結婚してみた
ようやく辿り着きました……
式場からほとんど参列者がいなくなってしまったものの。
セシリアは俺が約束を守ったということで満足しているらしい。
俺としてはとても嬉しい言葉なのだが……本当にそれで良かったのか。
セシリアは魔王を倒した勇者パーティーの一人として民衆から絶大な人気を誇る聖……母様だ。
誰にでも分け隔てなく優しい人格者で歴とした貴族でもあるのに。
「ヨウキさん。どうかしましたか?」
「えっ、ああ、いや……」
手を取ったまま、考え込んでしまった。
思考に時間を使ってる場合か、今は言うべきことがあるだろう。
「ドレス、すごく似合ってるよ」
「ありがとうございます。ヨウキさんもタキシード、似合ってますよ。ヨウキさんと言えば黒い衣装を思い浮かべますけど、白も新鮮味があって良いですね」
「そ、そうかな」
デュークたちは笑いを堪えていたのに。
セシリアは笑うのではなく、微笑んでくれるんだな。
嬉しすぎて涙が出そうだが、泣くのはまずい。
表情が見えないように右腕で顔を隠して……感謝の言葉を伝えよう。
「本当に……ありがとう……」
「そこまで重く受け止める程のことではないかと」
少し引かれてしまった。
事情を知らないセシリアからしたら、大袈裟過ぎたか。
「俺にとってはそれ程のことなんだよ。……それじゃあ、立ち話はこれくらいにして行こうか」
「はい」
セシリアと腕を組み、ゆっくりと席へ向かって歩く。
一歩一歩、進んでいく度に心臓の鼓動が速まっていくのを感じる。
セシリアとの結婚が目前に迫ってきているからか。
今更、緊張してどうする俺。
「大丈夫ですよ、ヨウキさん」
「えっ」
「私も緊張してますから」
「そうなんだ……って、なんで俺が緊張してるって分かったの?」
「腕を組んで一緒に歩いているんですから。パートナーの状態くらい分かりますよ」
当たり前のように言わないでほしい。
大した事をしてないと言わんばかりの表情。
くっ……俺だってセシリアの小さな変化くらい気づけるぞ。
「感覚強化、聴……」
「今、必要ないですよね」
「はい」
ズルはなしということだな。
まあ、勝負しているわけではないし、あまり意識しない方向で行こう。
でも、やられっぱなしっていうのはなぁ。
「緊張って言い方よりさ、ドキドキしてるっていう方がこの状況に合ってたりしない?」
「それは……そう、かもしれませんね」
「ちょっとだけ視線を逸らしたセシリアがかわいい」
「止めてください……」
想像以上の反応をもらえたので追撃はなし。
ドキドキしたまま、新郎新婦の席へと到着。
そして無言の時が流れた……いや、どうしろと。
本来なら親類の言葉……俺ならデュークたち、セシリアならセリアさんとか。
ケーキ入刀とか余興とかあったんだろうけど。
いきなり指輪交換して誓いの……キスをするのか、してしまうのか。
それで良いのか俺よ。
「ヨウキさん」
「うん?」
段取りを考えていたら、セシリアに先を越されてしまった。
ここからどうするか提案される、そう思っていたんだけど。
「私はこれで充分ですから」
「えっ」
「入ってきた時に考え事をしていましたよね。おそらく、私に気を遣って」
まさかのそこを掘り返しに来るのか。
完全に予想外……何もかもお見通しすぎじゃないか。
そうです、と肯定しにくいんだけど。
セシリアは確信を持ってるみたいだし、下手に言い訳しても意味はないな。
「まあ、ね。俺的にセシリアの身分や功績を考えたらもっと沢山の人に祝福されるべきじゃないかって思ってさ。こんな身内や知人がほとんどいない結婚式に……」
「ヨウキさん」
名前を呼ばれただけなのに言葉を止めてしまった。
説教を受けているわけではないのに、不思議と叱られたような気分だ。
セシリアにとって気分の良くないことを言ってしまったのか。
「確かに沢山の人に祝われるのはとても光栄なことです。嬉しくないと言えば嘘になるでしょう。ですが、私にとって一番嬉しかったことはヨウキさんがいてくれたことなんですよ?」
「俺?」
「はい。正直、結婚式中に色々と事件が起こり、自分が解決すれば良いと飛び出していったのではないかと心配していたので」
「あ、あはは……」
「その反応を見るに考えていましたね」
全く……と少しだけ呆れ顔のセシリア。
こればっかりは誤魔化しようがない。
「この誰もいない式場は集まってくれた皆さんが私たちのために動いてくれたから……で合ってますね?」
「その通りだよ。俺は行こうとしたらデュークに仲間を頼れって言われてさ。そこからは自分の役割を見つけていなくなる参列者達……的なやつ」
「本当に皆さんには感謝の気持ちでいっぱいですね。後日、お礼をしなければなりません」
「一緒にお菓子でも作ろうか」
「手作りですか……そうですね。もう本格的に一緒に住み始めますし。手の込んだ物を二人で作って渡しましょう」
何を作りましょうかと思案顔なセシリア。
一方、俺は今のセシリアの一言が嬉しくてたまらず、表情に出さないように堪えていた。
今まで半同棲状態だったとはいえ、明日から本格的にセシリアと二人暮らしが始まると。
意識したらこう……くるものがあるわけだ。
結婚式の翌日、二人でのお菓子作りが夫婦初めての共同作業になりそう。
それができるように……やるべきことをやらないとな。
「セシリア、こっち向いて」
声をかけると思案中だったためか、少し驚きながらもこちらを向くセシリア。
大事な場面だ、はっきりと伝えねば。
「愛してます、俺と結婚してください」
プロポーズの時に言う台詞みたいだが。
結婚式と言えば誓いの言葉、牧師もいないこの状況。
それでも、自分なりの言葉で伝えるんだ。
これは俺から言わないとならない。
セシリア、受け入れてくれ、頼む。
今更祈る必要なんてなかったのか、セシリアは満面の笑みを浮かべて。
「私も愛していますよ、ヨウキさん。結婚しましょう」
出会った時みたいに玉砕することはなく。
お互いの気持ちが通じ合ったことを確認したところで、俺たちは自然と距離を近づけ……キスをした。
誓いの口付けってやつだろうか。
初めてなわけでもないのに、離れて顔を合わせるとお互いに照れ笑いして下を向く。
「……これで、夫婦になったってことで良いのかな」
「手続きとか、済ませないと正式な夫婦ではないかと思います」
「外聞的なやつじゃなくてさ。その……」
心情的な意味合いで言ったんだけど。
そこをつっこむのは止めておこう。
セシリアもきっと分かってるはずだし。
「いや、いいや。しっかりと手続きも終わらせてさ。公表すれば良いよね。俺たち結婚しましたって。ふっ、我が最愛のセシリアと共に俺は生きるっ!」
最後に厨二スイッチ入れておこう。
結婚したら、多少セーブしないとならないし。
独り身じゃなくなるなら、ある程度の落ち着きを持たないと。
「ようやくヨウキさんらしさが出ましたね。今後も適度に自分らしさを出して頑張りましょう」
「適度になら出して良いの?」
全面的に反対すると思っていたんだけど。
「結婚したからって束縛する気はありませんよ。もう黒雷の魔剣士の正体をばらしていますし……溜め込みすぎて何かのきっかけで爆発するのも良くないですから」
厨二スイッチがセシリア容認になっただと……?
黒雷の魔剣士はこれからもミネルバで活動して良いのか。
「依頼は迅速かつ完璧に遂行する……それが黒雷の魔剣士」
「まさかセシリアが俺のものまねをするとはな。しかも決めポーズ付きで」
非常に珍しい物を見れたな。
ウェディングドレスでもびしっと決めている。
これはセシリアとコンビで行けるんじゃないか……。
「ヨウキさんを喜ばせようと私なりに頑張ったご褒美だったんですけど」
「もう一回、もう一回!」
「ま、また今度で……」
「よし、約束。誰もいない二人きりの時にね。今は二人きりじゃないし」
「えっ?」
「うん?」
何か俺変なこと言ったかな。
セシリアの頭からクエスチョンマークが出ているように見える。
「あの、ヨウキさんが言いましたよね。誰もいないって」
「いいや。俺はほとんどいないって言ったけど」
誰もいないとは言ってない。
ちゃんと俺たち以外にも一人だけいる。
「なあ、ガイ」
「うむ」
「ガイさん!?」
セシリアが驚愕の表情を浮かべながら、後ろを振り向く。
そこには祈りを捧げる修道女の像……になったガイがいた。
デュークはスカーフを巻いてどうにか誤魔化したけど、ガイはどうにもならなかったからな。
一人だけ参加させないなんてありえない。
ガイ本人は気を遣うなと言ってくれたが、俺が嫌だった。
どうにかならないかと悩んだ結果、原点に戻ることに。
式場に置かれていても違和感がないような石像を考え、久々の加工をして先日の夜中に配置した訳だ。
元々、ここには石像が置かれており、交換した形になったので式場スタッフも気づかなかったと。
「いつまでじっとしていれば良いのか分からなかったからな。声をかけずに待っていたのだが……先程までの会話は我輩が聞いても良いものだったのか?」
「何言ってんだよガイ。誓いの言葉は元々、皆の前でやる予定だったんだから大丈夫に決まってるだろう。な、セシリア……」
セシリアにも同意を求めようとしたら、両手で顔を隠していた。
えっ、聞かれたくなかったの。
「ヨウキさんだけだと思っていたから、まねをしてみたんですよ……」
「ま、まじかぁ」
セシリアに厨二スイッチはまだ早かったようだ。
「我輩は悪くないからな。あのような雰囲気を出されて声をかけれる程、我輩は図太くない」
「そ、そうだな。うん、ガイは悪くないし。セシリアのものまねは完璧だった。それで良いじゃないか」
「良くありませんよ」
綺麗にまとめようとしたのだが失敗した。
勢いだけでセシリアは説得できないよなぁ。
「よし、こういう時は食べて忘れよう。幸いにも料理は沢山あるし」
本格的に結婚式が始まる前に皆いなくなってしまったから、飲み物も料理も余ってるんだよな。
……これ、俺とセシリアだけで片付けるのか。
「結構な量だな」
「ですね」
セシリアも引き気味だ。
いや、無理だろ、どう考えても。
「それで。これから何か始まるのか。我輩は何も知らないのだが……まさか、これで終わりなのか」
「そんなことはない、けどさ」
「終わりじゃありません。ここから始まるんです。ですよね、ヨウキさん」
セシリアが俺に手を絡めてきた。
うん、そうだな。
終わりじゃない、始まったばかりだ。
「当然だ。こんな早く終わりは来ないって」
「さすがヨウキさんです。そこで提案なのですが……皆さんを呼び戻しませんか」
「皆を?」
「はい。私とヨウキさんも力を合わせて問題を解決して……皆さんを連れて式場に戻ってきましょう」
「それ賛成!」
やっぱり皆に祝ってもらうのが良いもんな。
予定も決まったし、早速動こうとセシリアを抱き上げようとしたのだけど。
セシリアが俺の腕を身を捩って避けた。
ここにきて嫌がられるのはショックなんだが。
呆然としていると手を絡められて引っ張られた。
「途中まで一緒に歩いて行きましょう。せっかくの夫婦の門出なんですから。最初から荷物になってられません」
「そういうことか。うん、わかった。行こうセシリア」
「はい」
セシリアに歩幅を合わせて一緒に歩く。
依頼が多い、貴族が殴り込み、他国の勇者襲来……俺とセシリアで協力して全て解決するぞ。
「我輩は一人で留守番なのだな……」
ガイの寂しげな呟きが聞こえた。
すまん、もう少しだけ待っててくれ。
ガイに申し訳なさを感じつつ、二人で式場を出た。
後日、ミネルバ中を飛び回り様々な問題を解決して回る花嫁花婿が話題となり。
歌を作られるわ、劇になるわと。
嬉し恥ずかしな物がまた追加されることとなった。