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常連になってみた

「ヨウキさん、早いですね。もしかしてお待たせしましたか?」



「いや、全然そんなことないよ。俺もさっき来たばかりだからさ」



セシリアはそうなんですかと安心したように言葉を発して、席に着いた。

我ながらどの口が言うと思う。

デュークが帰った後、今日どうしようか、今日どうしようかとずっと悶悶していたのだ。



従って朝からずっとこの店にいたことになる。

まあ、そんなこと説明するのもやぼなのでしない。



この店は行きつけなので、売り子の少女とは顔見知りだ。

俺が長時間いてもいいか、聞くと快く承諾してくれた。

先日、お詫びのケーキを配っていたことといい、本当に兄とは違って出来た妹だと思う……何様だ俺は。



「此処が先日お土産に持ってきてくれたケーキを作っているケーキ屋さんですか。美味しそうなケーキがたくさん並んでいて目移りしちゃいそうです」



「ははは……俺も最初に此処に来た時はそう思ったな。まあ、俺の場合、並んでいるケーキどれを見ても懐かしい感じがしたからだけど」



魔王城でケーキなんて物はなかったからな。

この世界に転生してからケーキの味なんてすっかり忘れていた中、たまたまこの店に入って感動したのを覚えている。



ミネルバには他にも菓子店はある。

しかし、この店のケーキが一番俺の口に合うんだよな。

別に俺はそこまでグルメではなかったはずなんだが、此処が気に入って常連になってしまった。



「懐かしい? もしかして前世の話ですか」



「そうそう。俺のいた世界にもケーキが……っと、その前に注文しよう。何も頼まないでテーブルに座っているのもあれだし」



「あ、そうですね」



ケーキが並んでいるショーケースの前で悩んだ末、俺はチョコレートケーキ、セシリアはラズベリーケーキを頼んだ。



最後に紅茶を二つ頼んで、テーブルに戻り、本日二個目となるケーキを食べつつ、今日の予定を考える。

このまま談笑して帰るという選択肢以外に何があるというのだろうか。



違う飲食店に行くか、アクセサリーでも見に行くか……駄目だそれぐらいしか思いつかない。

充実したデートにするにはどうすればいいんだろうか……。



「どうかしましたか、ヨウキさん?」


「うわっ!」



気がつくと目の前にセシリアの顔があったので、思わずのけ反ってしまった。

考え事をしていたせいで気づかなかったぜ……。



「すみません、驚かせてしまいましたね。スプーンを持ったまま遠い目をしていたので、具合が悪いのかと思って」



「え、あ、そうだったのか。ごめんごめん。ちょっと考え事してただけだから」


いくらデートプランが立っていないとはいえ、相手を不安にさせては駄目だな、反省しないと。

しかし、会話をしつつ思案するが何処に行こうか決まらない。



会話をして、時間が過ぎていく中、いきなり客の歓声が聞こえた。

何があったのかと思い、客が向けている視線の先を見る。



「えっと、あの方は……」



「うわっ、出て来たのかよ」


そこにはフリフリ白エプロンを纏ったマッチョがいた。

売り子の妹が直ぐに厨房に押し戻そうとしている。

何か要件でもあって出て来たんじゃないのか?

あと、客の歓声の意味がわからないんだが。



「ヨウキさん、あの方がもしかしてこの店のケーキを……?」



「作っているらしいな。俺も最近知った」



筋肉を強調させるポーズをとって客は喜び、妹は必死に厨房に戻るよう言っている。

すると、兄が何やら事情を説明しだした。

どのような会話をしたのかわからないが、妹が渋々納得したようにカウンターに戻り、兄が客にケーキを配っている。



客が注文した物ではないようで、座っている客全員に配っており、もちろん俺達の所にも来た。



「これは私の新作でございます。どうぞご賞味ください。お代は結構ですので……」



「あ、ありがとうございます」



セシリアが戸惑いつつ、頭を下げたので俺もつられて下げる。

新作だというケーキを配り終えたマッチョなパティシエは最後に白い歯を輝かせて厨房に戻っていった。



「……何だったんだ?」



「新作ケーキの試食をさせて貰えるみたいですね。あ、このケーキすごく美味しいです」



ケーキを一口食べたセシリアが感想を漏らしている。他の客もセシリア同様、満足げな表情だ。

そんなに美味いのかと半信半疑でケーキを口に入れる。



「くそっ、美味いなちくしょう……」



「何故そんなに悔しがっているのですか?」



俺が悔しげな表情でケーキを一口一口食べている姿を見て、セシリアが頭に疑問符を浮かべている。

別にマッチョがケーキを作ってはいけないなんて決まりはないし、偏見を持っているわけではない。



しかし、なんというかこう……納得がいかない。

あの筋肉はいったい何のためにあるんだろうかと思ってしまう。

こんなこと思うこと自体筋違いなんだろうけどさ。



美味い物を食べて自然と笑みがこぼれるが、首をずっと傾げているという奇妙な行動をとって、セシリアにさらなる疑問符を浮かべさせる俺であった。



ケーキも食べ終え、口直しに紅茶を啜る。

マッチョパティシエに気を取られてしまった俺は、デートプランを未だにまとめきれずにいた。



とりあえず時間を稼ぐために紅茶をちびちびと飲む。

「ヨウキさんはお店を選ぶのが得意なんですね。店内は綺麗に清掃、かわいらしい装飾がされていて、ケーキも美味しいですし。先程のパティシエの男性には少し驚きましたが」



紅茶を一口啜り、セシリアは感想を述べている。

とりあえず満足してくれて良かったと思うべきだろう。

今はあのマッチョパティシエにも感謝だな。



「此処にはまってから、常連になったからなぁ。もっと繁盛してもおかしくない店だと俺は思うんだよ」



これは俺の率直な感想だ。客が来ていないわけではないが、ここは行列が出来てもおかしくない店だと思う。



「そこまで言って頂けると私も兄も嬉しいです」



「貴女は売り子の……」



いつの間にか売り子である妹がポットを持って俺達のテーブルに来ていた。



「私はアミィと申します。先程は兄が驚かせてしまったようで……すみません」



「いえいえ、むしろ新作のケーキを試食させて貰いましたので御礼を言いたいくらいです」



「そう言って頂けると兄も喜びます。よければ紅茶のおかわりはいかがですか?」



売り子の妹改めアミィさんのすすめに俺とセシリアはうなづく。

カップに紅茶が注がれていく中、俺も自己紹介をする。



「えっと……俺の名前はヨウキだ、これからも通うつもりなんでよろしく頼む」


「ヨウキ様ですね。いつもご贔屓にしていただきありがとうございます。そんな言葉を頂けるなんて、兄共々よろしくお願い致します」



どうやら顔を覚えてくれていたみたいだ。

考えてみたら先日、お詫びのケーキを配っていた時に顔を覚えていたもんな。

結構通ってもいるし当たり前か。



それよりセシリアはどうするんだ?

有名人だし偽名でも使って乗り切るんだろう。

そう思っていたのだが、俺の予想に反した行動をセシリアはとった。



「私は……セシリアと申します。よろしくお願いします、アミィさん」



「え、セシリアってまさか、勇者パーティーの……? 」



「ちょっ、セシリア!?」



まさかのセシリアが本名をばらしたのである。

アミィさんは驚きを隠せないようで、口をぱくぱくと開閉している。



「いきなり驚かせてしまったと思いますが、私もこの店のケーキを気に入りました。そんなケーキを作る店の方に偽名を名乗るのも失礼かと思ったので……。アミィさん、どうか私が此処に来ても正体を明かさないでもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」



「は、はい。まさかセシリア様にご贔屓にして貰えるなんて恐縮です……」



一気に縮こまってしまったアミィさんにセシリアはそんなに畏まらないでくださいとフォローしている。

別にセシリアは貴族だからといって、威圧的な態度をとったりしないので大丈夫なんだが。



その点も含めてアミィさんにセシリアについて説明する。

最初はすごくパニックになっていたが、話を聞くにつれてだんだん落ち着きを取り戻してくれた。



「あの……お客様の前で取り乱してしまい申し訳ございませんでした」



「落ち着いて開口一番が謝罪とは……」



「えっ……あっ、あのっ!」


要らないことを思わず口に出してしまった。

せっかく落ち着いてくれたのにこれでは台なしになってしまう。



「いやいや、焦んないでいいから。一旦深呼吸だ深呼吸」



こんなんじゃ俺が悪者に見えちまうな。

セシリアも優しげに微笑みかけているんだし、緊張しなくてもいいと思うんだが、そうもいかないみたいだ。



「落ち着きましたか?」



「は、はい、何とか。他にお客様がいなかったのが幸いでした……」



確かに客がいたら大変な騒動になっていたかもしれない。

いや、なっていただろうな。

セシリアは気配りが出来るはずなので、客がいないことを確認してから本名を告げたんだろう……多分。



「一応聞くけど、客がいないから本名言ったの?」



「はい、そうですよ。お店にご迷惑をおかけしたくありませんから。余計な騒動を起こすのも好きではありませんし」



「あ、だよね」


そういや、勇者パーティーで旅をしていた時、ユウガに説教しまくってたって話があったな。

セシリアは騒動を起こすタイプではなく、巻き込まれるタイプだ。



まあ、好きで騒動を起こしたいなんて奴は滅多にいないか。



「……ヨウキさんは騒動を起こすのが好きそうですよね」



「いや、そんなこと……あるかも」



厨二スイッチオン状態の俺ならわからないな。

目立つこと大好きで、この世界からしたら異端な言動をとったりしているし……やばい、まじで自重しないと駄目だ。



「付かぬ事をお聞きしますが、お二人の関係って……?」



「ヨウキさんは友人ですよ」


きっぱりと答えたセシリアの言葉が少し胸にささった。

確かにそうだけども、せめて少しくらい間があってもいいじゃないか。



「あ、そうなんですか。すみません、お客様のプライベートな事を聞いてしまって」



「いえいえ、別に気にするようなことでもありませんから大丈夫ですよ。ヨウキさんも気にしませんよね」



「え、うん。俺も気にしないかな。大丈夫だよ」



そんな小さいことを気にしてたら、ハピネス辺りに罵倒されてしまうだろう。

心狭いとか言われそうだ。あいつは口数は少ないけど、言いたいことだけははっきり言うからな。



「お二人共本当に優しいですね。……兄さんもヨウキ様くらい大人びていればいいのになぁ」



アミィさんは残念そうな目で厨房を見つめている。

俺もそこまで大人びていないが、あの兄は遊び心満載だからな。

彼女も若いながら苦労しているのだろう。



「いろいろ大変なんだな」



「兄さんがちゃんとやってくれているのはわかっているんですけど……やる気が空回りすることがしばしばあったりしまして」



あのエプロンはやる気の象徴だったりするんだろうか。

ケーキが美味しかったから良しとするわけにもいかんのだろう



「あの歓声は何だったんでしょうか?」



「兄さんはともかく、兄さんの作るスイーツは本物ですから。兄さんの気まぐれで先程のようにお客様方に新作を試食して貰うことがあるんです。それが好評みたいで」



胃袋を掴まれているってことか。

そういう考え方をしたら、俺もセシリアもってことになるんだよな。



……というかこれじゃいつもと同じで談笑しているだけじゃねーか。

アミィさんとセシリア三人で話すのも楽しいけど、今日は違うだろう。



しかし、悲しいことに俺の頭の中ではデートプランなど全く決まっていない。

どこに行けばいいんだと思い外を眺める。



すると、歩いている住人達の中にデュークとイレーネちゃんが並んでデートしているのを見つけた。



「これはチャンスかもしれない……」



偶然なのかどうかは知らないが、とりあえずこの状況に感謝することにした。



兄の名前出せなかった……。

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