想い出を作らせてみた
「ユウガは馬鹿だと思う」
今更、それを言うのかと思うかもしれないが、俺はセシリアに打ち明けた。
「どうしましょう。本来、そのようなことは言ってはダメですよと言うべきなのですが、ミカナが気の毒で勇者様を素直に庇えない私がいます」
あの聖……様であるセシリアでもユウガを許せないと。
それだけユウガの行動は罪深いということか。
まあ、カップルドリンクやれば顔が見れるとか思っての行動だろうけども。
男とのカップルドリンクなんて目に毒だし、俺が喜んでやるわけがないし、ミカナをスルーとかあり得ないし。
「あいつ、口だけじゃんよ……」
「魔剣士さん……」
辛そうな目で見ないでくれ、セシリア。
視線を別の方向へ向けるとユウガとイレーネさんが砂浜の上でぐったりしている。
これが新婚旅行の図だなんて信じられない。
新婚旅行来て早々に妻じゃない女性と並んで寝るとかないわ。
「予想以上に頭を悩ませるな、この勇者は。こうなったら、上手く誘導するしかないぞ」
「そうですね。勇者様を何とかしないと」
セシリアがちらりとミカナを見る。
倒れているユウガには目もくれずにぼーっと海を眺めている。
ダメだって、新婚旅行の雰囲気じゃないぞ。
「どうするんすか、これ。やばい雰囲気っすよ」
デュークも黙っていられなくなったか。
この状況じゃあ、そうなるわな。
「……腐っても勇者、馬鹿だろうが勇者、結婚しようが勇者だ。こいつの勇者パワーを考えたら、きっと近くに町があってお祭りでもやってるだろう」
「そんな都合の良いことがあるでしょうか」
「大丈夫。その辺はこの勇者の数少ない信頼できることの一つ。ないわけがない」
主人公補正というやつが働くはずだ。
問題はどうやってユウガの行動を制御するかだけど。
「……は。、僕は、一体何が起こって」
作戦会議中に厄介な勇者が目を覚ましてしまった。
まだ、どうするか決めていないのにな
起き上がるなり、俺を見つけてロックオン。
詰め寄ってくるの早いな……。
「成る程、おかわりだな。おかわりなら、遠慮なく注文しろ。次は特別サービスで飛距離割増で投げ飛ばしてやる」
「いやいや、投げ飛ばすとか……いきなり酷いじゃないか」
「すまないが護衛の依頼を受けている者として、不審者がいたら排除しないとならなくてな。俺としては依頼を迅速に遂行した、それだけだ」
俺の言い分合ってるよねと賛同を貰うために周りを見渡す。
セシリアもデュークも首を縦に振っている、ほら見ろ。
「大体、これを一緒に飲むべき相手が勇者殿にはいるんじゃないのか。あれを見ろ」
「えっ……あっ!」
パラソルの下で体育座りをしていたミカナだが、今は一人で海辺を散歩している。
……ミカナは新婚旅行に来たんだよな、傷心旅行に見えるんだけど。
セシリアは見ていられないのか、目を逸らしてるし。
俺はカップルドリンクをユウガに渡し、背中を軽く叩いた。
「行け。俺からは以上だ」
語る言葉はこれで充分。
そしてユウガは走っていった。
「これでとりあえず、大丈夫だな」
「一仕事した感があるみたいっすね」
「まあ、な。ここから選択肢をミスるようなことはないだろうよ」
俺たちはユウガがミカナに駆け寄っていくところを見ていた。
ユウガが声をかけたが、ぷいっと顔を横に振り拒絶。
「当然の反応だと思います……」
女性側からの辛いコメントが飛び出した。
いや、俺もデュークもセシリアに同意。
嫁ほっといて他の男に夢中とか意味分からん行動したら、そうなるって。
それでもめげずにミカナに話しかけるユウガ。
さすが勇者、拒絶されても全くめげない強心臓を持ってるな。
良いアイテムがあるんだから、ミカナがユウガを見てくれたら良いんだけど。
「……あれ?」
「どうしたデューク」
「隊長、俺の見間違いっすかね。勇者が持ってるドリンクなんすけど、中身……」
俺とセシリアはカップルドリンクをじっくり見る。
あの透き通った混ざり物が何もない、透明な液体は……。
「水、だな」
「水、ですね」
「水、っすよね……」
三人同時に固まった。
そして、ミカナもようやくユウガヘと目を向けて気づいた。
「何で水なのよ!」
そのツッコミは正しい。
さっき俺に迫ってきた時はちゃんとジュース入れてたじゃねぇかよ!
何でミカナの時は水を持ってくんだ、あいつは。
「ご、ごめん。ミカナを怒らせたから、ミカナが好きそうなジュース作ろうとしたら、その……おどろおどろしい液体が出来上がっちゃって。これじゃあ、ダメだって思ったらミカナはどんどん遠くに行っちゃいそうだったから、急いでて、それで……」
理由を聞いて再度思った。
「やはり、ユウガは馬鹿だな」
「……それでも今ので勇者様の想いは伝わったのではないでしょうか」
セシリアがぼそっと呟いた。
「はぁ……全くもう。ここで普通、水なんて入れてこないわよ。こっちはほっとかれて傷心気味だったのに」
「ご、ごめん」
「良いわよ、別に……そういうところ、ユウガらしいじゃない」
ミカナは口を尖らせて笑ってみせると、ユウガから水の入ったカップルドリンクをひったくり、その場で飲みほした。
「……ぷはっ。こんなの誰が持ってきたのか知らないけど、中身が水とかあり得ないんだからね。アタシも手伝うから、入れに行くわよ」
ユウガの腕を引っ張り連行する。
……ユウガよりミカナの方が男前じゃね。
「ま、これにて一件落着と」
「そうですね。まだまだ何か起こる予感がしますが……」
「そりゃ、そうだ。これだけで終わるなんて楽観視しないさ。この依頼はそんな甘いものじゃ」
「甘いです!」
いや、甘いものじゃないって……誰の声だ。
声の聞こえた方を向くとイレーネさんが砂浜の上でもがいていた。
「うう~っ、甘くて酸っぱくてすっきりしてるようでドロッとしていて、シュワシュワ……うぷっ、気持ち悪い……」
少しの間目を離しただけで、どうしてこうなるのやら。
ユウガよ、お前は何故、失敗作をそのままにして置いておいた。
イレーネさん、貴女は何故、明らかに地雷確定ドリンクを飲んでしまったんだ。
「ほら、水を飲むっすよ。……慌てないでゆっくり飲むっす。急いで飲んだら、むせるっすからね」
「デュークさん、ありがとうございます。……うぅ、美味しくない」
「どう見ても飲んじゃダメなやつじゃないっすか。なんで、飲んだんすか」
「いや、その……逆にどんな味がするのか気になって」
無駄なチャレンジャー精神が発揮されたらしい。
そこは無難な飲み物にしておけよ。
「魔剣士くん、これが飲み終わったら競争をしよう」
こいつは何でまた絡んでくるかね。
良い雰囲気だったんだから、こっちに来んなよ。
ミカナの顔を見ろ、微妙な顔をしてるぞ。
せっかくのカップルドリンクなんだから、ゆっくり飲んで会話を楽しめっつーの。
「実は目印を浮かべてきたんだ」
ユウガの指差す方向には旗らしき物が海に浮いている。
いつの間にあんなもん浮かべたんだよ。
「あの目印が折り返し地点だ。先に戻ってこれた方が勝ちでどうかな」
なんで勝負する流れになるんだよ。
ナンパ男子も熱血ライバルも現れていないぞ。
いるのは黒雷の魔剣士だけなんだがな……。
「その勝負、俺にやる価値はあるのか?」
「勝負に価値を求めるんだね。そうだな……勇者の僕に勝利したっていう称号が手に入るってところだね」
今、物凄くイラッとしたわ。
セシリアもミカナもないわーって顔をしてる。
勝負したいがためにそんな発言をするのか、こいつ。
だったら、やってやろうじゃないか。
調子にのってるところをはたき落としてやるから、落ち込んだところをミカナに慰めてもらうが良い。
「ふっ、そこまで言うならば受けてやろう。新婚旅行の祝いとして敗北をプレゼントしてやる。ありがたく思うが良い」
「悪いけどそのプレゼントは遠慮しておくよ。勝つのは僕だ」
少女漫画的な展開だが、彼女は一切関係ない戦いが始まった。




