吸血鬼の絆を見てみた
「……手を離すことは簡単にできる。ただ、手を握る機会はそう簡単に来ない。いつか、今度、また、なんて考えは捨てることだ。今握っている手の温もりを大切にしたいのならね」
カイウスは二人のカップルに熱弁していた。
どういう状況のカップルが相手なのかは分からんが、男性はカイウスの言葉に何度も頷いている。
女性は恋人の反応待ちらしく、片手をにぎにぎしていた。
握ってくれるのを待っているのか。
何このもどかしい状況。
俺とセシリアがどんな結末を迎えるのかとはらはらしていたら、ずかずかとアルビスがカイウスの下へと歩いていった。
「カイウス、また君か。恋の相談は君の城を訪れた客人のみにしてくれと言ったじゃないか」
「はっはっは、ブライリングを共に良くしていこうと言ったのはアルビスくんだろう。私は迷える者たちを目にするといても立っていられない性分でね。さて、彼らには二人で思い出の品を作る体験が合っているだろう。形に残る方が良いから木工体験辺りをおすすめするよ」
「……カイウスの見立てなら間違っていないんだろうな」
アルビスは近くにいる施設のスタッフを呼んだ。
カップルの案内を任せるらしい。
カップルはカイウスとアルビスに頭を下げ歩いていった……手を繋いで。
「あとは彼ら次第だ。……ところで」
カイウスが俺とセシリアに視線を向ける。
天狗と亀の被り物をしていたら、気づかないよな。
「ふっ」
鼻で笑われた。
おい、失礼じゃないか。
「また、面白いことをしているじゃないか」
「うわっ、身バレした」
「何故、わかったのでしょうか……」
俺もセシリアも一言も発していない。
判断材料がなかったはずなんだが。
「いくら仮面を被ろうと私は恋のキューピッドとして相談を受けた相手を間違えたりはしないのさ」
「どういう理屈なんだ……?」
俺みたいに感覚強化できるわけでもないのに。
俺もセシリアも訳がわからず首を傾げてしまった。
とにかく恋のキューピッドの偉大さは伝わったよ。
「そうか。元々カイウスの……やはり彼には勝てないのか」
ぶつぶつとアルビスが呟いている……二人に何かあったんだ。
カイウスに因縁があったのはショットくんくらいだと思っていた。
そんな彼も今やカイウスを先生と呼ぶ立場だけどな。
人心掌握能力に長けているカイウス相手にここまで対抗心を燃やしている。
どういう事情があるんだ。
「アルビスくん、私と君は勝負をしているわけではない。大事なのはブライリングを訪れた人たちの力になれたかじゃないのかい?」
「そ、それはそうだが」
「なら、私相手に感情的になっている場合ではないはずだ。アルビスくんは発想力があり人を動かす才能もある。君に導かれたカップルは数多くいる……これからもその数は増えるだろうさ」
俺とセシリアの様子を見てこれじゃないとがっかりしていたがな。
でも、案内に不備はなかったしスタッフとの連携も取れていた。
俺たちに話しかけてきた時も友好的でこの施設を楽しんでもらおうという意気込みも感じられた。
カイウスの言うことに間違いはないのだろうが……本人が納得いってないんだもんなぁ。
「カイウスには負けるさ。この施設もショットからの援助がなければここまでの規模にはならなかった。むしろ彼は最初反対していた。そんな彼が変わったのはカイウスのおかげだと聞いている」
俺とユウガが初めてカイウスに会いに行った時か。
あの時はショットくんハーレム作っていたし、カップルのための施設なんて邪魔になると思ったんだろう。
今はグラムさんの孫娘一筋だからな。
ブライリング活性化のための事業を進めているって話していたけどこの施設のことだったんだな。
「私は彼の背中を軽く押しただけだよ。歩き始めたのは彼自身の選択だ」
「僕にはそれができなかった。何度も計画書を書いて説明しても彼が首を縦に振ることはなかったよ。ある日を境に協力を申し出てくるまではね」
「私はきっかけを与えたに過ぎない。君の努力がなければこの施設は作られなかったさ」
このシリアスな会話はいつまで続くんだろうか。
因縁がありそうでなさそうな流れなんだけど。
結局、アルビスが思ってるカイウスへの不満は何なんだ?
「……事実を知った僕はカイウスを尊敬した。恋のキューピッドは実在する。この施設を良くするためにも話を聞くべきだと。だから、僕はカイウスの城を訪れた」
「ああ、今でも覚えているよ。相談に乗ってほしい。貴方とならブライリングで幸せなひと時を過ごせる施設が作れる、と息を切らして訪ねてきた君をね」
カイウスは懐かしむように笑みをこぼす。
アルビスは拳を握りしめて震えているな、何があったんだ。
「僕は見てしまった。見たくはなかったよ。恋のキューピッドと呼ばれる貴方が。間接的にとはいえ僕の夢の手助けをしてくれた貴方が……女性を縛り付けて棺桶に押し込めている姿なんてね!」
アルビスはそう言い切ると悔しそうにカイウスから目を逸らした。
成る程、そういうことね。
「あー、見ちゃったのか」
うん、それはカイウスが悪いわ。
この前もそうだったけどさ。
見られないように気を配ってないと。
「初めてカイウスさんと出会った時のことを思い出しましたよ」
「セシリーも最初は怒っていたからね」
「当然の反応かと」
「そりゃあそうだよなぁ」
そういう因縁だったのか……どうしたら上手く収まるんだろうね、これ。
俺が解決するにはかなりの時間を要することになりそうだ。
……まあ、カイウスだし何とかするんだろうけど。
「そういうことか。……ちょっと待っていてくれるかな」
カイウスはそう言い残して走り去っていった。
何処に行ったんだろう。
というかちょっとってどれくらいだよ、明確な時間を言って欲しかった。
このまま黙ってカイウスが戻ってくるのを待つのか。
沈黙を破ったのはアルビスだった。
「君たちはカイウスの知り合いだったんだな。彼の助言を受けたのかい?」
「俺が何度かってところかな」
「そうか。さっきも言ったが僕は彼を尊敬している。だからこそ、彼の歪んだ愛情表現が許せなくてね」
「歪んだ愛情表現ですか。私も最初は……」
セシリアとアルビスでカイウスについて話し込んでいると。
「やあ、待たせたね」
カイウスがいつものスタイル……棺桶を背負って現れた。
今の状況でその格好は火に油を注ぐだけじゃないのか?
中身が空という僅かな可能性を信じたがガタガタと微かに揺れている。
うん、これは連れてきたパターンだわ。
円満な解決不可能じゃね?
「……知っているよ、カイウス。君がその中に最愛の人を押し込めているって」
「押し込めているか……言ってくれるね。これは私とシアの絆のようなものだ」
棺桶から控えめにマルの書かれた札が出てきた。
おい、シアさん完全に認めている訳じゃないっぽいぞ。