守り神の願いを聞いてみた
セシリアに会いに行ってから十数日が経った。
あれからセシリアと会うことが解禁されたので、何度か会ったりはしている。 今日は会わずにギルドで仕事をこなして、クレイマンに報告をしに来ている。
「なあ、俺って後どれくらい仕事したらAランクに上がるんだ?」
「あぁん、なんだいきなり?」
面倒臭そうな顔で俺の仕事の処理をしているクレイマンが聞き返す。
「いや、だってさ。FランクからBランクまでは順調に上がったのに……俺もうBランクの仕事結構やったろ?」
「贅沢言うんじゃねぇよ。半年も経たずBランクになることだってあまり見ねえことなんだぞ」
「俺は早くAランクに上がりたいんだけど」
「無理なもんは無理だ。だいたい考えてみろ。Aランクになるといろいろ面倒な仕事が増えてくる。その分面倒な処理も増える。結果俺の仕事が増えて、俺が面倒になる。分かったか?」
「とりあえず、クレイマンが相変わらず仕事に対して怠惰だっていうことが分かったよ」
こいつ……自分の都合も考慮して俺のランクを上げないとか、副ギルドマスターのくせにそんなんでいいのかよ。
その後、少しの間粘ってクレイマンに交渉したが、のらりくらりと話を逸らされてしまい、結局Aランク昇格についての話をすることが出来なかった。
「くそぅ……早くAランクの仕事がしたい」
ギルドから宿までの帰り道で俺は一人呟く。
クレイマンは面倒な処理が増えるとは言っていたが、それだけが理由じゃないだろう。
クレイマンは半年でBランクに上がることはあまり見ないことだと言っていた。なら、Aランクに上がることはもっと少ないだろう。絶対に目立つこと間違いなしだな。
クレイマンは俺の身を考えてAランク昇格を認めないのかもしれないな。
……本当に面倒なことが増えるからしないだけかもしれないけど。
「さて、今日はこれからどうするかなー」
宿に入り自分の部屋を目指して歩き、今日の予定を考える。
ギルドで仕事は却下だ……仕事する気なら宿に帰って来ないし。
だからといって今日誰かと会う約束もしていない。
何をしようか決められず、悶々としながら部屋に入る。
「帰ったぞーって誰もいない……いや、いたか」
今では訪ねてくる人すべてから高評価を貰っている石像が。
先日をかけてやばい夢を見せた仕返しに適当に姿を変えてやったら絶賛の嵐だった。
これでは仕返しにならない。
どうしたものかと思うが良い案が浮かばなかったので泣き寝入りしたんだったな。
「ガイー、起きてるか? つーか起きろー」
今日をどうやって過ごすか決まらないので、暇を潰すためにガイを起こす。
石の体を軽く叩くと低い声が部屋に響き渡る。
「む……なんだ小僧、今日はずいぶんと早い帰りだな」
「んー……まあ、出掛けたもののやることがなくなったというか何というか……」
ギルドランクを上げるためにクレイマンと交渉して失敗し仕事もせずに帰ってきた……なんて言えない。
「ふっ、用がないのに外出するとはな。……ということは小僧、今暇であろう、話さねばならないことがあるのだが」
「別にいいけど……何かあったのか?」
「ふむ……説明する前に見てもらった方が早いか……むんっ!」
ガイが力んだ声を出した瞬間、ガイの表面を覆っていた土が爆散し部屋の中を土煙が舞う。
「うおいぃ!? お前いきなり何やってんだ!」
俺は爆風で襲ってくる土煙から顔を腕で守りつつ、この惨事を引き起こしたガイに文句を言う。
もうもうと立ち込める土埃が中々晴れないので、窓を開けて換気する。
窓の外へ土埃が出ていくのを見届けて、ガイにいきなり何故こんなことをしたのか問いただすために振り向く。
「なっ……!?」
そこには久しぶりに見るガイ本来の姿があった。
ガリス帝国勇者ミラーによって両翼と片腕を失った悪魔像である。
しかし、今俺の目に映っている悪魔像は失った両翼や片腕の部分からひびが広がっているのである。
「……どうやらあの時のダメージが予想以上に大きかったようでな。我輩の身体は少しずつ崩壊してきているのだ」
「何でもっと早く言わなかったんだよ。気づいてたんだろ!?」
「ふ……言ってどうなるというのだ。悲しむ期間が長くなるだけだ。ならばいっそのこと、ぎりぎりで打ち明けた方がいいと判断したまでのことだ」
ガイは自分の死を恐れていないのかいつも通りの表情、口調でまるで他人事のように話している。
「何か身体を直す方法があるかもしれないじゃないか。ティールちゃんだってセシリアの屋敷で働きながら必死に直す方法を探しているんだぞ!」
「ふ……残念だがもう我輩に残されている時間はほとんどない。後五日もしない内にひびは広がり我輩の身体は砕け散るだろう。だから、小僧。ティールのことをお前に頼みたいのだ……」
自分がもう五日ほどで死ぬという状況でティールちゃんのことを心配しているなんて……。
「ガイ、お前……」
「勘違いをするなよ、ろりこんとやらが原因ではないからな」
「いや、わかってるよ」
ガイはぎろりと俺を睨みつけてくる。
……普段なら言っていただろうが、今はこんな状況なのだからさすがにそんなボケはしない。
「ならばいい。では単刀直入に言わせて貰うぞ。……ティールはいつ倒れてもおかしくない状態になっている。だから、助けてやってほしい」
死がすぐそこまで迫っているガイは真剣な眼差しで俺を見て、頭を下げてきた。
「ティールちゃんが……ってまじかよ!?」
「幼少の頃からティールを見てきた我輩にはわかるのだ。最近ここに来ていた時に明らかに様子がおかしかったからな」
「幼少の頃からって……お前ティールちゃんのこと何歳の時から知っているんだよ」
「ティールの祖母が我輩のことをあの村の守り神だと信じていたからな……。幼いティールを連れてよく我輩の所に来ては食べ物を供え物として置いていき、手を重ねてお祈りをしていった。我輩はただあの村に住み着いているただの魔物だというのに……」
過去を懐かしむように語るガイの顔はなんだかとても寂しそうに見える。
俺にとってガイはただの居候のようなものだ。
しかし、ガイがいなくなるのは困る。
「……ティールちゃんのことは任せてくれ。セシリアやシークに容態を聞いてみるよ」
「そうか……すまないな。これで我輩に思い残すことは……」
「だが、俺はお前のことも助けてみせるっ、絶対にだっ!」
シリアスな雰囲気から一転させるように俺は得意げな笑みを浮かべいつものポーズを決めた。
厨二スイッチをオンにした俺を見てガイは固まっている。
そういえばガイは厨二スイッチが入った俺を見るのは初めてだったか。
ならばちょうど良い、文句を言ってきたら押し切ってやろう。
「小僧、急にどうしたというのだ。頭でも打ったか。 いや……そんなことよりも我輩を助けるだと? 後五日ほどしか我輩の身体はもたないのだぞ。無理に決まって……」
「無理かどうかなんてやってみなくちゃわからないだろう!? そんなありきたりな言葉を俺に言わせないでくれないか、ガイ?」
やれやれといって感じで俺は首を横に振る。
「む……一気に小僧と話すのが面倒になったぞ。……確かにその通りかもしれないな。しかし、後五日で我輩の身体を直す方法を見つけられるというのか?」
からむのが面倒だと言われてしまったが、厨二スイッチが入っている俺のメンタルは並じゃない。
「ああ、任せてくれ。……正直お前までいなくなったらただでさえ寂しくなったこの部屋がさらに寂しくなる。それに俺の芸術作品としてまだまだ付き合ってもらわないと困るからな。絶対に直す方法を見つけてきてやる」
「ふっ、まあ期待せずに待っていることにしてやろう。我輩はもう寝ることにするぞ。動かずにいれば少しでも身体の崩壊を防ぐことができるからな。小僧、我輩の身体を直す方法が見つからなくても悔やむなよ。……ティールのことは頼んだ」
そう言い残してガイは眠ってしまった。
自分が死んでも俺の責任じゃないから安心しろ、だがティールちゃんの身体は治せとかそんな感じだろう。
「さてと、どうするかな……魔物のことだとデュークに聞くのが一番かな。今日は騎士団の仕事で町の見回りをやるとか言ってたっけか」
この前ちらっと見たエルフ騎士かレイヴンと一緒にいるだろうな、たぶん。
「まずは、どこにいるか探さないといけないな。……まあ、一緒にいたらいたで適当な理由つけてデュークだけ引っ張って話しをすればいいだろ。……っと、その前に」
俺は眠ってしまったガイに誰かに見られてもいいように土魔法で姿を変える。
今回は適当ではなく、俺が凛々しくてカッコイイと思う武士をイメージして造ってみた。
「次起きたら楽しみにしていてくれよ」
返事が来ないとわかっているが、俺はガイにそう言って部屋を出た。
扉を閉める瞬間振り向く。隙間から見えたのは武士の姿に変わったガイ。
そして……。
「げっ……!!」
砂と土埃にまみれ、荒れ果ててしまった部屋だった。
……帰ったら掃除しよう。




