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昔話を語ってみた

ウェルディさんが焦っているのはハピネスが理由だった。

ハピネス入団によりウェスタの自分への関心が薄れることを危惧しているっぽい。



ウェスタはウェルディさんのことを心配しているからこそ、デュークやシークに指導を頼んできた。

つまり、ウェルディさんが心配することはないと。

はっきり言ってあげた方が良いよなぁ。



「安心しなよ。君がいらない子になんてならないって。君のお父さんはそういう人には見え……ないからさ」



「どうして今変な間があったんですか」



「ちょっと罪悪感があって……」



ウェスタを笑顔だけで怪しいと判断した俺にこんなこと言う資格はないんじゃないか。

そう考えたら断言できなくなってしまったのだ。



「あっ、もしかして父さんの笑顔が原因ですか」



「正解……」



察しが早くて助かる。

今まで怪しまれたことは少なくないはず。

俺みたいな反応をしてきた者をウェルディさんは沢山見てきたのではないか。



「やっぱり……何回も言ってるんです。お客さんに変な目で見られるから止めてって。それなのに全然聞いてくれなくて。幼少期の私の言うことを聞いてあんな風に笑うようになったんです。私って馬鹿ですよね。役に立ってないのに父さんの商売の邪魔をして……」



まずいな、会話の流れが悪くなってきた。

このまま行くといらない子確定ですとか言って飛び出していきそうだ。



そうはさせない、ウェルディさんもできるってことを伝えないと。



「確かに笑い方は独特だけどさ。個性があった方が相手に覚えられるっていうのもあるぞ。君のお父さん、笑い方以外は紳士的で好感を得られる立ち振る舞いだった。それに苦労したって話を聞いたよ。逆境にも負けずにここまで来れたのはきっとウェルディさんの存在も大きかったはずだ」



「……私はそんな風に思えないです」



「なら、これからそう思えるように変わっていけば良いんじゃないか」



今がダメだと思うなら変わるための努力をしないとな。



「父さんは待ってくれるでしょうか。私が一人前になるまで」



「君のお父さんなら待ってくれるさ」



これで悩みは解決、ウェルディさんの修行の日々が始まるのであった。



こんな感じで相談終了でも良いかと思うんだけど。

納得していなさそうな表情をしている。



他にも気になっていることがあるのか。

そういえばウェルディさんが劇団でやりたいことは何なのだろう。



デュークのように剣を振るう武闘なのか、シークのように身のこなしを活かした曲芸なのか。



「ウェルディさんはどんなことを劇団でやりたいと思っているのかな」



「どんなこと……ですか」



「ああ、かなり重要なことだ。目標を明確に決めないまま、がむしゃらに特訓しても疲れるだけだ」



俺の言葉を聞いてウェルディさんは黙り込んでしまった。

おそらく、頭の中で整理しているのだろう。



ただ、父さんのためにって理由で今まで頑張っていたんだろう。

整理がついたのか、ウェルディさんがぽつりと演劇と呟いた。



「成る程、演劇ね」



俺が口に出すと目を見開き、驚いた表情でこちらを見てくるウェルディさん。

無意識で口に出たのか。



「私、今口に出してました?」



「うん」



「……違うんです。この前寄った街で父さんと観に行って」



「それでやってみたいと思っていると」



「無理ですよ。私にはできません。演劇ってすごいんですよ。気がつけば演技や物語に引き込まれているんです。あっという間に時間が過ぎて拍手の音で現実に戻された。そんな不思議な体験をさせてくれるのが演劇なんです!」



語尾が強いって。

相当、のめり込んでるみたいだな。

劇団なら演劇もできるんじゃないか。



演劇も大変だけど自分の好きなことの練習の方が絶対に身に入ると思う。

ウェスタに相談してみれば良いのに。



「お父さんへ演劇に興味があるっていう話をしたことは?」



「ありませんよ。好きっていう話はしましたけどやってみたいっていうのは」



「やってみたいんだな」



「うっ……その聞き方はずるくないですか」



「大人っていうのは時にはずるくならないとダメなのさ。それで何で話さないの?」



「……私が観た演劇は勇者様夫婦が題材の恋愛物でした。観た時、憧れを感じました。でも、同時に思ったんです。私じゃあこんな演技はできない。観客を魅了させられないなって」



それ俺も観たやつだわ。

まあ、演者だってかなり練習して本番を迎えているわけだからな。



簡単にできるものではない。

だからといって始める前から諦めて良い理由にはならないけどさ。



「結局、病弱で鈍臭い私は裏方に引きこもっている方が父さんたちに迷惑をかけずに済むのかな……」



ここで諦めムードに入るか。

そんな簡単に諦められるもんかね。



俺もどうでも良くなったことがあったけど助けられた経験がある。

ここでウェルディさんの背中を上手く俺が押せると良いのだが。



「ウェルディさん。ある男の話を聞いてくれるかな」



「へっ?」



ここはもうノンフィクションを話すしかないだろう。

自伝とばれないようにある男の話としておく。



それは引きこもっていた男が聖女に救済される話。

婚前旅行でタリスという街に寄った際、子どもたちに聞かせた話をそっくりそのまま話した。



別に勇者夫婦物語以外の物語があるということを知ってもらいたいわけではない。



諦めず一途に自分が目指しているもののために頑張れば報われることもあるということを知ってもらいたいのだ。



ひとしきり話し終えるとウェルディさんは少しだけすっきりした表情になっていた。



「とても良い物語でした」



「良ければ第二部もあるけど」



「いいえ、それはまたの機会でお願いします。とても良いお話を聞かせてもらいました。今更かもしれませんが名前を伺ってもよろしいですか」



そういえば名乗ってなかったな。



「俺の名前はヨウキだ。君が自分の好きなことのために頑張れるよう応援するよ」



「ありがとうございます。私、父さんと話してみます。父さんの役に立つためだけじゃなく、自分のやりたいことのために……引きこもってなんていられないですね」



ウェルディさんの元気が出て良かった。

早速、特訓再開ということで二人でデュークたちのところへ戻る。



もちろん、決意が固まったからといって動きが良くなるわけじゃない。

それでも、練習するウェルディさんの顔付きはかなり変わったと思う。



デュークとシークの指導に熱が入ってもぎりぎりまで頑張れそうだ。



「ヨウキ様。娘とは一体どんな話をしたのでしょうか。休憩を終えてから取り組む姿勢にかなりの変化があるように見えます。元々、熱心に練習していましたがあれは……」



「その辺は娘さんの口から聞いてください。多分、悪い話にはならないと思いますよ」



話すとしたらウェルディさんが何を目指しているかだ。

ウェスタも娘想いの良い父親としてウェルディさんの意見を尊重するだろう。



「そうですか……私には娘がどうにも焦っているように見えてね。放っておくと怪我をしてしまいそうで心配だったんです。団員たちはウェルディのことを昔から知っているからか気を遣っている素振りがありまして。指導が上手くいってないと感じていたんです」



「このままだと何か起きるんじゃないかと思ったから、デュークとシークに頼んだのか」



「客観的な意見は必要でしょう。もちろん、身のこなし等が素晴らしかったというのもあります。……ですが、今日一番の収穫は娘の中で何かが変わったことでしょう。ヨウキ様のおかげで……ね」



俺はある男の話をしただけなんだけどな。

人間、何がきっかけで前に進むようになるかわからないもんだ。



「ハピネス様のことは決して無理強いはしませんのでご心配なく」



「まあ、何かあったらあったで大変なのは……って話だからな」



俺たちだけでなくレイヴンもいるから。

ハピネスの身に何かあったら、一番怖いのはレイヴンだと思う。



それだけ大切にしているってことがわかるからな、普段の二人を見ていて。



「その言葉、忘れないようにしますよ」



脅したわけじゃないからな、事実を言っただけだ。

こうしてウェスタの調査は終わった。

ウェルディさんはデュークとシークが考えた鍛錬方法をこれからも続けていくと話していた。



今晩にでも自分のやりたいことについて話すはずだ。

そのための努力を惜しまないってな。

頑張ってくれ、ウェルディさん。



劇団を出る頃にはすっかり夜になっていたのでその辺の酒場に入り三人で夕食だ。



今回も俺の奢りだというとシークは遠慮せず、高そうな物ばかり頼んで頬張っていた。

せめてしっかり味を堪能しながら食えや。



「でも、分かんないっすね。あの隊長がどうやって女の子を元気付けたのか不思議でならないっす」



「どうかーん」



「お前らな……」



送り出しておいてその言い草はないだろうに。



「俺は相談事の達人だからな」



「はいはい、わかったっすよ。それでどんな方法を使ったんすか」



「ふっ、ある男の話をしただけさ……」



「意味ふめーい」



シークはわからないらしい。

もう少し大人になってから、わかるようになるだろうな。

デュークは全部察しているようだが。



「ふーん、成る程。まあ、解決したから良いっすけどね。隊長が調子に乗ってないなら良いっすよ」



「何だよ調子に乗ってないならって」



「いや……今まで隊長がやり過ぎた時って大体何か起こるじゃないっすか。その感じだと大したことはしてなさそうなんで安心したっすよ」



「……だな」



デュークに言われてものすごく不安になってきた。

俺って変なこと話してないよな。



調子に乗りすぎてなかった……と思う。

おいおいおい、デュークが変なこと言うから気になっちゃうじゃんよ。



「おかわりー」



「お前は気楽で良いよな、本当に」



とにかく俺に不利益なことは起こらないだろう。

何もないことを祈りつつ、俺は三人で食事を楽しむのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今度はこの劇団から聖女夫婦伝説の演劇が広まって恥ずかしさに頭を抱えるのですね、分かります
[一言] ( ゜∀ ゜)ハッ! 修羅場の予感!
[一言] ひとまずいい方向で解決したようでなにより。 劇団でハピネスちゃんが飛躍する。
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