勇者と出かけてみた
「どうしてプロポーズを控えているのに俺は休日に男と歩いているんだろう……」
自分から提案したとはいえどうしてこうなったと言いたくなる。
「何か言った、ヨウキくん」
「いや、何も」
思わず口に出していたようだ、危ねぇ。
しかし、結構はっきり言ったはずなのに聞こえてなかったのか。
ユウガって難聴スキルも持っていたっけ。
疑問に思いつつユウガの顔を見たら合点がいった。
こいつ帰ったらミカナと何しようかなって考えてやがる。
そんな顔だぞ、絶対。
心ここに在らずかよ、許せねぇ。
頭の中はミカナ、ミカナ、ミカナってか。
「あのさぁ、今何考えてる?」
「えっ、それはもちろんミカナのことだよ」
言い切ったよ、すごいな勇者。
やっぱりこいつは勇者だわ。
だからこそ、人並みの考えを持たないのか。
「新婚生活は上手くいってるのか」
「だから、ミカナが冷た……」
「それはもう良いから。冷たいとかじゃないんだよ。夫婦で意思疎通できてるかって話」
一方的に愛を押し付けてないかってこと。
「それは……できてるよ。家事だって分担してる。お金の管理も二人で相談してミカナからお小遣いもらってるし。休日は二人で出かけたりしてるもん」
「してるもんて……」
そこに可愛らしさはいらん。
あと勇者なのにお小遣い制なんだな。
詳しく聞いてみたい案件だけど聞きたいのはそれじゃないんだよ。
「もう一家を支える立場になるんだから、嫁の空気ぐらい読めないとっていう話なんだけど」
「えっ、僕って読めてない……!?」
「いや、知らんけど」
本当は知ってるけど直接は言えないよな。
どうにか誘導しないと。
「新婚旅行でさ。色々あったろ。意思疎通って大事だよな。そうだよな!?」
もう半分脅しになっている勢いだ。
ユウガも俺の気迫を感じたのか何度も首を縦に振っている。
「旦那は嫁の空気を読むものなんだよ」
「空気を読む?」
「そうだ。嫁の空気を読むんだ。何かして欲しそうだったら構ってやる。ピリピリしていたら、そっとしておくとかな」
「うーん。僕はミカナのためなら頑張るよ。機嫌が悪かったらどうにかして機嫌取るし」
この空回り具合からまず修正すべきなんだろうな。
ラッキースケベを抑え込むには自分を自制すべき。
それを教えてやらないと。
「ヨウキくんは付いてきたから知ってるでしょ。新婚旅行の時に僕は誓ったんだ。ミカナを優先して行動しようって!」
何でいつもこいつはやることが極端なんだよ。
構おう構おうって思っていたら、家の中でもすけべイベント増えるわ!
ミカナとの新婚旅行をユウガなりに反省して今の状況が出来上がったと。
「結果、夫としても勇者としても中途半端な存在になってしまったんだな……」
「ちょっと、酷いこと言わないでよ!」
夫としては妻に構い過ぎて微妙な立ち位置。
妻を優先し過ぎて勇者としての立ち位置も危ういのではないか。
「……どうだろう。嫁への接し方を勉強するというのは」
「僕は勉強しなくてもきちんと接して……るよね?」
「そこで言い切れない時点でお前の負けだ」
「だってさ。僕、この前の旅行でやらかしたばかりなんだよ。自分に自信が持てないのもわかるでしょ!」
「逆ギレすんなって。そう思うなら子持ちの知り合いがいるから話を聞きに行こう、な?」
「子持ちの知り合いって……ヨウキくん、それはセシリアへの裏切りになるんじゃ」
「何を想像してんだ、お前は!」
ふざけたことを言い出したので背中をバシッと強めに叩いた。
全く、何を言うのやら。
「知り合いは男だしセシリアも知り合いだから、そう言う冗談は笑えないから止めろ」
「ごめんごめん」
「そういうところだと思う。ほら、行くぞ」
ユウガを引っ張って俺が向かった先というと。
「新婚で嫁から不評を買ってるこいつに是非助言をしてやってくれぃ」
「はぁ、何しに来たかと思ったら結婚相談か? 帰れ帰れ。こっちも暇じゃねーんだよ」
クレイマンを頼りに来たんだけどやっぱりこんな感じか。
受付で机にもたれてだらっとしている癖に何が暇じゃないだよ。
「その有様で何が忙しいんだ」
「今は職員指導中でな。俺とシエラで書類関係の仕事を同時に始めていかに俺が優秀かを教えているところだ」
こいつシエラさんの代わりに引っ叩いてやろうかな。
確かにクレイマンの隣ではシエラさんが必死に書類整理を行なっている。
クレイマンの机には処理済みの書類の山が築かれており、シエラさんは残り三割といったところ。
時々、クレイマンを涙目で睨みつけている。
「だらっとしているのにお前よりも仕事は早いぞっていう優越感に浸る俺を見て対抗心を燃やさせて技術力を上げようっていう教育だ」
「嫌な教育だな」
「この教育のおかげでシエラの作業効率は上がったんだぞ」
「胸を張られても反応に困る」
「あ、あのさ。そろそろ僕も入れて欲しいんだけど」
クレイマンといつも通りのやり取りをしていたら、ユウガが口を出してきた。
「おいおい、またギルド登録か?」
ユウガには騒ぎになるのが面倒なので変装してもらった。
ガイの件もあってか登録と思われたらしい。
「今日はそうじゃないんだよ。こいつは俺の友人でさ。新婚なんだけどかなーり結婚後の生活に難ありで是非夫婦円満のコツを聞ければと思ってな」
「そこまで難ありじゃ……むぐっ!?」
煩いので口を押さえた。
ここは黙って先輩の話を聞いとけって。
「あー、そういうことか。シエラの作業もまだ終わらないみたいだし。少しだけ話してやろう」
「よし、じゃあ言ってやってくれ」
「夫婦円満のコツはずばり、嫁の尻に敷かれることだな」
「よし、他を当たろう」
「待てや」
ユウガの首根っこ掴んでギルドを出ようとしたら止められた。
いや、だって最初に出るアドバイスがそれじゃあさぁ……。
「ソフィアさんの苦労が透けて見える」
「おい、最後まで話を聞け。嫁の尻に敷かれるのはな。平和な結婚生活を送るのに必要なことなんだぞ。意見が対立して喧嘩ばかりじゃ疲れるだろう。それならできる嫁に全てを委ねるっていうのは悪いことじゃねーんだよ」
「……まあ、一理あるか」
「自分の意見を通すのなんざ嫁が無理してる時くらいで充分なわけだ」
「成る程。それじゃあさ。嫁に構い過ぎてて距離を置かれそうになってる夫がいるとしたら、どうすれば良い?」
「あー……」
クレイマンがユウガを見て何かを察したらしい。
ユウガは何も言えない。
俺が口を押さえているからな。
勇者に発言権がないまま、クレイマンは口を開く。
「嫁に構いたいのはわかるががっつき過ぎるのはな。どうしても嫁といちゃつきてーならじわじわ優しくしてみろ。そんで相手から来るようになるまで待つしかないだろうよ」
「優しくして待つか……」
「おう。そうすれば普段見れない嫁の顔が見れたりするかもな」
「クレイマンさん。それって実体験なんじゃ」
「うるせーぞ、シエラ。書類増やすか?」
「す、すみません。せめてこの書類の山が片付いたらでお願いします」
シエラさんが慌てた様子で業務に戻る。
うーん、クレイマンてこんな後輩教育に熱心な先輩キャラだったっけ。
何かあったんだろうけど、今回はそれが本題じゃない。
助言を得ることができたし、シエラさんの教育の邪魔をするのも良くないし帰ろう。
「助かったわ。じゃあな」
「おう。こっちもクインが世話になったみたいだからな。気にすんな。人の色恋について勉強し始めたのは意外だったが……まあ、一皮剥けた感じでな。親としては安心したわけよ」
「その事に関してはソフィアさんから報告受けたよ」
「ソフィアも驚いているみたいだがその内慣れるだろう。……俺がクインからもっとこうした方が良いって言われてることは内緒な」
我が子からサポートされてるのかよ。
もしかして、仕事の態度変わったのもそのせいか?
「んーっ、んーっ!」
ユウガが限界そうだしもう出るか。
クレイマンと別れてギルドを出る。
「ぷはっ。殺す気!?」
「勇者ならいけるはずだ」
「それでもきつかったよ」
「まあ、落ち着け。クレイマンの助言を聞いたろう。自分から構いに行くんじゃない。相手から構わせるようにするんだ」
さりげない優しさを見せて身を引く。
これを繰り返していけば多分だがいけるはず。
ラッキースケベが起きないように最新の注意を払い、出来るだけ距離を取ってアプローチすれば。
「ミカナから僕に……」
勇者が何を妄想しているのやら。
助言通りに行動できるのかと心配しつつもユウガとミカナの家へと戻る。
優しくはできても身を引くのはきついんじゃないかと思いつつ家へと入ると。
「ミカナが体調を崩しました」
おい、クレイマンの助言を活かす時が来るの早過ぎるだろう。