手本を見せてみた
普通に内緒話をしていただけでいちゃついていたと思われるとはどういうことなのか。
そろそろこういう反応をされても慣れないといけないんだろう。
「それでさっきのウェスタ……だったか。ハピネスを劇団に誘いに来た人」
「……ああ。ハピネスに相当惚れ込んでてな。ハピネスの歌声は沢山の人の心を響かせると言っていた。どうにか劇団に所属してくれないかと」
「成る程なぁ。ハピネスは……いや、まだ考え中だもんな」
まだ決断するのは早い。
ここでどう考えているのか聞くとやると答えてしまいそうだ。
レイヴンと二人きりの時にじっくり相談すべきだろう。
状況によっては俺も相談に乗るけどな。
「……保留」
「ハピネスちゃんの今後に関わることですし、じっくりと考えるべきですね」
セシリアも上手くフォローしてくれたし、これで安心だな。
……問題の先送りとか言われそうだが気にしない方向で。
「ところで大分お疲れ気味みたいだけど大丈夫か?」
「……騎士団の仕事は順調だ。ただ、最近疲れが取れなくてな」
「あー……」
ハピネス関係で悩んで寝れていないのか。
ウェスタもハピネス勧誘のために連日通っているのかもしれないし。
レイヴンを癒すためにもハピネスが何かしてやれれば良いんだが。
「ハピネス。ここは恋人同士でやると元気が出ること間違いなしのあーんをやるべきじゃないか」
恋人から口に入れて貰うことで疲労回復、体力増強、ストレス発散の効果ありだ。
さあ、レイヴンのために口に入れてやれ!
「……手本」
「はぁ!?」
これは想定外の現象が起きたぞ。
了承って返してくると思ったら手本てなんだよ。
あーんに手本も何もないだろう。
「……ちょうどウェスタが持ってきたお茶菓子があるんだが」
控えめにレイヴンが焼き菓子の詰め合わせを出してきた。
そういえばサンドイッチ食べ終わっちゃったんだよなと言って回避しようとしたのに。
最早、逃げ場はなし。
男として腹を括るしかない。
「よし、セシリア。口を開けてくれ」
「えっ、本当にやるんですか」
「サンドイッチ一個じゃ昼食として足りないだろうし、俺からの焼き菓子を受け取ってほしい」
俺は焼き菓子を左手で摘んでセシリアの口元に近づける。
観念したのかセシリアは小さく口を開けた。
あとは焼き菓子を口の中に入れればあーんの成立なのだが。
これだとさっきみたいにただいちゃついていると言われないだろうか。
レイヴンは疲れているんだし、ハピネスからの癒しを求めているはず。
普通のあーんをしたらハピネスのあーんが霞んでしまう。
だからといってセシリアへの配慮を怠るのも恋人として最低だよな……よし。
軽く厨二スイッチを入れよう。
俺はセシリアが焼き菓子を口に含んだ瞬間、行動に出た。
空いている右腕をセシリアの背中を回し入れて逃げられないように抱きしめる。
あとは耳元に日頃の感謝を述べた。
「いつもありがとう……」
これは俺の本心だ。
ちょいちょい夕食を作りに来てくれているし。
残り物を朝食として食べることも多い。
掃除も俺より上手くどう工夫したら良いか優しく教えてくれる。
淹れる紅茶は美味しいし、用意するお茶菓子も手作りだったり、店で買ってきたりと飽きさせない。
セシリアとの何気ない日々にも俺は癒されているのだ。
長々と語ることは可能だけどそういうのは二人きりの時に言うべきかなって。
あと、不満に思われていたら困るので好きって気持ちに行動で応えてみた。
言葉は最小限のが良いだろう……そう考えた結果、このようなあーんになった。
「どうだ。これがあーんだ」
セシリアから離れ、自慢げな顔で二人に成功を伝える。
さすがだな……と感心されると思っていたのにな。
二人とも俺と目を合わせてくれない。
予想していた反応と違うんだけど。
「おいおい。何だよその反応。手本を見せろって言ってきたのそっちだろ」
「……いや、俺が想像していたものとかけ離れていてな。どう声をかけたら良いかわからなくなった」
「……大胆」
「俺は焼き菓子と共に日頃の感謝を伝えただけだぞ」
そこまで変なことはしてないって。
セシリアにも同意を求めようと思ったらそれどころではなかった。
顔を両手で覆い隠しているので表情がわからない。
まだ焼き菓子が口に残っているらしく、もぐもぐと口を動かしていた。
「えっと……あれぇ?」
これは照れているパターンだ。
普段から愛情表現が足りていないから、こんなことになったのか。
俺が原因だよなと無言で自分を指差すと二人とも首を縦に振っていた。
日頃の感謝を伝えただけなのにセシリアは大ダメージを負ってしまったようだ。
油断していたのもあったと思う。
あと、セシリアが照れている姿っていうのはかなり新鮮なものなわけで。
しかも、俺の言動でこうなったんだよなぁ。
「あー……今度からもっと頻繁に感謝を伝えるようにするから。急にこんな感じで言ったのは卑怯だったかなって反省があったり」
何に対しての言い訳なのか。
自分でもよく分からないまま、発言してしまう。
セシリアに俺の言葉は届いているのかな。
「……ヨウキまで照れ始めたぞ」
「……激甘」
「……ハピネス。俺は口直しが欲しい」
「……ん」
俺がしどろもどろになっている横でハピネスは普通にレイヴンの口へ焼き菓子を入れていた。
おい、もっと恋人らしいあーんをしろよ。
「……このくらいの甘さがちょうど良いな」
「……同意」
二人で程良い甘さを味わってないでこっちにも注目してくれないかな。
セシリアの回復に時間がかかったのと俺がうだうだしていたせいでレイヴンの休憩時間が終わってしまった。
「本当に申し訳ない!」
差し入れついでにあわよくば相談に乗ろうとしていたのにこれである。
「……いや、良いんだ。少なくともヨウキとセシリアはとても上手く行っているんだなと再確認できたからな。二人はどんな困難に直面しても乗り越えられるだろう」
「ありがとうレイヴン。この埋め合わせはいつかするから」
「……差し入れを貰った俺が埋め合わせする立場だと思うんだが」
俺的にはレイヴンに貸しを作った気分なんだよ。
「……帰還」
「そうですね。すみませんでしたレイヴンさん。仕事がまだ残っているというのに」
「……セシリアも気にしないでくれ。俺も良い息抜きになった。ヨウキとの仲の良さを見せられて俺も頑張らないといけないなと考えられたし」
そう言ってレイヴンはハピネスを見つめる。
ハピネスよ、次回レイヴンと会う時に期待して良いんじゃないか。
「……ハピネス。俺はハピネスの味方だ。劇団の話は今度二人でゆっくり話そう。別に今度会う時までにどうするか決めておく必要はないから」
「……了承」
二人が次回会う約束を決めたところでレイヴンに別れを告げ騎士団本部を出た。
この後の予定は決めていない。
さて、どうするかな。
「まあ、全員解決方向に向かっているけど最後の一押しがいるな。ハピネス、歌の準備は任せたぞ」
「まさかの丸投げですか」
「俺に歌関係は手伝えない。ちょっとしたパーティーっぽくするなら料理と飲み物の手配をしよう」
「では、私は会場の手配をしましょう。一日貸し切りで手配しますね。装飾は手分けしてやりましょうか」
「そうだな。ハピネスの衣装はセシリア任せても良いかな」
「はい。ハピネスちゃんの都合の良い日に仕立てに行きます」
二人で相談した感じだと大丈夫そうだ。
あとはハピネス次第というところだが、俺とセシリアを見て黙っている。
どこか不都合でもあったのか。
「どうしたハピネス」
「何かありましたかハピネスちゃん」
「……二人、心配」
俺とセシリアが心配だと。
俺はともかくセシリアもか。
「おいおい。確かに俺はテンション上がると何をやらかすか分からないが」
「自覚はあるんですね」
「まあね。でも、今回は特に問題はないって」
ハピネスに大丈夫だと言ったら首を横に振ってきた。
これは俺の解釈が間違っているということか。
なら、どういう意味で……。
「……二人、結婚式」
どうやらハピネスは俺とセシリアの結婚式を心配してくれているみたい。
このタイミングで言ってくるか……不安にするような発言したっけ。
セリアさんから話された時は特に何も言って来なかったはずだけど。
久々に甘すぎる話を書いた気がする……。




