出かける準備をしてみた
「お待たせしました」
セシリアのありがたい話が終わり、二人が二階から降りてきた。
ユウガの顔がえらいことになってる。
いや、腫れてるとかじゃなくてさ。
泣きそうになってる感じだ。
今までセシリアに説教をされても反省しててしょんぼりということが多かったんだが。
「ヨウキくん。改めて謝罪するよ。ごめんね……」
「あ、ああ」
セシリアさん、どんな説教をしたんですか。
心の声が思わず敬語になってしまう。
それだけ怒っていたってことなのだろう。
ここは引きずらずに話を変えるべきだな。
「セシリア、そういえば俺にこんなものが届いたんだ」
俺は劇団から送られてきた手紙を見せる。
ユウガも見ようと踏み込もうとしたが、すぐに止まった。
うん、別に見られても良い内容だけどそれが正解だぞ。
「初公演のお誘いですか。私にも届きましたよ」
「あ、そうなの」
まあ、俺とセシリアの出会いの劇なのに俺だけ初公演に誘うってのはないよな。
セシリアだけ除け者……ありえんな。
「えっと、初公演て何かな。僕が知っても良い情報なら教えて欲しいんだけど」
ユウガが恐る恐る会話に入ってきた。
先程のこともあってか、少し萎縮しているな。
セシリア、どんな話をしたんだろう。
まあ、劇の話はユウガも知って良い内容だし話そうか。
「……俺とセシリアの出会いの劇を知り合いの劇団がやることになってな。それの初公演を観に来ないかって誘いの手紙だよ」
「へー、そうなんだ」
「勇者様も劇になっていましたよね」
勇者ユウガと魔法使いミカナのラブストーリーな。
セシリアと婚前旅行に行った時に観たっけ。
「うん。ただ、やっぱりさ……劇にするって言っても完璧に僕とミカナの物語は作れないんだよね」
真顔で何を言っているんだ、この勇者。
「そりゃそうだろ」
「演出等も考えないといけないので、多少は事実と異なってしまうこともあるかと」
セシリアも俺と同意見らしい。
しかし、ユウガはそうだよね……とは同意せず。
「いやいや……僕はね。もっとミカナとイチャイチャしているってことを前面に出して欲しかったというか」
何ともユウガらしい意見。
さすが、勇者ユウガだ。
まあ、それはただの我儘なので容赦なく正論をぶつけるけど。
「文句言うな。そもそも、結婚するまでの過程を描いてる劇だったろ。プロポーズして終わり的な。ユウガがミカナに過剰な愛情表現をし始めたのって結婚してからだったし」
「私もミカナから勇者様の話を聞くようになったのは結婚してからだったような」
「そ、そんな……」
崩れ落ちるユウガ。
どうしてあの頃の僕は……とぶつぶつ言っている。
何に後悔しているんだ、この勇者は。
昔はセシリアが好きだと言ってミカナのことは幼馴染で仲間くらいにしか思っていなかった。
過去は変えられないんだから、後悔しても無駄だぞ。
「こ、こうなったら僕とミカナの劇の続編を作ってもらうしかないよ!」
名案が浮かんだと希望に満ちた目をして起き上がったところ悪いけどさ。
「勇者が自分のラブストーリーの続編を作ってくれとか頼みに行くなよ……」
「禁止されているわけではありませんが、好ましい行為と言えるか判断が難しいですね」
俺とセシリアのツッコミにより、先ほどよりも深く崩れ落ちてしまった。
面倒だが、フォローしておくか。
「なあ、ユウガ。俺は本当に大事な思い出っていうのは二人だけのものにした方がいいと思うんだ……」
ピクッと肩が動いて反応した。
よし、このまま押すぞ。
「別に周りが知らなくても良いだろ。自慢することでもないんだから。なあ、セシリア」
「えっ。あ、そうですね。二人だけの思い出があるのは良いことかと。第一、劇にしなくても勇者様とミカナが仲睦まじいことは周知の事実ですし」
急に話を振られて驚くセシリアだったが、慌てずに俺の援護をしてくれた。
援護内容も素晴らしい。
「そうだぞ。あんな頻繁にミカナをお姫様抱っこして飛び回っているんだ。抱き枕を作るぐらいミカナから離れられないっていう情報もあるしさ」
「そこはヨウキくんだって僕のこと言えないよね」
「……まあ、うん」
俺の場合は跳び回っているかな。
お姫様抱っこしていることに変わり無いから、反論できない。
セシリアがユウガの味方をして俺を責めてくる前に話題を変えよう。
「そ、それにしてもユウガの話を考えたら初公演前にどんな劇になっているのか。確認しに行くのも悪くないかもな。公演後に文句はつけられないし」
別につける気はないけどな。
そもそも、劇の内容は俺がウェルディさんに話したものになるだろうし。
この話題から脱するためならというやつだ。
「初公演も楽しみですが現段階でどのようなものになっているのか。関係者としては確かに気になりますね」
セシリアは行くことに乗り気らしい。
数日ぶりに会えたしデート気分で劇団へ行くのも悪く無い。
俺もセシリアもお出かけムード……になっていたところで待ったをかける勇者がいた。
「ちょっと待ってよ。二人とも出かけて大丈夫なの。ミカナから二人が大変だって聞いてるんだけど」
「おう、それは……まあ、そうだが」
変装してもばれるだろう。
裏口から出ても厳しいかな。
俺の魔法で透明になって出かけるべきか。
「やはり、私が堂々とヨウキさんを訪ねたのが良くなかったのでしょうか……」
ここにきてセシリアがしゅん……と伏し目がちになる。
反省しているのか、落ち込んでいるのか。
とにかく良い表情はしていない。
それは非常に良くない。
俺がさっさと打開策を提示して……。
「よし、ここは僕に任せてよ!」
「なぬ?」
「えっ」
俺の見せ場をユウガに取られた。
「この前、ヨウキくんの正体を明かす手伝いをまともに達成できなかったからね。ここできっちり二人のために動きたいんだ」
拳をぐっと握って気合を入れている。
張り切ってくれていることも俺たちのために動いてくれるのも助かるんだが。
「どうやって俺たちを目立たずに劇団まで連れて行く気だ?」
「そこは二人で行ってきて」
「おい!」
じゃあ、ユウガは何をするんだよ。
「僕は囮になるよ。僕に周囲の目が向いている間に二人が出かければ良いと思うんだ」
どう、良い作戦でしょとしたり顔なユウガ。
確かに悪い作戦ではないと思う。
わざわざ囮になってくれるというユウガの気持ちも嬉しい……が。
「ユウガが何をどうやって目立って囮になろうとしているのかは置いておいて。それでも俺とセシリアに向いている注意を全て引き付けるのは無理じゃないか」
「そうですね。私とヨウキさんがここにいる時点で情報屋の何人かは残るかと思います……」
「頼めるなら俺とセシリアが姿を消してこっそり出て行くから、その間に俺たちが家にいるみたいな感じで留守番を……」
「いや、大丈夫だよ。うん、今のヨウキくんの言葉で閃いた」
これならいける、と確信を持っているのか何度も頷いている。
今の会話のどこに閃く要素があったよ。
「とにかく二人は出かける準備をしてきてよ」
ほらほら、と言って俺とセシリアの背中を押すユウガ。
出かけることは確定みたいなものなので、大人しく外行きの服に着替える。
劇団に向かうのに装備とかいらないからな。
セシリアも法衣ではなく、ラフな格好に着替える。
こういう時のためにセシリアの着替えがこの家には何着もあったりする。
「ほら、着替え終わったぞ」
「私も準備できました」
「よし。それじゃあ、僕も準備してくるね」
そう言ってユウガは俺の寝室へ消えていった。
……いやいや、準備って何の?
「ユウガは何を考えているんだろう」
「……わからないです」
「だよね」
派手な格好の準備でもしているのか。
待つこと数分。
ユウガは寝室から出てきた、黒雷の魔剣士の格好をして。
「黒雷の魔剣士参上、なんてね」
「おぃぃぃぃぃぃ!」
勝手に俺の厨二装備を着るな。
速攻で脱がしてやろうとしたが、ユウガが理由を説明する方が早かった。
「僕がヨウキくんの振りをして周囲の目を惹きつけるよ。さらにもう一工夫するから」
今度はそのまま別の部屋へ入っていった。
……先程までセシリアが着替えていた部屋だ。
思惑に気づき、すぐに追おうとしたがセシリアに止められた。
「ちょっとセシリア、良いの!?」
「確かに予想はついていますが勇者様の気持ちを無下にするのも良くないかと」
「まあ、セシリアが良いなら……」
大人しく待っていると、部屋からユウガが出てきた。
セシリアが普段着ている法衣を着せた枕を抱いて。
「これで完璧だね」
本当に完璧なんだろうか、これは。
でも、今打てる最善の策はこれなんだろうな。
ユウガのやる気も考慮して……この案、採用ということにしよう。