元部下を庇ってみた
「何を言ってるんだ。ハピネス。お前の歌が必要に決まってるだろう。さっきのユウガにはもう一押し必要だ。デュークだってイレーネさんと里帰りするってことで祝福の歌って感じで歌ってやれば良い。ソフィアさんはお前の上司だ。綺麗な歌声聴かせてやれよ」
「……納得」
落ち込み気味になるかと思ったが簡単に納得して助かった。
まあ、先に何もかも解決してしまってもハピネス主役のパーティーってことにするのもありだ。
会場はセシリアに調べてもらって俺は料理とか食い物調達に回れば良いだろうよ。
「せっかくだしレイヴンの所に寄ってみるか」
ちょうど昼時だし飯でも差し入れよう。
二人から了承を得て騎士団本部へと向かう。
途中、パン屋に寄ってレイヴンへの差し入れを購入。
もちろん、自分たちの分も忘れない。
ハピネスはレイヴンの健康を気遣ってなのか、ヘルシーな肉と多めの野菜が挟まれたサンドイッチを購入。
自分も同じ物を食べるのか二つ購入していた。
俺は肉汁溢れるステーキが挟まれたサンドイッチにしたけどな。
セシリアはドライフルーツのサンドイッチにしていた。
差し入れの準備もして騎士団本部に着いたわけだが。
「……あれ、レイヴンと誰か揉めてないか」
騎士団本部に近づくと二人の人影が見えてきた。
一人がレイヴンなのは間違いない、もう一人は知らない顔だな。
ちょっとぽっちゃりめの髭を生やしたおじさんだ。
道を尋ねているとかではなさそう。
冒険者の格好じゃないな、上等な紳士服を着ているし貴族かね。
「話しかけて良いのかな、あれ。終わるまで隠れて待っていた方が良いかね」
「そうですね。このまま私たちが行くと話の腰を折ってしまうかもしれません。少し待ちましょう」
「……レイヴン」
様子見しようってなりかけていたのにさ。
ハピネスがレイヴンの名前をぼそっと呟き、小走りで話し合い中の二人へと突っ込んでいった。
これには驚いたが俺たち二人だけ隠れているのもということでハピネスを追いかける。
レイヴンの話し相手のおっさんは駆け寄ってきたハピネスに気づき、目を輝かせていた。
「これはこれはハピネス様。先日は我が劇団の窮地を救ってくださりありがとうございました。……それでですね、またハピネス様の歌声を聴きたいという声が挙がっておりまして。劇団に入団とはいかなくても……」
近寄ってきてすぐにぺらぺらと流暢に話してきたこのおっさん。
レイヴンの言っていた劇団関係者だな。
どんだけハピネスに入れ込んでいるのか、態度や話の内容で充分わかる。
ハピネスも急に迫られて緊張したのか俺の背中に隠れた。
まあ、こういうがつがつ来るタイプはハピネス苦手だもんな。
盾になってやろうじゃないの。
「どうも。俺はハピネスの……兄的な立場の者なんだけど。ハピネスに何か?」
「これはこれは、ご家族の方ですか。私はある旅劇団で団長を務めております、名をウェスタと申します。本日はハピネス様にうちの劇団へ入団してもらえないか。入団は叶わなくともせめてミネルバでの限定公開という形で出演し続けてもらえないか交渉に来ておりまして」
この団長さん、かなり必死だ。
それだけハピネスの歌に価値があると確信していると。
レイヴンも対応に困っていてハピネスもこんな調子だしなぁ。
俺がびしっと言ってやろう。
「済まないがハピネスは」
「あの、すみません」
セシリアに出番を取られた。
「私はセシリア・アクアレインと申します。ハピネスちゃんは屋敷の使用人として働いておりまして。急に劇団への入団と言われても。ハピネスちゃんの意思も確認してないので、日を改めてもらえると彼女も返事が出来るかと思うのですが」
ハピネスを気遣った完璧な対応。
俺が付け加えることはない。
兄的な立場を名乗っておいてこの格好悪さよ。
「まさかあのアクアレイン家の使用人だったとは……わかりました。また、日を改めますのでその際には良い返事をもらえることを期待しております」
丁寧にお辞儀をしてウェスタは去っていった。
何故だろう、ああいう作った笑顔は苦手なんだよなぁ。
ハピネスの歌に価値を見出しているのは間違いないんだろうけど。
個人的にハピネスを預けるのはちょっと……戸惑うかな。
「……ありがとうセシリア、おかげで助かったよ。ヨウキもな」
「俺は名乗っただけだけどな」
特に何もしていない。
セシリアが場を収めた、それだけだ。
「差し入れ持ってきたぞ」
「……そうか。もうそんな時間だったな。こんなところで立ち話も良くないし俺の部屋に行こう」
レイヴンの案内で騎士団長室へ。
心なしかレイヴンが疲れているような。
騎士団の仕事が忙しいのかね。
他の騎士の動きを見ても多忙期には見えないが。
部屋に入るとレイヴンは自分の席に座り、俺たち三人は来賓用の椅子に三人で座った。
いや、待てよ。
来賓用の長椅子は二つある。
俺とセシリア、レイヴンとハピネスで座るべきだろう。
レイヴンよ、何故お前は一人寂しく書類を見ながら昼飯を食べようとしているんだ。
「どうぞ、ヨウキさん」
「ありがとうセシリア」
セシリアからサンドイッチを受け取って、食べてももやもやは取れない。
「……栄養補給」
「……ありがとう」
二人でお揃いのサンドイッチを食べている姿を見ると特に悩みはなさそうだ。
やはり、劇団の件がレイヴンの悩みの種になっているな。
ハピネスは椅子に座らず、レイヴンの隣でサンドイッチを頬張っている。
今ならセシリアと相談するチャンスだ。
「なあなあ、セシリア」
小声でセシリアに話しかける。
サンドイッチはすでに完食したのでマナー違反にはならない。
「なんですか、ヨウキさん」
「レイヴンの様子ちょっとおかしいよな。やっぱり劇団のことで悩んでいるのかな」
「ハピネスちゃんが絡んでいますからね。最初、レイヴンさんがハピネスちゃんを頼ったという話ですし。ハピネスちゃんが脚光を浴びることは良いことなのか。自分は後押しするべきなのかで迷っているのかもしれません」
「ハピネスが劇団で歌をねぇ……」
俺はハピネスの歌には力があると思う。
ハーピーという種族云々は関係なしで判断してもだ。
声は綺麗だし口数が少ない分、表現力や発想力で普段の会話を成立させている。
ハピネスの意図を正しく汲み取ってやらないと成立しないが……それでもよく頑張っている。
ただ、多くの人前で劇団の一員になって歌うっていうのは違うからな。
「俺としてはやるにしても頻繁に出ない方式のが良いと思う」
「そうですか。私も屋敷からハピネスちゃんがいなくなるのは寂しいので偶に出演するくらいにとどめてもらいたいです。もちろん、私の個人的な意見なので最終的にはハピネスちゃんの意思次第となりますが」
「そうだよなぁ。結局、周りがどうのこうの言っても最終的に決めるのは自分だもんな」
セシリアとひそひそ話をしているうちにレイヴンたちも食事が終わっていた。
レイヴンが何やら申し訳なさそうに俺たちを見ている。
「……ヨウキ、セシリア。部屋に騎士団員が入ってくる可能性もある。済まないがセシリアと恋愛的なことをするのは自宅で頼みたいのだが」
「してないって」
「レイヴンさん、そういうつもりで私とヨウキさんは話していたわけではないのですが」
二人で揃って否定する。
いやいや、相談していただけだぞ。
そんなに話しかけ辛くなるような雰囲気を出していた覚えもないんだが。
「……無自覚」
「……らしいな」
いやいや、話の内容的にもそんなんじゃないって。
ミカナからも上級者とか言われたし。
ただ、普通に会話しているだけなんだけどな。




