商人の依頼を受けてみた
アクアレイン家から飛び出した俺は商業ギルドに向かった。
飛び出して直ぐに、何故セシリアにどんな物か聞かなかったのだろうと後悔したが、戻るのも格好悪いと思ったので戻らなかった。
「おお……」
商業ギルドに着いた俺は中に入り言葉を失った。
いつも俺が行っているギルドとは違い内装が広く、豪華な装飾が多い。
従業員は人間だけでなく亜人達もたくさんいるみたいで賑わいを見せている。
「お客様、何かお探しですか?」
ぼけっと一人で突っ立っていたら、後ろから声をかけられた。
振り返るとそこにはギルドの商人であろう男が立っていた。
良い物を食っているのであろう、肥えた体形をしている。
「ん、まあ、ね」
「どのような商品でしょうか。このタリボーク商業ギルド。自慢ではございませんが様々な商品を取り揃えております故、お客様の望んでいる商品もあるかと」
揉み手をしながら営業スマイルで俺にそう言って迫ってくる商人。
……正直胡散臭いし、店の名前からして金がかかりそうな気がするな。
でも、友人の命がかかっているので多少の出費は仕方ないか。
「じゃあ、魔鉱石ってありますか?」
俺がそう言った瞬間、商人の営業スマイルが消え、客には見せてはならないだろう素の顔になる。
「……失礼、お客様は鍛冶ギルドから来た方でしょうか?」
「いや、違うけど」
「申し訳ございませんお客様! 只今魔鉱石の品薄状態が続いておりまして……一般のお客様にお売りできなくなっているのです」
「何!?」
「誠に申し訳ございません……」
商人はそう言って頭を下げるが、俺としては納得いかない。
「いやいや、さっきまでの勢いは何処にいったんだよ。ないならないで何処かから調達とかできないのか?」
「えっとですね……その、ただいま調達の目処がですね……」
冷や汗をかきながら俺の質問をはぐらかすような姿勢を見せる。
どうしようか、此処にはなさそうだし鍛冶ギルドでも訪ねて分けて貰えないか聞いてこようか。
「……お前、こんなとこで何やってんだ?」
急に声をかけられ振り向くと相変わらず眼が死んでいるクレイマンが立っていた。
商人に食い下がって交渉していたので気づかなかった。
「うん? ああ、クレイマンか、何って……買い物だよ。見ればわかるだろ?」
「なんか揉めてるように見えたからな……商品の値引き交渉でもしてんのか? 結構稼いでるくせに守銭奴なこった」
どうやら商人が困った表情しているのを見て、俺が商品を値切ろうとしていると思ったのだろう。
確かに前世では店で値引き交渉はしていたが店員がこんなに冷や汗だらけになるまで交渉したりはしなかったぞ。
だいたいクレイマンの言うとおり、それなりに稼いではいるからそこまで粘着する理由もないし。
「俺がそこまでケチな奴に見えんのかよ……。ただの買い物だっつーの」
「ふーん……まあ、どちらにしろ俺には関係のねぇことか。……で、最終的にギルドに提出する依頼書は出来上がってんのか?」
「は、はい、お待ちしておりましたクレイマン様。書類の方はもう出来上がっておりますので……」
どうやらクレイマンは仕事で来たらしく、俺が交渉していた商人と何かを話し出した。
いつもの怠そうな態度のクレイマンに対しての商人の慌てっぷりったらないな。頭をかきつつあくびをするクレイマンに商人は何度も頭を下げている。
客や商人もクレイマンのことじろじろ見て、驚きの声をあげているのが見受けられる。
だらけていても副ギルドマスターの肩書は伊達ではないらしい。
……こんな風景を見ているとクレイマンて実は知名度が高いんだなあと痛感する。
「大変お待たせしました、クレイマン様。こちらが依頼書になります」
クレイマンは商人が汗だくになって持ってきた書類を「おう」と一言返事で受け取り目を通す。
あまり良い内容ではなかったのか渋い顔をして書類を見ている。
いかにも面倒臭いと思っていそうな、そんな感じた。
「おいおい……前回来た時よりも依頼の内容が面倒になっているじゃねーか」
「はい……ですがその分報酬も上乗せしていますし、タリボーク商業ギルドの総意でもございまして……」
なんだか話を聞く限り余り良い依頼じゃないっぽいな。
商人が依頼の説明しているみたいだけど、クレイマン舌打ちしまくっているし、あくびもしているし。
副ギルドマスターなのにあんな態度でいいのか?
……考えてみたらギルドでもあんな感じか。
周りを見るとだらけているクレイマンに目を輝かしている人がちらほらいるし。まじ、クレイマンてなんなんだよ。
というか早くクレイマン仕事の話終わらせてくれないかな。そんな事を考えていたら、いきなりクレイマンが俺の方を見てにやりと笑った。そのまま俺を手招きし呼び寄せるクレイマン……なんだか嫌な予感がする。
「おい、ヨウキ。お前、ちょい依頼手伝えや」
「断る」
今はガイのために魔鉱石探しで忙しいので呑気に依頼なんてやってられない。
それに、クレイマンの先程の笑みは確実に何かを企んでいる顔だったし、怪し過ぎるわ。
「あー……じゃあ、あれだ。耳かせ耳」
「はぁ!? だから俺は無理だって……」
「いーから、いーから」
そう言われ無理矢理肩を捕まれ耳を貸す姿勢になる。なんなんだよ、まったく……。
「俺今は忙しいんだっていってんだろ!?」
「まー、聞けや。ほら、今朝Aランクなりてえ、Aランクなりてえって言ってただろ。あれ俺の権限でなんとかしてやっから」
「だからそれが怪しいんだって。あの面倒臭がりなクレイマンが俺にそんなことしてくれるはずが……それに俺は魔鉱石探さねぇと」
こんな無駄話をしている場合じゃない。
此処がだめなら違う店に行くまでだ。
それでもなかったら……最終手段で自分で直接取りに行くしかないけど。
「魔鉱石? なら、ちょうどいいじゃねーか。なんで魔鉱石なんかを欲しがってんのかは知らねーが、俺の依頼は魔鉱石絡みのもんだ。着いてくんなら分けてやんぞ」
「まじか!? ……でもなあ」
今一つクレイマンのことが信用できないし、すぐに終わるかもわからんし……。
「……いいから手伝えって。急いでんなら明日にでも依頼先まで出発すっからよ」
「明日か……」
クレイマンの話を信用するとなると、今から別の商業ギルドで探すよりも依頼を手伝う方が確実に手に入るか。
五日の猶予しかないことも考えるとなりふり構ってられないしな。
「分かったよ。そのかわり絶対に依頼が終わったら魔鉱石よこせよな」
「よし……交渉成立だな。依頼達成したら魔鉱石はちゃんと渡すから安心しろ」
話が終わったのでクレイマンは俺と肩を組むのをやめる。
「あ、あの〜。結局依頼は受けて頂けるんでしょうか?」
内緒話をしていたのですっかり忘れさられていた商人が心配そうに声をかけてきた。
まだ、冷や汗は止まっていないらしくいつの間に出したのかハンカチで汗を拭っている。
「ああ、受けるぜ。ま、ご期待に添えるように精一杯がんばらせてもらうわ」
心にもないことをさらっと言いつつ、依頼書を受け取るクレイマン。
……クレイマンの辞書に頑張るなんて言葉は載ってないだろうに。
「ありがとうございます、クレイマン様」
「んじゃ、依頼が達成できたらギルドの誰かが報告に来るだろうから楽しみにしていてくれや」
「あ、待てよクレイマン」
ひらひらと手を振りタリボーク商業ギルドから出ていくクレイマンに続き、店から出る。
「……ん、お前まだいたのか。何か用か?」
「何か用かじゃねぇよ。都合上仕方なく引き受けたけど、俺依頼の内容何にも聞いてねぇぞ」
「……簡単に言えば魔鉱石の採取だ。お前の事情を尊重してさっき言った通り依頼先の出発は明日だ。朝方ギルドの前に集合な、以上」
そう言ってクレイマンは去っていった。
……簡単に言えばってのがひっかかる。
でも、そこまでクレイマンも悪い奴じゃないし。俺を嵌めるなんてことはしないだろう……たぶん。
どちらにしろガイの命がかかっているのだし、選択の余地なんてなかったしな。
「セシリアだってティールちゃんのために頑張っているんだろうし、俺も頑張らないといけないか」
とりあえず魔鉱石入手の目処は立ったので、次の日に備えて宿に帰りガイの安否を心配しつつ床についた。
翌日、支度をして約束の時間に着くように宿を出てギルドに向かう。
道中、クレイマンて時間にルーズそうだよなぁと面倒臭がりなところから妙な先入観を抱いていたのだが、杞憂だったらしい。
ギルドが見えてくると、ギルドの前には馬車が止まっており、俺に向かって手を振っている人影が見える。俺も手を振り返す……が。
「クレイマンて俺に手を振るようなキャラじゃなくね?」
違和感がバリバリで思わず口に出してしまった。
近づいてみると人影はクレイマンではなく、セシリアだった。
馬車もよく見るといつも乗ってるアクアレイン家の馬車である。
「おはようございます、ヨウキさん」
「おはよう……って、あれ、何でセシリアがいるの?」
「私だけではありませんよ」
セシリアは手で馬車を指す。
馬車の荷台を見ると、そこには優雅にお茶を飲むソフィアさんとぐったりした姿のクレイマンがいた。




