劇に誘われてみた
セシリアに会えない日々が続くこの頃。
思いがけない知らせが俺にやってきた。
「黒雷の魔剣士ヨウキと聖母セシリアの出会い、全ては差し伸べられた手から始まった……の初公演のお誘いねぇ」
手紙の差出人はウェスタとウェルディさんだ。
是非、ご来場お願いしますと書かれている。
俺にどういう気持ちで見ろというのだろうか……。
「うーん……まあ、ウェスタにはあらぬ疑いかけたしウェルディさんもシークが関わっているし。断る理由もないからなぁ」
特等席も用意してくれるらしい。
それに演目が俺とセシリアの劇だけではないようだ。
サプライズで劇の終わりにハピネスが出て歌を披露すると。
俺とセシリアの劇をデビューの場にするということか。
ハピネスがレイヴンと相談して決めた道だ。
応援してやらないとな。
いつもの面子で見に行きたいけど、デュークがまだ帰ってきていない。
イレーネさんとエルフの里に行ったっきり連絡もなしときた。
受け入れられなかったわけではないよな。
デュークのことだから何とかするはず、信じよう。
手紙を手に考えていると家の扉をノックする音が聞こえた。
また情報記者が乗り込んできたのか。
レイヴンのおかげで来る数はかなり減ってきてはいるんだけど。
「すみませーん。今は取材を受けてなくて……」
「私ですよ、ヨウキさん」
「えっ!?」
驚いて固まっていると鍵の外れる音がして扉が開く。
そこにはいつもの法衣を着てバスケットを持ったセシリアの姿が。
状況をようやく理解した俺の横を過ぎてセシリアは家に入っていく。
慌てて俺も家に入り説明を聞くことに。
「今日はどういう……」
「会いたくなったから会いに来ただけですよ。もしかして、予定がありましたか」
「いや、ないけど」
それで良いのか。
セリアさんから会うこと止められていたよな。
表情に出ていたんだろう、セシリアが聞く前に説明し始めた。
「不思議そうな顔をしていますね。まあ、ヨウキさんもお母様の話を聞いていたので無理はありませんが」
「いや、しばらく会うのは控えるって話じゃ……」
「ヨウキさん」
セシリアが俺の名を呼び、ずいっと顔を近づけてくる。
えっ、何これ、どういうこと。
「ヨウキさんは何のために正体をバラしたんですか」
「それはもちろんセシリアと結婚するため……」
「そこがゴールなのでしょうか」
セシリアの圧が強く怯んでしまう。
だが、確かにそうだ。
結婚して満足、そんなわけないじゃないか。
「俺は黒雷の魔剣士ではなくヨウキとして、セシリアの婚約者だと証明するためにバラしたんだ。前以上にこそこそするなんておかしいよな」
「私もそう思います。だから……」
会えない日々が続くと覚悟した矢先に急展開だ。
よし、二人きりで談笑しよう。
非常に良い雰囲気の中で不安が過ぎる。
玄関前だと誰か来たりしたらすぐにわかり、気が休まらない。
居間にいても誰かが来たらわかるし……二人きりになりたいよなぁ。
俺はセシリアの手を優しく握り、二階の部屋へと誘導する。
あそこなら誰か来ても聞こえない。聴覚強化でもしない限りな。
セシリアは何も聞かずに俺に身を任せて着いてきてくれる。
数日、会わなかっただけでこんなにドキドキするものか。
握っている手を通してセシリアの温もりが……。
「何を意識しているんだ俺!」
「ふえっ!?」
取り乱して急に大声を出してしまった。
その結果、普段では聞けないセシリアの貴重な驚く声を聞くことに。
びくって一瞬肩を震わせていたな。
珍しい姿を見て満足……なんてな。
「少し笑ってますよね」
「いや、まあ……セシリアの普段じゃ聞けない声が聞けたなぁって思ってさ」
「そうですか。成る程……」
今一、納得できてない表情。
何に対してだろうかと考えていたら、セシリアが右手を俺の左頬に優しく添えてきた。
まだ部屋に入ってないぞ、廊下だぞ!
困惑する俺を置いてセシリアは少しずつ顔を近づけてきて……直前で進路は変わる。
思わせぶりパターンだったらしく、俺の肩にセシリアの顔が乗って終わり、かと思ったら。
「さて、ヨウキさんは今どんな表情をしているんでしょうか」
耳元で囁かれた。
この状態でなかったら、俺は膝から崩れ落ちていただろう。
時々、小悪魔っぽく俺を攻略してくるの止めてくれないか。
笑った仕返しにしてはやりすぎだって。
ここは俺も……と思ったがいつまでも廊下にいるのはちょっとな。
「……部屋、入ろうか」
「……はい」
変な間があったがツッコミは入れない。
今日は突然舞い降りたイチャイチャして良い日なんだ。
部屋に入ったところで一つのベッドに二人で座る。
肩が触れ合うほどの距離、意識するなという方が無理な話で。
「えっと、私、持ってきた紅茶やお菓子を準備しますね」
そう言ってセシリアが立ち上がろうとしたので、腕を掴み妨害。
いや、紅茶やお菓子も大事だけど。
「もうちょっと、このままで良いんじゃない」
「……そ、そうですね」
この雰囲気ならさっきの続きがいけるのではないか。
今度は俺から仕掛けよう。
セシリアを見つめてから頬に右手を伸ばす。
そのまま顔を近づけて……。
「ヨウキくーん!!」
突如、俺を呼ぶ声と眩い光が窓から入ってきた。
こんなことができるやつは俺の思いつく限り、一人しかいない。
俺はベッドから立ち上がり、ずかずかと窓へ向かった。
苛立ちを隠すことなく、窓を開ける。
そこには光の翼を生やしたユウガの姿があった。
何の用事かは知らないがとりあえず一言と一発くらってもらおう。
「玄関から来いよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
叫びと共に渾身の力でアッパーを繰り出した。
殴った感触が硬かったので、聖剣の力が働いていたらしい。
それでもダメージはあったのか、がふっといううめき声をあげて上に飛んでいった。
そのまま、ゆっくりと地面に落下。
勇者らしからぬ、うつ伏せに格好悪く着地。
すぐに起き上がって玄関へ行くと扉を叩いて。
「ヨウキくーん」
訪問のやり直しをしていた。
この辺は成長したところか。
しかし、どうしよう……居留守使っちゃダメかな。
せっかくセシリアと一日を過ごそうとしていたんだが。
「うおっ」
どうやら、残念に思っていたのは俺だけではなかったようだ。
「ヨウキさん、勇者様を出迎えにいきましょうか」
「あ、うん」
セシリアが聖母の表情をして……いない。
無表情に近い感じか、笑みを浮かべていないのは確かだ。
怒気は感じないけど、ただならぬオーラ的なものは感じるので……これだけは言える。
ユウガ、覚悟しておいた方が良いぞ。
「やあ、ヨウキくん。さっきはごめ……」
玄関の扉を開けたところでセシリアの姿を見て全てを察した様子のユウガ。
挨拶が途中で止まって顔を青くしている。
やってしまったという自覚はあるようだ。
ふむ、やはりその点もわかるということは成長したな。
まあ、だからって簡単に許しはしないが。
セシリアと二人でユウガを居間へと案内。
着いたところですぐにユウガは自ら正座し。
「誠に申し訳ございませんでした……」
ユウガに似合わない最上級の謝罪をしてみせた。
ことの重大さを理解できてるようでよろしい。
さて、お話の時間だ。
「今日は何しにきた」
「この前のことで謝罪をしに来たんだ。ヨウキくんに直接謝ってなかったから」
「ふむ、そうだな。それでどうして窓から来た」
「ヨウキくんが黒雷の魔剣士は自分だってばらしたでしょ。その影響で頻繁に人が訪ねてきてるだろうから、普通に玄関から声かけても無視されるかなって」
さすがの俺でも知り合いが来たら無視はしないぞ。
「それにセシリアと会えていないってミカナから聞いていたからさ。ちょっと驚かせて気分転換にでもなれば良いかなって……」
悪意はなく、俺のためにしたことだと。
ミカナから聞いた情報っていうのは信憑性がある。
状況的にセシリアが今日来ているとは思いもしていなかったんだろう。
実際、俺も驚いたしな。
理屈ではわかるんだ、ユウガが狙ってやったわけではないと。
……それでもさぁ。
「ユウガ。こういうことになる時期はもうかなり前に過ぎているんだよ……」
「こ、こういう時期って何さ」
イチャイチャしているところを偶々、妨害することだよ!
詳しく説明はしてやらん、自分で察しろ。
「ところで、セシリアはどうしてずっと黙っているのかな」
ユウガが恐る恐るセシリアに声をかける。
俺も会話に入ってこないのが不思議だったんだけど、敢えて触れずにいたんだが。
「勇者様の言い分は理解しました。ヨウキさんを思っての行動。ミカナへの確認もしており、状況的にこの家に私がいないということは明白。今日は私の我儘で何も連絡せずに訪ねてきたので私が何かを言う権利はないんです……本来なら」
「本来なら?」
「私は今まで正しい、正しくないことの線引きをしっかりして生きてきたつもりです。特に理不尽な怒り……というものを周りにぶつけないように極力、努力してきました。ただ、今回の件は私の中でどうしても納得ができなくて……」
つまり、俺とのイチャイチャを妨害したユウガが許せないってことかな。
言葉には出さないけどそういうことだよね。
仕方ないで済ませられないんだろう。
「セシリア、そういう時は気持ちをぶつけて良いと思う。ユウガ、悪いけど諦めてくれ」
「ええっ、諦めるって何をさ」
「それはわからないからセシリアに聞いて」
こういうの慣れてるだろうし。
セシリアも決心がついた顔をしている。
うん、偶には感情のままに行動するのもありだと思う。
「二階の部屋を借りますね。さあ、行きましょうか勇者様」
「えっと……はい」
抵抗することなく、ユウガはセシリアに連行されていった。
二階に上がっていく二人を見送り、一人ソファーに座り込む。
「……なんか嬉しいな」
セシリアが許せないって言ってくれてさ。
ユウガには悪いけど、そこは勇者だし。
何を話しているのか気になったが聴覚強化で盗み聞きはせず。
セシリアとのイチャイチャを邪魔されたけど。
これはこれで良い思いをした、かな。




