交渉してみた
「どうにかならないか、報酬は弾むぞ」
「いや、その金を治療院に回せよ」
「ぐっ……」
最終手段の依頼もダメだと。
いや、クレイマンになら多少事情を話しても大丈夫だ。
もう少し粘ってみよう。
俺は引くつもりはないので、どかっと音を立てて椅子に座り交渉することにした。
「実は介助してほしい相手がさ。蒼炎の鋼腕なんだよ」
「あー……そういえば最近、姿を見かけなかったな。介助ってことは怪我だろ。討伐依頼なんて受けてなかったはずだが……」
さすが副ギルドマスター、冒険者の依頼事情を把握している。
怪我の理由は後で説明しよう。
まずはこのままだと非常に良くないということを分かってもらわないと。
「蒼炎の鋼腕は俺とセシリア共通の知り合いでな。ちょっと関係が複雑なんだが」
「複雑?」
「元恋敵っていう」
「おい、もう面倒そうな雰囲気が出てきたじゃねーか」
俺はもう聞かないぞと耳を塞ぎ始めた。
そんなことは許さないと受付に身を乗り出して耳を塞いでいる腕をどかす。
「それでな。この前の結婚式の日、帝国の勇者ミラーが攻めてきたのは知ってるだろ」
「ああ。そいつのせいでソフィアが最近、疲れた様子で帰ってきているからな。教育係に任命されたとか……だったか。どうにも手強いらしくてよ。全く、ソフィアに迷惑をかけやがって……」
ちょっとクレイマンの目が怖い。
面倒臭がり屋なクレイマンだが、この様子だと長引いたらミラー教育業務に参戦するのではないか。
気になるところではあるが、今はソレイユの話だ。
「ソフィアさんなら大丈夫だって。ユウガも付いているんだしさ。自慢の奥さんを信じようぜ」
「まあ……何かしんどかったら相談してくるだろうしな。それで、その帝国の勇者がどうした」
「ユウガがミラーを撃退したって話になってるけど。ユウガが着くまでの足止めをしていたのが蒼炎の鋼腕なんだよ」
「成る程な。それで怪我を……いや、だから治療院に行けよ!」
「だから、事情があって行けないんだって」
結局、話が戻ってしまった。
治療院に行くのは無理だから、俺とセシリアの家にいるんだよ。
「蒼炎の鋼腕は俺以上に正体を知られることを恐れていてな。治療院に入院するとなったら、マスクや衣装は脱がないといけないだろう。だから、治療院には入院できない。最低限動けるようになるまで信用できる誰かに介助してもらわないといけないんだ」
「それで依頼を出すってか……あー、お前あれだろ。知り合い全員に断られて苦肉の策でギルドに来たな?」
「せ、正解……」
「はぁ……」
深いため息をつかれてしまった。
仕方ないだろ、頼れるところがもうここしかないんだから。
「あのな。確かに介助の依頼を出すっていうのは悪くねぇ。高額な金を出せば正体の詮索をしないっつー条件も守るだろうよ。……だけどな、そんな怪しい依頼を受ける冒険者いねぇだろ」
お前なら受けるかと言われて黙ってしまった。
確かに相手の詮索はなし、高額の達成報酬とか怪しい臭いしかしない。
「でも、相手はあの蒼炎の鋼腕だぞ。結構、名が知れてるし怪しむことはないんじゃないか」
「ランクの高い冒険者は見る限り怪しい依頼にいきなり飛びつかねぇ。蒼炎の鋼腕の名が知れていたって同じことだ。逆に低いランクのやつらだとな。絶対に正体を知ってはいけないっつー条件を付けるなら、信用度が足りなくて任せられねーんだよ」
「もう無理じゃん、それ」
最終手段の依頼を出すというのも駄目か。
これ以上の策は……いや、一つだけある。
ソレイユの恩に報るためにも、やらねばならん。
「別居か……」
「は?」
「俺が宿を借りて蒼炎の鋼腕が回復するまで一緒に住んで介助する。いや、別居は言い過ぎか。往復すれば良いんだ。そうすればセシリアとの夫婦生活も満喫できる」
我ながら名案だな。
早速、家に帰ってセシリアに相談しよう。
俺はギルドを出て家に向か……おうとしたところでクレイマンに肩を掴まれた。
「いやいや、ちょっと待てって。お前、新婚なのにそんな生活するのか!?」
「蒼炎の鋼腕が最低限、動けるまでならセシリアも納得してくれる……はず」
セシリアもソレイユに恩を感じているからな。
今回ばかりは……納得してもらうしかないんだ。
「お嬢様が納得っつーかよ。お前、今の自分がどんな顔をしてるか分かるか?」
「鏡がないから分からん!」
「辛いんだか悲しいんだか、感情がごちゃごちゃになってるのが丸分かりなんだよ。……俺は話を聞いただけの第三者だけどな。そのやり方は誰も救われねーぞ」
「だけど、もうこれくらいしか方法が……」
「まあ待て。まず、一つ確認させろ。蒼炎の鋼腕は男で間違いないな?」
突然、蒼炎の鋼腕の性別の確認をしてどうするんだ。
そもそも、この確認必要だろうに。
「声を聞いたことあるだろう。男だよ」
「よし、分かった。俺がどうにかしてやる」
急にクレイマンが協力的になった。
しかし、依頼を出しても無理っていうのはさっきの会話で証明されたよな。
依頼を出さない、クレイマンがどうにかするってことは。
クレイマンが蒼炎の鋼腕の介助を……。
「おーい、シエラ。ちょっと来てくれ」
受付業務がちょうど終わったシエラさんを呼び出すクレイマン。
流れ的に蒼炎の鋼腕の介助をするために自分の仕事の引き継ぎをする感じか。
「何かありましたか副ギルドマスター」
「おう。お前まだ一人暮らしだったよな」
「ええ。副ギルドマスターと違って相手のいない一人暮らしですけど、何か?」
シエラさん、語尾の圧力が強いって。
クレイマンも呼び出して急にその質問は良くない。
シエラさんが冷えた視線をクレイマンに向けていたが、俺に気づくと。
「あっ、今日はヨウキさんですね。依頼の受注ですか」
ヨウキで来たり黒雷の魔剣士で来たりするからこんな反応されるんだよなぁ。
「今日はちょっと依頼ではなくて」
「そうですか。そういえばご結婚おめでとうございます。聖母様との結婚ですよね」
「あ、ありがとうございます」
「良いですね、新婚。相手がいるって幸せですよね」
羨ましいなぁ……と天井を見つめるシエラさん。
この人、こんなキャラだったっけ。
恋人探しているのはクレイマンとの会話で察してはいたけどさ。
クレイマンの無茶振りを何だかんだでこなせる、有能受付嬢なイメージだったんだけど。
彼氏募集中の独り身受付嬢か……美人だしモテそうなんだけど。
「お前は酒癖を治さねーと無理だろ」
「や、辞めてくださいよ。そんなことないですから。あの、副ギルドマスターの言うことなんて信じなくて良いですからね!?」
「すみません。俺、前にシエラさんとクレイマンが似たような会話をしていたのを聞いた覚えがあって……」
終わった、と呟いたシエラさんの表情が死んだ。
どう酒癖が悪いのか知らないけど、相当なんだろう。
聞かない方が親切というやつだな。
精神的にダメージを負ったシエラさん、立ち直るのは難しそう。
虐めるために呼んだわけじゃないよな。
「さて、本題に戻るぞ」
「私、自分の席に戻っていいですか」
「それじゃあ、シエラに仕事な」
「だめなんですね。分かりました。私は何をすれば良いですか」
「お前、蒼炎の鋼腕の介助しろ」
「えっ」
「えっ」
俺とシエラさんの声が重なった。




