番外編 チョコを貰ってみた 後編
「どうっするっかなー?」
外はもうすっかり夜で宿の飯は当てに出来そうにないし一人で外食しかない。
そんな状況になりおかしくなってしまったか、一人でふざけてしまった。
こうなったら厨二な格好して、飲食店回りまくるかな。
「また、良からぬことを考えていませんか、ヨウキさん」
やけ食いを目論んでいたら、後ろから声が聞こえた。二重の意味でドキッとした俺はそーっと振り向くとセシリアが立っていた。
今回は声で誰かわかっていたので、特別驚いたりはしない。
一つ気になるのは片手に持っている大袋のことぐらいだ。
「いやぁ、俺は別に何にもモクロンデナンカイナイデスヨ?」
「やっぱり何かやろうとしていましたね。わかりやすすぎですよ」
思わずカタコトになってしまったためか、直ぐに嘘をついてることがばれた。
……動揺している分もあるが。
説教でこれ以上ライフを削られるのはきついので話題をそらそう。
「あはは……それはそうとこんな時間にどうしたの? 見たところいつもの馬車もいないみたいだけど」
「ごまかそうとしてますね。……まあ、いいでしょう。今日は歩きで一通り用事を済ませていたんですよ」
「まじで? 変装しているといってもセシリア、貴族だし有名人だろ。大丈夫なのか?」
先程のユウガ達の有様を見たばかりなので心配になった。
あの二人とは違いセシリアは充分な注意を払っていたとは思うけどさ。
何よりセリアさんが一人歩きを許したことに驚きだ。
「大丈夫でしたよ。町の皆さんは浮足立っていましたし、気づかれないよう深くローブを被っていましたから」
「いや、セリアさんとかソフィアさんは反対しなかったの?」
「ちゃんと許可は貰いましたよ。お母様はヨウキさんに娘をよろしくなんて言ってたくらいですから」
「えっ……」
微笑みながら話すセシリアだが、俺には状況がイマイチ掴めていない。
とりあえずセリアさんにセシリアを頼まれたということはわかった。
しかし、これからどうすればいいんだ?
どうしようかと考えていたら、俺の腹がなった。
まぬけな音が場を支配し静寂に包まれる。
そういえば夕食はおろか、昼飯も食ってなかったな。
「夕食まだみたいですね。実は私も食べていないんですよ。良ければ一緒に食事でもどうですか?」
まさかのセシリアから食事の誘いが来た。
普通は男がそういう提案するものだが……先を越されるとは。
そういう問題じゃないな。驚きなのはセシリアから誘ってくれたことだろう。
こんなチャンスを断るはずがない。
「よし、行こう! 俺すごく腹減ってるんだよな。ずっと町中をぶらついてたからさ」
「そうだったんですか、それはお腹がすきますよね。では、私のオススメなお店があるのでそこでいいですか? ここからそう遠くありませんので」
そんなセシリアの提案に乗り、オススメの店へ足を運んだ。
いつもセシリアと何処かに行く時は馬車移動がほぼなので、二人で歩くのは久しぶりだ。
夜ということもあり、かなりドキドキした。
そんな思春期みたいな精神を持つ俺は手を繋ぐなんて無理なわけで……。
ネタ重視の話題を振りまくって間をごまかした。
こんなんじゃ俺もデュークにヘタレって言われちまうかもしれない。
まあ、俺のしょうもない話をしっかり聞いて笑ってくれたセシリアはまじで天使だと思う。
そんな感じで気まずくならない程度に、場を和ませながら歩いていると目的地に着いた。
必死に話題を振っていたので気が付かなかったが、普段なら絶対に来ないような、高級感溢れる店が並んでいる通りに来ていた。
「いやぁ……俺、場違い感がすごくするんだけども大丈夫かな」
店に入ってくのはほとんど高そうな服を着た紳士やマダム達だ。
それに比べて俺は平民丸出しなラフな服装。
こんな所に来るとわかっていたらもう少し服装を考えたんだが。
「大丈夫ですよ。今から行く店はお母様の行きつけですから。店の方々も気にしませんから」
「セリアさんの行きつけ!? 何だか期待が膨らむ……けどなぁ」
店員が気にしなくても客が気にするパターンだってあるかもしれないし。
陰口叩かれてセシリアまで悪く言われるのは嫌だしな。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですから、行きましょう!」
セシリアに腕を引っ張られて店内に連れ込まれてしまった。
セシリアってこんなに積極的だったっけと疑問に思ったが、俺としては悪くなかったので深く考えるのは止めた。
余計なことを言って雰囲気壊す必要もないだろう。
店内は予想通り広く、豪華な内装をしていて、見たことがない調度品が置いてある。
セシリアの屋敷に感覚が似ているが……こんな店来たことがない。
俺が店の中を見て驚いている内にセシリアが店員と話をつけたみたいだ。
何のかは知らない。
席が空いているかとかそういった類のことを聞いていたんだろう、たぶん。
店員に案内され、お互い向かい合うように座る。
メニューを見てみたが、俺にはどれが美味しいのかさっぱりだったのでセシリアにお任せした。
さっきから頼ってばかりだなぁと思うが、恥を忍んで頼むしかない。
セシリアが何とも慣れた様子で料理を注文し終えたので一息つく。
「何だか違う世界に来たみたいでむず痒いな。そわそわする」
「ヨウキさんはこういった店は初めてなんですか?」
「まずここら辺の通りに来ないからさ。それに外食するにしても町中の飯屋で食べるくらいかな。あまり散財しないようにしているし」
将来を見据えて金を貯めている感じだ。
どんな将来かというと幸せな家庭を築くこと。
そのために貯金はしっかりしているのだ。
「へぇ……ヨウキさんて意外としっかりしている面もあるんですね」
「ちょっと待ってくれ、俺って普段どんな目で見られてんの!?」
「それは……内緒です」
確かに暴走したりはしている自覚はあるけども。
ちゃんとやる時はやっているとは思うんだけどな。
……厨二スイッチがオンの時のイメージが強いのかもしれない。
真実はセシリアのみが知るということか。
雑談もそこそこに料理が運ばれてきたが、見たことがないような料理ばかりだった。
かろうじて見たことが有るものも高級食材が使われているようだったので、思わず食べるのを躊躇ったくらいである。
「では、頂きましょうか」
「あ、そうだね。食べようか」
しかし、セシリアの言葉と腹ぺこのせいでスイッチが入った。
そこから俺は高級料理をあっているかわからないなんちゃってマナーで惜しみ無く平らげた。
セシリアはそんな俺を見て静かに微笑みながら、行儀よく食事をしていた。
会計は俺が払うと言ったが、何故か頑なにセシリアが譲らなかったので俺が折れることに。代わりに今度は俺の奢りで食事に行く約束をした。
勢いでデートに誘って、オーケー貰ったしやったぜ。先程までもやもやしていたのが嘘のように感じるな。
「では、帰りましょうか」
「ああ……ってセシリアまさか歩きで帰るの?」
「はい、そうですよ」
アクアレイン家の屋敷まで歩くとなるとかなり時間がかかる。
もう夜も遅いし……女性一人で歩くのは危ないだろう。
というわけでセシリアを屋敷まで送り届けることにした。
月の光を頼りに暗がりを二人きりで歩くというのも中々なシチュエーションである。
行きの時よりも緊張しておらずリラックス出来ていたので気の利いた会話が出来たと思う。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、屋敷が見えてきた。
何もなくて良かったと安心した。
しかし、同時に今日はこれでお別れなので少し残念だとも思い少々複雑な気持ちになる。
「ヨウキさん、屋敷は目の前なのでもうここまででいいですよ。送ってくれてありがとうございました」
「いや、当然の事をしたまでだよ。こんな夜道をセシリア一人で歩かせて帰らせたらセリアさんに怒られちゃうしね」
男なら好きな子を一人で帰らせるなんて薄情なことしたら駄目じゃないとか言いそうだ。
セシリアも何か想像したのかお互いに笑い合う。
「あ、忘れるところでした。ヨウキさん、これどうぞ」
セシリアが俺がずっと気になっていた大袋から、箱を取り出し渡してきた。
「これって、まさか……」
「今日はバレンタインですから。日頃の感謝の印にと思いまして。受け取って貰えますか?」
思わず叫び声をあげそうになった。
今日帰ったらリア充を対象とした呪言を徹夜で行おうと思っていたが、止めよう。
何故かというと俺もリア充だからである。
好きな子からお菓子貰えるとか……俺にも春が来たんじゃねと勘違いしてしまいそうだ。
「俺甘い物大好きなんだ。もちろん受け取るよ、ありがとう」
思うことはこれ以外にもたくさんあるが、表情に出してはいけない。
嬉しいくせに、自分を殺して平常心のふりをして受け取る。
中身は何が入っているのだろうか。
重さ的にただのチョコレートが入っているわけではないと思うが。
何にしろセシリアがくれた物だから何でもいいけどな。
早く帰って中身を見てみたい。
セシリアと別れるのは名残惜しいが、屋敷の前に来た訳だし長く引き止める理由もないか。
挨拶を済ませて帰ろうと思ったら、セシリアが爆弾を投下してきた。
「喜んで貰えてよかったです。これで全員に配り終えることができました」
「えっ、全員?」
今何だか良からぬ言葉を聞いた気がする。
セシリアが何故か安心した表情をしているし。
気のせいだと思うが、念のためどういうことかさりげなく説明を求めた。
どうやら朝から日頃の感謝の気持ちとして、知り合いにチョコを配っていたらしい。
夕食はセリアさんの提案だったそうだ。
俺に気を使ってくれたんだろうな。
まあ、セシリアが楽しそうにしていたのでナイスアシストといったところだ。
「今日は付き合って頂いてありがとうございました。また、一緒に食事しに行きましょうね。それでは失礼します」
「あ、おう……また行こうな。じゃあ、俺も帰るわ」
セシリアと別れた俺は寄り道せずに真っすぐ宿に帰った。
宿に着いたのはすっかり夜遅くになっていて、ティールちゃんも帰っていた。
ガイは疲れたのか、もう就寝していたので腹いせに翼だけ形を変えた。
テーマは飛行機の翼にしてみたが、悪魔像に機械っぽい翼は予想以上にミスマッチしていた。
今までより、笑える姿になったが俺は憔悴しているので笑えない。
ため息混じりでベッドに深々と座り、セシリアから貰った箱を見る。
「全員に配っていたってことは義理だよなぁ……」
贅沢を言ってはいけないことはわかっている。
義理すら貰えない輩もいるのだ。
しかし、何ともまあ……やりきれない気持ちだ。
「せっかく貰ったしとりあえず食べよう」
箱の中身は袋詰めされたクッキーとチョコレートケーキだった。
手作りなのだろう、ケーキには日頃の感謝をこめてとメッセージが書いてある。
「ありがとう、セシリア……」
その夜、俺は泣きながらチョコレートケーキをワンホール丸々食べた。
クッキーはさすがにもったいない気がしたので、食べずに寝た。
そんなバレンタインの翌日……。
「おい、小僧起きろ! 我輩の翼が変だ。貴様の仕業だな」
眠い目を擦るとガイが翼を動かして怒っている。
飛行機の翼が上下に動いていて気持ち悪い。
「あー、おはよう。その翼はロリア充なガイへ俺からのプレゼントだよ。その翼の方が愛しのティールちゃんの元に直ぐ行けるぞ」
「ふざけるな、誰がロリア充だ! さっさと元に戻せ! あと我輩とティールはそんな関係では……」
「はいはい、ごちそうさまっと」
ぎゃーぎゃー喚くガイを放置して俺は部屋を出た。
ガイは絶対ロリア充、それ以外は認めない。
……ロリア充って何だ?
どうやら俺の脳内は相当暇らしい。
さっさと朝飯を食べて出かけようと思ったら、ロビーにデュークがいた。
「ちーっす、隊長」
「朝から何の用事だ、デューク」
「いや、たいした用事じゃないっすよ。俺今日は騎士団の仕事あるんで、ちょっと話をしに来ただけっすよ」
仕事があるなら無理して来なくてもいいと思うが、急ぎの話なのだろうか。
「何だ、昨日のハピネスとレイヴンがどう決着がついたかの話とかか?」
結局、あの二人はどうなったのか気になっていたので、教えに来てくれたなら助かったな。
違う用事だとしても聞き出したい。
「あ〜、その話すか。隊長が帰った後も沈黙は続いてたんすけど……急に町で騒動が起こっているんで鎮圧するように出動命令が来たんすよ」
「その騒動にものっすごい心当たりがあるな」
あいつらレイヴンに迷惑かけんなよ。
レイヴンはハピネスと良い雰囲気にはなっていたのに台なしじゃねえか。
あの人数でごった返しになっていたから、鎮圧するのも一筋縄ではなかったろうに。
「俺も駆り出されて行ったっけど大変だったっすよ。事態が終息して、勇者と魔法使いが何度もレイヴンに頭を下げていたっすね。正確には魔法使いが勇者の頭を下げさせていたっすけど」
「ミカナも大変だな……それでハピネスのチョコはどうなったんだ?」
「安心するっす。ハピネスも現場に同行してたんで、お疲れって言ってその勢いでチョコ渡してたっすから」
騎士団の連中にはその光景を見て、さぞ羨ましがっていた奴もいただろうな。
二人のバレンタインが無事に終わって良かった。
「そっか、デュークもほっとしただろ。最悪間に入らなきゃいけなくなるところだったんだもんな」
「本当っすよ。もう二人の間を取り持つのはこれっきりにしたいっす」
そんなことをデュークは言っているが、こいつはホワイトデーがあることを忘れているのだろう。
バレンタインがあるのだから、ホワイトデーもあるに違いない。
「お前も本当に苦労人だな……頑張れよ。俺も出来るだけサポートはするからさ」
「いや、だからもう勘弁してほしいんすけど。……ああ、本題忘れてたっす。隊長良かったじゃないっすか! バレンタイン貰ったっすよね?」
触れて欲しくない話題を振ってきやがった。
デュークの口ぶりからこいつも貰ったのだろう。
「ああ……まあ、な」
「やっぱり! 俺やハピネスとレイヴンにもセシリアさんくれたんすよ。だから隊長も貰っているだろうと思って聞きに来たんす」
どうやらいらない気を使ったみたいだ。
昨日の俺の態度を見て心配して来てくれたのかもしれないが……そっとしておいて欲しかった。
「そうだったのか、貰ったのかを聞きにね……」
「いやぁ、クッキー美味しかったっすよね。レイヴンやハピネスも美味しいって言ってたっすよ」
俺がまだ食べていないクッキーの感想を言われてもなぁ。
昨日俺はケーキしか食べていないんだよ。
まあ、セシリアの手作りなんだから、美味しいに決まっていると思うけど。
「ふぅん、そうなのか。食べるのが楽しみだな。ケーキも美味しかったから、期待はしていたけど」
「……ケーキって何すか。隊長セシリアさん以外からも誰かから貰ったんすか?」
「……へ? いや、だからケーキだよケーキ。チョコレートケーキだって」
「いや、だから知らないっすよ」
デュークがとぼけているのかと最初は思ったが、まじで知らないっぽいな。
ということはあのチョコレートケーキは俺だけが貰ったってことか。
「……よっしゃああああああぁ!」
「うわっ!? どうしたんすか!」
俺は嬉しさのあまり全力でガッツポーズをした。
急な俺の行動にデュークが驚いているな。
ガッツポーズした理由は言わないぞ、断じて言わない。
ただ今日は機嫌が良くなったので、飯屋にでも連れていってやろう。
「よし、俺の奢りで夕飯食いに行こうぜ。ハピネスとシークも誘っておいてくれ」
「え、まじっすか。隊長がそんなこと言うなんて珍しいっすね。断る理由ないんで二人に声かけとくっすよ。それじゃあ、また夜に来るっす」
「おう、じゃあな」
今朝とは全く違うようなテンションで、爽やかにデュークに別れを告げた。その夜、四人で久々に集まり飲み食いをして俺の財布が軽くなったことは言うまでもない。




