一歩前進してみた
「ギルドを辞めてもらえませんか?」
「は!?」
おかしい。これはどういう状況なのだろうか?
俺はセシリアの住んでいる屋敷に招かれ、今いるのは彼女の部屋だ。
女性らしい清潔感のある部屋でお互いにベッドの上に座っている。
「……すみません。説明不足ですよね」
不足が多過ぎだと思う。どういう理由があってギルドを辞めてほしいのだろうか。
「今、勇者様によって魔王は倒されました。ですが、すべての魔物の脅威が去ったわけではありません」
まあ、そうだろう。
だから、俺は魔物の被害を減らそうとギルドで働いているのだが。
だが彼女は続けて言う
「……ですが脅威は魔物だけではありません。今度は人同士の争いが始まるかもしれないのです」
戦争というやつらしい。せっかく魔王が倒されて少しは平和になったというのに。
ファンタジーな異世界でも人同士の争いはやはりあるようだ。
「とくに、軍事国家であるガリス帝国ではすでに軍備を整え始めているという噂もあります」
「だけど、その話と俺の話どう関係があるんだ?」
「クラリネス王国含め、各国で優秀な人材を集める動きがあります。例えば、勇者様には各国の姫君や貴族の令嬢からの婚約の話が山のように来ています」
さすが、勇者くんだな。
中には政略ではなくガチなものも含まれているだろうが。
「勇者様だけでなく、私たち勇者パーティーにも来ていますが」
今聞き捨てならないことが聞こえた。
「君にも来ているのか!?」
彼女に詰め寄る。
「もちろん、来ていますが……断っていますよ。……って話の腰を折らないでください」
安心した俺は元の位置に戻る。
「つまりですね。今の時期に表だって有名になると、あなたも各国から狙われるようになる可能性があるのですよ」
「じゃあ、どうしろと?」
仮にギルドを辞めて、俺は何をどうすればいいのだろうか?
「ですから、私があなたを個人的に雇い、報酬を支払います」
確かにそれなら、ギルドで働くよりは俺の名が知れ渡ることが軽減されるだろう。
「……君にそんなに報酬が払えるのか?」
だけど、いくら彼女が貴族のお嬢様だとしても動かせる金には限界があるだろう。
「あなたの強さは間違いなく、ギルドでSランク以上になるでしょう。正直、そんな規格外の人間を雇えるほどの金額を私個人では動かせません」
まあ、惚れた弱みで格安で働いてもいいのだが、
そういうのを彼女は嫌うだろう。
「あなたは私に恋愛感情を持っているのですよね。ですから……その……」
彼女は自分の身体を抱きしめ、悲しそうな顔をする。……なるほど
「その先は言うな!」
俺は彼女が言おうとしていることを察して止める。感情が高ぶり、強い口調で言ってしまう。
「俺は君との恋を成就させたいと思っているけど、こんな形でじゃあない!……クックック、そうだ俺にはチートがある。他国から暗殺者だろうが、諜報員がこようが俺の敵ではない!色仕掛けなど論外だ。俺は今君しか眼中にないからな」
興奮して途中から厨二病が発症し、最後にはキメポーズまで決めてしまった。 俺の心の中が氷河期を迎えている頃、肝心の彼女の反応はというと
「……クスクス」
声を押し殺して笑っていた。
だが、我慢できなくなったのか、腹をかかえて笑いだした。
「……アハハハッ、ごめんなさっ……耐えられないです。プククッ……」
そのまま笑い続ける彼女。少し時間が経つと落ち着いてきたのか、深呼吸して呼吸を戻している。
「……ふう。ごめんなさい、まさかあんな回答してくるとは思わなくて笑ってしまいました」
「いや、俺も感情が高ぶって大分変なこと言っちゃったみたいで」
俺は必死に弁解する。その姿も面白いのかまた彼女が少し笑い出す。
笑いがおさまると何故か小声で耳打ちしてきた。
「あなたの前世が人間だという話、ますます信用しちゃいますね。こんなに面白い魔族いませんよ」
「え!?まだ俺の話信じてなかったの。……あと何で小声?」
少しショックだ。
信じていてくれたから俺のことを死んだことにしてくれたと思っていたのに。
「いえいえ。再度確認した、ということですよ。あと小声なのは、後日わかると思います。そういえば…………私がしようとした話。少しだけ私自身の願いでもあったのですよ」
……もしかして俺ラッキーチャンス逃した?
そのまま、固まってしまった俺を見てクスクスと笑う彼女がいた。
復活した俺と彼女は雑談をした。
時間が経ち、彼女の次の予定があるからということで帰ることに。
「今日は楽しかったです。また、今度会いましょうね。連絡しますから」
「俺も楽しかったよ。……あと、帰る前に最後に頼みがあるんだけど」
顔が熱い。大丈夫だろうか。断られないだろうか?
「何ですか?」
意を決して俺は言った。
「君のことセシリアってこれから呼んでいいかな?」
言った言ったぞ俺。
言い終わりさらに顔が熱くなる。
たぶん、俺の顔は今、真っ赤になっているだろう。 彼女は軽く微笑みを浮かべて
「いいですよ。私もヨウキさんって呼びますね」
よっしゃぁぁぁぁ!
俺は心の中でガッツポーズをとった。
「それでは、改めて。また会いましょうね、ヨウキさん」
「またな、セシリア」
俺は彼女の屋敷から帰路に着いた。
今、宿屋のベッドの上で寝転んでいるのだが、にやにやが止まらない。
セシリアとの関係が一歩進んだ気がした。そんな一日だった。 ちなみに次の日ギルドに行ったら質問攻めにされ揉みくちゃされたのはどうでもいい話だろう。
やりすぎた気がする……