旅行場所に着いてみた
「おい勇者。さっさと馬車に乗れ。何かが起きる前に身を隠せ!」
「ミカナ、早くして下さい。何故、寝不足気味なのですか。しっかり歩いて下さい。ふらついていますよ」
「ちょっ、イレーネ。その背負ってる籠は……え、村の人たちから貰ったって、これ動物の皮や骨じゃないすか。武器や防具作りにって……新婚旅行の護衛任務中っすよ。返してくるっす」
朝から俺たちはぐったりである。
フラグを呼び込むユウガ、平常運転ではないミカナ、動きが読めないイレーネさん。
まさか、こんなに大変だなんて……三人をフォローしないといけないので休む暇がない。
本当に……どうしようね。
「おい、目的地に着いてないのにこれだぞ。海に着いたらどうなるんだ。温泉では何が起こる!? 無事に寝れるのか、心配なんだが」
「俺に聞かないで欲しいっす。とにかくフォローするしかないっすよ。失敗したらどうなるか……」
ユウガに俺の正体がばれるくらいなら、別に良いんだよ。
俺からしたらもうばらしているようなものだし。
だが、新婚旅行が台無しになるってのは絶対に避けないといけない。
マリッジブルーだっけ、知り合いがなってほしくないわ。
くっつけるまで、散々相談に乗ったのに破局とかありえないぞ。
「俺への興味が早く逸れてくれると良いけど」
「でも、勇者ってそんな簡単に事を運ばせてくれるような人なんすかね。接点あまりないから、そこんところ今一分からないんすけど」
「無理かも」
「えっ。じゃあ、どうするんすか」
「……なるようになるだろう。今の俺は黒雷の魔剣士。不可能を可能にしてみせる。デュークやセシリアもいるんだ。ユウガの暴走くらい軽く止めて、掌の上で転がしてやるさ」
「現在、俺たちが転げ回ってる状況なんすけどね……」
嫌な予感がするのは俺も分かる。
だからといって、最初から諦めるのは良くない。
三人の力でトラブルなく、円滑に新婚旅行を終わらせねばならないのだ。
「とにかく、良い想い出を作ってもらうしかないだろう。雰囲気大事だからな。小道具を使うぞ。手伝えよ」
「珍しく、準備良いっすね。黒雷の魔剣士は頼りになりそうっす」
「当たり前だ。依頼は迅速かつ完璧に。依頼人へのサービスは当然だろう」
カップルドリンク、二人乗りの浮き輪、お揃いのパーカー等。
あとは二人きりにさせて置けば、新婚なのだからムードが出てイチャラブするさ。
護衛だけど、かなり離れた位置から見守る感じにしよう。
作戦はこんなものだな。
「デューク、お前の仕事はイレーネさんの操縦だ。抑えられそうになくなったら、近くに洞窟があるからそこへ向かえ」
「洞窟に行って何をするんすか!?」
「安全確認とか、理由作れば良いだろう。イレーネさんの行動は全く読めない。ムードブレイクの可能性がある」
「なんすか、ムードブレイクって!?」
「カップルドリンクを運ばせたら溢さないか、浮き輪に穴を空けたりしないか。キスのタイミングでくしゃみをしたりしないのか」
はっくしょん、なんてやったらぶち壊しだからな。
……いや、イレーネさんとはあまり接点もないくせに言い過ぎだろうか。
イレーネさんに好意を持ってるデュークからしたら、面白くないかも。
「……洞窟の位置、後で教えるっすよ」
「可能性があるのか」
イレーネさん、ユウガ並の逸材かもしれない。
その後の道中は何も起こることなく、目的地に着くことかできた。
俺には嵐の前の静けさというやつにしか思えなかったが。
「それじゃあ、ここからは自由行動ね」
勇者ユウガのこの発言を発端に悪夢は始まるのであった……。
「なんて、どうだろうか」
「本当にそうなるので止めてください」
水着に着替えたセシリアに注意された。
俺だってこうして砂浜で平和に海を満喫できたら、どれだけ幸せだろうかと思う。
でも、出来ないんだよ、無理なんだよ。
「俺は事情があるから、海でもこの格好だしさ……」
黒雷の魔剣士は自由行動と言われても水着姿になるわけにはいかないのだ。
周りは皆着替えているというのに……あ、デュークはウェットスーツだ。
まあ、それでも海に適した格好だろう。
俺だけが暑苦しい場違いな格好をしているのである。
「周囲の警戒は俺がしておくから、セシリアも遊んできたら?」
せっかく水着に着替えたんだから……あっ、パーカーを羽織った。
これは遊びには行きませんアピールか。
「今回は遊びに来ているのではなく、仕事に来ているんです。私たちが気を抜いていけません。……魔剣士さんだけに押し付けたりはしませんから」
「……ん」
俺は無言で海の方へと指を指した。
「デュークさーん、遠泳の時間がやってきました。これも修行のいっか……あ、足が。足をつってしまっ……た、助け……がぼっ!?」
「なーにをしてるんすかー!?」
イレーネさん、足をつってパニックになってるな。
デュークが泳いで救助に行ったから大丈夫だろう。
まあ、何が言いたいかというと……あいつらは海をすごく満喫しているということだ。
「……楽しそうですね」
「本当にな。俺もこの姿じゃなければなぁ」
水着姿でセシリアとキャッキャウフフをしたいものなのだが。
「私たちもいつか来ましょうか」
「そうだな」
「あんな姿を見せられたら羨ましくもなりますよ。デュークさんとイレーネさんはとても仲が良いのですね」
イレーネさんは怖かったですぅぅぅ、とせっかくの美少女が台無しな泣き顔を披露。
一方、デュークは慰めながらイレーネさんの足をストレッチしている。
あれで付き合ってないんだから、不思議だ。
「デュークのやつ、成功すると良いな」
「何の話ですか?」
「あー、デュークがイレーネさんに告るってさ」
「まだ、あの二人は付き合っていなかったんですね。驚きましたよ」
セシリアは二人が付き合ってると思っていたようだ。
息がぴったりだし、勘違いしても仕方ない。
「今回の旅行で勝負を仕掛ける気だろう」
「……今回は同時進行でサポートが必要なのでしょうか」
「いや、デュークは大丈夫だろう。あいつはそんなやわじゃない。正体をばらしてもイレーネさんなら、受け入れてくれるさ」
「ほら、イレーネ。今度はこれを使って泳ぐっすよ」
「これは、浮き輪じゃないですか。デュークさん。私はちゃんと泳げますよ!」
「……じゃあ、もう一回遠泳してくるっす」
「わかりました。これも鍛練ですよね。行ってきます!」
気合い充分にイレーネさんは浮き輪を使わずに泳ぎだした。
この流れはあれだ、お約束というやつだろう。
「ああーっ、デュークさーん。助けてー!」
「だから、言ったじゃないっすかー!」
デュークは浮き輪を片手に二回目となるイレーネさんの救助へ向かっていった。
あの二人はあれが正解なんだろう。
「楽しそうだな」
「……大丈夫でしょうか。心配なので私、見てきますね」
大丈夫だと思うんだけど、こういう時に心配だと言って小走りで駆け寄っていくところも好きだな。
……セシリアに直接言ったら、なんて言うかね。
「脳内惚気はこれくらいにしておこう。さてと、主役の二人は何をしているか……ん?」
おかしい、俺の目には水着姿のミカナがパラソルの下で体育座りしている光景しか映らない。
旦那はどこに行った。
「魔剣士くん」
呼ばれて振り返ると勇者がいた。
イケメンには海パンにパーカーが似合う。
太陽よりも眩しい……と大抵の女子なら思うくらい、今日のユウガは輝いていた。
この爽やかな青年が旦那なんてミカナさん羨ましいー、なんて声が上がるであろうくらいのレベル。
ユウガの片手には俺が用意してきたカップルドリンクが握られていた。
それに目をつけるとは、分かってるじゃないか。
さあ、新婚のイチャラブを見せつけてみろ。
「良かったら、一緒にどうかな」
「……は?」
「いや、喉渇いてないかなって思って」
つまり、俺と飲もうと言ってるのか。
カップルドリンクを男である俺と。
「ちょうど良い具合にここにテーブルがある。そこにドリンクを置いてくれ」
「うん、分かった」
ユウガがテーブルにカップルドリンクを置いた。
よし、準備完了だな。
「パーカーを脱げ」
「え、何で」
「いいから脱げ」
「わ、分かったよ」
渋々、パーカーを脱ぐユウガ。
なんで脱がしたかっていうと、パーカーには罪がないからだ。
海パンは濡れても良いけど、パーカーは濡れるのは嫌だろう。
これは俺なりの優しさなんだよ。
「力を抜け」
「ち、力を抜けって……一体、何を……」
忠告はした。
さて、先程の返答をしてやろう。
俺はユウガの腰を両手で掴んで、足に力を入れた。
「誰が飲むかボケがぁぁぁぁぁぁぁ!」
そのまま、海に向かって巴投げをしてやった。
ユウガは綺麗な放物線を描き、大きな水飛沫を上げて海に着水。
「な、何が。何が起こったんですか! デュークさん、早く、早く助けに来てくだ……」
「もう来てるっすよ。浮き輪に掴まってるじゃないっすか。暴れたら……ほら、浮き輪から外れて……」
「私は誰に付くべきか……この状況では悩み所ですね」
ユウガの入水により、二次災害が起きたらしい。
セシリアが誰をサポートすべきか迷うのも分か……いや、付くべきなのがいるぞ。
「……………………はぁ」
ミカナがユウガが消えていった方を見て、大きくため息をついていた。
セシリア、早くフォローをしてくれ!