見舞いに行ってみた
スフィンクスガーゴイルを放置して、部屋の修理代を稼ぐために久々のギルドに来た。
中に入ると相変わらず賑やかで、まだ昼にもなっていないというのに酒を飲む冒険者が数人いる。
いつも通りにクレイマンがいる受付に来てみたのだが。
「あれ?」
クレイマンがいない。受付には欠勤とかかれた札が置いてある。
クレイマンの奴、怠いめんどいと常々言っていたが、ついに職務放棄をしだしたのか……。
恐らく、嫁に愛想を尽かされて家から追い出され、自暴自棄になってしまったのだろう。
そこから精神状態がおかしくなって、治療院に入院しているとか……。
「あの〜すみません」
俺が悪ふざけ全開の勝手な妄想をしていると、いつもクレイマンの隣に座っている綺麗な女性職員に声をかけられた。
「ああ、すみません。ちょっと考え事をしていました」
あなたの同僚の勝手な妄想ですとは絶対言えない。
「いえ……いつも副ギルドマスターと話をしている方ですよね」
あれ? 俺いつそんな権力がありそうな人と知り合いになったっけ。
「ギルドで話しているのはクレイマンだけなんですが……」
「ですから、副ギルドマスターですよね……」
「……」
盛大にずっこけた。
ありえない。ありえなさすぎる。
仕事は怠い、面倒、やりたくないのだらけという文字を擬人化させたようなクレイマンが副ギルドマスター!?
エイプリルフールってこの世界にもあったんだなぁ。
どっかでクレイマンがドッキリって書いてある看板を持って隠れているんだろうなぁ……。
「大丈夫ですか、遠い目をしていますよー戻って来てください!」
女性職員に肩を捕まれ揺さぶられる。
頭が揺れて正気に戻った。
「ああ…すみません。普段の行いからじゃ考えられないなあと思ってしまいまして……」
「はは……気持ちは分かりますけど」
「分かっちゃうんだ」
「ですが、仕事はきっちりとこなしてくれるんですよ。受付や書類整理、冒険者同士の乱闘の仲裁とかギルドの仕事はなんでもできるんです」
うわぁ、イメージわかないな。
でも職員さんが嘘つく理由ないし、本当のことなんだろう。
そういえばクレイマン自身も受付が本来の仕事じゃないと言っていたな。
「勇者様のパレードがあった時も、冗談で副ギルドマスター以外全員有休とろうとしたんです。そしたら、副ギルドマスターったら本気にしちゃって三日間一人でギルドを切り盛りしたんですよ」
俺が初めてミネルバに来たあの日か。
本人はかなり愚痴を言っていたけど、自分一人で仕事すること了承してたのかよ。
「で……その実は仕事ができるクレイマンは今日どうしたんですか?」
「ギルドの尊厳に関わることなので、公にしてはいけないのですが、いつも副ギルドマスターと仲良くしている貴方なら教えても大丈夫ですね。……このことは他言無用でお願いしますよ?」
「わかった」
内緒話のため、耳を職員の口元に近づける。
「実は、奥様と夫婦喧嘩をしたらしくて。結果、副ギルドマスターが全治一ヶ月の重傷を負ってしまい、現在治療院にて入院中のため休暇をとっているんです」
今日二回目のずっこけをしてしまった。
なんだか、似たような話を聞いたことがあるのだが……。
一応見舞いに行ってやるか。
「すみません。お見舞いに行きたいので、クレイマンが入院している治療院を教えて貰えますか?」
「いいですよ。副ギルドマスターが入院しているのはミネルバ第一治療院です。場所はですねーー」
女性職員の話だと、ギルドから歩いて十分ぐらいの場所のようだ。
教えてくれた女性職員に礼を言って、ミネルバ第一治療院に向かった。
「……で、俺の見舞いに来たということか」
「おう」
治療院のベッドに寝そべるクレイマン。
包帯にギプスという状態なのに何故かいつも通りの面倒そうな表情をしている。
とても全治一ヶ月を言い渡された患者には見えない。
しかし、奥さんにやられたらしいが、ここまでするとかどんだけだよ。
「夫婦喧嘩が原因らしいな。どうせ奥さんのカンに障るようなことしたんだろ?」
この男のことだ。家事も何もせず、怠い、めんどいでのらりくらりと家で振る舞って奥さんの怒りをかってしまったんだろう。
「あー、実はなぁ。喧嘩した当日が結婚記念日だったんだよ」
こいつ最低だな、おい。
夫婦の記念日になにしてんだよ。
「なるほど、結婚記念日を忘れていて奥さんにボコボコにされたのか」
女の人って記念日とか大切にするもんな。
しかしクレイマンは首を振り否定する。
「ちげーよ。ちゃんと覚えていたさ。ただ、嫁にプレゼントを買おうと思ってよう。それが面倒で先延ばしにしてたら記念日当日になっちまって……」
「……結局プレゼントは渡さなかったのか。それでこんな事態に?」
「いや〜。プレゼント探しに夢中になっちまって、気がついたら夜になっててよ。急いで家に帰ったらいつもは無表情な嫁がさらに無表情に……」
「馬鹿だろ」
記念日自体を台なしにしてしまっては世話ないな。
プレゼントはオプションであって大事なのは一緒に祝うことだろうに。
「まったく、面倒だぜ……」
「全部クレイマンのせいだろ。奥さんに謝ってこい!」
今ならまだ間に合う……わけでもないが離婚になったりしたら。
「いや、嫁はもう怒ってないぜ。しかも、今日の仕事が終わったら迎えに来てくれるんだよ。家で俺の看病してくれるんだぜ〜」
羨ましいだろ〜とニヤニヤしながら自慢げに言う。
……やっぱり聞いたことあるなこういう話。
自分の考えが予想から確信に変わり、クレイマンにある質問をすることに。
「……クレイマンの奥さんてメイドやってないか?」
「お! よく分かったな。でもただのメイドじゃないぜ、メイド長だ。すげえだろ」
まるで自分の自慢話をしているかのように誇らしげに言ってきた
うん。完全にクレイマンの奥さん誰かわかったね。
「ソフィアさん……?」
「あん。なんでお前が俺の嫁の名前知っているんだ?」
しまった、つい声に出してしまった。
まあ、別にやましいことなんてしてないから、焦る必要もないのだがな。
変な勘違いをしだす前に説明しておこう。
「あ〜、実は俺アクアレイン家のお嬢様と知り合いなんだ。あと、メイドさんにも昔の友人がいるからさ。その時に知り合ったんだよ」
こう言っとけば怪しまれずに済むだろう。
案の定、疑いの眼差しがすぐにいつものやる気の感じられない垂れ目に戻った。
「悪い悪い。少し疑っちまったぜ。そういえば、ギルドでお前に嫁の勤め先のお嬢様が訪ねてきた時があったな。安心したぜ、もし嫁に何かしてようなら……な?」
瞬間かなりの殺気が俺に向けられる。
真剣な顔をしていて、いつもの怠い雰囲気からは想像できないぐらいのものだ。
伊達に副ギルドマスターではないということか。
「おいおい、殺気を向けるなって。ソフィアさんに手を出したりはしないよ……」
「あー、そうか。ならいいんだ。悪いな」
なんなんだこいつは。
そんなにソフィアさんのこと想っているなら結婚記念日くらいしっかりしろよ。さっきの真剣な顔は何処へやら。
いつものだらけ顔に戻ってしまった。
しかし、クレイマンといい、ソフィアさんといい、どちらもかなりの実力者だろう。
……二人がどんな出会いをしたのか気になるな。
クレイマンに詳しい話を聞いてみることにしよう。




