も知らない…。
清吉が村に帰ると村の様子がおかしかった。
広場に村中の人が集まっていた。
「おいおい、何をやってるんだ? 仙人さまに雨を止めてもらうように、俺がお願いしてきたってのによ!」
「誰だ、お前?」
村人の一人がうさんくさげに清吉を見た。
「俺だよ、この村の清吉に決まってんだろ?」
「は? あんた、清吉になんかされて頭がおかしくなったのか?」
村人はそのまま美女である清吉を相手にせずに行ってしまった。
「あぁそうか、今の俺は天女様のようなべっぴんだったな。わからんで当たり前か」
清吉は頭をボリボリとかきながら、人をかきわけて広場のまんなかに出た。
そこには、村の長老と白い着物姿の小夜がいた。
「おいおい、何をやってるんだ?」
なにか人々の顔にただならぬものを感じ、清吉は小夜に声をかけた。
小夜はおびえた顔で清吉を見つめるだけだった。
小夜と清吉の間に、長老である小さな老婆が割って入ってきた。
「よそ者よ、この村は今から生贄の儀に入るのじゃ。邪魔はせんでくれ」
「生贄!? どうしてだ、仙人は雨を止めてくれると約束してくれた! 今更生贄なんて必要ない!」
長老はギロリと美女をねめつけた。
「昔から何かあったときには生贄をささげると決まっておるのじゃ。他の村と話し合わず、最初からこうしておれば良かったのじゃ」
「バカなこと言うんじゃねぇ、もう願いは聞き届けられてんだ! しかも仙人は女だ、女を生贄にしてもしょうがねえだろうが!!」
「よそ者には関係ない。未通の女を生贄に捧げる、これがこの村のしきたりなんじゃ」
清吉は長老の後ろで目を伏せている小夜を見つめた。
怠け者で女にいたずらばかりしていた自分にも、嫌うことなく接してくれた小夜。
その小夜が、いまから無駄に命を落とそうとしている…。
清吉は決心した。
「未通の女ならいいんだな! 俺は筆下ろしをしとらん、だから今の体も未通のはずだ! だから俺が生贄になる!!」
「あんた、何を言ってるんだ?」
「やめてください! 見ず知らずのあなたにこんなことをさせるわけにはいきません!!」
長老のいぶかしげな声と小夜の悲鳴が重なった。
清吉は長老を押しのけ、小夜の肩に手をおいた。
「小夜、お前は村中に、いや集落中に嫌われていた俺に優しくしてくれた。そんなお前が死んじゃなんねぇ、俺が変わりに生贄になる。これが俺に唯一できる、お前への恩返しだ!」
小夜は目を見開いて目の前の美女を見た。
「…もしかして、あなた、清吉っちゃん…?」
だが清吉は小夜に答えずに、長老のほうに向き直った。
「俺が小夜の代わりに生贄になる。文句は言わせねぇ」
長老は見覚えのない美女の真剣な顔に気おされた。
しかし、これぐらいの美女であれば水神様の機嫌も良くなるだろうと思い、承諾した。
長老は仙人のことなど信じてはいなかった。
清吉は白装束に着替えさせられた。
そして轟々と音をたてて流れている川につれていかれた。
「水神様、これなる娘をあなた様への供物として捧げまする。どうかお受け取りになり、この雨を静まらせてくださりませ」
長老の宣言が終わり、清吉は川へと突き落とされた。
ゆっくりと落ちていく中、小夜の泣き声だけが清吉の耳に届いた。
小夜、達者でな。
その想いを最後に、清吉は濁流に巻き込まれ、やがて村人たちから見えなくなった。