ご馳走になってみた
「ミカナ、昼食ができたから食べよう……ミカナ、どうかしたの?」
居間に三人で戻るとユウガが料理の盛られた皿を持って待っていた。
そりゃあ、さっきまで普通に話していた幼馴染の嫁が横を向いて目を合わせてくれなかったら、そんな反応するわな。
ちょっとだけ幸せすぎる夢を見たミカナはユウガと顔を合わせられないだけなんだ。
俺とガイは夢の内容は知らないことになっているので質問されても答えられないぞ。
「ミカナ、どうしたのさ」
「な、何でもないわよ……」
「いやいや、さっきまでとは対応が全然違……はっ!?」
何か閃いたような声を出してガイを見ている。
これは良くない勘違いをしているな。
「安心しろユウガ。ガイにはちゃんとした相手がいるから」
「おい小僧。余計なことを言うな」
「ひ、否定するってことは……」
せっかく庇ってやったのに否定したもんだから、ユウガがやっぱり……と確信付いた顔をし始めたじゃないか。
このままティールちゃんがいる方向に話を進めて良いだろ。
「違う違う、これは単に恥ずかしがってるだけだ。自分の娘のように可愛がってる子がいるんだよ。ユウガも何度か見かけてるはずだぞ」
話したりはしていないけどな。
少し考えて思い出したのか。
「……うん、見たことあるよ。そっか」
納得して頷いていた。
まあ、これに待ったをかけたのがガイで。
「我輩を無視して勝手に勘違いして勝手なことを言って勝手に納得するのは止めてもらおうか」
声に怒気がこもっている。
上手く解決したのにな、仕方ない謝っておこう。
「すまんな」
「す、すみません」
「わかれば良いのだ」
「ということはやっぱり貴方は相手がいない……や、やっぱり!」
「何故、話が最初に戻る!」
このままだと終わりの見えない漫才をやることになりそう。
そんな時は話の流れを変えよう。
「ところで未だにユウガを直視できないミカナはどうするんだ。このままだと食事できなくね?」
対面で座ったら前を向く、横に座ってもちらちら見える。
後ろ向いて食べるしかなくねーか。
どうするんだと考えている間にユウガがミカナへと近づいていた。
「た、偶には顔を正面から見れなくなる時だってあるじゃない。ほら、今は身篭っているのもあって情緒がね」
「うん、そういう知識は最近、身に付けているから知ってる」
妊婦ってそういうもんなのか、勉強になるな。
でも、この状況だとどうしてもミカナの苦し紛れな言い訳に聞こえるんだが。
しかし、この理由ではユウガもどうにもできないのではないか。
ガイと行末を見守っていると。
「……でもさ」
ユウガがそっとミカナの頬に手を当てる。
そのまま軽く力を入れて横を向いていた顔を正面に……。
「僕はミカナの顔が見れない生活は耐えられないな。我が儘な夫でごめんね?」
……やりやがったよ、この勇者。
だから、ユウガは勇者なんだよなぁ。
こういうことを平気でやってのける。
ミカナは言葉になっていないうめき声を上げた後。
「……知ってる、から。気にしてない……わ」
「ありがとう、ミカナ」
「なあ、ガイ。俺たちは何を見せられているんだ」
「知らん」
「何かあったんですか、ヨウキさん」
二人のいちゃつきが始まったタイミングで食堂からセシリアがやってきた。
ユウガの作った昼食のチェックしていたんだろうな。
「ああ、ちょっとユウガの勇者っぷりを再確認していただけだ」
「そ、そうですか」
「その説明で伝わるのか……」
ガイはユウガに慣れていないからな。
俺とセシリアはこういうの何度も見てきているし。
そういうことだって言えば伝わるのよね。
「さて、そろそろ帰りますか」
「えっ、もう?」
良い雰囲気を出していたユウガが気の抜けた声を出して聞いてくる。
昼食前に来た時点でちょっとタイミング悪かったしな。
「ああ、ご馳走さん」
「ご馳走……ヨウキくんに味見してもらったっけ」
「本当、お腹いっぱいになったわ。末永くお幸せにな。相談の件は詳しい日程とかまた今度連絡するからさ」
「勇者様、ミカナ。また後日お願いしますね」
「うむ、失礼する」
こうして俺たちは勇者夫妻の家を出た。
最後に腹にくるものをもらったな。
「さて、俺たちも昼食を食べに行こうか」
「そうですね」
それはそれ、これはこれと。
きちんと栄養は取らないといけないよな。
その辺の店に入るか、セシリアも変装しているし大丈夫。
ばれたら……セシリアはそれはそれでって感じなんだよなぁ。
俺もいつでも覚悟はできている。
「すまんが、我輩はこの辺で失礼するぞ」
「この後、予定があったのか」
「いや、我輩が馬車で寝過ごしたせいでティールは上司に叱られてしまっただろう。その……あれだ。夕食くらい準備しておこうと思ってな」
今、ガイはどんな表情をしているのか非常に気になる。
人の往来がある中で正体を晒すわけにはいかない。
くそっ、ここが我が家だったら問答無用で照れているであろうガイの表情を拝めたのに。
「ヨウキさん、やってはいけないことの区別はつきますよね」
「なっ、何故ばれた」
「そんなに手をわきわきと動かしていたらわかりますよ」
「ぐっ、俺だってここじゃダメだってことはわかってるよ」
「どこでもダメですよ」
「おい、長くなりそうだから我輩はそろそろ行くぞ」
ではな、と言い残してガイは去っていった。
夕食の買い物に行ったんだろう。
ガイって料理できるのかな。
ティールちゃんならガイの用意したものなら何でも食べそうだけど。
「さて、二人きりになったな。何処へ行こうか」
「ヨウキさんが決めて良いですよ。私は付いて行きますから」
「それは試されているということか。この試練、必ず突破せねば」
「そうやってやる気を出してくれている時点でもう合格ですね」
こんなやり取りをしながら、店を探そうと思っていたんだが。
「隊長ー」
「わぶっ!?」
見知った声が聞こえたと思ったら背中に誰かがおぶさってきやがった。
こんなことする知り合いは一人しかいない。
「シークよ。これは偶然……じゃないな」
「もっちろーん。屋敷で会話を聞いたんだー。ねぇねぇご飯食べに行くんだよねー。おごってー」
おごってよー、と言って離れないシーク。
まさか、会話を聞かれて待ち伏せをされるとは。
シークのやつ、成長したな……なんて思ってたまるか!
ここは二人で食事デートの流れだったはずだろう。
子守デートに変わっちゃったじゃねーか。
まあ、断る理由もないしな。
セシリアに目で合図を送る。
特に考える時間はなく、頷いてきた。
じゃあ、行くか。
「わかった、わかった。おごってやるよ」
「わーい、それじゃあ出発しよー」
シークが後ろを向いて行こう行こうと言っている。
俺やセシリアに言ってるわけじゃないとなると。
「……ごち」
ハピネスが音もなく俺の隣に並んできた。
こいつもまた成長したのか……って、そういうことじゃなくてだな。
「お前らいつの間にそんな技術を獲得したんだ」
「この前の隊長のパーティーやる時、念のために色々特訓したんだー」
「……隠密」
「元部下の成長を素直に喜べない自分がいる」
というか、ハピネスは仕事があるんじゃないのか。
そこんところはどうなんだ。
「ハピネス。ティールちゃんに続いてお前までソフィアさんの説教を受けるつもりなのか」
「……特別、休暇」
「ハピネス姉はこれから用事があるんだよー」
「用事ですか。私も聞いていないのですが」
セシリアも知らないのか。
秘密裏にしていた……一体どんな用事なんだ。
「昼食食べたら向かうんだもんねー」
「……劇場」
「劇場って……まさか」
「……歌、披露」
どうやらハピネスは俺の知らない間にウェスタの誘いを受けていたらしい。
詳しく話を聞くためにも、昼食くらいはおごってやらないとな。
三人を連れて俺は個室を借りれる食事処へと入った。