好きな子から説教されてみた
好きな子の部屋で二人きり。
普通の一般男子ならドキドキして魅力的なシチュエーションだと思う。
しかし、今の俺は違う。
確かにドキドキしているが、青春時代に味わうような甘酸っぱいドキドキではない。
何が起こるのかという恐怖心が襲い心臓が高鳴る。
今の俺はそんな状態だ。
「……ヨウキさん、何か言うことはありませんか?」
床に正座している俺に対し、仁王立ちして上から見下ろしているセシリア。
部屋に入ると必然的にこのような形になった。
正座してから怖くて何も言わない俺を見て、セシリアが言葉に怒気を纏わせて、冷たい視線を向けて言い放つ。
「はい、すみませんでしたっ!」
すぐに頭を下げて綺麗な土下座をする。
これで許されるとは思えないが謝る誠意を見せた方がいいだろう。
頭を下げたまま、目線を上げてセシリアの表情を窺うと無表情のままだ。
「どうして急に謝るんですか。何か悪いことをした自覚があるんですか?」
土下座をしたらこの返答。どうやら俺が犯した罪を語る必要があるようだ。
頭を上げて俺が謁見の間でしでかしたことを述べる。
「謁見の間で告白したこと……」
「自覚はしているんですね。では何故それが悪いことだと思いますか?」
「えっと……非常識だった……かな」
「そう。非常識です。……別にヨウキさんが嫌いとかそういう話ではありませんよ」
良かった、嫌われてはいないようだ。
かなり怒ってはいるが。
「あのような場で人に想いを告げるということが非常識だとあの時どうして……」
「……思わなかったんだろうな」
「言う前に頭の中で変だと少しも思わなかったのですか? 」
あの時頭の中はご褒美という甘美な響きと欲望しか渦巻いていなかったなあ。
こんなこと言ったら説教が長くなるだろうから絶対言わないけど。
「……ちょっとは思ったけど、つい」
「つい!?」
やばい、言葉の選択をミスった。
セシリアは驚愕の表情をし俺の言葉を繰り返す。
「……ヨウキさん。もう少しお話しましょうか」
「……はい」
額に青筋を立てて怒りをあらわにしているセシリアに俺は頷くことしかできなかった。
この状態のままセシリアの説教は三十分ほど続いた。足の痺れとセシリアの説教と戦っていると部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「セシリアー帰って来ているの?」
扉の向こうの声から判別するとセリアさんだと分かる。
セシリアが冷めた声で「はい」と答えると扉を開けてセリアさんが入ってきた。
「帰ってきたなら声くらい……これはどういう状況かしら?」
「ヨウキさんに説教中です」
「あら……何があったの?」
セシリアがセリアさんに事情を説明する。
その間俺は正座をしたまま親子での責めが来るんだろうなぁと思い俯いていた。
「それはヨウキくんが悪いわねぇ」
謁見の間で起こったことを説明し終えるとセリアさんも加わって説教が再開された。
「セシリアは女の子なのよ。告白されるにしても雰囲気とかそういうものが肝心じゃない」
あれ? そういう話?
「あの、お母様……私が怒っているのはそういう理由では……」
「いいからセシリアは黙っていなさい! 大丈夫、お母さんはわかっているわ」
わかっていないと思いますが。
セシリアを黙らせたセリアさんが膝を折って正座している俺に目線を合わせ、肩をポンと叩く。
「ヨウキくん、私はね。告白は雰囲気と時機がとても大事だと思うの」
「は、はぁ」
「時機はともかく、大勢の人間がいる謁見の間なんて場所じゃ雰囲気もへったくれもないわ。そんなんじゃセシリアが良い返事してくれるわけないでしょう!」
「は、はい。おっしゃる通りです」
セシリアは完全に蚊帳の外で行われる俺へのダメ出し。
俺はセリアさんの迫力に耐えられず首を縦に振ることしかできない。
「まったくもう。そんなんじゃ他の男にセシリア取られちゃうわよ!? ヨウキくんはそれでもいいの!?」
「それは嫌です!」
セシリアが他の男とウエディング……考えるだけで血の涙が出そうだ。
もし、そんなことになったら魔族化した姿で相手の男を襲いに行くかも……。
「今何気に恐いこと考えているでしょ。セシリアと付き合い出した男を襲おうとか」
「何で分かるんですか!?」
「うふふ……大人をなめちゃ駄目よ。でもそういう考えを持っても良いと私は思うわ」
「お母様それは駄目かと……」
今までだんまりだったセシリアが意見してきた。
思っておいて何だが俺もセシリアと同意見だ。
「あら、何が悪いのかしら。それだけ愛されているって証だと私は思うのだけど?」
「「……!」」
セリアさんの言葉を聞き俺とセシリアは目を丸くする。
そんな感じの愛し方でも良いのかな。
精神年齢は無駄に高いくせに恋愛経験が皆無に等しい俺には分からない。
「二人には愛の話は少し早かったかしらね。でもいずれは必要になるのだから少しは勉強しておいた方が良いわよ」
「……そんな重い愛はちょっとどうかと思いますが、ねぇ?」
「確かに……」
セシリアに同意を求められ、同意する。
「……ヨウキさんは大丈夫ですよね?」
「いやいや、俺のこと疑ってるの? 」
ヤンデレに興味はないんだけどな。
「しかし、先程お母様と話していた時に良からぬ妄想をしていたと……」
「いや、さっきのはだから、その……」
そんな俺達のやり取りを見てセリアさんがくすくす笑っている。
何が可笑しいのだろうか。
「お母様……どうかなさいましたか」
「セリアさん、何で笑って……?」
「くすくす……だってあなた達さっきまで説教してされてだったのにもう仲直りしているんだもの」
「「あっ……」」
さっきまで怒られてたのにいつの間にか普通にセシリアと話していた。
セシリアも何故普通に会話してしまったのか分からないようで、首を傾げている。
(二人共相性は良いのよねぇ。ヨウキくんが空回り気味なのと、セシリアが真面目すぎるのが二人の関係が発展しない要因かしら? まあ、今回はヨウキくんが悪いかしらね)
セリアさんがそんなことを思っているとは知らずにあたふたしている俺とセシリア。
「はいはい、二人共落ち着いて〜。……結局、ヨウキくんもセシリアも仲が良いってことで今回の話は終了ってことでいいかしら?」
そんなオチでいいのだろうか。
俺からしたらありがたい話だが、セシリアはどうなんだ?
表情を見るとあまり納得はしていないようだ。
でも、先程よりは穏やかな表情をしているので多少怒りは収まったことが分かる。
「……今回だけですよ」
「あ、ありがとう。今度からは時と場を考えた言動をするようにするから」
セシリア本人からも今回だけは見逃してくれるみたいだ。
考えてみたらセリアさんは俺とセシリアを仲直りさせるために会話に参加してきてくれたのかもしれない。
セリアさんの方を見るとパチリとウインクをしてきた。
仲直りできて良かったわねという意味だろう、きっとそうだ。
俺が勝手な解釈をしていると、「あっ」と言う声が部屋に響く。
「でもさすがに今回の件はヨウキくんに少し反省してもらわないといけないわね。ヨウキくん、今日から一ヶ月セシリアに会うの禁止ね。少し女の子のこと勉強した方が良いわ」
「えっ」
まさかの天国から地獄である。
一ヶ月はないだろう、一ヶ月は。
「セ、セリアさん。せめて半月にしてください」
「駄目よ」
「そこなんとか、お願いしますっ!」
本日二回目の土下座である。
好きな子に会うためなら土下座なんていくらでもできる。
これぐらいしないと俺の本気が伝わらないだろうし。
「あの……お母様。ヨウキさんも充分反省しているようですしそこまでしなくても……」
「あら、セシリアもヨウキくんと会うのに一ヶ月は待ち遠しくなっちゃうのかしら」
「えっと……そのですね……」
可愛らしくモジモジしだした。
うわ、セシリアのこんな姿なんてめったに見れない光景だ。
セシリアをガン見してその姿を脳裏に焼き付ける。
「うふふ、じゃあ半月でいいわ。そのかわり次に会う時はセシリアにしっかりした態度でね」
「しっかりした態度……?」
分からん、どういう意味だ。
「ヨウキくんなら分かると思うわよ。じゃあ、そろそろお開きね。ソフィアーいるかしらー?」
「お呼びでしょうか奥様」
セリアさんが両手をパンパンと叩く。
すると十秒もしない内にソフィアさんが現れた。
思ったんだけど忍者とあまり変わらないようなスキルをソフィアさんは持っている気がする。
「いいえ、メイドの嗜みですよ」
「読心術!?」
「口に出ていましたよ。奥様、用件は何でしょうか」
「ヨウキくんがもうお帰りになるみたいだから、門まで案内してあげてくれるかしら?」
「かしこまりました。ではヨウキ様、ご案内致します」
案内とは名ばかりの強制退去ですね、わかります。
ソフィアさんはむんずと俺の首根っこを掴み引きずる。
案内ってこれおかしくね?
俺が何か言っても現状は変わらないと思うから口には出さない。
「あとシークくんはもうしばらく預からせて貰うわね〜」
誘拐犯チック口調は直ったが、やっていることは変わらないな。
まあ、俺は助かるからいいけど。
ズルズルと引きずられながらそんなことを考えられる俺は肝が据わっていると思う。
「ヨウキさん、また会いましょう」
セシリアが手を振ってきたので俺も手を振る。
次会う時はセリアさんの言うしっかりした態度で接することが出来れば良いなぁ。
そんなことを思いながら俺はアクアレイン家をあとにした。