村に行ってみた
「はぁ……」
俺は深い溜息をこぼした。今、俺はアクアレイン家の馬車に乗り、揺られている。
馬車の窓から見える景色は先程から変わらず、山道をひたすら走っているようだ。
隣には俺の好きな女性、セシリアがいる。
目的地はミネルバから馬車で六時間ほどかかる山村、ダガズ村だ。
セシリアと二人きりのプチ旅行だ。
……と言いたい所だが。
「わ〜い。初めての馬車だ〜」
何故かシークもいる。
窓から顔をだしてはしゃいでいる。
そもそも、どうしてこうなったのか、それは今朝に遡る。
「……朝か」
借りてる宿のベッドから起き上がる。
窓から太陽の光が入り、朝の始まりを告げている。
横のベッドを見るとシークがいない。
いつもならとんでもない寝相で寝ているはずなのに姿がない。
俺が起こさないと起きないのに……どこに行ったのだろうか。
「まったく、ハピネスやデュークがいなくなってから大変だな」
ハピネスはソフィアさんに、デュークはレイヴンに連れていかれたので、シークのお守り兼遊び相手が俺一人にのしかかっている。
魔王城にいた頃は三人で分担していたのにな。
まあ、いなくなってしまったのは仕方ないな。
愚痴っても二人が戻ってくるわけでもないし。
今日はセシリアに会う約束がある。
身嗜みを整えて、アクアレイン家の屋敷に向かうため宿を出た。
「ごめんなさい。急に仕事の依頼が入ってしまって。せっかく私からお茶でもと誘ったのですが」
屋敷着いたらこれである。
どうやら、僧侶としての仕事が入ったらしい。
すでに、馬車に乗り出発の準備をしている。
山村に山賊が出て、追い払うことはできたものの、重傷者が多数出たらしい。
また、山賊が出るかもしれない、尚且つ僧侶として実力があるものではないと回復が間に合わない。
こういった理由からセシリアに話が来たとか。
「仕事なら仕方ないよな……そうだ! 俺も連れていってくれ」
せっかく今日はセシリアと一緒に居られると思い、昨日から楽しみにしていたのだ。
それに、セシリアの役にも立ちたいしな。
「……ですが、これは私の仕事です。ヨウキさんの手を借りるわけには……」
「あら、別にいいじゃない」
セシリアが渋っていると、後ろからいきなりセリアさんが現れた。
「山賊が出るかもしれないし、危ないでしょう? セシリアなら大丈夫かもしれないけど、念のためにヨウキくんについて行ってもらいなさい」
セシリアは考えだす。
セリアさんが味方についたことは大きいな。
「……わかりました。ヨウキさんは回復魔法も使えましたし、護衛としても充分な実力をお持ちです。ヨウキさん、申し訳ないですが、同行して貰えますか?」
俺から無理を言ってお願いしたようなものだし、そんなに畏まらなくてもいいんだけどな。
これはセリアさんがくれたチャンスだ。
俺の良い所を見せて、セシリアの好感度を上げるイベントのようなものだろう。
「喜んで同行させて貰うよ。」
聞く所によると、泊まりがけの仕事らしい。
二、三日行き先の村で宿泊するのだそうだ。
そのため、着替えなどの荷物を持っていかないといけないため、一度宿に戻り、荷物をとってくることになった。
「それじゃあ、すぐ戻るよ」
セシリアとセリアさんに見送られて、全力で走り宿に戻る。
宿に着くと、すぐに荷物をまとめ、屋敷に向かい、全力で走る。
この時までは、セシリアと二人きりのちょっとした旅行だなと思っていたのだが。
「わ〜い」
屋敷に着くと、何故かシークが馬車に乗ってはしゃいでいる。
セシリアも馬車に乗っており、セリアさんはあらあらと困ったような感じで笑みを浮かべている。
俺に気づいたセリアさんが駆け寄って来て、耳打ちする。
「ごめんなさいね。ヨウキくんが宿に戻った後、シークくんが来ちゃって。事情を説明したら自分も行くって言い出したの」
どうやら、すれ違いでシークが屋敷に来たようだ。
朝から何処に行ったのかと思っていたが。
まさか、セシリアの屋敷に行こうとしていたとはな。
ただ、俺の方が早く着いていたので、寄り道しまくったのだろうが。
「私もセシリアも危険があるからって説得を試みたんだけど。シークくんたら駄々をこねちゃって、私もセシリアも折れちゃったのよ」
シークも一度言い出したら聞かない所があるからな。
幼い美少年の泣き顔は女性には効果的だったんだろう。
シークの奴、狙ってやりやがったな。
「はぁ……仕方ないですね。俺が説得しても無駄でしょうし」
ハピネスとデュークの三人がかりでもシークは聞かなかったことがある。
今日は運が悪かったということにしよう。
「ごめんなさいねぇ。本当はセシリアと二人きりでちょっとした旅行みたいなことを計画していたのだけど」
どうやら、セリアさんも俺と同じようなことを考えていたようだ。
まあ、シークはこどもみたいなもんだし、仕方ないだろう。
「まあ、セシリアと出かけられることには変わらないですし。シークは俺の友達みたいなものですから……」
別に迷惑はかけないだろうしな。
ああ見えて、シークは薬草調合とか薬の知識に長けているので、怪我人の治療とかできる。
戦力としても数えられる。
伊達にハピネスやデュークと共に俺の部下をやっていないからな。
実際、戦うと強いしな。
「あら、そう? なら安心ね。気をつけていってらっしゃい」
こうして、セリアさんとの会話は終わり、俺も馬車に乗り込む。
「隊長〜。僕を一人にする気だったの〜? 酷いよ〜」
馬車に乗るとシークが抱き着いてきて俺に文句を言ってくる。
俺はショタコンじゃないのでとっとと離れてほしい。セシリアはこんな俺達のやり取りをほほえましく見ていた。
よかった、セシリアにそっちの気はないらしい。
前世ではこういうのが好きな女子が結構いたからな。
「では、出発しましょうか」
こうして馬車は目的地のダガズ村を目指して発車した。
そして、現在に至るのである。
「シークくんたら、子どもみたいですね」
確かに馬車の中でかなりはしゃいでいる。
さっきから同じような風景が続いているのに、窓から身を乗り出して物珍しそうに見て楽しんでいるようだ。
「あいつも城から余り出たことがなかったからな」
俺も初めて城から出た時、ファンタジーな世界最高とか思っていたな。
まあ、シークの場合は子ども特有の好奇心旺盛な部分が関係しているのだろうな。
「お二人が来てくれて少しほっとしています。お仕事も早く終わるかもしれないですね」
確かに、俺の回復魔法とシークの薬剤知識があれば早く終わるだろう。
もし、山賊が襲って来ても正直シーク一人で殲滅できると思う。
「任せてくれ。……もし早く終わったら……その、何処か一緒に出かけたりしたいなーと……」
「隊長〜帰ったら遊びに行くの〜? 僕も行く〜」
「……」
シークは多分悪気はないんだろう。
無邪気な笑顔を見せている。
セシリアは我が子を見守るような視線でシークを見ている。
そして、デートの誘いに失敗した俺は、代わり映えしない風景が見える窓の縁に腕をかけ、自分の世界に入ることにした。




