孤児院に行ってみた
「んぁ?」
とても良い目覚めを迎える俺。
ぼーっとする頭で昨日のことを思い出す。
セシリアと一緒のベッドで寝たものの、見事に寝かしつけられて……。
「セシリア……いない」
横を向くと誰もいなかった。
一緒に寝たはずだよな。
頭を掻きながらベッドから降りて寝室を出る。
居間に近づくにつれて良い匂いがしてくるんだが。
「ヨウキさん、おはようございます」
居間に入るとエプロンを付けたセシリアが朝食の準備をしていた。
身だしなみも全て整っている。
馬鹿な……俺の方が少し早く寝たのに。
そもそも、一緒のベッドで寝ていたら起きていく時に気づくものではないのか。
それなのに俺は深い眠りについたままだった。
これはまさか……。
「ガイのやつ、セシリアに闇の魔法を」
「教わってませんよ」
違ったらしい。
そもそも闇属性の魔法は人間には使えなかったな。
ならばこの状況はどう説明すれば良いんだ。
「どうやって俺を起こさないように起きたのか。また、俺より遅く寝たはずなのに朝食の準備、身だしなみを整える余裕があるくらい早く起きれたのか。俺にはわからないよ、セシリア」
「旅をしていた頃、朝食の準備はほとんど私がやっていましたから。また、孤児院の子どもを寝かしつけたらそこから離れないといけませんよね。相手を起こさないように出ていくことも慣れているんです」
「経験の賜物だったというわけか……」
そういうことなら、俺に勝ち目はないな。
敗北を認め、セシリアに感謝して朝食を食べた。
片付けも終わったのでセシリアを屋敷に送っていく。
正体を明かすために行うユウガとの勝負については後日相談と。
場所とかの設定もしないといけない。
なんと言っても勇者と戦うんだからな。
結構な規模の催しになるだろう。
どうやって開催しようか……。
悩みながらもいつものお姫様抱っこスタイルでセシリアを屋敷に送り届ける。
あとは帰って一人で作戦を考えようと思っていたんだが。
「ヨウキ様。奥様がお呼びです」
「セリアさんが?」
一体、なんの用事だろう。
セシリアも知らない用事らしい。
二人で首を傾げてセリアさんのところへ行くと。
「今日、ヨウキくんに孤児院に行ってもらいたいのよね」
「孤児院にですか」
それはつまりセシリアの手伝いをすれば良いのか。
何回か一緒に行ってるし、問題ないけど。
「良いですよ。任せて下さい」
「ありがとう、ヨウキくん。あっ、セシリアには別の用事を頼みたいから一人でお願いね」
「何ですと?」
孤児院に俺一人で行けと。
これにはセシリアも意外だったのか目を丸くしている。
いやいや、セシリアなしで子どもの相手するのは。
「俺には……セシリアがいないとダメなんです」
うっうっ、と泣き真似をしてみるもセリアさんは笑顔を崩さず。
「一人で頑張って」
無情にも俺の希望は消え去った。
「お母様、ヨウキさん一人でというのは……」
ここでセシリアがフォローに入る。
やはり、セシリアは俺の味方だ。
でも、相手がセリアさんでは……。
「セシリア。ヨウキくんも子どもじゃないんだから大丈夫よ。さっきも言ったけどセシリアにはこれをお願いしたいの」
セリアさんがそう言ってセシリアに荷物を渡す。
何が入ってるんだ。
「ミカナちゃんに渡してあげてね。これから大変だろうからメモを書いておいたの。あとはお土産」
身重のミカナへのお土産か。
それは大事だな。
二人で行くというのは無理そうだ。
セシリアもミカナと話がしたいだろうし。
「今日は別行動しようか」
「そうですね。……ヨウキさん、頑張って下さいね」
「ヨウキくん。セシリア以外で手伝ってくれそうな知り合いはいないのかしら?」
「セシリア以外で子どもの相手ですか……」
誰かいたかな……ああ、良い人材がいる。
「心当たりがあるんでそいつ連れて行ってきます」
「あら、そう。良かったわね」
「ヨウキさん。知り合いとは誰を……?」
「子ども受けが良さそうで慣れていて頼り甲斐のあるやつさ」
セシリアが心配そうな顔をしているが大丈夫。
やつなら俺の止め役にもなってくれるから。
俺はセシリアに別れを告げて当てにしている知り合いを迎えに行った。
「というわけで頼むな、ガイ」
「おいおい……昨日の今日だぞ」
ガイが少しげんなりした感じで出迎えてくれた。
こんな時に頼れるのは引き続きガイしかいない。
「今日は孤児院で子どもの相手をするんだ。セシリアの手が空いてないとなるとガイしか頼れる知り合いがいない」
「何故、我輩なのだ。小僧には頼れる部下がいるのではなかったか?」
「デュークは恋人のイレーネさんとエルフの里に行ってる。ハピネスは使用人と劇団の練習で忙しい。シークは……面倒を見る子どもが増えるだけだ」
そういう理由もあってガイを選んだ。
最近、手伝ってもらってばかりで申し訳ない気持ちもあるが。
「そういう理由があったとしても我輩が行ったら怖がられて終わりではないのか。この身なりだぞ」
「……いや、ガイならいける。小さい子は大きい人が好きな傾向があるからな」
「正体不明の全身を隠した男を幼い子どもが気にいるとでも言うのか!?」
どうなんだと迫ってくるガイ。
警戒して近づかない子もいるかもしれん。
それでもだ。
「安心しろ。俺が説明するから」
「どうせティールの話をする気だろう。我輩は幼い子が好きとでも言うつもりだな」
「いや、もうちょっと柔らかく説明するからさ」
「……余計なことは言うなよ」
よし、ガイを仲間にできた。
嫌々な感じがもろに出てるけどそこは全身フル装備だからバレないはず。
そう意気込んで孤児院を訪れた俺たちだったが。
「でっかーい」
「かたーい」
「つよそー」
「のわぁぁぁぁぁぁ!?」
ガイは俺がフォローしなくても人気者だった。
孤児院に着くとすぐに子どもたちに囲まれ、遊び相手として採用。
俺が初めて来た時よりも人気を獲得するのが早くないか。
「どうやら子どもたちの人気者になってしまわれたようですな」
俺の隣には優しそうな笑みを浮かべ子どもたちを見守るダバテ神父と。
「よしよし」
俺が来るなり服に引っ付いて離れない女の子がいる。
この子だけ受けが良いんだよなぁ。
「すみません。俺たちではセシリア様の代わりにはとてもじゃないですけどなれないですよね」
「いえいえ、良いんです。こうして遊び相手になってもらえるだけで。子どもたちも楽しそうですし」
俺が満足させているのはこの引っ付いている女の子一人だけなんだが。
あとの子どもはガイの方へ行っている。
あれだけの子どもに群がられてるがガイなら大丈夫だろう。
「お、おい止めろ。装備が脱げる……」
「それはダメだぁぁぁぁぁぁ!」
俺はガイの元へと走り出した。
正体ばれたらダメだって。
どうにかして子どもたちを引き剥がすことに成功。
その結果……。
「乗り過ぎだぁぁぁぁぁぁ!」
代わりに俺が子どもたちに群がられることになった。
なお、引っ付いていた女の子は俺の頭にしがみついている。
特等席を見つけないでくれ……。
ダバテ神父が昼食の準備をすると声をかけたところで俺たちは解放された。
今は木陰で木を背にして座って休んでいる。
二人してぐったりだ。
「おい小僧……我輩、ここに住み始めて一番焦ったぞ」
「済まんな」
謝礼を弾まないといけないな。
「そういや、昨日の夕食作りは上手くいったのか」
ティールちゃんのために作ると話して別れたはず。
あれからどうなったんだろうか。
「ああ……簡単に作れる料理がないか酒場の主人に聞いてどうにか作ってみた。味は保証できんと帰ってきたティールに言ったのだ」
ティールちゃんならガイが作ったものなら喜んで食べるだろうに。
守り神様、ありがとうございますとか言ってな。
「文句の一つも言わずに食べたんだろ」
「いや、それがな。料理を見るなり少し待ってくださいと言って味付けや食材を追加したのだ」
「ええっ!?」
実は料理にうるさかったのかティールちゃん。
一目見て色々足りないと思ったのかね。
そんな理由でもないとガイの作った料理に付け足しをなんてしないよな。
「調理工程が終わると、これでこの料理は私と守り神様だけが作り方を知っていることになりますね。一緒に料理を……共同作業できた気分です、と満面の笑みで言われた」
「おおぅ……」
さすがティールちゃん。
俺の想像の遥か上を行くな。
「我輩のその時の気持ちがわかるか!?」
「わからん」
「ティールには幸せになってほしい。このままでは我輩に付き添って結婚しないまま余生を過ごすことになるぞ」
どう相手を見つければ良いのかと悩んでいる。
まるで親離れできない娘を心配する父親のようだ。
「まあ、ティールちゃんが幸せなら良いんじゃないか」
「それは現状維持のままで行けと。小僧はティールが独り身のままでも構わないと言いたいのか」
どうなんだと、座って休んでいたのにわざわざ立ち上がって俺に詰めてくる。
この俺の可愛い娘が……みたいな感じで言ってくるの止めてほしい。
「ティールちゃんもようやく結婚できる年齢になったばかりだろ。それでガイが結婚しろ結婚しろと言ってもさ。今のティールちゃんなら何をしでかすかわからないぞ」
「うっ……」
「少し歳を重ねれば落ち着いてくるだろうし、そこで提案してみたら良いんじゃないか?」
「その少しとはどれくらいだ」
「わからん」
「おい!」
そう言われたってティールちゃんのガイ大好きがいつまで続くかわからないし。
「これはあれだ。ティールちゃんが粘り勝ちするかガイが根負けするかの勝負だな」
「おい、勝負になってないぞ!」
「だってさぁ……」
ガイの望む決着はつかないと思う。
相手がティールちゃんだし。
ガイとの話し合いは昼食の時間が来たことで終了。
午後からも子どもたちの遊び道具……遊び相手になり。
俺とガイはくたくたになって帰宅したのだった。