好きな子の過去話を聞いてみた
「……で、あの騒動から少しは僧侶と何か進展があったのかしら? アタシはまずそれが知りたいわ」
飲み物をちびちび飲みながらミカナが俺に尋ねる。
レイヴンのことは後回しか……ならば俺の不幸話をしまくって恋愛トークなんて出来ない空気にしてやろう。
「ああ……実は何も進展がない。デートらしきこともお前の幼なじみに潰されたあれっきりだ」
「はぁ!? 何もしてないってあんた馬鹿じゃないの? あの僧侶がデートまでしたってことはあんたには少なからず好感を持っているはずなのに……」
ミカナは驚きと呆れが混じった表情をし、はぁ……と大きなため息をついている。
……正直心にぐさっと来たがこのまま一気にたたみかけよう。
「それに最近俺が馬鹿なことしたせいでセシリアを怒らせてな……母親に半月会うの禁止されちまったんだ……」
「うわ、あの僧侶を怒らせるとか……あんたすごいわね……」
ミカナは顔を少し青くしている。
どうやら、セシリアが怒った時のことを思い出しているようだ。
詳しい話を聞いて話題を恋愛から逸らそう。
それにこの反応……なんだか気になるしな。
「なぁ……俺はセシリアに何回も怒られたことがあるからイマイチお前やレイヴンの反応が納得できないんだけど……」
「……ということはあんたはまだ僧侶を本気で怒らせたことがないんじゃないの?」
「いや、前回は本気で怒っていたはずだ。それだけ馬鹿なことを俺はやらかしたからな」
セシリアが本気で怒っていたのは間違いない。
だけど、確かにセシリアのイメージには不釣り合いな怒気を纏わせ、冷たい視線を送られたが……思い出したら顔が青くなる程ではないぞ。
「……おかしいわね。ユウガがやらかした時の僧侶の怒りっぷりはすごかったはずなんだけど」
「……」
レイヴンは四品目の料理を食べながら首を縦に振りミカナに賛同している。
やっぱりやらかしたのユウガか。セシリアを怒らせるなんてそうとう馬鹿なことをやらかしたんだろうな。
人のこと言えないけど、何をしたのか気になるな。
「なぁ……勇者は一体何をやらかしてセシリアを怒らせたんだよ」
正直聞いてはいけない気がしたが、人間……今は魔族だけど好奇心には勝てない。
それにもうセシリアを怒らせたりしたくないから参考までに知っておきたい。
俺がそう質問するとレイヴンは頭を押さえ、ミカナは顔を真っ赤にして俺に話しだした。
「ユウガの馬鹿はね……着替え中だった僧侶の部屋に間違って入ったり、温泉に行っては露天風呂の時間をユウガが間違って僧侶と鉢合わせしたりと……そんなことが続いたのよ」
「なぁ、今日勇者はどこにいるんだ。ちょっくら半殺し……いや殺してくる」
「……!」
俺が席を立ち上がろうとするのを食事の手を一旦止め、押さえこんでくるレイヴン。
どうやら奴はラッキースケベという能力を持っていたみたいだ。
さすが勇者という肩書きを持っている主人公野郎だな。
だが、セシリアの着替えを見ただけでなく、風呂まで覗いたとなればいくら何でも黙っていられん。
俺はレイヴンの制止を振り切り立ち上がる。
今の俺の顔は般若になっているだろうな。
「ちょっと、落ち着きなさいよあんた! というかあんたみたいな一般人がユウガを殺せるわけないでしょ! それにまだ話の途中なんだから黙って聞いてなさい」
「……ちっ、わかったよ」
舌打ちをして俺は席に座る。
今の俺は人間のヨウキだったな。
魔王を倒した勇者が一般冒険者に倒されるなんて、問題になっちまう。
魔族ヨウキだったら、あんなハーレム勇者ボコボコにしてやるのに……。
「なんかあんたの後ろから禍禍しいオーラが見えるんだけど……ま、ユウガが男から恨みを買うなんて今更珍しいことじゃないし。話の続きだけど」
「それでセシリアがキレたんだろ?」
「ええ。だけど普通に怒る程度ね」
「は?」
「まあ、十分間の説教ぐらいかしら。……僧侶は基本怒らずに説教するパターンが多いから」
「そういえば俺の時も説教から始まったなぁ……ってあれ? それじゃあそこまで恐れる必要ないんじゃないのか?」
今まで俺がセシリアに怒られた程度なら、確かに恐かった時もあったが思い出したら顔が青くなるまではいかない。
「僧侶はその説教だけでユウガを許したわ……。人の間違いを怒鳴らずに叱ることができる……悔しいけど人間出来ていると思ったわ。だからこそユウガが一度本気でやらかした時は本当にもう……」
「一体何をやらかしたんだよ」
「ユウガは旅で寄った町村で女の子を無意識で虜にしていった……まあアタシも虜になったその一人なんだけど」
「別に何か問題あるのか?」
勇者にハーレムなんて、前世の世界じゃあ普通のありきたりな設定だ。
実際あんなイケメンで強くて名誉があってだろ?。
何処ででもフラグなんて自然に立ってしまうだろうに。
「大有りよ! 行く先々で女の子と仲良くなりまくるから、同じ村や町に滞在なんて三日が限度よ。それ以上滞在したらユウガ目当ての女の子が泊まっている宿に押しかけてくるのよ!」
「いやいや……全部勇者が悪いんだから勇者に全部責任とらせれば良かったんじゃね?」
「そのユウガが馬鹿だからアタシ達は迷惑を被ったのよ!」
「どういうことだよ?」
「ユウガは僧侶と違って無駄なところで優しいから女の子の誘いを断れないのよ」
「あー……なるほど。つまりさっさと村や町から出ないとたくさんの女性とデートの約束をしてしまい旅の予定に支障が出てしまうと」
ミカナはこくりと首を縦に振る。
勇者なのに足を引っ張るような行動をしていたとはな。
魔物とかより、自分に惚れた女の子の方が旅の障害になっているとか笑えるな。どんな勇者だよ。
「アタシが何回注意しても新しい町に着いて一日足らずで気がついたら、たくさんの女の子と知り合っているのよね」
「……まさかそれが理由で?」
ユウガがたくさんの女の子と知り合ったから怒ったのか?
嫉妬が理由でセシリアがユウガに怒ったとしたら……。
「なんかあんた勝手に勘違いしてない? 確かにそれが理由だけど僧侶はユウガに気があったから怒ったわけじゃないわよ」
「あ……そうなの」
「大体僧侶がユウガに気があるならあの二人とっくの昔に付き合ってるわよ」
「確かに……」
「まったく、話を続けるわよ。それで旅が中々予定通り進まないし、立ち寄った村や町でも充分な休息がとれない。ユウガのせいでそんなことが続いたある日、ユウガがついに女の子達に捕まって旅の予定が大幅に遅れたことがあって……」
もうそれはセシリアだけでなく、ミカナやレイヴン三人掛かりで怒っても良かったと思う。
というかそうしろよ……いやレイヴンは怒りたくても口に出せなかったのか。
「女性関係がだらし無いってことで僧侶が怒ったのよね。最初はいつも通り説教からだったのにユウガが余計なことを何回も言うから……」
セシリアはユウガへの説教中目も口も笑っていなかったらしい。
ただ淡々とユウガに対して説教を二時間程続けたそうだ。
その時の様子を見ていたミカナとレイヴンはまったく動けなかったとか。
「だから僧侶を怒らせるのも程ほどにしないと……大変なことになるわよ」
「……」
考えてみたら俺あの日セリアさんに助けられたんだっけ。
セリアさんが部屋に来なかったら俺もユウガと同じ目にあっていたかも。
まあ、そうなっていたとしてもあの日は俺が全部悪かったから、セシリアの怒りを真っ正面から受けていたけどな。
「さて、じゃあそろそろ剣士の話を聞かせて貰いましょ……」
ここでまた誰かの腹の音がなる。
俺は十品も食べたし、レイヴンも食事中だ、腹がなるわけがない。
ということは。
「……さっき腹を鳴らしていたくせに飲み物だけで済ませようとするからだ」
「五月蝿いわね。早く話を聞きたかったのよ、文句ある!?」
ミカナは顔を真っ赤にして俺に逆ギレをしてくる。
しかし、まあ良いタイミングで腹を鳴らしてくれたな。
タイミングが良すぎて笑いが込み上げてくるが、ミカナにばれるとさらに五月蝿くなるので口元を手で隠し笑いをこらえる。
ここでレイヴンが一口も手をつけていない料理二品をミカナの方へ寄せた。
「……もう……限界だ」
俺の耳元で掠れた声が聞こえる。
どうやら俺とミカナが話をしている間にレイヴンは一人でフードファイトをしていたみたいだ。
完璧な作戦がまさかこのような結果に繋がるとは……思いもしなかったな。
「レイヴンがその二品食べてくれだってさ」
「う……じゃあ遠慮なく」
そうとう腹が減っていたのか、ミカナはすごいスピードで料理を平らげていく。それだけ腹が減っていたということなんだろうが。
「……というかレイヴン、大丈夫か?」
食べ過ぎで口と腹を押さえているレイヴン。
この世界に胃薬はないのだろうか?
あったらすぐに買いに行くのだが。
「……大丈夫だ。少し休めば多分な」
「騎士なのに意外と小食なんだな……」
「いや、普段ならこれぐらいの量はなんともないんだが、ミカナにハピネスのことがばれたらと考えていたら食欲が失くなって……」
「精神力弱すぎだろ。……どんだけばれるの嫌なんだよ」
「……ミカナにばれたらユウガにも話がいく可能性が高い。そうなると絶対ユウガがなんらかの行動を起こすだろう……」
「あ……なるほど。確かに面倒なことになるな」
勇者イコール歩くフラグメイカーだからな。
フラグってのは恋愛フラグだけでなく、面倒事のフラグとかもあるし。
ハピネスを巻き込みたくないんだろう。
「それに……単純に恥ずかしい部分もあるしな。自分が好きな子のことを話すって」
「……」
レイヴンは少し紅くなった頬を指でかき恥ずかしそうに語る。
レイヴン……純情過ぎ。
なんだか、自分の恋愛も大事だけどレイヴンの恋がすごく応援したくなってきた。
「……ヨウキ、黙ったままだがどうした?」
「いや……レイヴン……頑張って幸せになってくれよ」
「……は?」
「ま、応援しているぞって意味だよ」
戸惑うレイヴンをよそに俺は勝手に会話を終わらせる。
さて、こそこそと話しをしている内にミカナはもう食事を終えていたようだ。
俺達が話し終わるのを待っていたらしい。
「で……結局剣士の恋愛話は?」
「なしで」
「はぁ!? なんでよ!」
腹がいっぱいになり満たされたのだからつんけんしないで欲しいものだ。
だが、俺は絶対にレイヴンのことは話さないぞ。
「俺がレイヴンの純愛を守る!」
ミカナだけに聞こえるようにそう断言する。
いつの間にかまた厨二スイッチが入っている俺であった。
「……なんでアタシが勝手に悪役みたいになっているのよ!」
「違うのか?」
「違うわよ。アタシだって剣士の力になりたいと思って……それに」
「それに?」
「ア、アタシも最近ユウガのことでうまくいかなくてどうしようか悩んでて……。相談に乗って貰おうかと……」
「「…………」」
会話の最後になればなるほど声が小さくなり、最後の部分はかろうじて聞きとれるぐらいの声量だった。
おいおい……まさかの恋愛相談かよ。
俺もレイヴンも急な展開に思考が追いつかず固まってしまった。




