追いかけてみた
「俺を見ているんだよな……?」
スーツを着た亀の被り物で顔全体を隠した人物がこちらを見ているのだ。
視線の先にいるのは俺だと思うんだが、もしや、彼女のパートナーだったりして。
いつから見ていたのか知らないが、踊っている所を見られていたとしたら。
……俺に対して怒っている可能性があるな。
パートナーが別の男と話ながら踊っているところなんて目撃したら、誤解をするのも無理はない。
これは事情を説明して誤解を解くべきだろう。
「もう少し、私に付き合ってください」
「え!?」
しかし、新たな曲が始まり、四人で話が弾み過ぎていたせいもあってか。
踊る気になってしまった彼女に手を引かれてしまい、俺はその人物と話すことができなかった。
先程とはまた違った曲調で、ダンスに集中しないと足を踏みそうになる。
「ちょっ、テンポが早くないか」
「私も……集中しないと、せっかく教えてもらったんです。踊りきります」
ダンス初心者な俺たちは何とか相手の足を踏まずに踊りきった。
曲が終わってからの達成感が素晴らしい。
集中し過ぎたせいか、お互い汗だくだが、表情はすっきりしているはずだ。
「ふう、中々、良かったな」
「はい、私、こんな曲をミスせずに踊りきれるなんて思っていませんでした」
「君のパートナーと踊れたら、なお、良かったんじゃないかな」
達成感とかいうそういった喜びはやっぱり、大切な人と共有した方が良かったと思う。
俺の発言に彼女も何か思うことがあったのか、黙ってしまった。
楽しく踊っていたのに、水を差すようなことを言ってしまったが、これで良かったんだ。
さっき見つめていた人のためにも、彼女のためにも。
「……それでも、私は貴方と踊れて楽しかったです。お互いに慣れていなくて、一生懸命、タイミングとか合わせて踊ることが」
「俺も、助かったよ。君が誘ってくれなかったら、まだ、俺は壁で一人で飲み食いしていただろうからさ」
「私も勇気を振り絞って貴方を誘っていなかったら、見つからないパートナーを今でも探していたかもしれないです」
彼女は今でもパートナーを見つけれていないんだ。
……さっき見ていた亀の被り物をしていた男が彼女のパートナーだろう。
早く、二人を導いてやらないと、パーティーが終わってしまう。
これも知り合った俺の役目だ、踊ってくれた礼もある。
「ちょっと、待っててくれ。すぐに戻るからさ」
俺は彼女の返事も聞かずに走り出した。
あの被り物は割りと珍しいから、簡単に見つかるはずだ。
「……いた!」
すたすたと歩きながら周りを窺っているのは、誰かを探しているんだろう。
俺は彼の腕を引いて、人気の少ない場所に移動した。
「あんた、さっき俺たちを見てたろ。すまない、彼女のパートナー、だよな?」
確認するが何も答えない……が、否定するわけでもない。
沈黙は肯定とみなそう。
おそらく、俺に怒っていて、交わす言葉などないという意思表示だろう。
誤解を解くべきだ、このままでは彼女にも迷惑がかかってしまう。
「怒るのも無理はないが、聞いてくれ。彼女はあんたが中々見つからなくて困っていたんだ。踊りを教えたのはあんたなんだろ。このままじゃ、せっかく教わったのに無駄になってしまう。そこで、壁に一人佇む俺に声をかけた」
彼は黙ったままだが、話はちゃんと聞いてくれている。
時折、相槌を打っているからな、これなら誤解を解けそうだぞ。
「俺も大切な人に踊りを教わったんだけどさ。その人は今日は事情があって来れなかったんだけど。……お互いに教えてもらったのに、踊らないっていうのは勿体ないってことで、相手をしてもらったんだ。本当にそれだけだから。彼女もパートナーの話……あんたの話をちょくちょくしていたし。俺も……あんたには失礼かもしれないけど、大切な人がいるんだ。魅力とか語ったらきりがない感じの」
俺は初対面の相手に何を言っているのやら。
まあ、ここまで言ったらわかるだろう、あなたの彼女に好意を持って近づいたわけではないと。
話していて好感は持ったけどさ、俺の一番はセシリアだから、変わらない。
「彼女にとって、あんたが一番なように、俺にも一番大切な人が既にいるんだ」
さて、ここまで言ったら理解してくれただろうし、彼女のところに連れていくとしますか。
再度、腕を引いたのだが、逆にがしっと手首を掴まれた。
……あれ、男にしては手が柔らかいような。
「……私ですよ」
「……へ?」
この聞き慣れた、優しさ溢れる声は……。
「まさか、こんな形でヨウキさんからそんな言葉を聞くことになるとは思いませんでした」
「……え?」
「現実逃避をしようとしているのか、理解が追い付いていないのか、わかりませんが。……このような格好をしていますが、セシリア・アクアレインです」
待ってくれ、どうしてだ、この状況はどういうことだ。
パーティーに参加しないとセシリアは断言していた。
だが、目の前のスーツを着た亀さんはセシリアらしい。
嗅覚で確認してもセシリアだ、本物だよ、ご本人だよ。
でも、なんでこんな格好で参加しているの。
男装して亀さんて何でなんだよ。
「ヨウキさん、ハピネスちゃんはこういったパーティーが初めてでしょうから、レイヴンさんもその……舞い上がっている様子でしたし、心配だから、様子を見に来たんですよ。ただ、誘ってくださった知り合いの方に見つかると、その、申し訳ないと思ったので、男性の格好をしてきたんです。あとは、髪を誤魔化すためにこの被り物を……」
「あ、ああ、そうだったんだ。そう、そういうことね。成る程、成る程。理解した、理解。大丈夫、大丈夫。もう、落ち着いたから、心配しなくてもね。普通のあれだから、うん」
「……全く、大丈夫には見えませんね」
はっはっは、セシリアは何を言っているんだろうね。
俺はいつも通りだよ、うん、平常心、平常心。
「先程の言葉は純粋に嬉しかったですよ?」
「あれは、率直な俺の気持ち、です」
「ヨウキさんのああいうところ、私、好きですからね」
「ごふっ!?」
もうこれ以上言われたら俺の身がもたない。
待て、冷静になるんだ、俺よ。
周りから見たこの状況を考えれば冷静になれるはずだ。
スーツを着た天狗が同じくスーツを着た亀の前にひざまづいている光景。
何というシュールな光景だろうか。
「いやぁ、すごい絵面だわ」
「何の話ですか?」
「今の俺たちだよ。中々、すごい状況だよな」
「えっ、あっ! ……ふふ、そうですね」
こうして笑い合っているのが、いつもの俺たちだ。
しかし、この場で全セシリアと呑気に談笑している場合ではない。
彼女のパートナーだと思ったら、セシリアだった。
早とちりしてしまったせいで、彼女を一人にしてしまった。
俺だけがセシリアと会えて、彼女は会えないというのはちょっと。
セシリアもさっきの説明で理解してくれているから、着いてきてくれるらしい。
とりあえず、セシリアのことを話そうと二人で彼女がいた場所に戻る。
「……ん?」
なんか、口論しているのが目に写った。
一組のカップルと男性……だろうか。
カップルの男は余裕がないのか、耳を真っ赤にして笑みを浮かべる男性に怒鳴っているようだ。
女性関係のもつれかな……関わらない方が身のためだと視線を合わせないようにして、通り抜けようとする。
しかし、男性の声に聞き覚えがあるような。
「はっはっは、随分と情けない話だ。自分の気持ちに正直になったらどうだ、楽になれるぞ」
「どうして知り合いでも何でもない、ただ、さっき同じテーブルから飲み物をとっただけのアンタなんかにそこまで言われなくちゃならないんだ!」
「フィオ様、落ち着いてください。騒ぎを起こせば旦那様の耳に入ってしまいます!」
「くっ、確かにそうだが、シオンは悔しくないのか」
カップルに絡んでいるのは、蝙蝠の仮面を被った男。
あの笑い方はまさかな…。
「ここは、誰もが本来の自分に仮面を被せて参加するパーティーなはず。そう、ここでは普段の自分など気にせず、愛する者と楽しむことができる場なんだが……君たちは見ていられないな」
「どう楽しむかは僕たちの勝手だ。見ず知らずのアンタに指図される覚えはない」
「楽しむか……か。私には楽しんでいるようには見えない。仮面の下は悲しみが隠されているように感じたがね」
蝙蝠の仮面の男性が指摘すると、カップル二人が動揺した素振りを見せた。
「君の彼女への態度はパートナーを気遣うには少し、拙さがあった。作法等は完璧なのにね。一方、彼女は君に気を遣い過ぎている節がある。身にまとっている服も格差があるようだし……関係は貴族とその屋敷の使用人といったところかな」
怖っ、素振りや着ている服でそこまでわかるもんなのか。
当たっていたのか、カップルの二人も驚いている表情だ。
「……父の差し金か」
「私はただの通りすがりさ」
「嘘をつけ、目的はなんだ。金か、それとも別の何かか……なんだっていい。もし、父の差し金じゃないなら、僕にできることなら、やってやる。その代わり、シオンには手を出すな。彼女は関係ない、僕の戯れに付き合ってもらっただけだからな」
「フィオ様!」
「安心したまえ、私が君に……いや、君たちに求めることは一つだけ、一つ聞きたいことがある。どうしてだ!」
カップルの二人は目を丸くしているだろうな。
いきなり、どうしたって感じだろうよ。
「君たちは愛し合っているんじゃないのか。戯れだと、よくそんなことが言えたものだ。私は感じた、君たちがどれだけ、お互いを想い合っているかを」
「な、何を言っている。僕たちとは先程会ったばかりの癖に知ったようなことを言って……」
「では、君は彼女を愛していないと、パーティーに来れるなら誰でも良かった。彼女は君にとってその程度の存在というのかな」
「なっ、シオンは……シオンは大事な人だ!」
言ってしまったと悔しそうにしているな。
彼女も心配している様子だ。
「ふっ、その熱い気持ちがあれば君たちの恋に仮面は必要無くなるだろう」
「……アンタは一体何者なんだ」
「はっはっは、言っただろう。ただの通りすがりだと。お節介だったかもしれないが……もし、君たちの恋に壁が現れ悩んだ時にはここを訪ねてきたまえ、相談にのろうじゃないか。ブライリングの恋のキューピッドがな」
高笑いして去っていく後ろ姿をカップルは唖然とした感じで見つめている。
……ほんと、どこでも自由なんだな、カイウス。