追い詰められてみた
俺とセシリアの食事の手が止まった。
ソレイユの口から無視できない言葉が放たれたからだ。
俺がこの国の人間ではない、と確信を持っているように見える。
いつ、ボロを出したんだ俺は。
「何故、という顔をしていますね。まず、今日の依頼。ヨウキは僕が講義中……特にクラリネス王国の歴史について、話していた時でしょうか。まるで初めて聞いたような頷きを何度もしていましたよね。算術や地質学ではそのような素振りはなかった。学がないわけではないのに歴史分野だけその反応はおかしいですよね」
ソレイユのやつ、今日一緒に依頼を受けただけでそんな推理をしたのか。
レストールくんへ講義している間、俺のことも観察していたと。
俺が壁と友達になっている間も見られていたのか。
……ちょっと恥ずかしいんだけど。
「確かにヨウキさんの持ってる知識には偏りがあります。しかし、それだけでヨウキさんがクラリネス王国出身ではないと決めつけるのはいささか早計かと」
己の無力を再度思い知り、頭を抱えている俺に代わってセシリアが対応。
俺がするべきなのに情けない。
まあ、俺ではソレイユと舌戦したらボロを出してしまいそうだし。
セシリアに任せるのもありか。
「セシリアさん、僕はヨウキがこの国の人間ではないこと以外にあるんですよ。彼の秘密、そして、セシリアさんとの出会いについて確信していることが、ね」
「ヨウキさんの秘密や私との出会いですか。誰にでも秘密の一つや二つはありますからね。それに私とヨウキさんとの出会いについては劇場で演劇が公演されています。もちろん、全てが事実ではありませんが、大まかな流れは間違っていませんよ」
「……それは僕もわかっています。別にヨウキの秘密を暴こうとしているわけではありません。セシリアさんとヨウキの思い出を汚そうとしているわけでもない」
なら、どういうつもりなんだ。
ソレイユが嫌なやつではないことはそこそこの付き合いでわかっている。
セシリアからの情報でソレイユの身元の確認だってできているし。
何より……黒雷の魔剣士に憧れて蒼炎の鋼腕になる男だぞ。
厨二魂を持つ者に悪人はいないからな。
「僕なりに突き止めたことが事実なのか知りたいだけです。そう……黒雷の魔剣士ヨウキについてね!」
言い切ったところでポーズを決めてきたソレイユ。
それ、俺の決めポーズだぞ。
いくら厨二魂を持っているとはいえ、勝手に使うのは許せん。
「おい、ソレイユ。俺の決めポーズを無断使用するのは良くないんじゃないか。ちょっと別室で事情をだな……」
「話がややこしくなるので後ほどで良いでしょうか。それと今日の料理は全て自信作なんです。冷めない内に食べてください、ヨウキさん」
「……はい」
セシリアに命じられたので大人しく料理を食べることに。
全て自信作らしいので絶対に残さず食べるぞ。
もちろん、普段から残してないんだけどさ。
取り皿に料理を盛る俺を無視してソレイユの話が始まった。
「劇ではセシリアさんが心の傷を理由に部屋から出なくなったヨウキを説得して外に連れ出した……ということになっていますね」
「そうですね、多少の脚色はありますが。私がヨウキさんに手を差し伸べたのは紛れもない事実ですよ」
確かに俺はセシリアから手を差し伸べてもらって、魔王城から外に出る決心をした。
振られて自暴自棄になり、もうどうでも良くなった俺に手を差し伸べてくれたんだよなぁ。
セシリアとの出会いを思い出しつつ、パスタを頬張る。
トマトパスタっぽいなぁ、あっさりしていて美味い。
「黒雷の魔剣士であるヨウキが部屋から出ない。僕はそこに疑問を感じました。彼の性格、実力からして心の傷を負うような場面はかなり限られてくるはずだ」
「ヨウキさんは自分のしたことを思い出して一人で悶えていることもあるんです。意外かもしれませんが結構、繊細だったりするんですよ」
昔は厨二スイッチがオフになったら、あまりの羞恥に耐えきれなくて一人反省会やってたっけ。
懐かしさを感じつつ、シチューを一口。
じっくり煮込んだのか、肉が柔らかい。
数種類の野菜も入っていて栄養も考えられてる。
セシリアの気遣いと優しさが込められた一品だ。
俺好みの味付けだし……これは何杯でもいけるぞ。
「それでも依頼を迅速かつ完璧にこなす……黒雷の魔剣士、ヨウキが度々口にしている言葉です。おそらく、これは格好良いから……とか安直な理由で口にしているのではない。ヨウキには背負っている過去があるはずです」
そんなものはない。
魔王城では外に出ずに引きこもって上司に迷惑をかけていたかもしれないが……それは人を襲いたくないから。
迷惑をかけたと言うならばセシリアかな。
勝手に行動して心配をかけ、突然、デュークたちを連れて屋敷に押しかけて、国王の前で告白もした。
背負うものがあるとしたら、セシリアに色々……。
「ほら、ヨウキの顔を見てください。思い詰めた表情を必死に隠そうとしているでしょう」
ここで俺の顔を見るんじゃない。
そういうことではないんだ、ソレイユ。
このままではダメだと、落ち着くためにシチューを一口。
美味しい、ありがとうセシリア。
「ここでセシリアさんに視線を送る……やはり、彼の隠された過去にはセシリアさんが深く関わっているようですね」
違う、お礼の意味を込めて優しく微笑みかけただけだ。
俺の過去にセシリアが深く関わっていることは間違ってないけどな。
「ところでセシリアさん。僕が独自に調べた情報によると魔王城の近くまで着いてから討伐までに少々、時間がかかったみたいですね」
「……はい、魔王城での戦いは簡単なものではなかったので」
そんなことまでソレイユは調べたのか。
どうやって情報を入手したんだろう。
セシリア特製のソースがかけられたサラダを頬張りながら考える。
聞き込みじゃ無理だし、わざわざ現地まで行って話を聞いたのか。
てか、このソースも美味い。
俺じゃ作れない味だ……研究しているのか、屋敷の料理人から教えてもらったのか。
俺も精進しないとなぁ。
「近隣の村の方の話によると挑みに行っては村に戻るを繰り返していたそうですね。外傷はほとんどなかったそうですが、戻る度に辛そうな顔をしていた、とか」
「……死闘を繰り広げては回復して離脱していましたから」
死闘ってのはほぼ、俺とのだろうな。
回復して離脱させてたのも俺だし。
レッドボアの香草焼きと焼き野菜を頬張りながら思い出す。
やはり、もっと早い段階で通せば良かったか。
「僕としてはここでヨウキが登場したのではないかと考えているんですよ」
「んぐっ!?」
ソレイユの言葉に動揺して喉に詰まった。
やばい、レッドボアの香草焼きに使われている香辛料のせいで喉が焼けるように熱い!
急いで飲み物を取ろうしたらセシリアが渡してくれた。
ありがたい……さすが、セシリアだ。
しかし、これではソレイユに動揺しましたと言っているようなもの。
やらかしたか……。
「ヨウキさん、落ち着いて食事してくださいね。料理は逃げないんですから」
「セシリアさん、今のはヨウキが僕の話に動揺したのでは」
「違いますよ。ヨウキさんは料理を作るといつも美味しそうに食べてくれるんです。今日は少し気合を入れて作ったので残さずに食べようと努力してくれているのかと」
絶対に残さないと気合を入れていることは間違ってない。
いや、こんなに美味しい料理を残すとかありえないしな。
セシリアが早く家に来て料理をしてくれたんだという事実。そして、調理中の姿を思い浮かべれば……いくらでも腹に入るぞ。
「ヨウキの目の色が変わった……それだけセシリアさんはヨウキにとって特別な存在なんですね」
「結婚するんですから、当然ではないですか」
「どうやら、逆もまた同じことが言えるようです」
セシリアの一言が胸に刺さった。
腹だけでなく胸まで一杯にしてくれるとはな。
しかし、セシリアに任せっきりにして食事しているけど。
状況はかなり不利……というか、ソレイユがかなり真実に近づいてる。
ばれたら厄介だけど、説得できないわけでもなさそうだけど。
「ここまで互いに想い合っているのは理由があるはず。セシリアさん、ヨウキは魔王討伐に関わっている……そうですよね」
確信を持った目で質問してきたソレイユにセシリアは何も言い返せず……限界かな。
隠し通すのは無理だ、俺も会話に加わろう。
「ヨウキは……他国の勇者パーティーの生き残りの一人だ!」
よし、食事を再開しよう。
そこまで到達したら、真実に辿り着いてくれよ。
助かったと思う反面、複雑な気持ちになった。




