勇者に説教してみた
「え!? ……き、君落ち着いてよ。僕何か気に障るようなこと言ったかな……?」
俺の雰囲気が変わったのを察しているようで、ユウガはあわてて俺を落ち着かせようとしている。
どうして俺の雰囲気が急に変わったのかわからないらしい。
「……わからないのか?」
「え、えっと……まだ急に襲い掛かったことを怒っているとか?」
俺は大きなため息をつき、頭をわしわしとかく。
どうやらかなりの阿呆らしい。
自分のどの言動で人を怒らせたかわからないとは……質が悪いな。
さっきの言葉は悪いことだと思っていないのか……いや、違うな。
こいつはミカナが悪いと思っている。
だから、そのことは悪いことじゃないと思い込んでいるんだろう。
阿呆を通り越して愚かだな。
「そんなことじゃねえよ! ……俺が腹を立てているのはお前があまりにも身勝手なこと言ったからだ!」
「え……僕が身勝手ってどういうこと?」
ユウガはキョトンとした目で俺に問い掛けてくる。
「……お前少しは周りを見る努力しろよ。さっきお前が俺に言ったことと最近の自分の周りの変化を照らし合わせたらわかるはずだぞ」
「周りの変化って言われても……わからないよ。旅が終わっても忙しい毎日は変わってないし……」
ユウガは困惑気味に話す。どうやら言ってやらないとわからないみたいだ。
子供じゃあるまいし、少しは察して欲しいものだが……そうとう甘やかされて育ったなこいつ。
説明するしかないな。
「……先日、レイヴンとミカナとここに来た」
「え、そうなの? でもさっきは初めて来たようなそぶりを……」
「魔王城で起こったことについて聞いた。情報に全くなかった魔族に大苦戦した挙げ句、魔族の要求を呑んでセシリアを置き去りにしたんだってな」
ユウガの表情が歪む。
俺にやられた記憶が蘇ったのだろう。
ミカナもレイヴンも屈辱的な記憶になっているみたいだったからな。
……その辺は本当に申し訳なく思うがな。
「なんで二人はその話をしたんだろう……ミカナが四人だけの秘密にしようって言ったのに……」
ミカナは……恐らく耐えられなくなったからだと思う。
自分の好きな相手には距離を置かれて、セシリアに謝ることも出来ず……結果どんどん罪悪感だけが溜まっていったんだろう。
先日俺達と会い、最初はレイヴンの恋愛相談を受けるつもりだったはずが……俺の妨害により逆に恋愛相談を受けて貰う側にシフトしてしまいあの話をすることになったんだよな。
「……さあな、だけどミカナはその話を泣きながらしてたぞ」
「え……?」
ミカナの名誉のために言いたくなかったがユウガには言った方がいいだろう。
こいつには自分の罪をわからせねばならん。
罪を作らせる原因を作ったのは俺だがな。
「あいつはセシリアに対しての罪悪感でいっぱいだって……謝りに行きたいけど気まずくて行けずにいるんだって」
「嘘だ! だってミカナはセシリアを……」
「見捨てた……か? 確かにそうかもしれないが……それはミカナだけが悪かったのか?」
長年一緒にいた幼なじみをここまで疑うには何かしらの理由があるはずだ。
思い込みが激しいのもあるんだろうが……それだけじゃないだろうな。
「だって……魔族の提案に最初に乗ろうってミカナが勧めてきたから……だからっ……ミカナが悪いんだ!」
「ふざけんな! レイヴンは言っていたぞ。止めなかった自分にも非はあると……だからミカナだけを責めないでくれとミカナを庇っていたぞ!」
レイヴンはミカナがかわいそうとかいう理由だけでミカナを庇っていなかった。自分にも責任がある……そういう言い方をしていた。
「なんで……だって勧めてきたのはミカナじゃないか。レイヴンはどうして……」
「お前はどうなんだ? 自分の幼なじみを、仲間を庇いはしないのか? あいつだけが悪いのか。だったら俺はあいつが最低だと思うな。下手したらセシリアを殺すことになっていたかもしれないんだしさ」
「僕は……ミカナを……」
挑発しても……か。
本当は分かっていると思うんだけどなぁ。
自分にも非があるってさ。口には出そうとはしているみたいだけど、言葉が出てこないのか。
「簡単な話だろ。お前だって悪いんだよ。最終的に了承したんだから。だけどそれを認めたくないからミカナが全部悪いって決めつけてる。だからミカナを庇ったりしないんだろ?」
「そんなことない! 僕がそんなことするわけ……」
ユウガは頭を押さえて取り乱し始めた。
現にしているくせに何を言っているんだこいつは?
「現実を見て自分と向き合えよ。それができないなら……お前相当格好悪いぞ」
好きな子を守れなかったことを幼なじみ一人に押し付けて自分の非を認めないとか……勇者のやることじゃないだろうに。
俺の言葉が堪えたのか、取り乱すのをやめて俯いている。
肩も震えているが……もしかして泣いてる?
勇者を泣かすってのはさすがに……やばい、いろいろやばい。
俺はあわてて身を乗り出す。
ユウガの顔を見ると目から涙が流れ出ている……泣かしちまった……。
「僕は……最低な人間だ。全部ミカナのせいにして……責任から逃げて……」
泣いてる人間に追い撃ちをかけるようで忍びないが……あえて言おう。
言ってやった方がこいつのためにもなるだろうし。
「お前さ、初めての挫折っていうか……敗北だったんじゃねぇの? だからこう……あれだよ。責任の取り方っていうものが解らなくて、楽になりたくてミカナに押し付けたんじゃないのか」
ユウガは俺の言葉を聞き涙を流し続ける。
……傍から見たら俺最低な奴だな。
勇者を泣かす一般冒険者とか……クラリネス王国国民の半分以上は敵に回す行為な気がする。
そのまま数分ほど声を押し殺して涙を流し続けるユウガを俺はただ複雑な表情で見守っていた。
「……ねぇ、君……少し話を聞いてくれるかな?」
泣きやんだユウガが小さな声で聞いてきた。
嫌だ……なんて言わない。このタイミングでする話だ。
こいつが少しでも後悔していて反省しているとしたら……聞くに値する話かもしれない。
「……別にいいぞ」
「ありがとう。じゃあ、話すよ……」
ユウガがしだしたのは幼なじみであるミカナの話だった。
幼いころからずっと一緒で、どんな遊びをしてどこに行ったとか……他愛のない思い出話だ。
「ミカナはね。僕が勇者に選ばれた時すぐに自分も着いていくって言って……すごい魔法の勉強をしてパーティーメンバーに選ばれるように努力をしてくれたんだよ」
その時点で自分に恋してるって気づけよこの鈍感野郎と言って殴ってやりたい。震える右手を左手で押さえて話を聞き続ける。
馬鹿なことをやったら叱られたり、好き嫌いをしては叱られなんてこともあったとか。
話を聞く限り幼いころからも叱られ続けているみたいだが……。
もはや、弟の世話をする大変な姉の話にしか聞こえない。
エピソードを聞いていてもさっきからミカナに苦労をさせたっていう話しか聞こえないし……。
「……なぁ、結局何が言いたいんだ?」
少しと言ったくせにかれこれ十分ほど思い出話を聞いている。
そろそろ本題に入ってほしいんだが。
「……僕はどうすればいいのかな。幼い頃から散々迷惑をかけてきて……最低なことをして……ミカナに対して僕は何をすればいいのかなって思って」
思い出に浸って少しはミカナの有り難みを思い出していたのか?
……なんで俺に聞かせたのかわからんが……要は何をすれば良いかわからないってことか。
「なあ、叱ってくれる人ってさ、叱る相手を想ってくれているから叱ってくれるんだよ」
「え……?」
「だからさ、お前が謝りに行って……いつも通りに叱って貰ってきたらいいんじゃないか? もし叱られなかったら……ま、別の手段を考えるしかないけど……」
「分かった。僕ミカナに謝って……そして、叱られてくるよ」
何も知らない奴が聞いたらこいつ何言ってんの? と捉えられるかもしれない。
でも、ユウガとミカナとの繋がりを戻すにはこの方法が最適だと俺は思う……確実とは言えないけど。
「おう、頑張……」
「でも一人じゃ不安だから……ごめん、付き合って」
「はい?」
そこからのユウガの行動は早かった。
テーブルに二人分のドリンク代を置くと俺の右腕を掴み店を出て走り出した。
足に強化魔法でも使っているようなスピードで町を走り、気がつけば一軒家にたどり着いていた。
貴族の屋敷でもなければ、裏通りにあるボロボロの家でもない二階建ての家だ。
「はぁ、はぁ……いきなり腕を掴んで走るな」
「いや、でも、一人じゃ勇気が出なくて。外で待っていてくれるだけでいいからさ」
俺はお前のなんなんだと言ってやりたい。
……なんか友人とか言われたら嫌だから聞かないでおこう。
まあ、二人の関係に亀裂をいれるきっかけを作ったのは俺だし……それぐらいいいか。
「分かったよ。ただし、ここにいるだけだ。中には入らんぞ、お前が家に入ったら俺は帰る」
「それだけで充分だよ、ありがとう。……あ、そうだ。最後に改めて自己紹介しよう。僕はユウガだよ、よろしく」
家に入る直前に振り向き言う。
俺はよろしくする気はあまりないが……まあこれで勇気がでるなら答えてやるか。
「……ヨウキだ。よろしくな」
「そっか。じゃあ、ヨウキくん、ありがとう。君のおかげで僕は自分の過ちに気づけたんだ。今度お礼するね」
イケメンスマイルで……って更正した敵キャラが言うような台詞だな、おい。
ユウガは俺に礼を言い終えると再度振り向き扉の前に立つ。
しかし、この時俺は忘れていた。
ユウガが勇者で、主人公で……ラッキースケベという能力を持っていることを。
ノックもせずに開けてずかずかと家に入っていったユウガの目に飛び込んできたもの、それは……着替え中のミカナだったのだ。
……あいつやっちまった。瞬時に状況を理解し俺は、ミカナに気付かれる前に隠れて中の様子を伺う。
「きゃーー……ってユウガ!? あんたノックもせずにいきなり……」
「ミカナ、ごめん!」
ユウガはミカナの両肩を掴み真っ直ぐ顔を見て謝罪している……ミカナ半裸だぞ……。
「いや、だから……」
「何も言わずに……僕の話を聞いて欲しいんだ!」
そこは言わせてやれよ。
……ユウガってやっぱ阿保だな。
仲直りする気あるのかあいつは?
「僕気付かされたんだ。僕がミカナに最低なことをしたって」
いや、今もお前最低なことしているけどな。
半裸の幼なじみ押さえつけて……ミカナが何か言おうとするたびに遮っているし……本当に何やってんだよ。
「ミカナは僕のことを昔から支えてくれていたのに……本当にごめん。謝って簡単に許せるようなことじゃないよね。でも、もし許してくれるなら……」
ミカナがユウガの謝罪に少し顔を赤くしている気がする。
あれ……なんか良い雰囲気じゃね?
このまま行けば……。
「僕のこと叱ってほしいんだ!」
あ……ミカナの顔色が戻って……って台なしじゃねぇか!
今俺は心の底から後悔している。……あんないらない助言するじゃなかったと。
「ふ、ふふふ……叱られたいですって? 着替え中、家にいきなり入って来て両肩押さえつけて。謝罪の言葉を並べてきたと思ったら…何、マゾにでも目覚めたの?」
「ちょ、ミカナ!? 違うんだよ、僕はミカナに謝りに……」
ミカナは不気味に笑いながら杖を持つ。
「言われなくても叱ってやるわよこの変態ユウガ!」
家から爆発音が響き、俺は逃げ出す。
……俺のせいじゃないよな?
まあ、ミカナの怒りが収まれば無事に和解できるだろう。
ミカナだって別に好きな相手なんだし半裸ぐらい見られてもそんなに怒らないだろうし、うん、大丈夫だ。俺は後ろから聞こえるユウガの悲鳴と助けを呼ぶ声を無視して走り出した。
それから逃げるようにして宿に戻る。
部屋に入ろうとしたら中から声が聞こえるので……扉を少し開けて覗いてみると。
「守り神様……とても凛々しいお姿です」
「おい娘、我輩にくっつき過ぎだぞ。それに、頬擦りもするな」
ティールちゃんがガイとじゃれてた。
そういえば家に来てたんだっけか、度重なる不運とユウガのせいですっかり忘れていた。
面白いので少し様子を見てみよう。
「ああぁ! すみません守り神様。無礼なまねをして申し訳ございません。すぐに私が触れた部分を拭きますのでお待ちを」
「いや、別にそこまでしなくてもいい。……あまり体を動かすな。まだ、我輩を庇った時の怪我も完治していないのだろう?」
「ですが……」
「娘……お前は身体も元々弱いのだから大人しくしていろ」
「……はい」
ティールちゃんはシュンと落ち込み持ってきた本を読み出す。
とても悲しそうな顔をしているティールちゃんを見ていたたまれなくなったのか、ガイが一言。
「……あまりベタベタ触らぬのなら、我輩の近くに来てもかまわんぞ」
ガイの言葉を聞くとティールちゃんは満面の笑みを浮かべ本が包んである風呂敷ごと移動する。
そして、ガイの隣にちょこんと座りこみありがとうございます、守り神様と言い読書を再開した。
何このラブラブな雰囲気……絶対俺いたら邪魔になるよね。
自分の借りてる部屋なのに入れないという謎な状況に陥った俺はティールちゃんが帰るまで町をぶらついていた。